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スノードームを殺してくれ  作者: 染井由乃
第1章 空の憐れみ

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第41話

『なぜ、私たちは生きている?』


 一番始めに打ち込んだ質問は、やはり最も気にかかっていることだった。その無機的な文字列を見て、合崎はレモンティーをサイドテーブルに置く。


「……憐が意識を失って間もなくして、シャッターが開いたんだ」


『なぜだ? 誰が開けた?』


「さあね。詳しいことは知らない」


 合崎は薄く笑ってレモンティーを口に運ぶ。明らかに何か隠している。


『本当は知っているんだろ』


「目覚めたばかりの相手に、あまり複雑な話をするのも気が引けるんだよ。……まあ、いずれ分かるとだけ言っておこうか」


 納得は行かないが、この調子の合崎にいくら尋ねても無駄なことは分かっていた。話題を変える他になさそうだ。


『お前は本当に大した怪我じゃないのか』


「見たまんまだよ。憐が庇ってくれたおかげだ。あの爆発にまともに巻き込まれてたら腕の一本や二本失ってたかもな」


『他の班のみんなは?』


 どうか、犠牲者が一人もいないことを祈るが、合崎の口から発せられたのは衝撃的な言葉だった。


「……死者12名、重体2名だ。もちろん、俺らを除いてな」


 死者12名? さっと血の気が引くのが分かった。合崎は視線を伏せて続ける。


「昨夜までは死者11名だったんだが……重体だった第二班の班長が息を引き取った。現場で死亡が確認されたのが8名、その日のうちに病院で死亡したのが3名、重体の2名も危篤状態だと聞く」


 共に戦った仲間の死に、激しく動揺している自分がいた。あの日、エレベーターホールで別れたあの瞬間が、永遠の別れになっていしまっただなんて。研究員たちの戦闘技術はそれほど高くなかったはずだ。軍人の卵である第一帝国学院の生徒がそう簡単に負けるはずがない。


「……地下から3階までは、爆発で壊滅的な状態だったんだ。皆、爆発に巻き込まれて命を落としたようだ。その証拠に、彼らの遺体には銃創は殆どなかった。……それすら判断できないほどの遺体もあったが」


 無惨だ。たった十数年生きただけなのに。あんなところで死ぬために生きてきたわけではなかろうに。


『咲さんは?』


 ふと、ふわりと優雅に笑う咲さんの姿を思い出して、思わず尋ねてしまった。尋ねてから、最悪の結果を覚悟して急に怖くなる。合崎は表情を曇らせたまま答えた。


「……生きてはいるよ。重体の2名のうちの一人だ」


 重体。一応、「白」には入院しているということだ。「白」の技術は相当なものだから、まだ望みはある。


『こんなところにいないで、咲さんの傍へ行くべきじゃないのか?』

 

 いくら心配をかけたとはいえ、私は恐らくもう大丈夫なのだ。声だって時期に戻るだろうという診断だ。この状況では、友人である咲さんの傍へ行く方が賢明なのではなかろうか。


「……見舞いには行った。でも、あれは、生きているとは言わない。生かされているというだけだ。……親族にも止められてしまったよ。どうか、学院にいたときのままの咲の姿を覚えていてほしい、って」


 一体今、咲さんはどんな姿をしているというのだろうか。学院にいたときの姿を覚えていてほしいと言われるほど、あの優雅に微笑む彼女の面影は残っていないというのだろうか。


「……だから、気になるだろうが、憐は行くな。咲のあの笑顔を覚えてさえいてくれれば、咲だって満足だろう。これは、咲の友人としての頼みでもある」


 彼はもう、咲さんを失う覚悟を決めているようだった。たとえ彼女の命が医療技術の力でこの先も永らえたとしても、元通り学院で笑い合うようなことは無いと悟っているのだ。咲さんは合崎にとっての、初めての相方であり友人であったはずだ。今、彼はどれほど沈んでいるだろう。その絶望の深さは私には量り切れなかった。


『忘れないよ』


 1秒だって忘れられない私がわざわざ口にするのもおかしな話だが、言わずにはいられなった。彼女の微笑み、優雅な仕草、穏やかな声音、何一つ色褪せることなく私の記憶の中で生き続けるだろう。それだけは確かだった。


「ありがとう」

 

 合崎にしては珍しく、弱々しい笑みだった。私の前だから強がっているのだろうか。彼はそれ以上、咲さんの話題を口にすることは無く、レモンティーを口に運んだ。


「……今回に限っては、俺らの方が安全だったのかもな。最上階はリスクは高かったが、爆発の起こる時間の早さから考えると3階以下の奴らよりは安全だったのかもしれない」


 帝国がそこまで読んでいたとは思えないが、次期軍師だけ生き残るというのも後味の悪い作戦だ。学院に戻ったとき、どんな顔をして犠牲となった生徒たちの友人に顔を合わせればよいのだろう。そう思うと、咲さん以外に親しい人がいなかったのは幸いだったのかもしれない。


「今回ばかりは、帝国幹部会に非難の声が上がったよ。……公に、ではないけどな。幹部会も素直に謝罪している。そういう訳で、一週間後に帝国主催の追悼式を行うらしい。久しぶりの帝国主催の式典だから、帝国中が大注目だ」


『私も行く』


 考えるよりも先に、左手で文字列を打ち出していた。共に戦った仲間なのだ。作戦中は何もできなかったが、せめてこの手で弔いたい。


「その身体じゃ無理だ」


『車椅子でいけばいいだろ』


「そうは言ってもな……」


 私は、じっと合崎の目を見つめて訴えた。数秒の沈黙の後、彼は諦めたように溜息をつく。


「――分かったよ。俺からも柊に頼んでみる」


 今日の合崎はどうやらいつもより甘いようだ。私は少し微笑んで、「ありがとう」と口の動きで伝えた。合崎にそれが伝わったのか定かではないが、彼はしばし茫然として私を見つめていた。


「……憐、頭打ったんだったか? 俺に、感謝するなんて……」


 性懲りもなく、こいつは私を苛立たせる。だが、それは二人の間に漂った陰鬱な空気を払拭するための戯言のようにも思えてならなかった。仮に合崎の思惑がそうだったとしても、気づかないふりをして「いつも通り」を演じるのが正解なのだろう。私はベッドにもたれ掛かり、あからさまに合崎から顔を背けて見せた。


「――悪い悪い、これでも動揺したんだ。そう怒るなって」


 くすくすと笑う合崎の声は、やはりどこか寂しさが滲んでいて一瞬抱いた苛立ちもすぐにどこかへ行ってしまった。どんな表情をすればよいのかわからなくなってしまう。


『許してやるから、絶対柊を説得しろよ』


 端末にそう打ち込むと、合崎は苦笑を浮かべた。


「分かったよ、ちゃんと言うから安心しろ」


 その笑顔は、「空兄様」のものとよく似ていて、自然と心が安らいだ。だが、彼に心からの安寧の日々が訪れるのはもう少し先の話なのだろう。今回の作戦で負った体の傷は完治していても、心に負った傷はそう浅くないはずだ。せめて彼の傍で、その傷が治っていくのを見守っていたい、と一人心に思ったのだった。

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