↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スノードームを殺してくれ  作者: 染井由乃
第1章 空の憐れみ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/232

第34話

 非常階段を駆け上がる研究員たちに対して、合崎は先制攻撃を仕掛ける。女性の悲鳴が耳に障るほどに響いてくる。肩の痛みと共に胸もちくりと痛んだ。躊躇いのない発砲が続いている。無関心を決め込んだような合崎の表情は直視できなかった。人を殺し続けてストレスを感じないはずがない。


 ふと、後方に気配を感じて振り返れば、緩やかなカーブの先に白衣の裾が揺れるのを確認する。このタイミングで追っ手が来たのだ。


 私は少しだけ西側に足を進めて、合崎の上着を肩に羽織ったまま、左手で銃を構えた。左手に添えた右手が小刻みに震える。動かしたせいで、右肩からの出血が僅かに増えたようだ。それでも構わなかった。生きて帰ることさえできれば、腕の一本くらい「白」の技術でどうとでもなる。


 研究員たちが銃を片手に駆け寄ってくるのを見て、私は小銃を発砲した。発砲の際の振動が、肩の傷に応える。傷口が広がっているのかもしれなかった。


 左手の射撃の正確性は、右手で撃つ場合の半分程度のものだった。両手使いは4年生からの実習であり、そのうち合崎から先取りで教えてもらおうと考えていたが先伸ばしにしてきた報いがここに返ってきた。


 銃弾は相手に当たりはするものの、すぐさま絶命には至っていないようだった。中途半端に苦しませることは、倫理的にも許されない。人の死を嘲笑うような軍人にはなるものかと意地になって撃ち続けた。その命を奪うより他にないのならば、痛みよりも先に絶命させてやらなければならないのだ。私は震える手で必死に脳と心臓を狙った。


「憐っ! 撃つな! 肩が――」


「うるさい、口出しするな」


 すぐ背後に合崎の存在を感じる。だが、振り返る余裕はない。


「……命令に背くな、一条」


「よく聞こえないな」


 私は銃弾を避けながら叫んだ。動かした拍子に右肩が裂けるような痛みに襲われる。この調子では、本当に右腕は駄目になるかもしれない。


「後で覚えてろよ……」


 合崎は憤りを露わにしてそう吐き捨てた。後でどれだけ叱られようとも構わない。この戦場で、ただのお荷物になるのだけは御免だった。


 背中合わせに立ちながら、私たちは発砲を続けた。崩壊まであとほんの2,3分だろう。最後の足掻きなのか、次々と研究員たちが押しかけてくる。


 こちらも手加減なしに、無我夢中で撃ち続けた。きっとこの局面を乗り越えられれば、生きて帰ることが出来る。もう少しだけ、痛みに耐えれば救われるのだ。


「怯むなっ! 立て! 歌え!!」


 研究員の中の一人が、狂ったようにそう叫んだ。その声に、次々と倒れていく仲間を前に顔面蒼白になっていた研究員たちが顔を上げる。誰かが「影」の宗教歌のようなものを歌いだした。残っている研究員はもう十数名ほどだというのに、明らかに士気が戻っている。


 気味が悪い。体中を撃たれながらも、歌に励まされて立ち上がる彼らを前に真っ先に思うことはそれだった。理解できないものを前に、全身が粟立つ。私は肩が痛むのも忘れて銃を連射し続けた。不気味な歌声と銃声が入り混じり、気が触れそうだ。


「正義を叫べ! アザレア様の名の下に――」


 その声は、一発の銃声と共に消える。合崎が仕留めたのだろう。私だけでなく、彼も相当気が立っている。研究員たちは残り10人ほどだ。右腕は感覚が遠のくように痺れていたが、まだ耐えられると自分を励ました。


「一条、あと1分でこの辺りも爆破される。こいつらを始末したら、すぐに非常階段の方へ逃げるぞ」


「了解」


 私は右腕を震わせながら、また一人撃ち落とした。私の前に残るのはあと5人だ。左手での射撃は、やはり右手の場合の倍以上の戦闘時間を要した。


「手伝おう。一条は最低限にしろ」


 合崎の方は全員始末したらしく、彼は私の隣に立って射撃を開始した。次第に、「影」の宗教歌が小さくなっていく。合崎は疲れを少しも感じさせない動きで相手を撃ち続けていた。


 私も合崎の隣で、射撃の回数こそ減らしつつも相手を狙い続けていた。右腕は、動かさなくても痙攣が止まらない。指先の感覚はとうに遠ざかっていた。


 私の左手の射撃でまた一人、床に倒れこんだ。そろそろ非常階段へ向かうべきだろう。最後に残った2人の研究者を集中的に攻撃する。彼らは「影」への信仰や忠誠が余程厚いのか、かなりの銃弾を受けているにも係わらず、未だに立って応戦する姿勢を見せていた。


 そんな彼らを見ていると、フロアの冷気とは関係のない寒気に襲われる。恐らく、私は彼らが怖いのだろう。彼らの信念を理解できないから恐ろしいのだ。得体の知れないものと対峙するような気持ち悪さがある。


 私の放った銃弾によって一人が倒れ、時を同じくして合崎ももう一人に止めを刺した。ようやく訪れた静寂の中に、私と合崎の息遣いだけが聞こえている。


「行くぞ。もう、いつ爆破されてもおかしくない」


「ああ」


 数歩先で私を待つ彼の許へ歩み寄ろうとしたその時、不意に左の腿に激痛が走った。乾いた銃声が、冷え切ったフロアに響き渡る。


「……え?」


 自分でも状況を理解できないまま、痛みと衝撃に耐えきれず、その場に崩れ落ちた。間を置かずに2発目の銃弾を右の脇腹に受ける。銃弾が自分の腹部を貫通する瞬間を見てしまった。咄嗟に銃創を手で押さえるも、生温かい血液が指の間から溢れてくる。


「――帝国の死神に、久遠の窮愁があらんことを」


 背後から、消え入りそうな笑い声が聞こえた。すべては、ほんの1,2秒のことだった。


「―――憐……?」


 茫然とするような合崎の声を聞きながら、私は瀕死の傷を受けながら横たわる一人の研究者を振り返った。若い科学者だった。彼は私に嘲笑だけを残して、すぐに息絶えてしまう。絶命に至っていない敵がいたのだ。完全に油断していた。


 撃たれるって、痛いんだな。


 今更ながら、そんなことを実感する。呼吸が荒くなり、脈打つたびに傷に応えた。嫌でも目に涙が滲む。あまりの激痛に叫びだしてしまいそうだった。


「憐っ!!」


 合崎がこちらに駆け寄ろうとしているのが見える。だが、機を見計らったかのように、西側から爆発音が響いた。甲高い警報音と共に、東西分離シャッターが私と合崎の間に降りてくる。同時に、熱風と共にコンクリートやガラスの破片が飛んできた。


 せめて、合崎だけでもシャッターより東側にいてくれてよかった。自分が西側に取り残された絶望感よりも、彼がシャッターを超えられたことに対する安堵の方が遥かに大きい。安堵するように微笑むとふっと気が抜けた。コンクリート片やガラス片が次々に体に当たるが、もう構わなかった。


「――憐っ!!」


 視界が霞む。私の名を呼ぶ合崎の声さえもひどく遠い。私は成す術もなく、その場に倒れこんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。