第三十八話「水辺の調査」
第三十八話「水辺の調査」
第三階層。達也たち四人は、先日の交流会で魚さんから教えてもらった水場へ向かっていた。先頭を歩くのは健吾。その少し後ろを達也と高城が並んで歩き、最後尾には杉本がついている。今回の目的は、水辺に生えている植物と、その周辺にある鉱石の調査だ。
「それにしても、第三階層にこんな水場があったんですね」
高城が端末に表示された写真を眺める。
「僕も知らなかったです。道からは見えない場所にあるって言ってましたね」
「写真に写ってた岩も気になるんですよ。実物を見てみたいなって」
「僕は水草ですね」
「ですよね」
二人が顔を見合わせて笑う。
「先輩、ここから先って行ったことあります?」
杉本が健吾へ声をかけた。
「いや、俺もないな」
「そうなんですね」
「第三階層も広いからな。普段通らない場所は結構あるぞ」
「確かに。巡回でも全部の道を回るわけじゃないですもんね」
「場所によっては巡回に入れてもいいかもな」
「そうですね。帰ったら報告しときます」
健吾は端末に表示された経路を確認した。
「もう少し先で脇道に入るみたいだな」
「了解です」
杉本が頷いた。
『今日は四人か』
『鷹の人いるじゃん』
『トマトと鷹が揃ってる』
『面とワンコが護衛か』
『第三階層ならいつもより浅いな』
『何しに来たんだ?』
『水草と石らしい』
『いつもどおりだな』
しばらく歩いたところで、高城がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ケンさん」
「はい?」
「この前の交流会、会場に突撃した人がいたって記事を見たんですけど……」
「ああ、あれですか。二、三人来ましたよ。会場に入る前に止めましたけど」
「本当だったんですね! 全然気づかなかったです」
『やっぱり馬鹿はいたか』
『マジで行ったやついるの?』
『面の人、護衛だけじゃなくて警護とかもするの?』
「俺もあとから聞いてびっくりしましたよ」
杉本が口を挟む。
「あの日は翔太、巡回だったからな」
「そうです。まさか本当に来るとは思わなかったですよ」
健吾は端末を確認し、前方の通路へ目を向けた。
「そろそろ脇道だな」
「はい」
達也たちは岩壁に沿って歩き、教えられた場所へ向かった。
ーーー
しばらく進むと、通路の先から水の流れる音が聞こえてきた。
「この辺りかな」
達也が端末を確認する。
「魚さんが教えてくれた場所、もう少し先みたいです」
「道からは見えないって言ってましたよね」
高城が周囲を見回す。
「あ、あそこじゃないですか?」
岩の間に、細い通路があった。四人でそちらへ進むと、岩陰の向こうに水面が広がっていた。
「おお……」
高城が足を止める。
「本当にこんなところにあったんですね」
「僕も初めて来たよ」
達也は水辺へ近づき、岸から水の中を覗き込んだ。透明な水の底に、細かな砂と小石が見える。その間から、細い葉を持つ植物が伸びていた。
「あった」
「水草ですか?」
「うん。写真で見せてもらったやつだと思う」
『水場だ』
『こんなところあったんだ』
『第三階層?』
『結構きれいな水だな』
『水草あるじゃん』
『トマトの人が嬉しそう』
達也は鞄を下ろし、中から胴長を取り出した。
「お、トマトさん。準備いいですね!」
「今日は水草を見に来たので」
「なるほど!」
達也が胴長に足を通していると、高城が腰の袋を開いた。
「そうだ、トマトさん」
「はい?」
「これ、よかったらどうぞ」
高城が差し出したのは、親指ほどの小さな鉱石だった。
「石ですか?」
「ええ。魔力を込めて地面に投げると、煙が出るんですよ」
「煙?」
「はい。自衛用にJDAと共同で研究してる試作品なんですけどね」
「へえ……」
達也が鉱石を受け取る。表面には細かな筋が入っていた。
「これ、僕でも使えるんですか?」
「使えますよ。魔力を込めるだけなので、属性は関係ないんです」
「そうなんですね」
「まだ煙が薄くて、すぐ消えちゃうんですけどね」
高城が苦笑する。
「もう少し安定して使えるようになったら、ほかの探索者にも使ってもらえたらなと思ってるんですよ」
「いいですね、それ」
達也は手の中の鉱石を眺めた。
「でも、もらっちゃっていいんですか?」
「ええ。試作品ですし、使ってみた感想も聞きたいので」
「ありがとうございます」
高城は健吾と杉本にも顔を向けた。
「ケンさんと翔太さんにも渡しておきますね」
「俺たちにもですか?」
杉本が手を差し出す。
「ええ。護衛中に使うこともあるかもしれませんし」
「ありがとうございます!」
健吾も鉱石を受け取り、表面を確かめた。
「これ、市販の煙幕とは違うんですか?」
「市販の煙幕より煙は少ないんですけど、地面に当たればすぐに出ます」
「それは便利ですね!」
「ただ、まだ試作品なので、使った石は持ち帰ってください。使用後の状態も調べたいので」
「了解です!」
健吾が鉱石を眺めながら口を開いた。
「使うときは、周りに声かけた方がよさそうですね」
「そうですね。近くにいる人が驚くと危ないので」
杉本が鉱石を腰の袋へしまった。
「了解です。使うときは声かけます!」
「お願いします」
達也も受け取った鉱石を、採取道具とは別の場所へしまった。
「これ、研究室でも調べてるんですか?」
「ええ。鉱石の加工方法を変えながら、色々試してるところです」
「面白そうですね」
「まだ失敗ばっかりですけどね」
高城が笑う。
「でも、探索者が逃げる時間を少しでも作れたらいいなって」
達也は頷いた。
「それだけでも助かる人、いそうですね」
「そうだといいんですけど」
高城は残りの鉱石を袋へ戻した。
「じゃあ、俺も石を見てきます」
「はい」
高城が水辺の岩場へ向かうと、杉本もそのあとについていった。健吾は水際に立つ達也へ声をかける。
「たっちゃん、水に入るなら足元気をつけろよ」
「うん。まず浅いところから見てみる」
「分かった。俺はこっちから見てるから」
「お願い」
達也は岸辺から水の深さと流れを確かめた。見える範囲は浅く、流れも穏やかだ。健吾にも確認してもらってから、ゆっくりと足を踏み入れる。
ちゃぷん。
水が胴長の膝のあたりまで上がった。
「冷たそうだな」
「直接は分からないけどね」
「そりゃそうか」
達也は足元を確かめながら、水草のそばへしゃがんだ。水中へ手を伸ばし、葉に触れる。
「……へえ」
「どうした?」
「水の中だと、ちょっと違うね」
「何が?」
「植物親和で伝わってくる感じ」
達也はもう一度、葉に触れた。指先から、ぼんやりとした感覚が伝わってくる。水の流れに合わせて、葉がゆっくりと揺れる。陸の植物に触れたときとは、少し違う。何かに逆らうというより、周囲の動きに合わせているような感覚だった。
「……面白いな」
「何か分かったか?」
「まだ。でも、陸の植物とは少し違う感じがする」
達也は葉から指を離し、水の流れを確かめた。植物親和で感じたものなのか、実際に葉が揺れている様子からそう思っただけなのか。まだ、はっきりとは分からない。
「もう少し見てみる」
「おう」
達也は水草の根元へ視線を移した。砂の中に細い根が伸びている。その周囲には、小さな石がいくつも転がっていた。
「……根、結構広がってるな」
達也は慎重に指を動かし、根の位置を確かめていった。ふと、魚さんが見せてくれた写真を思い出す。
「……前より増えてる?」
「何が?」
「水草。写真で見たときは、もう少しまばらだった気がする」
達也は水底へ視線を向けた。細い葉を持つ水草が、砂の間から何本も伸びている。
「魚さんが撮った写真、少し前のものだったよな」
「うん。いつ撮ったものか、あとで確認してみる」
達也は葉に触れた。根は砂の中へ広がり、近くの株とも重なるように伸びていた。
「……結構育ってるみたい」
「そうなのか?」
「うん。でも、最初からこのくらいあったのかは分からないね」
達也は水草の生えている範囲を確かめた。
「魚さんに、昔の写真も見せてもらおうかな」
ーーー
一方、水辺から少し離れた岩場では、高城がしゃがみ込んでいた。
「……やっぱり、これかな」
高城が小さな石を手に取る。灰色の表面に、細かな白い筋が走っていた。魚さんが見せてくれた写真にも、似たような石が写っていた。
「鷹さん、何か分かったんですか?」
少し離れた位置にいた杉本が尋ねる。
「まだですね。でも、写真で気になってたのはこの辺りなんですよ」
「へえ」
「水の近くに多いのか、たまたまここにあるだけなのか……」
高城は石を指先で転がした。
「もう少し調べてみます」
「了解です!」
杉本は頷き、岩場へ視線を向けた。
そのとき。
カラッ。
少し離れた場所で、小石が転がった。杉本の視線が動く。岩の表面に、灰褐色の小さな塊が張りついていた。周囲の石とよく似た色をしている。だが、その塊には四本の脚があった。
「……鷹さん」
「はい?」
「そこから離れてください」
高城が顔を上げる。次の瞬間、岩に張りついていた塊が動いた。水辺にいた健吾も異変に気づいていたが、達也のそばを離れず、周囲を警戒していた。
「ペブルゲッコー!」
杉本が剣を抜く。体長五十センチほどのヤモリ型魔物が、岩の表面を素早く駆けた。灰褐色のまだら模様が、周囲の岩に紛れる。第三階層では珍しくない魔物だが、岩場での動きは素早い。
「鷹さん、俺の後ろへ!」
「はい!」
高城が立ち上がる。だが、ペブルゲッコーは岩の側面を蹴り、杉本の横を抜けるように跳んだ。
「っ!」
高城との距離が縮まる。杉本は腰の袋へ手を伸ばした。
「煙、使います!」
「お願いします!」
杉本が取り出した鉱石へ魔力を込め、魔物の進行方向にある岩へ投げつける。
カツン!
石が跳ねた。次の瞬間、白っぽい煙がふわりと広がった。足元から立ち上った煙は薄く、魔物の姿を完全に隠すほどではない。それでも、突然現れた煙にペブルゲッコーの動きがわずかに鈍った。
「鷹さん、下がって!」
「はい!」
高城が後ろへ下がる。煙はすぐに薄れ始めた。ペブルゲッコーが再び動き出す。だが、そのときには杉本が高城との間へ入り込んでいた。
「こっちだ!」
杉本が剣を振るう。ペブルゲッコーが身を捻ってかわし、岩の上へ跳んだ。杉本はすぐに踏み込み、逃げ道を塞ぐように剣を構え直した。赤い炎が刀身を包む。
「ハッ!」
次の一撃が、岩から跳び出したペブルゲッコーを捉えた。魔物が地面へ落ちる。やがて、その身体は魔素へと還っていった。
『ペブルゲッコーか』
『岩と見分けつかん』
『ワンコ速っ』
『今の煙、さっきの石か』
『思ったより薄いな』
『でも逃げる時間はあった』
『ちゃんと使えてるじゃん』
『ワンコも対応早い』
「鷹さん、大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
「鷹さん、これいいですね!」
「え、本当ですか?」
「はい! 煙が出るのは一瞬でしたけど、俺が間に入る時間は作れました!」
「それならよかったです」
「これ、もっと煙が出るようになったら便利ですよ!」
「そうなんですよ。そこを今、研究してるところで」
高城が嬉しそうに頷いた。杉本は足元に落ちた鉱石を拾い上げる。表面には細かな亀裂が入っていた。
「これ、使ったあとはこうなるんですね」
「ええ。今のところ使い切りですね」
「じゃあ、これも持ち帰りますね」
「お願いします。使用後の状態も調べたいので」
杉本が鉱石を袋へしまった。そこへ健吾が声をかけた。
「翔太、終わったか?」
「はい! ペブルゲッコー一体、討伐しました!」
「鷹さん、怪我ないです?」
「大丈夫ですよ」
「ならよかった」
健吾は周囲を確認してから、杉本へ頷いた。
「引き続き頼むな」
「はい!」
達也も水辺から岸へ上がってきた。
「鷹さん、大丈夫でした?」
「はい。翔太さんが守ってくれたので」
「よかったです」
達也は杉本が鉱石をしまった袋へ視線を向けた。
「さっきの石、使ったんですね」
「ええ。ちょうど試す機会になりました」
「使い終わった石も調べるんですか?」
「はい。どんな変化があったか確認したいので」
「なるほど……」
健吾は二人のやり取りを聞きながら、少し笑った。
「二人とも、もう研究の話に戻ってますね」
「え?」
達也が顔を上げる。
「いや、何でもない」
高城も笑い、採取していた石を袋へ収めた。
「じゃあ、俺も続き調べますね」
「はい。気をつけて」
杉本が高城のそばへ戻る。達也も再び水辺へ向かった。透明な水の中で、細長い葉がゆっくりと揺れていた。
ーーー
その後も、四人は水場の調査を続けた。達也は水草の生えている範囲を確認し、葉の形や根の広がり方を記録した。同じように見える株でも、触れたときの感覚にはわずかな違いがある。流れのある場所と、岩陰で水の動きが少ない場所。それぞれを確かめながら、採取する株を選んだ。水草は根を傷めないように一株だけ採り、根元の砂や小石も場所を記録して別々の袋へ入れる。高城も、気になった石をいくつか採取していた。
「どうでした?」
調査を終えた達也が尋ねる。
「まだ何とも言えませんけど、写真で見た石は見つかりました」
「よかったですね」
「ええ。持ち帰って調べてみます」
「僕も水草、採れました」
「じゃあ、お互い収穫ありですね」
「はい」
二人が採取袋を見せ合う。
『トマトは水草』
『鷹は石』
『ちゃんと目的達成してる』
『ワンコは魔物倒した』
『面の人はずっと護衛』
『役割分担きれいだな』
「そろそろ戻るか」
健吾が時計を確認する。
「うん」
「そうですね」
「了解です!」
達也は採取した水草の袋を、もう一度確かめた。
「魚さんにも、分かったことを伝えないとね」
「ああ、そうでしたね」
高城が頷く。
「俺も石のこと、調べたら伝えたいです」
「交流会で知り合って、こうして調査に来るって、なんかいいですね」
杉本が言った。
「そうだね」
達也が頷く。
「僕一人だったら、ここに水草があることも知らなかったし」
「俺も、この石には気づかなかったと思います」
高城も採取袋を見る。
「魚さん、半年もここを調べてたんですよね」
「うん」
「すごいですよね」
「そうだね」
達也は水場を振り返った。岩陰に隠れた小さな水辺。何度も通った第三階層に、まだ知らない場所があった。
「……また来たいな」
「今度は何を調べるんだ?」
健吾が尋ねる。
「水草がどのくらい増えるかとか、ほかの場所にもあるかとか」
「ああ、なるほど」
「一回じゃ分からないからね」
「そうですね。魚さんも半年調べてましたし」
高城が頷く。
「俺も、次はもう少し周りの岩を見たいです」
「……また来るんですね」
杉本が呟いた。
「翔太、嫌なのか?」
「いや、全然!」
杉本が笑った。
「次も呼んでください!」
「おう」
「お願いします」
「こちらこそ!」
四人は水場をあとにし、第三階層の通路へ戻っていった。達也の鞄には、新しく採取した水草。高城の鞄には、調査するための鉱石。そして杉本の袋には、使い終わった煙幕用鉱石。それぞれが、持ち帰って確かめたいものを増やしていた。
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