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第四十四話「海外からのお客様」

第四十四話「海外からのお客様」




 JDAの会議室には、実働部隊の坂口、健吾、白石、瀬戸、杉本、そして広報の遠藤と現場運用部の内田の七人が集まっていた。


「今回、アメリカから五名の探索者が来日します」


 遠藤が資料を配りながら説明を始めた。


「目的は、日本のダンジョンとの環境や探索方法の比較です。先方からは、実際にダンジョンへ入って調査したいという希望も出ています」


「調査だけですか?」


 杉本が資料をめくりながら尋ねる。


「いえ。戦闘も希望されています。日本の魔物や探索者の戦い方にも興味があるそうで」


「……腕試しか」


 健吾が呟いた。


「まあ、そういう意味合いもあるでしょうね」


 遠藤が苦笑すると、坂口は資料へ目を落とした。


「五人とも経験者なら、こちらとしても参考になることがありそうだ」


「はい。五名とも現地での探索経験があり、火、水、風、土、光の五属性が一人ずつ揃っています」


「五属性か。珍しいな」


「それぞれ得意分野も違うそうです。戦闘を中心に活動している方もいれば、環境調査を担当している方もいます」


 遠藤は資料を一枚めくった。


「今回の合同探索では、こちらの実働部隊が案内と安全管理を担当します。日程は金曜と土曜の二日間です。どこを回るかは、現場の判断にお任せします。様子は先方の了承を得たうえで、JDAの公式配信でも紹介する予定です」


「分かりました。探索場所はこちらで選定します。人数が多いので、普段より警戒を厚くした方がいいでしょう」


 坂口が頷く。


「それと、現場での通訳についてですが……白石さん、お願いできますか?」


 遠藤が顔を向けると、白石は申し訳なさそうに首を横に振った。


「すみません。その日、病院で急遽手術の予定が入ってしまい……」


「…………え?」


 遠藤の手が止まった。


「参加できないんですか?」


「はい。どうしても外せなくて」


「……そうですか」


 遠藤はゆっくりと資料へ目を落とし、それから隣を見た。


「……内田さん」


「はい」


「通訳、白石さんの予定でしたよね?」


「完璧にその予定でしたね」


「……どうしましょう」


「どうしましょうかね」


 二人が顔を見合わせる。坂口が資料をめくった。


「他に英語ができる人はいないのか?」


「広報にはいます。ただ、ダンジョンへ入れるかとなると……」


「適性者じゃないのか?」


「ええ。探索経験もありません」


「……それは難しいな」


 坂口も小さく息を吐いた。しばらくして、遠藤が期待を込めた目で杉本を見た。


「杉本くんは、英語は……?」


「無理です!」


 杉本は迷いなく即答した。


「学校のテストも赤点すれすれでしたし、ダンジョンで英語なんて絶対パニックになります!」


「……即答だったね」


「下手に引き受けるよりいいだろ」


 健吾が言うと、杉本が大きく頷いた。


「そうですよ。魔物が来てるときに単語を思い出してる余裕なんてないですから!」


「そこは自信満々なんだな」


「はい!」


 遠藤は苦笑しながら資料へ目を戻した。


「翻訳端末を使うという手もありますが……」


「魔物が来るたびに端末を操作するのか?」


 坂口が尋ねる。


「……さすがに間に合いそうにないですね」


「厳しいな」


 瀬戸も考え込んだ。


「私も、合同訓練で使う指示の言葉くらいなら分かりますが、細かい説明となると難しいですね」


「坂口さんはどうなんですか?」


 杉本が尋ねると、坂口は資料から目を上げないまま答えた。


「……書類なら、辞書を引けば読める」


「話すのは?」


「聞くな」


 そう言い切った坂口の耳がほんのり赤くなっているのに気づいて、杉本は慌てて口を押さえた。遠藤はそっと視線を外し、そのまま健吾へ移す。


「足立さんは……」


「道を聞かれたら答えられる程度です。魔物が出たら『逃げろ』しか言えません」


「それは一番大事な言葉ですけどね……」


 遠藤が力なく笑った。


「私も今回は参加できませんし……」


 白石が申し訳なさそうに言うと、坂口は首を振った。


「いや、手術なら仕方ない。そっちを優先してくれ」


 内田が腕を組む。


「適性者で、ダンジョンに慣れていて、英語も話せる人間か……」


「誰かいませんかね……」


 遠藤の呟きを最後に、会議室が静かになった。


 そのとき、健吾が顔を上げた。


「あ」


 六人の視線が一斉に集まる。


「どうした、足立?」


「一人、心当たりがあります」


「誰だ?」


「井上です」


「井上さん?」


 坂口が意外そうに聞き返した。


「はい。英語もできますし、ダンジョンにも慣れています」


「井上さん、英語ができるんですか?」


 遠藤も身を乗り出した。


「前に、会社の取引でも英語を使うことがあるって話してました」


「それなら……!」


 遠藤の表情がぱっと明るくなった。


「もっと早く言ってくださいよ!」


「いや、今思い出したんですよ」


「助かります……!」


「まだ引き受けてもらえるか分からないぞ」


 坂口が苦笑する。


「そうでした」


 遠藤は姿勢を正した。


「井上さんは民間の方ですし、初日は平日ですからね。まずはご本人の都合を確認して、正式に協力をお願いしましょう」


「俺から聞いてみます」


「頼む」


 坂口は頷いてから、少し考えるように資料を閉じた。


「しかし、井上さんか。確かに現場のことはよく分かっているな」


「植物の調査もできますしね」


 杉本が言うと、健吾が横目で見た。


「……それは今回、関係あるのか?」


「アメリカの植物の話とか聞けるじゃないですか」


「……あいつなら聞くだろうな」


 健吾の返事に、何人かが笑った。



ーーー



 その日の夜、達也のスマートフォンに健吾から電話がかかってきた。


「たっちゃん、ちょっと頼みがあるんだけど」


「何?」


「今度、アメリカから探索者が来るんだよ」


「へえ」


「それで、ダンジョンの案内をすることになったんだけど、通訳をお願いできないかと思ってな」


「通訳?」


「たっちゃん、英語できるだろ?」


「うん。まあ、仕事でも使うことあるし」


「金曜と土曜の二日間なんだけど、手伝ってもらえないか?」


「金曜なら、有給を取れば大丈夫だと思う。まだ残ってるし」


「悪いな、仕事休ませて」


「いいよ。土曜はいつもの日だし、ダンジョンが一日増えたと思えば」


「……まあ、そうだな」


 電話の向こうで、健吾が少し笑った。


「じゃあ、正式な依頼が行くと思うから、よろしく頼む」


「うん。会社にも確認しておくよ」


「助かる」


「でも、僕でいいの?」


「ダンジョンのことも分かってるし、お前なら安心だからな」


「そっか」


 それから少しだけ、互いの近況を話して電話を切った。


 達也はカレンダーを開いた。金曜日に有給休暇。土曜日はいつもどおりダンジョンで、その次は、いつもの植物研究室へ行く日曜日だ。


「……三日連続か」


 金曜日と土曜日の欄に、二つ続けて印を付ける。


 アメリカの探索者は、どんなダンジョンを見てきたのだろう。日本とは、生えている植物も違うのだろうか。ふと、以前動画で見た赤紫色の大きな葉を思い出した。葉の裏に付いていた、白い粒。


「……あれ、どうなったんだろ」


 そんなことを考えながら、達也は翌日の出勤に備えて鞄を片づけた。


 翌日、会社に申請した有給休暇は問題なく承認された。達也は昼休みに、金曜日の休みが取れたと健吾へ短いメッセージを送った。


 ちょうどそのころ、JDAの実働部隊の詰所では、坂口たちが合同探索の段取りを詰めていた。返事が気になって仕方がないのか、遠藤も資料を抱えたまま部屋の隅に立っている。


 健吾のスマートフォンが短く震えた。画面を確かめた健吾が、無言でそれを掲げてみせる。


 次の瞬間、坂口が机の下で小さく拳を握り、瀬戸が静かに頷きながら拳を固め、杉本は両手を天井へ突き上げた。遠藤に至っては、抱えていた資料を取り落としそうになりながら、全身でガッツポーズをしていた。



ーーー



 金曜日。達也がJDAの受付前に着くと、坂口たちはすでに揃っていた。


「あ、井上さん!」


 杉本が手を振る。


「おはようございます」


「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」


「こちらこそ」


 達也が近づくと、坂口が振り返った。


「井上さん、今日はありがとうございます。お休みを取っていただいて」


「いえ。大丈夫です」


 そう話しているうちに、正面玄関の自動ドアが開いた。JDAの職員に案内されて、見慣れない五人が入ってくる。男性が三人に、女性が二人。


「いらっしゃいましたね」


 坂口が姿勢を正し、達也たちもそれに倣った。


 五人が受付前まで来ると、坂口が一礼する。先頭に立っていた男性が、一歩前へ出た。


「I'm Alex. Nice to meet you.(アレックスです。よろしくお願いします)」


「I'm Tatsuya Inoue. Nice to meet you, too.(井上達也です。こちらこそよろしくお願いします)」


 達也が答えると、アレックスが笑顔になった。


「Oh, you speak English.(ああ、英語が話せるんですね)」


「Yes. I'll be helping with communication today.(はい。今日は通訳をお手伝いします)」


 達也は坂口たちへ向き直った。


「アレックスさんが、今回のチームのリーダーだそうです」


「よろしくお願いします、と伝えてください」


「はい」


 達也が英語で伝えると、アレックスが頷いた。続いて、残りの四人も順に名乗る。火属性のカイル、水属性のサラ、光属性のソフィア、そして土属性のスコット。リーダーのアレックスは風属性だという。名前と属性を確かめながら、達也は持ってきた小さなメモ帳に書き込んでいった。


「井上さん、もうメモ取ってるんですか?」


 杉本が覗き込む。


「名前を忘れたら困るから」


「あ、そっちですか」


「そっちって?」


「てっきり、植物のことかと」


「まだ何も見てないよ」


「ですよね」


 その会話を聞いていたサラが、達也の手元へ目を向けた。


「Do you keep notes during exploration?(探索中も記録を取るんですか?)」


「Yes. Mostly about plants.(はい。主に植物についてです)」


「Plants?(植物?)」


「I usually study plants in dungeons.(普段は、ダンジョンの植物を調べているんです)」


「Really? I study plants near water, and the water around them.(本当ですか? 私は水辺の植物と、その周りの水を調べているんです)」


「Plants near water?(水辺の植物ですか?)」


「Yes. Water flow, temperature, and how they affect the plants.(はい。水の流れや温度が、植物にどう影響するかを調べています)」


「I've studied plants near water, too.(僕も水辺の植物を調べたことがあります)」


 サラが笑顔になった。


「Then we should talk later.(それなら、あとでお話ししましょう)」


「Yes, please.(ぜひ)」


 話が弾みかけたところで、健吾が声をかけた。


「たっちゃん、そろそろ移動するぞ」


「あ、うん」


 達也は慌ててメモ帳を閉じた。その背中を見ながら、杉本が健吾へ小声で話しかける。


「先輩、もう調査の話してません?」


「してるな」


「早くないですか?」


「いつものことだろ」


「……確かに」



ーーー



 ダンジョンのゲートの前で、坂口が振り返った。


「ここから配信が入る。井上さんは、いつもどおり『トマトさん』で呼ぶぞ」


「はい」


 達也は頷いてから、アメリカ側の五人へ向き直った。


「On stream, they'll call me 'Tomato.' Please don't worry about it.(配信中は、僕は『トマト』と呼ばれます。気にしないでください)」


「……Tomato?(……トマト?)」


 五人の声が、きれいにそろった。


「It's a long story.(話せば長いんです)」


 口で説明するより早いと思い、達也はスマートフォンを取り出して配信のプレビュー画面を見せた。画面の中には、頭がまるごとトマトになった人物が立っている。そのてっぺんでは、緑のヘタが小さく揺れていた。


 五人が一斉に画面を覗き込む。


「……Cool!(……クール!)」


 真っ先に声を上げたのはカイルだった。ソフィアも目を輝かせ、アレックスとスコットは画面と達也の顔を何度も見比べている。サラだけは、こらえきれずに小さく吹き出した。


「It suits you.(似合ってますね)」


「……Thank you.(……ありがとうございます)」


 後ろで、健吾が小さく呟いた。


「……ウケてるな」


 一日目の探索は、第三階層の森林地帯へ続く、岩の多い通路が中心だった。魔物の出現が多く、戦い方を見てもらうにはちょうどいい区域だと、坂口が選んだ場所だ。


 十人という人数もあって、普段より足音が多い。先頭を坂口とアレックスが歩き、その少し後ろに健吾とカイル。達也は両チームの間に入り、必要に応じて会話を伝えていた。瀬戸とスコットは周囲の岩壁を眺め、杉本とソフィアは後方を警戒している。


 その様子は、JDAの公式配信にも映し出されていた。



『JDA公式でアメリカとの合同探索!?』

『海外の人たち、アバターなしなんだ』

『つかトマトの人いるのなんで?』

『アメリカ人の横にトマトがいるwww』

『え、トマトが英語しゃべってる』

『トマトさん通訳なの!?』



 配信画面の中で、トマト頭のヘタが、少し照れくさそうに揺れていた。


 アレックスがあたりを見回した。


「It's different from the dungeon we usually explore.(私たちが普段探索しているダンジョンとは違いますね)」


「What is it like there?(そちらはどんな場所なんですか?)」


「More open spaces. Fewer plants in the areas we work in.(もっと開けた場所が多いです。私たちが活動している区域は植物も少ないですね)」


「I see.(そうなんですね)」


 思わず声が沈んだのか、アレックスが笑った。


「You sound disappointed.(残念そうですね)」


「A little.(少しだけ)」


 正直な返事だった。


 しばらく進んだところで、坂口が足を止めた。


「前方、二体。……先に、アメリカの皆さんにお願いできるか聞いてくれ」


 達也が伝えると、アレックスは笑って頷いた。


「Sure. Let's go.(もちろん。行こう)」


 その一言で、アメリカ側の四人が一斉に前へ出た。サラだけは少し下がり、全体を見渡せる位置に立つ。


「Left one's mine!(左は俺がやる!)」


「Got it! I'll take the right!(了解、右は私が!)」


 カイルとソフィアが声を掛け合い、それぞれの判断で魔物へ向かっていく。


「Flash!(フラッシュ!)」


 ソフィアの放った光が、一体の目をくらませた。


「Fire Arrow!(ファイヤーアロー!)」


 その隙に、カイルの炎が一直線に飛んで魔物を包む。


「Gust!(ガスト!)」


 もう一体はアレックスの突風に足を払われて体勢を崩した。


「Stone Spike!(ストーンスパイク!)」


 地面から突き出したスコットの石柱が、そこへとどめを刺す。


「Clear!(片付いた!)」


 アレックスの声が通路に響いた。


 一人ひとりが自分の判断で動き、技の名前を叫ぶ声で互いの動きを知らせ合う。四人がばらばらに動いているようで、不思議とぶつからない。達也の見慣れた戦い方とは、ずいぶん違っていた。


 コメント欄が、一段と勢いづいた。



『技名叫ぶんだ!』

『なんかゲームみたいでかっこいい』

『実働部隊の人たちは全然言わないよな』

『同じ魔法でも使い方違うんだな』



 スコットの石柱を見て、瀬戸が目を見開いた。


「同じ土属性でも、あんな使い方ができるんですね」


 しばらく進むと、今度は大きな獣型の魔物が一体、通路の奥から姿を現した。


「Your turn.(今度はそちらの番です)」


 アレックスが一歩下がる。坂口は前を見たまま、わずかに目を細めた。風が、通路の奥の気配を拾っている。


「一体だけだ。足立、正面。瀬戸、右に壁。杉本、左から回り込め」


 声は低く、短い。三人は返事もせずに動いた。


 突進してきた魔物の進路を、瀬戸の土壁がふさぐ。勢いを殺された魔物が向きを変えた瞬間、杉本の剣が脇腹をかすめ、注意がそちらへ逸れた。その隙に、正面から踏み込んだ健吾の大剣が振り下ろされる。


 一撃。


 魔物の姿が崩れ、魔素となって消えていく。


 技の名前を叫ぶ者はいない。互いに声を掛け合うこともなかった。指示を出すのは坂口だけで、残りの三人は、その短い言葉だけで動いていた。


「That was quiet.(静かですね)」


 アレックスが感心したように呟き、カイルが首を傾げた。


「You don't call out your moves?(技の名前を言わないんですか?)」


 達也が訳すと、健吾は大剣を下ろしながら肩をすくめた。


「もう何をするか決めてから使ってるからな」


 その返事を伝えると、アレックスは笑った。


「We do. It makes our magic more stable, and everyone knows what the others are doing. In our team, everyone decides on their own. That's how we were trained.(私たちは言います。その方が魔法が安定しますし、仲間にも何をするか伝わりますから。うちのチームは、それぞれが自分で判断して動くんです。そう訓練されてきたので)」


 達也が坂口へ伝えると、坂口は少し考えてから答えた。


「うちは警察や自衛隊の出身が多いですから。指示を出す人間を一人に決めておく方が、動きやすいんです」


「Different ways to do the same job.(同じ仕事でも、やり方が違うんですね)」


 アレックスはそう言って頷き、それから達也を見た。


「And you're a plant researcher, right? Your English is great, too.(ところで、あなたは植物の研究者さんなんですよね? 英語もお上手です)」


 達也は少し考えた。普段からダンジョンの植物を調べているのだから、間違ってはいない。


「……Something like that.(……まあ、そんなところです)」


 達也が曖昧に笑うと、横で健吾が何とも言えない顔をした。


 その間に、スコットは瀬戸の作った土壁へ近づき、厚さや形を確かめていた。


「That's solid. It stopped that beast completely.(しっかりしていますね。あの魔物を完全に止めていました)」


 達也が訳すと、瀬戸は少し照れたように笑った。


「ありがとうございます。さっきの石柱も、すごかったです。私は防壁として使うことが多いので、勉強になります」


「I focus on shaping and moving rock. I've never made a wall that thick.(私は岩の形を変えたり、動かしたりすることを中心に練習しています。こんなに厚い壁は作ったことがありません)」


 同じ土属性でも、使い方はずいぶん違う。瀬戸は、まだ残っている石柱をじっと見つめていた。


「……あの形、少し練習してみたいですね」


「瀬戸さんも攻撃するんですか?」


 杉本が尋ねる。


「いえ。防壁の形を工夫できるかもしれませんから」


「そっちですか!」


「はい」


 瀬戸は真面目な顔で頷いた。


 岩の多い通路を抜けると、まばらに草の生えた一帯に出た。そこで今度は、岩陰から小型の魔物が三体飛び出してきた。


「杉本、前へ。カイルさんにもお願いしてください」


 坂口の指示を達也が伝えると、カイルは頷いて杉本の隣に並んだ。


 草のある場所では、杉本は炎を抑え、剣だけで戦うことが多い。周りの植物に燃え移らないよう、これまで何度も調整してきたやり方だ。一方、カイルは手のひらに炎を集めた。


「Fire Needle!(ファイヤーニードル!)」


 細く絞られた炎が一直線に魔物の足元へ届き、周りの草に触れる前に消える。足を止めた魔物へ、杉本の剣が届いた。


 残る二体も同じだった。カイルの炎が動きを止め、杉本が仕留める。最後の一体が魔素になって消えると、杉本が勢いよく振り返った。


「同じ火属性でも、こんな使い方があるんですね!」


 達也が訳すと、カイルは少し照れたように肩をすくめた。


「In our dungeon, we often fight near dry grass. I had to learn to keep it small. I even gave it its own name. It's easier to keep it thin that way.(私たちのダンジョンでは、枯れ草の近くで戦うことが多いんです。小さく絞るしかなかったんですよ。専用の名前まで付けました。その方が細く保ちやすくて)」


「枯れ草……」


 杉本は、足元の草とカイルの手を交互に見た。


「俺も、あれ練習したいです」


 達也は、炎が消えたあたりの草にそっと目を落とした。葉先には、焦げ跡ひとつ残っていなかった。


 その後も何度か魔物と遭遇し、そのたびに日米の探索者が互いの戦い方を見せ合った。地上へ戻る通路を歩くころには、カイルと杉本はすっかり打ち解け、身振り手振りで炎の絞り方を話し込んでいた。


 その少し後ろで、サラが達也の隣に並んだ。


「Today was mostly about fighting, wasn't it?(今日は、ほとんど戦闘でしたね)」


「Yes. I didn't have much time to look at plants.(はい。植物を見る時間は、あまりありませんでした)」


 サラは少し考えてから、前を歩く坂口とアレックスへ目を向けた。


「Do you think we could spend tomorrow looking at plants and water?(明日は、植物や水場を見て回ることはできるでしょうか?)」


 達也が伝えると、坂口は少し考えてから頷いた。


「戦い方は、今日でだいたい見てもらえた。明日は森林地帯へ行こう。アレックスさんにも確認してくれ」


 達也が訳すと、アレックスは笑って肩をすくめた。


「Sure. Sara's been waiting for that all day.(もちろん。サラは一日中それを待っていましたから)」


 サラは嬉しそうに達也を見た。


「Tomorrow, then.(じゃあ、明日)」


「Tomorrow.(はい、明日)」


 少し後ろで、健吾が杉本に小声で言った。


「……明日は長くなるぞ」


「植物の日ですもんね」



ーーー



 土曜日。前日に続いてJDAの公式配信を流しながら、二日目の探索は第三階層の森林地帯へ向かった。



『今日もアメリカ合同だ!』

『森林地帯? 今日は調査回なのかな』

『昨日の技名バトルまた見たい』

『トマトさん今日も通訳?』

『森ならトマトさんの出番では』



 森林地帯へ入ると、サラが周囲を見回した。


「There are so many different plants here.(ここには本当にいろいろな植物がありますね)」


「Yes. There are especially many on this level.(はい。第三階層は特に多いです)」


 少し先で、サラが足を止めた。足元に広がる、細い葉の草を見つめている。


「Can I take a closer look?(少し詳しく見てもいいですか?)」


「Of course. But please check with me before touching anything.(もちろんです。ただ、触る前に確認してください)」


「Of course.(もちろんです)」


 二人がしゃがみ込むのを見て、健吾がため息をついた。


「……始まったな」


「ですね」


 杉本も頷き、坂口が振り返る。


「トマトさん、あまり離れないようにお願いします」


「はい!」


 達也は返事をしてから、サラにも同じことを伝えた。


 サラは葉には触れず、その周囲の土へ視線を向けていた。


「The ground is damp here.(ここは地面が湿っていますね)」


「Yes, it is.(そうですね)」


「But the plants over there look different.(でも、向こうの植物は少し様子が違います)」


 サラが指差した少し離れた場所にも、同じような細い葉の草が生えている。達也はそちらへ近づき、葉にそっと触れた。植物親和を通して、ぼんやりとした感覚が伝わってくる。


「This one seems to want more water.(こっちの方が、水を欲しがってるみたいです)」


 サラが首を傾げた。


「What do you mean?(どういうことですか?)」


「I can sense how plants are doing, to some extent.(植物の状態を、ある程度感じ取れるんです)」


「You can sense that?(そんなことが分かるんですか?)」


「Not exactly. It's more like a vague feeling.(正確に分かるわけではありません。曖昧な感覚なんです)」


「That's interesting.(面白いですね)」


 サラは興味深そうに頷き、二つの場所を見比べた。


「The soil looks similar, but the water may be moving differently underneath.(土の見た目は似ていますが、地面の下で水の動きが違うのかもしれません)」


「Underground?(地面の下ですか?)」


「Yes. Water doesn't always reach the roots evenly.(はい。水が根まで均等に届くとは限りませんから)」


 サラは携帯していた小さな測定器を取り出し、地面の水分を確かめて数値を記録した。


「There's a difference.(違いがありますね)」


「Really?(本当ですか?)」


 達也も横から覗き込む。表面の湿り具合は似ていても、少し深い位置の水分量に差があった。


「But we don't know if that's the cause yet.(ただ、それが原因かどうかは、まだ分かりませんね)」


「Yes. We'll need to check more plants.(はい。ほかの植物も調べてみないと)」


「……なるほど」


 達也はノートを開き、植物親和で感じたことと、土の中の水分量を並べて書き込んだ。


「I was only looking at the plants themselves.(僕は植物そのものしか見ていませんでした)」


「And I was looking at the water.(私は水の方を見ていました)」


 サラが笑う。


「Different starting points.(出発点が違うんですね)」


「Yes.(そうですね)」


 植物がどう感じているか。その植物が、どんな環境に置かれているか。両方を調べれば、分かることが増えるかもしれない。


「This is interesting.(これ、面白いですね)」


「I think so, too.(私もそう思います)」


 地面から顔を上げない二人を見て、健吾は坂口へ目を向けた。


「坂口さん、少し待ってもらってもいいですか?」


「構わない。今日はそのための日だ。ただし、周囲の警戒は続けてくれ」


「了解です」



ーーー



 調査を終えて森の奥へ進み始めたところで、坂口が足を止めた。


「前方、一体。足立、正面。トマトさん、足を」


「はい」


 達也が答えるのと同時に、周りの木々に絡んでいたツルがざわりと動いた。


 伸びて。あっち。


 幹から離れたツルが何本も宙を走り、飛び出してきた魔物の脚へ次々と巻きつく。森の中は、昨日の通路とは比べものにならないほど植物が多い。絡みついたツルは、魔物がもがくほどに締まっていった。


 身動きの取れなくなった魔物へ、健吾が踏み込む。


 一撃。


 魔物の姿が崩れ、魔素となって消えていく。


 静かになった森の中で、アメリカ側の五人が、そろって達也を見た。


「What was that? The vines...(今のは? あのツルは……)」


 アレックスが、信じられないものを見るように尋ねた。


「That was me.(僕です)」


「Wait. You're an explorer?(待ってください。あなた、探索者なんですか?)」



『出た、トマトさんの拘束』

『相変わらず植物の使い方がおかしい』

『海外の人めっちゃ驚いてるw』

『通訳の人が魔物止めてるんだけど』

『いつものことです』



「あれ、言ってなかったんですか?」


 杉本がきょとんとした顔で達也を見る。


「言うタイミングがなかったんだよ」


 達也が苦笑すると、健吾が小さく息を吐いた。昨日のあの何とも言えない顔は、どうやらこれだったらしい。


 サラが目を丸くしたまま、ツルの残る木々を見上げた。


「I knew you could sense plants. But I didn't know you could do that.(植物の状態が分かるのは知っていましたけど、あんなことまでできるなんて)」


「You're an earth-type, right?(土属性ですよね?)」


 アレックスが尋ねる。


「Yes. I have an affinity for plants.(はい。植物に親和性があるんです)」


 スコットも近づいてきた。


「Can you control any plant?(どんな植物でも操れるんですか?)」


「No. It depends on the plant.(いいえ。植物によります)」


 達也は先ほど使ったツルを見た。


「And I can't always control them the way I want.(それに、いつでも思いどおりに動かせるわけではありません)」


「Interesting.(面白いですね)」


 スコットは少し考えてから尋ねた。


「Why do you only restrain monsters?(どうして魔物を拘束するだけなんですか?)」


「Only?(だけ、ですか?)」


「You might be able to defeat them with those vines.(そのツルで倒すこともできるかもしれませんよ)」


 達也は少し考えた。


「Maybe. But I haven't tested that enough.(そうかもしれません。でも、まだ十分に試していないんです)」


 以前、植物の根が魔物を地面へ引きずり込んだことがある。ツルに毒草の汁を付けて使ったこともあった。けれど、どこまでできるのかは、まだ分からない。


「And my partner is much better at defeating them.(それに、魔物を倒すのは相棒の方がずっと得意ですから)」


 スコットに目を向けられた健吾は、何を話しているのか分からず首を傾げた。


「……何だ?」


「ケンちゃんの方が魔物を倒すのは得意だって話」


「そりゃ、そうだろ」


 あっさりした返事を達也が訳すと、スコットが笑った。


「Fair enough.(それもそうですね)」


 森林地帯をさらに奥へ進んだところで、達也はサラに声をかけた。


「There's a water spot ahead. Someone has been recording the water there regularly.(この先に水場があります。そこの水を、定期的に記録している人がいるんです)」


「Really?(本当ですか?)」


 サラの目が輝いた。


 木々の間を抜けると、岩の間から湧き出した水が浅い流れをつくっている場所に出た。交流会で知り合った青い魚さんが、水温や濁り、水量を定点で記録し続けている水場だ。


「あ、ここ前に来たとこですよね」


 杉本が言うと、健吾が頷いた。


 サラは水際にしゃがみ込み、流れの速さを確かめるように指先を水に浸した。それから測定器を取り出し、水温を記録していく。その手つきに迷いはなかった。


 達也は水中で揺れる水草を指差した。


「The water plants here are increasing.(ここの水草、増えているんです)」


「How do you know?(どうして分かるんですか?)」


「The person who records this place showed me photos from before. There are more now than in those photos.(ここを記録している人に、以前の写真を見せてもらったんです。そのころより、今の方が多いんです)」


 サラは水草と流れを見比べ、それから達也を振り返った。


「I'd love to see those records someday.(いつか、その記録を見てみたいです)」


「I'll ask them.(聞いてみます)」


 内気な魚さんのことだ。アメリカの研究者が記録を見たがっていると聞いたら、きっと驚くだろう。それでも、少しは嬉しそうな顔をする気がした。


 ちょうど昼時だったこともあり、一行はそのまま水場のそばで休憩を取ることになった。達也はサラと並んで座り、互いの端末に保存された調査記録を見せ合っていた。


「This one was found in our dungeon.(これは私たちのダンジョンで見つかったものです)」


 サラが表示した写真には、赤紫色の大きな葉が写っていた。達也の手が止まる。


「あ」


「What's wrong?(どうしました?)」


「I've seen this plant before.(この植物、見たことがあります)」


「Really?(本当ですか?)」


「In a video. About three years ago.(動画で。三年くらい前です)」


 達也は写真を指差した。


「There were small white granules under the leaves, right?(葉の裏に、小さな白い粒が付いていましたよね?)」


 サラが目を丸くした。


「You remember that?(それを覚えているんですか?)」


「Yes. I was curious about what they were.(はい。あれが何なのか気になっていて)」


 サラは少し笑った。


「That was my video.(あれは私の動画です)」


「……えっ」


 顔を上げた達也の前で、サラは別の写真を表示した。葉の裏を拡大した画像だった。


「We continued studying it.(あのあとも調査を続けたんです)」


「Did you find out what the granules were?(白い粒の正体は分かったんですか?)」


「Not completely. But we've learned a few things.(完全には、まだです。でも、いくつか分かったことがあります)」


 サラは写真を切り替えた。


「They grow larger over time, and eventually fall off the leaves. We've found new sprouts near where they fell.(粒は時間とともに大きくなって、やがて葉から落ちるんです。落ちた場所の近くで、新しい芽が見つかったこともあります)」


「Like seeds?(種みたいに?)」


「Maybe. But we haven't confirmed that the sprouts came from those granules.(かもしれません。でも、その粒から芽が出たとは、まだ確認できていないんです)」


「Have you tried growing them?(育ててみたんですか?)」


「Many times. But none of them have sprouted in the lab.(何度も。でも、研究室では一つも発芽していません)」


「Maybe something's missing.(何か条件が足りないのかもしれませんね)」


「That's what we're trying to find out.(それを今、調べているところです)」


 サラは端末の画面を指でなぞった。写真の横には、採取した日ごとの水温や、近くを流れる水の速さが細かく書き込まれている。


「I've been recording the water around each plant, too. I don't know yet if it matters.(株の周りの水も、ずっと記録しているんです。関係があるかどうかは、まだ分かりませんけど)」


「I see.(そうなんですね)」


 何か条件が足りない。達也は自宅のベランダに並んだ鉢を思い浮かべた。


 三年前、画面の向こうで、分からないものを分からないと記録していた人。その人が今、隣に座っている。


「I'm glad you kept studying it.(調査を続けていてくれて、嬉しいです)」


 サラは少し驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑った。


「I'm glad I did, too.(私も、続けていてよかったです)」


 少し離れたところで、健吾が二人を見ていた。


「……長いな」


「植物の話ですかね?」


 杉本が尋ねる。


「間違いないだろ」


「でも、すごいですね。言葉が違っても、あんなに盛り上がれるんですね」


「植物の話だからな」


「それ、理由になってます?」


「たっちゃんにはなるんだよ」


 健吾がそう言うと、杉本は納得したように頷いた。


「……確かに」



ーーー



 二日間の合同探索を終え、十人は無事に地上へ戻った。アレックスは坂口と握手を交わし、カイルとソフィアも日本側の実働部隊へ礼を伝えている。瀬戸とスコットは、最後まで土魔法の使い方について話し込んでいた。


 その会話を訳していた達也に、サラが声をかけてきた。


「Tatsuya, can I ask you something?(達也、一つ聞いてもいいですか?)」


「Of course.(もちろんです)」


「Do you share your research with other explorers?(調査結果は、ほかの探索者とも共有しているんですか?)」


「Yes. The JDA publishes information that's been verified.(はい。JDAでは、確認できた情報を公開しています)」


「That's interesting.(興味深いですね)」


 サラが頷いた。


「We share information within our team, but it's not always easy to reach other groups.(私たちもチーム内では共有していますが、ほかのグループに届けるのは簡単ではないんです)」


「I see.(そうなんですね)」


 達也は少し考えた。


「We have a lot of people working on different things. Maps, water, minerals, plants...(日本でも、地図や水場、鉱石、植物と、いろいろな人が別々のことを調べています)」


「That sounds useful.(それは役に立ちそうですね)」


「Yes. Someone else's research once led me to a place I didn't know about.(はい。僕も、ほかの人の調査で知らなかった場所を教えてもらいました)」


 頭に浮かんだのは、さっきの水場だった。魚さんが教えてくれなければ、自分一人では見つけられなかった場所だ。


「Maybe we should try something similar.(私たちも似たようなことを試してみたいですね)」


「I think that would be good.(それは、いいと思います)」


 そこへ健吾が近づいてきた。


「たっちゃん、そろそろ報告に戻るぞ」


「あ、うん」


 達也はサラへ向き直った。


「Thank you for showing me your research.(研究のことを教えてくれて、ありがとうございました)」


「Thank you, too.(こちらこそ、ありがとう)」


 サラは少し考えてから、付け加えた。


「I'll let you know if we find out what makes them sprout.(発芽の条件が分かったら、お知らせしますね)」


「Really? Thank you!(本当ですか? ありがとうございます!)」


 思わず声が大きくなった達也を見て、健吾が呆れたように笑った。


「……よかったな」


「うん」


 達也は素直に頷いた。


 帰り際、達也はいつものノートを取り出し、新しいページに今日の日付を書いた。



 【赤紫色の葉】

  アメリカの調査者サラからの情報。

  海外のダンジョンで確認された植物。

  葉の裏側に白い粒あり。

  粒は成長とともに大きくなり、やがて落下。

  落下地点付近で同種と思われる新芽を確認した例あり。

  粒から発芽したかは未確認。

  研究室での発芽実験は成功例なし。

  水温、水流などの環境条件との関係は調査中。

  要検証。



 海の向こうにも、まだ分からないことがある。そして、それを調べ続けている人がいる。


 達也はノートを閉じた。


「……また話せるといいな」


 こうして、二日間の合同探索は終わった。


 明日は日曜日。いつもの植物研究室へ行く日だ。太田さんに話したいことが、たくさんあった。






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