第四十一話「聞ける人」
第四十一話「聞ける人」
ダンジョンが発生してから、五年が経った。
第三階層の通路に、四人分の足音が響いていた。今日の目的地は第五階層だ。以前確認した植物がその後どう育っているか、それを調べるのが達也の目的だった。高城も、以前鉱石を採取した場所をもう一度見ておきたいと言い、今回の調査に同行している。先頭を健吾が歩き、その後ろに達也と高城が並ぶ。最後尾には杉本がついていた。
「そういえば、鷹さんと第五階層に行くのは初めてですね」
「そうですね。いつもは別のJDAの方と行ってたので」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。ご一緒できて嬉しいです」
二人は顔を見合わせて笑った。
『今日は四人か』
『トマトと鷹の調査回』
『面とワンコが護衛』
『今日は深いところまで行くのかな』
『採取袋が大きいwww』
『帰りは荷物増えてそう』
しばらく進んだところで、通路の脇から声が飛んできた。
「鷹さん! いいところに!」
高城が足を止める。
「あれ? 岩さん、どうされたんですか?」
声の主は、頭部が岩のアバターの探索者だった。以前の交流会で知り合った、土属性の探索者だ。壁の向こうに空間があるかどうかを感じ取れるという、少し変わった能力の持ち主だった。
「ちょっと見てもらいたいものがありまして」
「何ですか?」
「ここの壁なんですけど、変わった石が出てるんですよ」
岩さんが指さした先、灰色の岩壁の一角に、周囲とわずかに色合いの違う石が覗いていた。
「……へえ」
高城の声が、ほんの少しだけ高くなった。高城が壁へ近づく。
「これ、ちょっと気になりますね」
「やっぱりそうですか!」
『岩さんだ』
『交流会にいた人じゃん』
『壁の向こうが分かる人だっけ』
『黒猫:あ、岩さんだ』
『黒猫さんもいる!』
『黒猫:トマトさんの配信が始まったので見に来ました』
「あ、黒猫さんも見てるんですね」
達也がコメントに気づいた。
「こんにちは」
『黒猫:こんにちは、トマトさん』
高城は壁から目を離した。
「これ、少し調べてみたいですね」
「ぜひお願いします!」
そう言ってから、高城は達也の方を振り返った。その目が、きらきらと輝いていた。達也は思わず小さく笑った。気持ちは、よく分かる。自分も新しい植物を見つけたときは、きっと同じ顔をしているのだろう。
達也は端末を取り出し、現在地を確認した。
「じゃあ、僕もこの近くの植物を見てきてもいいですか?」
「第五階層は?」
健吾が尋ねる。
「そのあとで行こうかなって」
「……じゃあ、ここで一旦分かれるか。俺がたっちゃんについてくから、翔太は鷹さんの護衛を頼む」
「あ、ここなら俺は一人でも大丈夫ですよ?」
「まあ、そうでしょうけど。せっかく四人いるんで」
「任せてください!」
「じゃあ、お願いします。翔太さん」
「はい!」
高城は達也の方へ顔を向けた。
「トマトさん、すみません。ちょっとこっちを調べてから合流しますね」
「はい。僕は前に行った水辺の辺りにいますので」
「分かりました。終わったらそちらに向かいます」
「お願いします」
達也と健吾は通路の先へ進み、高城と杉本は岩さんのそばに残った。一本だった配信も、ここで「トマト」と「鷹」の二つに分かれた。
ーーー
達也と健吾が向かったのは、以前にも調査したことのある一帯だった。通路の片側には岩壁が続き、反対側には背の低い草がまばらに生えている。達也は歩きながら何度も足を止め、葉の付き方や茎の色を確かめていった。
「……こっちは変わってないかな」
ノートを開き、以前の記録と見比べる。
「この辺り、去年も来たよな」
「うん。あのとき調べた植物を確認しておきたくて」
「なるほどな」
達也はしゃがみ込み、別の株へ手を伸ばした。細長い葉を持つ、見慣れた植物だった。
「……あれ?」
「どうした、たっちゃん」
「この植物、前に調べたときと少し違うんだ」
「そうなのか?」
「うん」
達也はもう一度、そっと葉に触れた。植物親和を通して、葉の内側の感覚がぼんやりと伝わってくる。乾いた土に根を張っているはずなのに、以前感じた「水が欲しい」という訴えがない。それどころか、今は十分に満ち足りているようだった。
達也は葉から手を離し、足元の土を指先で探った。表面は、さらさらに乾いている。
「……おかしいな」
「何かあったか?」
「前はもう少し水を欲しがってたんだけど、今は足りてるみたいなんだ」
「でも、この辺りに水が流れてる場所なんてなかったよな?」
「そうだよね……」
達也は顔を上げ、周囲を見回した。見える範囲に、水の流れはどこにもない。
『黒猫:あ、その辺り、前に調べたときと少し地形が違ってたんですよ』
「え、そうなんですか?」
『黒猫:通路の端が少し変わってて、地図を修正したんです』
『へえー』
『そんな細かいところまで調べてるのか』
『黒猫:前の記録と比べると、結構違いが見つかるんですよ』
「へえ……」
達也は改めて辺りを見渡した。言われてみればそんな気もするし、言われなければ気づかない程度の違いだった。
「ケンちゃん、気づいた?」
「いや、俺は分からなかったな」
「僕も気づかなかった」
達也は再び植物へ目を落とした。以前、魚さんに教えてもらった水場は、ここからそれほど離れていない。
「……地下でつながってるのかな」
「地下に水があるってことか?」
「うん。まだ分からないけど」
達也は端末で現在地を確かめた。
「そうだ。魚さんにも聞いてみようかな」
「水場のことか?」
「うん。この辺りも調べてるかもしれないし」
交流会のあとに連絡先を交換していた魚さんへ、植物の写真と現在地を添えてメッセージを送る。地面は乾いているのに、植物からは水が足りているような感覚が返ってくること。近くに地下水などの記録がないか、確かめたいこと。送信を終えると、達也はノートに植物の状態を書き留めた。
『魚さんにも聞くのか』
『水場のことなら詳しそう』
『前に水場教えてくれた人だよね』
そのとき、流れの違うコメントが混じった。
『鷹さんの方、珍しい石見つけたぞ』
『なんか変わった色してる』
『鷹さん楽しそうwww』
「へえ、珍しい鉱石ですか」
達也がコメントを読み上げると、健吾も端末に目をやった。
「鷹さんの方か?」
「うん。珍しい鉱石を見つけたみたい」
健吾は小さく頷き、達也はノートへ視線を戻した。
それからも周囲の植物を一株ずつ確かめ、同じ状態のものがないか調べていく。少し離れた場所の株からは、以前とあまり変わらない感覚が返ってきた。
「……全部じゃないんだ」
「場所によって違うのか?」
「そうみたい」
達也はそれぞれの株の位置を記録していった。水があるからなのか。土の質が違うのか。それとも、植物そのものに何か変化が起きているのか。今のところ、どれも確かめられていない。
しばらくして、端末が小さく鳴った。
「あ、魚さんからだ」
画面を開くと、この近くに以前調べた場所があること、手元の記録を確認してみるという返事が届いていた。
「何だって?」
「この近くも調べたことがあるみたい。記録を確認してくれるって」
「じゃあ、何か分かるかもしれないな」
「そうだね」
達也は短く礼を返し、端末をしまった。黒猫さんが教えてくれた地形の変化も、魚さんの返事が届いたら照らし合わせてみよう。そう決めて、達也はノートに一行を書き足した。
ーーー
少し時間は戻って、達也たちと別れた直後。岩壁の前で、高城は石の表面を調べていた。
「……この筋、奥まで続いてますね」
「そうなんですよ」
岩さんが頷く。
「壁の中を調べてたら、少し違う感じがして。表面を見たらこれがあったんです」
「なるほど」
「自分の能力だと、空間があるかどうかは分かるんですけど、石そのものはよく分からないんですよね」
「俺は、壁の向こうまでは分からないですからね」
高城が笑った。
「こういうの、助かります」
「こちらこそですよ。鷹さんなら何か分かるかなと思って」
高城は壁の表面を指でなぞった。灰色の岩の中に、ほんのりと青みを帯びた筋が走っている。
「この青い部分、変わってますね」
「実は、この辺りだけ壁の奥に細い隙間があるんですよ」
「隙間ですか?」
「はい。大きな空洞じゃなくて、細長い隙間です。ちょうど、この青い筋と同じ方向に続いてるんです」
「へえ……」
高城がもう一度、石に触れた。
「岩さん、その隙間って、どこまで続いてるんですか?」
「それが、途中から分からなくなるんですよ。下の方にも続いてるみたいなんですけど」
「なるほど……」
「あと、ちょっと変なんですけど」
「何ですか?」
「何度か調べてるんですけど、奥の方が分かりやすいときと、分かりにくいときがあるんです」
「隙間が動いてるってことですか?」
「いや、そういう感じではないんですよね。形は変わってないと思うんですけど」
「へえ……」
高城も壁に手のひらを当てた。
「俺の方は、そこまで分からないですね」
「やっぱり能力の違いですかね」
「そうかもしれません」
二人はしばらく、黙って壁を眺めていた。同じ一枚の岩壁を前にしているのに、片方は壁の奥を、片方は石の中身を見ている。
「……気になりますね」
「ですよね!」
再び話し始めた二人を、杉本が交互に見比べた。
「……先輩がこっちに残らなかった理由、ちょっと分かった気がします」
その呟きは、高城にも岩さんにも届かなかった。二人は青い筋についての話を続けていた。
しばらく調べたあと、高城が腰の道具入れに手を伸ばした。
「……少しだけ採取してもいいですか?」
「ええ。自分もそれをお願いしたかったんです」
「じゃあ、周囲を確認してからにしましょう」
「了解です!」
杉本が通路の先へ目を向け、警戒に入る。高城は岩を傷つけすぎないよう、慎重に工具を当てていった。小さな音が、何度か通路に響く。やがて、指先ほどの欠片がぽろりと外れた。
「……おお」
高城は手のひらの上で、その石を転がした。灰色の断面には、薄い青の筋が幾重にも重なっていた。
「岩さん、これ見てください」
「何ですか?」
「ここ、青い筋が重なってるんですよ」
「本当だ。表面からじゃ分からなかったですね」
「そうなんですよ。しかも、一本ずつ少し色が違うんです」
高城は断面に指先を当てた。冷たい。だが、それは石そのものの温度とは少し違っていた。触れた指先を通して、奥の方から静かな冷たさが染み出してくる。
「……魔力も感じますね」
「珍しい石なんですか?」
「少なくとも、俺は初めて見ました」
「へえ……」
岩さんが壁の方へ目を向けた。
「この隙間と関係あるんですかね?」
「どうでしょうね。場所は一致してますけど」
「ですよね」
「持ち帰って調べてみます。ほかの場所にもあるかもしれませんし」
「じゃあ、自分も気にしてみます!」
「お願いします」
高城は欠片を採取袋へ収め、端末に位置を記録した。
「それにしても、よく見つけましたね」
「自分は壁ばっかり見てますから」
「俺も石ばっかり見てますけどね」
二人は顔を見合わせて笑った。
「……なんか似てますね、お二人」
杉本がぽつりと漏らす。
「そうですか?」
「はい。めちゃくちゃ楽しそうです」
「まあ、楽しいですね」
「自分もです」
岩さんも頷いた。
『石の人たち楽しそう』
『壁の人と鷹の人、相性いいな』
『ワンコが護衛してる横でずっと石の話してる』
『ワンコ、話についていけてなさそうwww』
採取袋をしまうと、高城は岩さんへ向き直った。
「そうだ、よかったら連絡先を交換しませんか?」
「いいんですか?」
「ええ。また気になる石があったら教えてほしいので」
「ぜひ!」
二人は端末を取り出し、連絡先を交換した。
「じゃあ、俺たちはそろそろ行きますね」
「はい。ありがとうございました!」
「こちらこそ。またお願いします」
岩さんに手を振り、高城と杉本は達也たちの待つ水辺へと歩き出した。
ーーー
達也が水辺の近くで植物の記録を続けていると、通路の向こうから二つの人影が近づいてきた。
「トマトさん、お待たせしてすみません」
「あ、鷹さん。石はどうでした?」
「面白いのが採れましたよ」
高城が採取袋を軽く持ち上げてみせる。
「そちらは?」
「僕も気になる植物があって。黒猫さんにも教えてもらいました」
「へえ、黒猫さんに?」
「はい。魚さんにも連絡してみたんです」
「そうだったんですね」
高城が笑った。
「俺も今日、岩さんと連絡先を交換したんですよ」
「そうなんですか」
「ええ。また変わった石があったら教えてもらえることになりました」
「それは楽しみですね」
「はい」
高城は採取袋を肩に掛け直した。
「……増えましたね、聞ける人」
達也は頷いた。
「そうですね」
「さて、そろそろ第五階層へ行くか」
健吾が端末で時刻を確かめる。
「そうだね。向こうの植物も確認しておきたいし」
「俺も、前に採取した鉱石の場所が気になってるんですよ」
「じゃあ、行きましょう!」
杉本が先の通路へ目を向けた。
『今日も収穫ありか』
『トマトは植物、鷹は石』
『岩さんも新しい知り合いになったな』
『黒猫さんまだ見てたwww』
『黒猫:第五階層もお気をつけて』
「あ、黒猫さん。ありがとうございます」
達也がコメントに返事をする。
「それじゃ、行こうか」
健吾を先頭に、四人は再び歩き出した。
「そういえば、鷹さん。第三階層で採れた石って、どんな感じだったんですか?」
達也が隣を歩く高城に尋ねる。
「ああ、あれですか。実はですね……」
高城が楽しそうに話し始める。
「……また始まりましたね」
後ろから杉本の声がする。
「第五階層でも続きそうだな」
健吾が笑った。
「ありそうですね」
その少し前では、達也と高城が鉱石の話を続けている。第五階層までは、まだしばらく歩くことになりそうだった。
お読みいただきありがとうございました。
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