第28話
監視カメラの無効化があと約1分ほどで終了するということは、これからは人目に加え、至る所に埋め込まれた監視カメラにも注意せねばならないということだ。完全に映らないようにすることは無理だろう。極力映らない努力をするのが精一杯だ。
死角を利用しながら、複雑な廊下を突き進む。時折聞こえる研究員たちの声が、先ほどよりもずっと恐ろしく思えた。
「あと20分強で最初の崩壊が始まる。行きよりペースを上げて移動するぞ」
合崎の指示に、小声で「了解」と返しながら私は辺りを見渡した。幸い、研究員たちの数は往路とさして変わらない程度だ。
目的が達せられた今、例え私たちが研究員に見つかって足止めを食らったとしても、帝国には何の影響もない。ここからは、私たちが自分自身の命を守るために戦わなければならないのだ。私は駆け足で合崎の後を追いながら、その現実を噛みしめた。
しかしながら私たちは、驚くほどスムーズに進んでいた。警戒しながら移動しているにもかかわらず、この1分間で予定しているルートの4分の1は通過している。この調子でいけば、西側が崩落する前に研究所を脱出することも夢ではない。
だが、そんな淡い期待を打ち砕くように現実が突きつけられる。
後方のかなり離れたところから、人の声が聞こえた。確実にこちらに近づいてきている。合崎は足を早めたが、あろうことか前方からも人の気配がする。私たちは歩みを止めざるを得なかった。
ここはL字型の一本道で、私たちはちょうど曲がり角の部分にいた。このまま立ち尽くしていては、いずれ挟みうちにされるのは目に見えていた。私は記憶の中の見取り図と目の前の光景を一致させ、合崎に提案する。
「もう少し進めば、空き部屋があるはずだ。そこに一旦身を潜めるのはどうだろう。人が来ない確証はないが、挟みうちよりはいくらかマシだろう」
「賛成だ。時間がない、急ごう」
お互い囁くように言葉を交わすと、すぐに空き部屋の前へと駆けよった。声がかなり近づいている。早まる鼓動を感じながら、私はすぐさまパスコードを入力した。
無機質な人工知能の声が、ドアの開錠を知らせる。機械の声は、静まり返った廊下に意外にもよく通った。ここに向かっている研究員たちが気付いても不思議はない。
不意に合崎に手を引かれ、壁に身を寄せ姿勢を低くするよう促された。私は頷きだけを返して素直に従う。人の声がどんどん近づいてくる。
もしも彼らが、私たちの存在に気づいて追い詰められてしまったら、私は人に銃を向けなければならない。この手で命を奪わなければならない。覚悟してきたことでも、いざ目の前にその現実を突きつけられると、手が震えてしまう。軍人ならばきっと、誰もが通る道だ。
小刻みに震える私の手に、ふと黒いグローブの大きな手が重なった。思わず、隣で私と同じようにしゃがみ込む合崎を見つめる。彼は作戦が始まって以来、初めて柔らかく微笑んでいた。
この状況は、酷く懐かしい。孤児院にいたころ、いつか遊んだかくれんぼを思い出す。その時と同じように合崎は悪戯っぽく笑うと、人差し指を唇に当てた。たったそれだけのことなのに、不思議なくらいにふっと震えが収まる。人の声を間近に感じても、恐怖は感じなかった。
研究員たちはこの部屋の前ですれ違ったらしく、挨拶を交わす声が聞こえてきた。ほどなくして声は遠ざかっていく。
完全に声が聞こえなくなったころ、一息つく間もなく本部からの通信が入った。私たちはそのままの体勢で応答する。
「作戦本部より全班に告ぐ。『紋章』と『教典』の存在を確認。また、メインコンピュータのデータより、音森財閥第一研究所の研究員は全員信者であることが判明。研究員に対する射撃許可を与える。健闘を祈る」
遂に、射撃許可が下りた。私は鞄の中に忍ばせた銃を、手の中に収める。いつも訓練で使用している機銃とは異なるものだが、これも何年も使用している馴染みの銃だ。それなのに、今日はやけによそよそしく感じた。できることなら使いたくないという、私の気持ちの問題なのだろう。
ふと、銃を握る私の手に合崎の手が重なる。グローブ越しにも体温を感じないほど、彼の手は冷たかった。
「今は、何も考えるな。祈りと懺悔はすべてが終わった後にしろ」
信者は、人間ではない。殺したところで悔やむ必要も、その魂の安寧を祈る必要もない存在だ。そうやって教え込まれてきた。
けれども、完全にそう思い込むことが出来ない私の甘さを彼は察しているのだろう。
彼には敵わない。私はふっと微笑んで頷いて見せた。
彼は立ち上がると端末で時刻を確認していた。こうしている間にも、タイムリミットは迫っている。
「最初の崩壊まであと15分弱だ。急ぐぞ」
「――了解」
エレベーターや設備の停止が始まる前に、5階まで辿り着かねければ絶望的だ。今はただ、生きてここから出ることだけを考えよう。




