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番外編「業務が多いんですけど!?」

番外編「業務が多いんですけど!?」




 JDAの受付施設。


「相馬さん、第三階層の採取物はこちらでいいですか?」


「はい。採取場所を確認して、植物研究室へ回してください」


「販売所の回復薬が残り少ないそうです」


「補充の担当に連絡してください」


「探索者の方が配信について質問したいと」


「それは広報です!」


 相馬陸は、手元の書類から顔を上げた。机の上には確認待ちの書類が積まれ、端末には別の部署からの連絡が次々と届いている。


 四年前。JDAの受付が始まったばかりの頃、相馬の仕事は探索証の発行と、採取物の受け取りが中心だった。当時は誰もダンジョンのことをよく分かっておらず、持ち込まれた植物や鉱石をどこへ回すべきか、そのたびに確認しなければならなかった。それでも、仕事の種類は今ほど多くはなかった。


 それから四年。窓口も職員も増え、採取物の提出窓口や販売所が整えられ、奥には救護室まで設けられた。施設が大きくなるにつれて、部署をまたぐ相談や、担当の分からない問い合わせも増えていった。


 ようやく書類に目を戻したところで、端末がまた新しい連絡を知らせた。


「……今度は何でしょう」


 相馬は端末を開いた。



ーーー



「お疲れさまです、相馬さん」


 昼前。受付の奥にある事務室へ、広報の遠藤拓海が顔を出した。


「あ、遠藤さん。ちょうどよかったです」


「何かありました?」


「配信についての問い合わせが何件か来ています。そちらに回してもいいですか?」


「もちろんです。内容は?」


「配信の設定方法と、映像の公開範囲についてですね」


「ああ、そのあたりなら広報で対応できます」


「助かります」


 相馬が差し出したメモを、遠藤が受け取る。


「あ、それと遠藤さん。もう一つ相談してもいいですか?」


「何でしょう?」


「受付施設の案内表示を見直したいんです。窓口が増えて、初めて来た方が迷うことも多くて」


「ああ、確かにそうですね」


「よかったら、一度見ていきますか?」


「お願いします」


 二人は連れ立って事務室を出た。


 受付には、今日も大勢の探索者が訪れていた。探索証の確認を受ける人。採取物を提出する人。販売所で水や保存食を買い込む人。壁に貼られた調査協力の案内を、熱心に読み込んでいる人もいる。


「ずいぶん変わりましたね」


 遠藤が辺りを見回した。


「最初は机が並んでいるだけでしたからね」


「今は窓口も分かれていますし」


「そうしないと回らなくなったんですよ」


 歩いていると、職員の一人が相馬を呼び止めた。


「相馬さん、こちらの鉱石なんですが」


「鉱物関係の担当へお願いします。判断が難しければ、高城さんに確認してもらってください」


「分かりました」


 職員が足早に戻っていく。


「相馬さんに聞けば、大体どこに相談すればいいか分かりますからね」


 遠藤が感心したように言った。


「それ、便利な問い合わせ窓口だと思われてません?」


「実際、助かっている職員は多いと思いますよ」


「私は案内板じゃないんですけどね」


 相馬が苦笑する。


「まあ、担当が分かれば仕事も早く進みますから」


 そのとき、遠藤の目が壁の案内表示に留まった。


「受付、採取物の提出、販売所、調査協力の案内……」


「救護室もありますよ。奥の廊下です」


「そうでしたね」


 遠藤は、改めて施設全体を見渡した。


「……なんだか、冒険者ギルドみたいですね」


「え?」


「ほら、ゲームとかに出てくるやつです。冒険者が登録して、素材を持ち込んで、必要な道具を買って」


「ああ……」


 つられて、相馬も周囲を見回す。


「確かに、そう言われると」


「依頼の掲示板みたいなものまでありますし」


 遠藤が指差したのは、調査協力の案内がずらりと貼られた掲示板だった。


「……ありますね」


「ありますねえ」


 二人はしばらく、無言で掲示板を眺めていた。


「でも、実際にやっているのは研究班の協力依頼なんですよね」


「そうですね。受付も採取物の提出も、全部JDAの業務ですから」


「見た目は冒険者ギルドなんですけどねえ」


「中身は普通にお役所ですよ」


 相馬が笑うと、遠藤もつられて笑った。



ーーー



 受付を離れた遠藤は、JDA庁舎の廊下で内田誠司を見つけた。


「内田さん、受付施設の案内図を作り直したいんですが」


「相馬さんからの相談ですか?」


「はい。さっき一緒に見てきました」


 遠藤は端末に、施設の見取り図を表示した。


「受付に販売所、救護室。それに調査協力の掲示板まであって、もう冒険者ギルドみたいなんですよ」


 内田が画面を覗き込む。


「……確かに。でも、それを広報で紹介するのはやめましょうね」


「え?」


「見学に来る人が増えたら、受付の仕事が増えますから」


「……相馬さんに怒られますね」


「怒られるでしょうね」


 内田は見取り図の一点を指差した。


「案内図は利用者に分かりやすく。特に救護室は目立たせてください」


「分かりました」


「では、作成をお願いしますね」


「……私ですか?」


「遠藤さんが相談を持ってきたんでしょう?」


「そうでした」


 遠藤は苦笑しながら、予定表に作業を一つ書き加えた。



ーーー



 午後。事務室で書類に目を通していると、扉が軽くノックされた。


「失礼します」


「あ、白石先生。お疲れさまです」


 入ってきたのは、白石恵美だった。今日は受付施設の救護室で待機している。


「救護室の消耗品について、少し確認したいことがありまして」


「ああ、それでしたら医療物資の担当ですね。連絡先をお伝えします」


「ありがとうございます」


「今日は怪我人、どうですか?」


「今のところ軽傷の方が二人です。どちらも処置は終わっています」


「それならよかったです」


「それと、救護室の場所が分からなくて、受付に聞きに来る方がいるようなので」


「ああ、案内表示ですね」


「はい。可能なら、もう少し分かりやすくしていただけると」


「実は今日、広報の遠藤さんに案内表示の見直しを相談したところなんです。救護室の案内も改善できると思いますよ」


「それなら、よかったです」


 白石は軽く頭を下げ、救護室へと戻っていった。


 入れ替わるように、受付の職員が顔を覗かせる。


「相馬さん、探索者の方から、販売所で採取用の袋も扱ってほしいという要望がありまして」


「採取用の袋ですか」


「はい。簡単な採取道具もあると便利だそうです」


「なるほど。要望として記録して、販売所の担当に共有してください」


「分かりました」


 職員が戻っていく。


 四年前なら、こうした相談も一から自分たちで調べるしかなかった。今は、それぞれの分野に詳しい担当者がいる。相馬がすべてを抱え込む必要はない。適切な担当へつなぎさえすれば、仕事はきちんと前へ進んでいく。


 ――そのはずなのだが、なぜか相馬のもとへ持ち込まれる相談は、一向に減る気配がなかった。



ーーー



 夕方。受付の見回りを終えて相馬が事務室へ戻ると、ほどなくして遠藤がやってきた。


「相馬さん、お疲れさまです。案内図の確認をお願いできますか?」


「あ、もうできたんですか?」


「はい。内田さんにも見ていただきました」


 遠藤が端末を差し出す。窓口ごとに色分けされ、救護室の位置もひと目で分かるようになっていた。


「いいですね。これなら迷う人も減りそうです」


「ありがとうございます」


 遠藤は案内図を眺め、先ほど見てきた受付の様子を思い返した。


「……やっぱりギルド長みたいですね」


「遠藤さん?」


「あ」


「ギルド長なんて役職、ありませんからね?」


「はい!」


 相馬は小さく息を吐いた。そこへ、内田が姿を見せた。


「相馬さん、少しいいですか?」


「あ、内田さん。お疲れさまです」


「施設管理から、窓口の増設について相談が来ています。受付側の意見をまとめていただけますか?」


「分かりました。各担当に確認します」


「相馬さんなら、各担当の状況も分かるでしょうから」


「……分かりますけど」


「お願いしますね」


「はい」


「それと、販売所の取扱商品も増やす予定です。こちらも現場の要望を整理しておいてください」


「分かりました」


「救護室の運用については、白石先生と調整をお願いします」


「はい」


 相馬が端末に予定を打ち込んでいると、受付の職員が顔を出した。


「研究班から、採取物の分類表が届いています。確認をお願いします!」


「それは採取物の担当に――」


 言い終わる前に、別の職員が駆け込んでくる。


「井上さんが、大きなタケノコを持ってこられました!」


「タケノコ?」


「はい! 研究室まで運ぶのに、風で支えてもらえないかと!」


「ああ、分かりました」


 以前は、研究機材の運搬もよく手伝っていた。相馬の風は、重いものを下からふわりと支え、運びやすくするのが得意なのだ。


「じゃあ、ちょっと行ってきますね」


「相馬さん、大型採取物の搬入手順についても相談がありまして」


「はい?」


 内田が資料を開いた。


「今後も大きな採取物が持ち込まれるでしょうから、搬入経路と保管場所を確認しておきたいんです」


「ああ、確かに必要ですね」


「では、こちらもお願いします」


「分かりました」


「施設管理から、窓口増設の資料が届きました!」


 どさりと、机に書類の束が置かれた。


「販売所の仕入れ担当から、追加商品の一覧も!」


 その隣に、もう一束。


「研究班から、大型採取物の保管方法について相談です!」


「今度の定例会議の日程も決めておきたいですね」


 内田が予定表を開く。


「会議用に、現在の業務一覧もお願いします」


 書類が重なる。


「受付の問い合わせ先一覧も、確認していただけますか!」


 さらに重なる。


 気づけば、相馬の机には書類の山がそびえていた。


「業務が多いんですけど!?」






お読みいただきありがとうございました。

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