第43話
「なんで、急に声が出るようになったんだ」
ひとしきり、再会の感動を味わった後、合崎はふてぶてしくそう尋ねてきた。訊かれたところで分かるものでもないのだが。
「きっと、千翔の想いが効いたのですね! 私は空兄様とは違って、屈折してませんから!」
「……言ってくれるじゃないか」
千翔が珍しく合崎をからかっていた。珍しい光景だ。普段は逆の立場に置かれることが多いだけに、思わずくすくすと笑ってしまう。
千翔は持ってきてくれた人工花をサイドテーブルに飾っていた。白一色の病室に鮮やかな人工花の彩りはよく映える。水色から青色のグラデーションが美しい花束だった。
「また、こうして憐姉様の笑顔が見られるなんて、夢のようです。本当に……」
人工花の向きを整える千翔の横顔は、不意に切なげなものに変わった。この作戦に関して、思うことが多々あるのだろう。私も合崎も、生きていたことが奇跡のような状況だったのだ。彼女にそんな表情をさせてしまうのも無理はない。
「……学院の様子はどうなんだ?」
なるべく他意のないように、そっと尋ねてみる。合崎も私と同じだけ学院を休んでいるようだから、作戦後の学院の様子を知っているのは千翔だけだ。
「私たち、1,2年生のフロアではそうでもありませんが……3年生以上の先輩方のフロアは、毎日お葬式のようです。ずっと、陰鬱な空気が漂っている気がします」
真剣な声音で千翔は切り出した。想像のついていたことだが、いざ現状を突きつけられるとやはり辛いものがある。
「……無理もないな。生き残りは、俺らくらいのものだろうから」
まだ重体の生徒が2名いる状況で、合崎はさらりと不吉なことを言ってのける。「終末がみえる」彼が言うだけに、戯言には聞こえないから余計に質が悪い。
「空兄様と憐姉様がご無事で何よりと思いますが……やはり、痛ましいですね。学院の歴史に残るような過酷な作戦でした」
千翔の沈痛な面持ちが、胸に痛かった。令嬢として、名門女学院にでも通っていれば、そんな表情をすることもなかっただろう。彼女が戦場で現実を目にしたとき、どんなに苦しむか考えるだけでも気が重かった。
「……この作戦は、私たちの負けなんだろうな」
ぽつりと、独り言のように呟いた私の言葉に、二人は否定も肯定もしなかった。軍人候補生としては、失言と取られてもおかしくない発言だったかもしれない。けれども、言わずにはいられなかったのだ。今回の作戦でどれだけの成果を上げ、褒め称えられようとも、失った若い命の数には見合わない。
ベッドの上に残った人工花の花弁を一枚掬い上げ、じっと見つめる。この感傷的な気分を押し殺せるようになるのは、もう少し先の話になりそうだった。
門限のある千翔は、惜しみながらも、あれからほどなくして病室を去った。そうして時刻は夕食時に差し掛かり、私は交換された点滴の中身をぼんやりと見上げている。これがあれば、食事をしなくてもいいというのだから、楽なものだ。
合崎は夕食もチョコレートマフィンのようで、さも当然のように持ってきたときには流石に引いた。
「合崎……少しは栄養も考えたらどうだ? 体調崩すぞ」
「満身創痍の一条にだけは言われたくないね」
私の心配をふっと鼻で笑って、合崎はチョコレートマフィンに齧りついた。ふわりと漂ってきた甘い香りは、何も口に出来ない私にとってはただの毒でしかない。
「そんなこと言って、回復した私にお前が負けたら笑いものだぞ?」
「そんなことはありえない。帝国が影を保護する方がまだありえそうなくらいだ」
「……相変わらず腹立たしい奴だ」
苛立ちこそ覚えるものの、いつものトーンに戻りつつある会話はやはり心地よかった。結局いつも通りが一番だということだ。炎に巻かれ、意識を失う寸前に交わした甘い会話など、「白」で出来るはずもない。思い出すだけで、恥ずかしさに頬が熱くなる。
頬の熱を紛らわすように、溜息をついてベッドに寄りかかる。合崎は、どこか楽し気に私を見ていた。彼はいつも、こんなに柔らかい表情で私を見ていただろうか。
本来であれば、彼に言いたかったことはこんな皮肉ではなかったはずだ。甘い会話は出来ずとも、自分の想いを素直に伝えることくらいはしてもよいだろう。切り出し口が分からないが、こんな会話を続けている限り自分から突破口を探すしかないのだ。意を決して、口を開く。
「……眠っている間、全てが崩れだしたときに声がしたんだ」
合崎は、いつになく真剣な私の声音に笑みを収める。彼からしてみれば、いきなり何の話を切り出しているのかと問い詰めたいところだろうが、構わず私は続けた。
「私は……意識の中で今にも眠ろうとしていたところだったんだが……誰かに手を引かれたような気がして、その手に縋っていたら目が覚めたんだ。あの声と手のおかげで、踏み留まれたような気がする」
目覚める前に聞いた声と、手の感覚を必死に辿る。混濁した意識の中では、あれが合崎のものなのか判断することは難しかった。だが、心当たりがあれば答えてくれるだろうという淡い期待をもとに、すっと彼と視線を合わせた。
「はっきりと分からなかったんだが……あれは、空兄様だったのか?」
合崎の瞳が、どこか悔し気に揺れる。それは、予想外の反応だった。
「……さあ、よく分からないな」
何とも腑に落ちない解答だ。心当たりがあるのならばそうだと言ってくれればいいのに。そうすれば、その流れで「空兄様を今も大切に想っている」と言えたかもしれないのだ。上手くいかないものだと、合崎にばれない程度に息をついた。もっとも、こんな曖昧なことを聞かれたところで、合崎だって困るに決まっているので仕方がないと言えばそうなのだが。
「まあ、きっかけが何であれ、目覚めてよかった」
合崎にしては珍しく素直な言葉に、思わず私は頬が緩むのを感じた。発言した本人は、私から視線を逸らしてチョコレートマフィンを口に運ぶことで気を紛らわしているようだ。
「……そうだな。お前が珍しく照れる様子も見られたことだしな」
「……っ照れてなどいない」
「嘘つけ」
私たちにはやはり、この温度がちょうどよい。恐らく、性懲りもなく私たちはこの先もこんな会話を繰り返すのだろう。傍から見ればくだらない言葉のやり取りなのだろうが、そのくだらない日常をこれからも繰り返すことが出来るのが、今はただ、たまらなく嬉しかった。




