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第四十五話「知ってもらう日」

第四十五話「知ってもらう日」




 その日、JDAの施設では一般向けの公開イベントが開催されていた。


 会期は一週間。ダンジョンの調査や魔法の研究成果を紹介するほか、魔法を使った催しや体験展示も用意されている。平日には学校の社会見学を受け入れ、週末には屋外ステージでの公演も予定されていた。


 達也が訪れたのは、その週末だった。


「……結構、人がいるな」


 入口を抜けると、思っていた以上の賑わいが広がっていた。小さな子どもを連れた家族、友人同士らしい若者たち、展示を目当てに訪れた年配の夫婦。普段のJDA施設では、あまり見かけない顔ぶればかりだ。


 入口の近くには、JDAの実働部隊が警備に立っていた。普段はダンジョンで活動している隊員たちも、今日は来場者の誘導や周囲の警戒が中心らしい。装備を身につけた隊員の横を、子どもたちが楽しそうに通り過ぎていく。


 達也は受付で渡されたパンフレットを開いた。会場案内図には、屋内の研究展示や体験コーナー、屋外ステージ、飲食ブースなどが記されている。パンフレットは大人向けと子ども向けの二種類があり、子ども向けにはスタンプラリーもついているようだった。


「まずはこっちかな」


 研究展示の場所を確かめ、達也は建物へ向かった。


 中では、いくつもの展示が行われていた。ダンジョン内部の写真、階層ごとの地図、探索者が使う装備、採取された植物や鉱石。展示台の前では、JDAの職員が来場者の質問に答えている。


「この地図、全部ダンジョンの中なんですか?」


「はい。こちらは第一階層から第三階層までの調査記録です」


「こんなに広いんですねえ」


 隣では、魔物の映像を見た子どもが父親の服を引っ張っていた。


「お父さん! あれ本当にいるの?」


「いるらしいぞ」


「でっか!」


 映像の中で魔物が動くたび、子どもたちから歓声が上がる。


 達也も少し足を止めた。見覚えのある通路が映っていたが、撮影の時期が違うのか、壁の形がわずかに変わっている。


「へえ……」


 説明には、同じ場所を定期的に調査した記録も添えられていた。達也はしばらく地図を眺めてから、次の展示へ向かった。


 少し先に、人だかりができている。


「わあっ!」


「光った!」


 透明なケースの中に、小さな光の球が浮かんでいた。その横には、黒い石を利用した魔力応用装置の説明がある。



 【魔力応用研究・体験展示】

 【研究段階の装置を使用しています】

 【職員の案内に従って操作してください】



 来場者が職員の案内でボタンを押すと、ケースの中に淡い光が灯った。


「おお!」


 今度は大人からも声が上がる。


「これ、魔法の適性がなくてもできるんですか?」


「はい。装置の中に蓄えられた魔力を利用しています。操作する方の適性は必要ありません」


「へえ……すごいですね」


「ただ、まだ研究段階ですので、実際に使えるようになるには時間がかかると思います」


 職員はそう説明しながら、次の来場者を案内していく。


「黒い石か……」


 達也は装置を眺め、以前千葉から聞いた研究を思い出した。魔力を溜める黒い石。魔力を通す灰色の木。植物の根を通じた魔力の移動。まだ分からないことは多いが、一般の人が体験できるところまで研究は進んでいる。


「……面白いな」


 説明を読み直していると、少し離れたところを遠藤が通り過ぎていった。片手に資料を抱え、もう片方の手で端末を操作している。声をかけようとしたところで、遠藤は別の職員に呼び止められ、何かを確認すると足早に屋外ステージの方へ向かっていった。


「……忙しそうだな」


 その背中を見送ってから周囲を見回すと、ほかの職員たちも同じように忙しそうだった。展示を説明する人、来場者を案内する人、追加の資料を運ぶ人。説明を聞いた来場者が驚けば一緒に笑い、子どもに質問されれば、しゃがんで目線を合わせている。


 達也はそんな様子を眺めながら、次の展示へ向かった。



ーーー



 屋外へ出ると、少し先で子どもたちの歓声が上がった。


「すげえ!」


「お魚になった!」


 人だかりの中心で、水の球が宙に浮かんでいた。大道芸人らしい男性が指を動かすと、水の球は三つに分かれてくるくると回り、やがて一つに集まって魚の形になる。透明な魚が空中を泳いでいく。


「わあっ!」


 子どもたちが手を伸ばすと、魚はするりとその上を通り抜けた。最後に水は細かな粒となって広がり、陽の光を受けて小さな虹を浮かべる。周囲から大きな拍手が起こった。


「へえ……水魔法であんなこともできるんだ」


 達也も拍手を送った。ダンジョンでは戦闘や調査に使われることの多い魔法が、今日は来場者を楽しませるために使われている。


 そのまま歩いていくと、屋外ステージの周りにも大勢の人が集まっていた。ちょうど姫宮りぼんのコンサートが始まるところらしい。


「みなさーん! こんにちはー!」


 ステージの上から、明るい声が響く。


「姫宮りぼんでーす!」


 観客から歓声が上がり、達也も周囲に合わせて拍手した。以前ダンジョンで一緒に撮影したときとは違う衣装のりぼんが、ステージの上で大きく手を振っている。


「今日はJDAの一般公開イベントということで、私も呼んでいただきました!」


 再び拍手が起こる。


「ダンジョンのこと、魔法のこと、今日は色んな展示があるので、コンサートのあともぜひ見ていってくださいね!」


 りぼんが笑顔で手を振る。


「それじゃあ、いきますよー!」


 音楽が流れ始めた。


 りぼんが片手を上げると、その周りに小さな光の粒が現れた。光は音楽に合わせて舞い上がり、ステージの上をゆっくりと巡っていく。歌声が響くたびに色を変え、ときには帯のようにつながって空中を流れた。


「きれい!」


「本物の魔法だ!」


 照明の光とは違い、光の粒はステージの上を自由に動き回っている。


 ふと、ステージ前方の人混みに、見覚えのある横顔があった。会社の同期だった。両手のペンライトを曲に合わせて振り、サビに入ると周りのファンと声を揃えている。会議室で淡々と資料をめくっている普段の姿からは、想像もつかない。同期がこちらに気づく様子はない。


 達也は少しだけ考えて、見なかったことにした。


 視線をステージへ戻すと、りぼんの周りで光の粒がちょうど色を変えたところだった。


「……すごいな」


 りぼんが両手を広げると、光の粒が一斉に広がった。観客から大きな拍手が起こる。


 達也はしばらくコンサートを楽しんでから、再び展示のある建物へ向かった。



ーーー



「……あれ、井上さん?」


 建物へ戻ったところで、聞き覚えのある声がした。振り返ると、大学生の花村が立っていた。隣には、同じくらいの年の女性が二人いる。


「あ、花村さん。こんにちは」


「こんにちは! 井上さんも来てたんですね」


「はい。色々展示があるみたいなので」


「そうなんですね! 私たちはりぼんちゃんのコンサートを見に来たんです」


「さっきのですか?」


「はい! すごかったですよね! このあと展示も見て回ろうって話してたんです」


「光魔法の演出、きれいでしたね」


「ですよね!」


 花村が嬉しそうに頷く。そのとき、隣にいた友人の一人が花村の腕を軽く引いた。


「ねえ、幸。知り合い?」


「うん、そうだよ」


「へえ……」


 友人が、達也と花村を交互に見る。


「結構年上の人じゃない?」


「え? うん、そうだけど」


「……もしかして?」


「ち、違うよ!」


「まだ何も言ってないんだけど?」


「絶対そういうこと言おうとしたでしょ!」


 もう一人の友人が笑い出した。


「幸、反応早すぎ!」


「もう! 違うってば!」


 達也は三人のやり取りを眺めていた。


「あの、花村さん?」


「あっ、すみません! 井上さん、友達が変なこと言うから……!」


「いえ、大丈夫ですよ」


 達也は苦笑した。


「じゃあ、僕はそろそろ行きますね。まだ見てない展示があるので」


「はい! 楽しんでください!」


 達也が歩き去ると、友人が花村の顔を覗き込んだ。


「で、結局どういう人なの?」


「……私が尊敬してる人」


「へえ?」


「だから、そういうのじゃないって!」


「分かった、分かった!」


 友人たちの笑い声が、廊下に響いた。



ーーー



 植物研究班の展示は、建物の奥にあった。入口には大きな案内板が立っている。



 【ダンジョン由来植物の栽培研究】

 【橙豊香(とうほうか)】

 【栽培条件による生育・結実の比較】



「あ、ここか」


 達也は案内板を見上げた。


 第三階層で見つけた橙色の実。種を持ち帰り、自宅で育て始め、何年も観察を続けて、ようやく実をつけた植物。今では橙豊香という名前がつき、JDAの研究対象として栽培が続けられている。


 展示台には、自然光で育てた株、光属性の魔法を利用した株、栽培条件を変えて比較している株が並び、それぞれに説明が添えられていた。


「井上さん?」


「あ、太田さん。お疲れさまです」


「来てくださったんですね」


「はい。ほかの展示も色々見てきました」


「どうでした?」


「面白かったです。魔法の体験展示も人気でしたよ」


「ああ、千葉さんたちのところですね」


「はい。子どもたちが喜んでました」


「それはよかったです」


 太田が笑った。


「こちらも、なかなか盛況ですよ」


 太田が目を向けた展示台の隣では、橙豊香の試食会が行われていた。



 【橙豊香・試食】

 【栽培条件の異なる果実を比較していただけます】



 番号のついた皿に、小さく切り分けられた果実が並んでいる。自然光で育てたもの、光属性の魔法を利用して育てたもの、そして試験栽培株として管理されているもの。栽培協力者の個人名は公開されていない。


「これ、全部同じ果物なんですか?」


「はい。栽培条件の異なる橙豊香です」


「へえ。食べ比べできるんですね」


 来場者が一つ口に運んだ。


「あ、おいしい!」


「本当だ。結構甘いね」


 別の皿にも手が伸びる。


「あれ? こっちは少し違う?」


「香りが違う気がする」


 そんな声が、あちこちから聞こえてくる。達也は少し離れたところから、その様子を眺めていた。


 ふと、試食台の前にいた男性が、手元の皿をじっと見つめた。


「……すみません」


「はい」


「このCという果実、もう一度説明していただけますか?」


 植物研究班の職員が説明に向かう。


「こちらは試験栽培株の果実です。今回の比較では、最も高い糖度が確認されています」


「なるほど……」


 男性は、皿に残った小さな果実をもう一度口に運んだ。


「香りがいいですね。それに、果肉がずいぶん柔らかい」


「はい。完熟すると非常に柔らかくなるため、収穫や運搬にも注意が必要です」


「これ、料理にも使ってみたいですね」


「ありがとうございます」


「今後、購入することはできますか?」


「販売については、現在検討中です」


「そうですか……」


 男性は少し考え込んだ。


「もし販売が決まったら、ぜひ教えていただきたいんですが」


「お問い合わせはJDAで承っております」


 職員が、問い合わせ先の書かれた案内カードを差し出した。


「分かりました」


 男性がカードを受け取る。その隣では、別の来場者も同じ皿を指していた。


「すみません、私もこのCについて聞きたいんですけど」


「はい、少々お待ちください」


 植物研究班の職員たちが慌ただしく動き始めた。試食用の皿を補充する人、質問に答える人、記録を取る人。途中からは太田も説明に加わっている。


「……人気だな」


 達也は呟いた。自分が育ててきた果実を、知らない人たちがおいしいと言っている。少し不思議な光景だったが、悪い気はしなかった。


 達也は試食台を離れ、展示されている鉢の方へ向かった。



ーーー



「……これ、同じ植物なの?」


 小さな声が聞こえた。展示台の前に、十歳くらいの男の子が立っていた。手には子ども向けのパンフレットを持っていて、スタンプラリーの欄にはいくつかスタンプが押されている。


「同じ種類だよ」


 達也が答えると、男の子が顔を上げた。


「でも、こっちの方が葉っぱが大きいよ?」


「本当だね」


「こっちは実が小さい」


 達也も並んだ鉢を見比べた。


「よく見てるね」


「なんで違うの?」


「育て方が違うからかな。こっちは普通の太陽の光で育てて、こっちは光魔法も使ってるんだ」


「光魔法!」


 男の子が顔を輝かせた。


「さっき、ステージでも使ってた! すごかった!」


「見てきたんだ?」


「うん! 水の魔法も見た!」


 嬉しそうに話していた男の子は、ふと鉢へ目を戻した。


「……いいなあ、魔法」


「使ってみたい?」


「うん。でも、お父さんもお母さんも使えないんだって。僕も使えないかも」


「そっか」


 達也は隣の鉢に目をやった。


「僕も光魔法は使えないよ」


「えっ、そうなの?」


「うん。必要なときは、使える人に手伝ってもらってるんだ」


「へえ……」


 男の子は二つの鉢を見比べた。


「じゃあ、おじさんは何の魔法が使えるの?」


「土だよ。植物のことが少し分かるんだ」


「いいなあ」


 男の子が葉に目を向ける。


「じゃあ、この葉っぱが違うのも、魔法で分かったの?」


「ううん。それは君が先に見つけたでしょ」


「あ……そっか」


 男の子はもう一度、鉢に顔を近づけた。


「じゃあ、こっちは?」


「どれ?」


「葉っぱの先。ちょっと丸い」


「ああ、本当だ」


「さっきは気づかなかった」


「同じ種類でも、一つ一つ違うからね」


 男の子は隣の鉢にも目を向け、しばらく見比べてから、手に持っていたパンフレットを開いた。スタンプラリーの隣に、『発見メモ』と書かれた小さな欄がある。男の子はポケットから鉛筆を取り出し、そこに何かを書き始めた。


 【はっぱのさき ちがう】


 少し傾いたひらがなが並んでいる。


 達也はそれをちらりと見て、小さく笑った。自分の鞄にも、いつものノートが入っている。


「そろそろ行くよー!」


 少し離れたところから、母親らしい声がした。


「あ、はーい!」


 男の子はパンフレットを閉じ、達也を見上げた。


「おじさん、ありがとう!」


「うん。楽しんでね」


 手を振って母親のもとへ駆けていく背中を見送ってから、達也はもう一度、鉢へ目を向けた。



ーーー



 夕方になると、屋外ステージではその日の公演の片づけが始まっていた。来場者たちが出口へ向かい、職員が展示を点検している。植物研究班の展示台では、太田がその日の試食会の記録を確認していた。


「井上さん」


「あ、太田さん。お疲れさまです」


「今日はどうでした?」


「面白かったです。知らない展示も結構ありましたし」


「それはよかったです」


 太田が笑う。


「こちらも、思っていた以上に反応がありましたよ」


「試食会、人気でしたね」


「ええ。特にCの果実について、購入したいという問い合わせが何件もありまして」


「そうなんですか」


「販売についても、これから具体的に検討することになりそうです」


「そうですね。収穫できる数も、まだ多くないですし」


「ええ。まずは今ある株を、しっかり育てないと」


 太田が展示台の鉢を見た。達也もその隣に並ぶ。


「自然光の株も、来年はどうなるか楽しみですね」


「はい。まだ記録を取りたいこともありますし」


「そうですね」


 片づけを進める職員たちは、疲れた様子を見せながらも、どこか満足そうだった。試食会の感想を確かめて笑っている人、来場者から寄せられた質問を整理している人、展示用の鉢の様子を確かめている人。


 屋外からは、最後の来場者たちの話し声が聞こえてくる。魔法の大道芸が面白かったと話す子ども、コンサートの感想を言い合う若者たち、試食した果物の話をしている家族。


 達也はそんな様子を眺めた。


「……みんな楽しそうだな」


 太田も周囲を見回した。


「そうですね」


 達也は展示台へ目を戻した。橙豊香の鉢が並んでいる。見つけた頃には、名前もなかった植物。それが今では多くの人に味わわれ、興味を持たれている。


 少し離れたところでは、職員たちがその日の片づけを続けていた。


 達也はもう一度だけ鉢を眺めてから、会場をあとにした。






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