第三十七話「交流会」
第三十七話「交流会」
その日、JDA施設の一室には、普段とは少し違う顔ぶれが集まっていた。達也は受付で渡された名札を胸元につけた。書かれているのは、本名ではない。
【アバター:トマト】
【属性:土】
【採取(植物)】
「……分かりやすいな」
「トマトさん」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
「あ、鷹さん。お久しぶりです」
高城だった。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
高城の胸元にも、達也と同じ形の名札がついている。
【アバター:鷹】
【属性:土】
【採取(鉱物)】
高城が会場を見回した。
「そういえば、今日は足立さんは?」
「ああ、今日はこの辺りの警備だそうです」
「警備ですか?」
「はい。念のため警備を増やしてるみたいで……」
「あー……なるほど。今日の集まりだと、そうなりますかね」
会場には、すでに何人もの探索者が集まっていた。名札を見るだけでも、採取、記録、地形調査、水場調査、地図作成と活動はさまざまだ。中央には背の高い丸テーブルがいくつか置かれ、壁沿いには展示用の机が並んでいる。正面には大きなモニターが設置されていた。九つに分割された画面には、それぞれ違うダンジョンの映像が流れている。
「あ」
高城が声を漏らした。その一つに、見慣れたトマト頭が映っていた。地面にしゃがみ込み、植物の葉に触れている。その脇では、剣道の面をかぶった人物が周囲を警戒していた。
「トマトさんですね」
「僕ですね」
二人でしばらく眺める。画面の中のトマト頭は、ほとんど動かない。
「……こうやって見ると、僕ずっと下見てますね」
「観察ですからね。俺も鉱石を見るときは下見てますよ」
隣の画面では、小瓶に水を採っている。その隣では、壁に手を当てていた。また別の画面では、同じ通路を何度も行き来している。
「鷹さん、あれ何してるか分かります?」
達也が壁に手を当てている探索者を指した。
「鉱石を見てる感じ……ではないですね」
「ですよね」
何を調べているのか気になったが、映像だけでは分からなかった。
「皆さま、そろそろ始まりますので、前をご覧ください」
遠藤の声に、会場のあちこちで話していた探索者たちが顔を上げた。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。今回は、普段、戦闘以外の活動を中心にされている探索者の皆さまにお集まりいただきました」
遠藤が会場を見渡す。
「採取や調査、記録など、活動内容はさまざまです。普段はなかなか接点のない方も多いと思いますので、今日はぜひ情報交換の場としてご活用ください。また、会場には皆さまの活動から得られた成果の一部も展示しております。こちらも自由にご覧いただければと思います」
遠藤が正面のモニターへ目を向けた。
「本日の様子は、会場にお越しいただけなかった探索者の方や、一般の皆さまにもご覧いただけるよう、LIVE配信いたします。映像には、皆さまが普段お使いのアバターが反映されます。それでは、配信を開始します」
モニターの表示が切り替わった。画面に映し出されたのは、今いる会場だった。ただし、そこに映っている姿はまるで違う。赤いトマト。大きな鷹。青い魚。黒猫。白い鳥。岩のような姿をしたものまでいる。色も形もばらばらなアバターたちが、同じ会場に集まっていた。配信画面の下には、小さな注意書きも表示されている。
【展示品には、現在試作・研究段階のものも含まれています】
『始まった!』
『うおっ、画面が派手www』
『トマトいるじゃん』
『鷹の人もいるぞ』
『待って魚いるwww』
『こんなにアバターが一度に映ることある?』
『奥の岩みたいなの何!?』
『黒猫かわいい』
『色彩が強すぎるwww』
『普段一人ずつ見てるから密度がすごい』
『画面のどこ見ればいいんだwww』
『目が足りないwww』
「……こう見えてるんですね」
達也は画面の中にいるトマト頭を見つけた。
「すごいですね」
隣で高城も画面を眺めている。そこには、トマトと鷹が並んで立っていた。
「それでは、どうぞご自由にご覧ください」
遠藤の案内で、参加者たちが動き始めた。
ーーー
達也と高城は、まず壁沿いの展示台へ向かった。透明なケースに収められた灰色の木の杖。その隣には、小さなプラスチック容器が並んでいる。
「あ、杖ですね」
「本当ですね」
達也がケースを覗き込む。見覚えのある灰色の木だった。
「こうして置いてあると、なんだか違って見えますね」
「ですね」
「杖も、最近は見かけるようになりましたね」
「まだ少ないですけどね。木がそんなに採れないですし」
「加工にも時間がかかりますからね」
隣には、回復薬の説明が並んでいた。
【東洋メディカル製 回復薬】
透明なプラスチック容器の中には、軟膏状の回復薬が入っている。使用方法や注意事項も添えられていた。
『あの灰色の木って杖になってたのか』
『トマトの人が調べてたやつ?』
『え?そうなの?』
『杖って最近見かけるようになったよね』
『まだ持ってる人少ないけどな』
『回復薬もあるじゃん』
『最近買ったよ!回復薬!』
『販売始まったよね』
『東洋メディカルのやつか』
『採取したあとって普段の配信じゃ見えないもんな』
「回復薬は結構出回ってきましたね」
高城が言った。
「そうですね。使ってる人も増えたみたいです」
別の机には、階層ごとの地図が広げられていた。同じ場所を異なる時期に記録したものもあり、通路の形や広さを見比べられるようになっている。
「これ、結構違いますね」
高城が二枚の地図を見比べた。
「同じ場所ですよね?」
「そうみたいです」
達也は日付を確認した。
「半年くらい空いてますね」
「その間に変わったんでしょうか」
「気になりますね」
さらに隣には、水場の写真と測定記録が並んでいた。採取された水は密閉容器に収められ、採取場所や日付が添えられている。
「水もこんなに調べてるんですね」
「場所によって違うみたいですね」
「へえ……」
達也は記録を覗き込んだ。水温。濁り。水量。同じ場所を何度も調べた記録が、表になって並んでいる。
『地図ってこうやって作ってるんだ』
『同じ場所でも変わるの?』
『水の記録めっちゃ細かい』
『水汲んでるだけかと思ってた』
『毎回同じところ行くのにも意味あるんだな』
少し離れた展示台には、内部の見えない装置も置かれていた。
【光装置(研究開発中)】
【ダンジョン由来の素材を活用した魔法技術の応用研究】
「あ、これも展示してるんですね」
達也が足を止めた。
「ご存じなんですか?」
「はい。千葉さんから説明を受けたことがあって」
「ああ、千葉さんの研究ですか」
高城が装置へ目を向ける。
「中は見えないんですね」
「まだ研究中ですからね」
「なるほど」
二人が装置を眺めていると、隣の展示台から声が上がった。
「これ、動かしていいんだ」
そこには透明な箱が置かれていた。中には、小さな光の球が浮かんでいる。
【光属性による光球の保持試験】
【箱は動かしていただいて構いません。※開封はご遠慮ください】
展示を見ていた探索者の一人が、箱をそっと持ち上げた。
「おお、光ってる」
そのまま少し横へ動かす。
「……えっ、ついてくる!?」
箱を右へ動かすと、中の光も一緒に移動する。
「うわ、本当だ!」
「どうなってるんだ、これ」
近くにいた探索者たちが集まってきた。
「これ、魔法なんですよね?」
「光属性って書いてあるぞ」
「箱を動かしても消えないんだ」
箱は別の探索者へ手渡され、また歓声が上がった。
『え、動かせるの!?』
『光がついてくるwww』
『どういう仕組み?』
『箱の中に光が浮いてるの?』
『光魔法ってこんなこともできるのか』
『これダンジョンじゃ見たことないぞ』
『研究所ではこんな実験してるんだな』
『ちょっと触ってみたいwww』
『こういうのもっと見せてほしい』
「人気ですね」
高城が箱を囲む人たちを見た。
「ですね」
ーーー
展示を見終えた参加者たちは、会場のあちこちで話し始めていた。モニターを見ながら話す人。名札を確認して声をかける人。手元の記録を見せ合っている人。達也と高城も、正面のモニターを眺めながら歩き出した。
「トマトさん」
「はい?」
声をかけられて振り返る。達也と同じくらいの年齢に見える男性だった。胸元の名札には、黒猫の文字がある。
【アバター:黒猫】
【属性:風】
【記録(地図)】
「やっぱりトマトの人ですよね」
「そうです」
「配信、何度か見たことありますよ」
「ありがとうございます」
「いやあ、本当にずっと植物見てるんですね」
「見てますね」
男性が笑う。
「黒猫さんは、地図を作ってるんですか?」
「はい。実は私、仕事でも地図を作ってるんです」
「仕事でも?」
「もともと地図を作る仕事でして。適性がついてから、距離とか方向がなんとなく分かるようになったんですよ」
「便利そうですね」
「便利ですよ。最後はちゃんと測り直しますけど」
「そこは測るんですね」
「仕事ですから」
黒猫さんが笑った。
「ダンジョンでも、つい歩いたところを記録しちゃうんですよ」
「普通の地図とは違うんです?」
「基本は同じです。ただ、こっちはたまに通路が変わるんですよね」
「通路が?」
「そうそう。ちょっと見てください」
黒猫さんがポケットから小さな手帳を取り出した。開かれたページには、細かな数字と線が書き込まれている。
「これが半年前で、こっちが先月です」
達也と高城が覗き込む。同じ階層の同じ場所。ほとんど同じだが、一部の印が違っていた。
「ここですか?」
「そうです。少し狭くなってるんですよ」
「植物とかも記録してるんですか?」
「目立つものだけですね。全部やってたら終わらないんで」
「ですよね」
「トマトさんなら全部見そうですけど」
「僕も全部は無理ですよ」
「ところで、黒猫さんは一人で調べてるんですか?」
「いえ、普段は三人ですよ。戦闘が得意な仲間が二人いて」
「そうなんですね」
「私が地図を描いてる間、周りを見ててもらってます。たまに待たせすぎて怒られますけど」
「へぇ。……僕は体力の方ですね」
「体力?」
「もう少し体力をつけた方がいいって言われます」
「あはは、そっちですか!」
黒猫さんが笑った。
『黒猫の人、三人パーティーなのか』
『風属性で地図って相性よさそう』
『半年前の記録まであるのすごいな』
『地図担当も大変だなwww』
『トマトの人は体力かwww』
『確かにずっとしゃがんでるイメージ』
『面の人に言われてそうwww』
『植物の観察と体力は別問題だからな』
三人で話していると、正面のモニターが切り替わった。青い魚のアバターが、しゃがんで小瓶へ水を入れている。会場では、少し離れた場所に、青い魚と書かれた名札をつけた人が立っていた。
「あれ、水を採ってるんですかね」
「みたいですね」
「聞いてきます」
達也はそちらへ歩いていった。
「すみません」
「は、はい」
声をかけられた相手の肩が、わずかに跳ねた。
「この映像、魚さんですか?」
「あ……はい。そうです」
【アバター:青い魚】
【属性:水】
【水場調査】
「水を採ってますよね。何を調べてるんです?」
「えっと……水温とか、濁りとか……あとは、水量も」
「場所によって違うんですか?」
「はい。結構……違います」
「記録って残してます?」
「あります」
「見てもいいですか?」
「えっ」
「あ、駄目なら大丈夫です」
「い、いえ。大丈夫です」
魚さんが慌てて防水仕様の端末を取り出した。表示された地図には、いくつもの印がついている。
「これが……同じ場所で、半年くらい測ってるところです」
「定期的に行ってるんですね」
「はい。ここの水量が、少しずつ増えてて」
「どれです?」
「これです」
魚さんが画面を拡大する。達也が覗き込んだ。
「本当だ。結構違いますね」
「そうなんです。それで、こっちも同じ時期から増えてるんですよ」
「近い場所ですか?」
「少し離れてます。でも、地下でつながってるんじゃないかと思ってて」
「地下か」
「まだ分からないですけど」
「植物が生えてる場所でも、地面は乾いてるのに水を欲しがってないことがあるんですよ」
「それって、下に水があるとか?」
「分からないです。でも、そういう場所と比べたら何か分かるかもしれないですね」
「あ、それなら……場所を教えてもらえれば、近くの記録があるか見られます」
「いいんですか?」
「はい。こっちも、ちょっと気になってる場所があって」
「どんな場所です?」
魚さんが端末を操作し、一枚の写真を表示した。
「ここなんですけど、ほかの水場より水が澄んでるんです」
「本当ですね」
「水草が結構生えてるんですよ。それが関係してるのかなって」
「水草ですか」
「はい。でも、種類までは分からなくて」
「僕、水草はまだ調べたことなかったです」
「そうなんですか?」
「はい。陸の植物ばかり見てたので」
「ここ、第三階層なんですけど……」
「第三階層なんですか?……見落としてました」
「ここ道からは見えない位置にありますから……」
「へぇ!……魚さんはいつも一人で調べてるんですか?」
「はい。浅いところなら……でも、奥にはあまり行けなくて」
「そうなんですね」
「なので、行ける場所を何度も調べてます」
「ああ、それで半年分の記録があるんですね」
「はい」
「じゃあ、今度第三階層に水草を見に行ってみます」
「いいんですか?」
「水草がどんなものなのか、僕も気になりますし」
「あ、ありがとうございます!」
「分かったことがあれば、お伝えしますね」
「お願いします!」
水の話になってから、魚さんの声はずいぶん聞き取りやすくなっていた。
「トマトさん」
後ろから高城の声がした。
「何を見てるんです?」
「水場の記録です。場所によって結構違うみたいですよ」
「へえ」
高城も端末を覗き込む。
「この辺りですか?」
「あっ……は、はい」
「近くに鉱石はあります?」
「えっ、えっと……そこまでは、見てなくて……」
「そうですか」
「でも……写真なら、少し」
「見てもいいですか?」
「は、はい。……あ、こ、これです」
魚さんが慌てて端末を操作する。表示された写真には、水場と、その周囲の岩が映っていた。高城が画面を見る。
「この辺り、少し気になりますね」
「分かるんですか?」
「写真だけだと何とも。現物があれば、もう少し分かると思います」
「あ……次、見てきます」
「無理に採ってこなくても大丈夫ですよ。むしろ俺もそこ、行ってみたいですし!」
「……! はい!」
魚さんが嬉しそうに頷いた。
「あの、それで、こっちの水場なんですけど」
魚さんが再び端末へ目を落とした。
「ここだけ、ほとんど水量が変わらないんです」
「さっきの場所とは違うんですね」
「そうなんです」
配信画面では、三人のアバターが端末を囲んでいる。トマト。鷹。青い魚。
『魚の人めっちゃ緊張してなかった?』
『水の話になったら普通に喋ってる』
『鷹が来たらまた固まったぞ』
『初対面が増えたからだろwww』
『水の記録ちょっと面白いな』
魚さんはコメントに気づいていないのか、達也たちへ別の場所の記録を見せていた。
ーーー
それからも、モニターの映像が切り替わるたびに、あちこちで会話が始まった。壁に何度も手を当てていた探索者の名札には、達也と同じ土属性と書かれていた。
「あれは何をされてるんですか?」
「壁の向こうを調べてるんです」
「向こう?」
「奥に空間があるところだけ、少し感覚が違うんですよ」
「僕も土属性ですけど、それは分からないですね」
「トマトさんは植物ですよね」
「はい」
「同じ土属性でも違うんですね」
「ですね。ちなみに、壁の向こうを調べるときは一人で?」
「いえ。普段は四人パーティーです。ほかの三人は戦闘が中心で」
「じゃあ、皆さんで調べてるんですね」
「そうです。俺が気になる場所を見つけると、付き合ってもらってます」
「なるほど」
そこへ高城も加わった。探索者が高城の名札を見る。
「鷹さんも土なんですね」
「はい。俺は鉱物です」
「三人とも土なのに、全然違いますね」
「違いますね」
別のところでは、採取袋を何種類も使い分けている探索者がいた。
「分けてるんですか?」
「匂いが移ると困るものがあるんで」
「ああ」
「トマトさんも結構持ってますよね」
「植物によって分けることはあります」
「どんな袋使ってます?」
「今使ってるのは――」
今度は達也が自分の採取袋を見せることになった。話している途中で別の人が入り、さらに別の人が聞いている。その様子がLIVE配信に映ると、コメントが流れた。
『こういう探索者もいるんだな』
『普段戦闘系しか見てなかった』
『魔物倒すところが見られると思ってた』
『今日は交流会だぞwww』
『でもこういう話も結構面白いな』
隣にいた探索者が画面を見た。
「今みたいなコメント、最近よく見ません?」
「ああ、『いつ戦うの?』とかですか?」
「そうそう」
「僕は『先に進んで』が多いですね」
黒猫さんが苦笑する。
「地図作ってると、同じところを何度も通るんで」
「水も……あります」
魚さんが小さく手を上げた。
「『水汲んでるだけ?』とか」
「ああ……」
何人かが頷いた。
「トマトさんは?」
「僕も『草見てるだけ?』って言われます」
「どうしてるんです?」
「植物見てます」
「いや、コメントを」
「あ、そっちですか」
何人かが笑った。
「全部は見られないので、そのままですね」
「でも、トマトさんの配信って、JDAの植物班の人が見てるんでしたっけ?」
「見てますね」
「じゃあ、気になるコメントとか拾ってくれるんですか?」
「植物のことで必要そうなのは、あとで言われることがあります」
「それ、いいですね」
「こっちは自分で見ないと分からないですからね」
「でも全部見てたら調査できないし」
「そうなんですよ」
近くにいた探索者たちが頷いた。ちょうどそばを通りかかった遠藤が、その声に足を止める。
「その辺り、最近ちょっと増えてるんですよね」
「やっぱりですか?」
「配信を見る人が増えましたからね。探索者の配信は戦闘を見るもの、と思っている方もまだ多いみたいです」
遠藤は正面のモニターへ目を向けた。
「なので、今日の配信でこういう探索もあると知ってもらえれば、広報としてはありがたいですね」
「減るといいんですけどねえ」
「そこは期待してます」
遠藤が笑って離れていく。
「鷹さん! 鉱石分かるんですよね? ちょっと見てほしいものがあるんですけど!」
「写真ですか?」
「あります!」
高城がそのまま連れていかれた。達也はそれを見送る。
少しすると、正面のモニターに見覚えのある灰色の岩場が映った。その隙間に、トマト頭がしゃがみ込んでいる。
「あ、トマトさんだ」
近くにいた探索者が言った。
「これ何してるんです?」
「植物の状態を見てます」
「触ると分かるんですか?」
「なんとなくですけど」
画面の中の達也は、灰緑色の小さな植物へ手を触れていた。
「このときは?」
「何かと一緒にある方が、落ち着く感じがしたんです」
「何か?」
「それが分からなくて」
映像が進む。周辺の土。石。近くに生えていた植物。それらを採取袋へ入れていく。
「だから周りも持って帰ってるんですね」
「はい。どれか分からなかったので」
「水は?」
聞き覚えのある声に振り返る。魚さんが少し離れたところに立っていた。
「見えるところにはなかったです」
「場所、分かります?」
魚さんが尋ねた。
「ここは第五階層の岩場ですね」
「……さすがに第五階層は一人ではいけないです」
「ここから魔物も強くなりますもんね」
「……はい」
「地図はありますよ」
黒猫さんも会話に入ってくる。
「この場所なら、たぶん何度か通ってます」
「植物の位置って残ってます?」
「目立つものなら」
「見たいです」
「じゃあ、場所を合わせてみましょうか」
「お願いします」
最初は一株の植物の話だった。それが水の話になり、地図の話になった。少し離れたところでは、高城が誰かと岩の写真を見ている。壁を調べていた探索者も、その横から画面を覗き込んでいた。途中で魔物と戦っている映像も流れた。けれど戦闘が終わると、その探索者はすぐに地面へしゃがみ込み、何かを書き始めた。
「あの人、何を記録してるんだろう」
達也が呟く。
「聞いてみます?」
黒猫さんが言った。
「そうですね」
三人でそちらへ向かった。
『壁の人なんていたんだな』
『水の人も初めて見た』
『地図の人の配信ちょっと見たい』
『トマトだけじゃなかったんだな』
『何が?』
『一つのものずっと見てる人』
『草と水と壁』
『鷹は石』
『並べるとすごいな』
ーーー
交流会が終わる頃になっても、参加者たちは会場のあちこちで話を続けていた。
「トマトさん」
高城が戻ってきた。
「鷹さん。色々聞けました?」
「ええ。トマトさんも?」
「はい」
「トマトさん」
今度は黒猫さんがやってきた。
「さっきの場所、過去の記録も確認しておきますね」
「ありがとうございます」
「何かあったらJDA経由で送ります」
「お願いします」
「こっちも、植物で気になるものがあったら聞いていいですか?」
「もちろん。僕で分かれば」
少し離れたところから、魚さんもやってきた。
「あの……トマトさん」
「はい」
「水の方も、見ておきます」
「お願いします」
「あと、今度……植物が多いところのことで、聞いてもいいですか?」
「いいですよ」
「ありがとうございます」
魚さんが頭を下げる。そのまま近くにいた別の探索者に声をかけられ、また少し固くなった。達也はそれを見送った。
「増えましたね」
高城が言った。
「何がです?」
「聞ける人」
達也は会場を見回した。魚さんは別の探索者に端末を見せ、黒猫さんは誰かと手帳を見比べている。
「……増えましたね」
正面のモニターでは、まだいくつもの探索映像が流れていた。草を見ている人。水を見ている人。壁を見ている人。石を見ている人。地図を作る人。それぞれが、違うものを見ていた。
そのいくつかが今日、少しだけつながった。
お読みいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。




