第三十六話「いつもの配信」
第三十六話「いつもの配信」
第五階層。灰色の岩が続く道を、達也たちはゆっくりと進んでいた。先頭を歩くのは健吾。少し後ろを達也が歩き、その横を杉本が周囲を警戒しながらついてくる。
今日はいつもより、配信のコメントがよく流れていた。
『ニュースから来ました』
『この人がトマトの人?』
『そう』
『この前映ってた人だ』
『戦わない探索者の配信ってあるんだ』
『あるぞ』
『何してるの?』
『草見てる』
『草?』
『草』
『この前のニュース見て吹き出したわwww』
『わかるwww』
『何がおかしいの?』
『まあ見てろ』
『ここのリスナー絶対なんか知ってるだろ』
『色々な』
『教えてくれよwww』
『そのうち分かる』
「今日、初めての人多いね」
「この前のニュースじゃないか?」
「やっぱり?」
「たっちゃん映ってたからな」
「そっか」
達也はそれだけ言うと、岩の隙間に生えていた草へ目を向けた。足を止め、しゃがみ込む。
「これは前にも見たやつだね」
葉の状態を確認して、立ち上がる。
『本当に草見てる』
『言っただろ』
『もっと何かするのかと思った』
『するぞ』
『何を?』
『草を見る』
『草を見るのか……』
達也が次の植物を探していると、別のコメントが流れた。
『さっきから気になってるんだけど』
『トマトの人の周りにいる、面と犬の人ってなに? 一人じゃないの?』
『護衛』
『護衛!?』
『面とワンコな』
『ワンコ?』
『犬の人』
『同じじゃん』
『草見るのに護衛二人いるの!?』
『いるよ』
『なんで!?』
『五階層だから』
『植物見るために戦える人二人連れて五階層来てんの?』
『そう』
『思ってたよりガチなんだけど』
「……犬の人」
杉本が小さく呟いた。
「どうしました?」
「いえ。なんでもないです」
「翔太、コメント気にしてないで前見ろよ」
「分かってます!」
『気にしてるwww』
『ワンコだからな』
『本人は犬の人が気になるらしい』
『面の人は何も気にしてないの草』
『面の人はもう面の人だから』
そのとき。
「来るぞ」
健吾の声が変わった。岩陰から、大きな影が飛び出す。全身を硬い毛に覆われたクイルベアが、四本の脚で岩場を蹴った。
『でかっ』
『魔物!?』
『普通に出るの!?』
『五階層だからな』
『草見てる場合じゃなくない?』
『面とワンコいるし』
『護衛の出番』
達也は周囲へ視線を走らせた。
「あった」
岩の間を這っていたツルへ手を伸ばす。
「伸びて」
地面を這っていたツルが持ち上がった。一本、二本、三本。走ってきたクイルベアの前脚へ絡みつき、巨体が大きく傾いた。
「もう少し、巻きついて」
ツルがさらに伸び、脚へ重なる。
「翔太!」
「はい!」
健吾と杉本が左右へ分かれた。杉本は絡みついたツルの位置を確認してから、剣を振るう。炎が走った。反対側から、白い光が閃く。
大きな身体が地面へ崩れ落ちた。倒れたクイルベアの身体が、端からゆっくりと魔素へ変わり、空気へ溶けるように消えていく。
『は????』
『強っwww』
『え、もう終わった!?』
『光と炎の挟み撃ちエグい』
『犬の人もめちゃくちゃ強いじゃん!』
『ワンコな』
『ワンコ大活躍で草』
『護衛ってこんな強いの!?』
『トマトの人もあの巨体止めてたんかよ』
『ツル頑丈すぎだろ』
『戦闘のレベル高くない?』
「トマトさん!」
「はい?」
「ツル、大丈夫ですか!?」
杉本が、消えていくクイルベアではなくツルを見ていた。達也も近づいて確認する。
「大丈夫そうです。焦げてないですね」
「よかったぁ……」
「距離、前より取れてたな」
健吾が言う。
「めちゃくちゃ練習しましたから! トマトさんのツルを燃やしたら怒られますし!」
「怒らないですよ」
「でも焦がしたら気まずいじゃないですか!」
「最初に焦げた先端は記録してるけど」
「やっぱり残ってる!」
「植物の状態としてね」
『ワンコ安心してて草』
『植物焼かないように位置調整してたのか』
『めちゃくちゃ連携できてるじゃん』
『最初焦がしたの?』
『ちょっとな』
『何があったの?』
『色々』
『ここのリスナー説明が雑すぎるwww』
クイルベアが完全に消えたのを確認すると、達也は再び周囲へ視線を巡らせた。岩。岩。その隙間に、わずかな緑。
「……あれ?」
足が止まる。
『お』
『止まった』
『なんかあったな』
『本編』
『え?』
『何?』
『さっきの戦闘が本編じゃないの!?』
達也は岩のそばへしゃがみ込んだ。細い亀裂から、小さな植物が顔を出している。高さは手のひらより少し低い程度。灰色がかった緑色の葉が数枚、地面へ沿うように広がっていた。葉は小さいが、厚みがある。周囲は乾いた岩ばかりなのに、葉には張りがあった。
「初めて見るかも」
「新しいやつか?」
健吾が少し離れた位置から覗き込む。
「たぶん」
「俺、周り見てますね」
「お願いします」
杉本が周囲の警戒へ戻る。達也は手袋を外し、灰緑色の葉へそっと触れた。
水分はある。周囲は乾いているのに、水を強く欲しがっている感じもしない。
「……?」
そのまま、もう一度確かめる。それとは別に、何か妙な感覚があった。
「落ち着く……のかな」
「何が?」
「この草」
健吾も植物を見る。
「今は落ち着いてないのか?」
「いや、そうじゃなくて」
達也は少し考えた。
「これだけでも平気みたいなんだけど……何かと一緒にある方が、落ち着く感じがする」
「何かって?」
「分からない」
隣にも、同じ植物が生えていた。達也はそちらへ移動し、葉に触れる。
「……これも」
少し離れた岩の隙間にもあった。同じように触れてみる。
「同じだ」
「落ち着く?」
「うん。何と一緒なのかは分からないけど」
『落ち着くって何?』
『鑑定みたいなやつ?』
『鑑定じゃない』
『じゃあ何?』
『植物の感じが分かる』
『ざっくりしてんな』
『だいたいそんな感じ』
『ここのリスナーの説明ずっとこんな感じなの?』
『だいたい』
『だいたいなんだwww』
達也は100均ノートを取り出した。
【灰緑色の草】
岩の隙間に生育。
葉は厚い。
周囲は乾燥。
水を強く求める感覚なし。
葉に水分が多い。
何かと一緒にある方が「落ち着く」感じ。
対象――不明。
複数個体で同じ感覚。
要検証。
書き終えたところで、画面の上に固定表示が現れた。
『JDA植物班>確認しています。可能であれば一株採取をお願いします』
『!?』
『植物研究班!?』
『JDA?』
『公式いるんだけど』
『植物研究班が配信見てるの!?』
『いるよ』
『いるよ!?』
『なんで!?』
『植物だから』
『植物だからで説明になるの!?』
『なるよ』
『ここのリスナー何で誰も驚かないの!?』
『いつものことだから』
『いつものことなの!?』
「一株か」
達也は灰緑色の草を見比べ、小さな株を選んだ。周囲の土を少しずつ除いていく。
「……長いな」
「根?」
「うん」
地上に出ている部分に比べて、根はずっと深くまで伸びていた。岩の隙間を縫うように伸びる根を、傷つけないよう少しずつ抜いていく。
ようやく一株を取り出し、達也は手の中の植物へ触れた。
「……あれ」
「どうした?」
健吾が聞く。達也はもう一度、葉に触れる。
「さっきより、落ち着かない感じがする」
「抜いたからか?」
「分からない」
達也は植物が生えていた場所を見る。土。岩。近くには別の小さな草も生えている。
『周りじゃない?』
『土も持って帰った方がよくない?』
『石も』
『近くの草もいるかも』
『何と一緒か分からないなら一通りだな』
達也はコメントを眺めた。その直後、画面の上に新しい表示が固定された。
『JDA植物班>周辺の植物・土壌・石についても、可能であれば採取をお願いします』
『やっぱり』
『だよな』
『石もいるよな』
『植物班と同じこと言ってるんだけど……』
達也は周囲を見回した。
「じゃあ、採れるものは採っておこうか」
「俺、周り見てます」
「お願いします」
杉本が少し離れ、健吾も周囲へ視線を向ける。
達也は新しい採取袋を取り出した。灰緑色の草が生えていた場所の土。その中に混じっていた小さな石。近くに生えていた別の草。少し離れた場所にあった石も一つ。採取した場所を書きながら、それぞれ別の袋へ収めていく。
『本当に全部採ってる』
『比較するならいるよな』
『これで何と一緒か分かる?』
『調べてみないと分からん』
『分からないの?』
『分からないから調べるんだろ』
『なるほど』
達也は最後の袋を鞄へ収めた。残してある灰緑色の株へ、もう一度触れてみる。やはり、何かと一緒にある方が落ち着く感じがする。けれど、その何かは分からない。
「これで調べられるかな」
「持って帰ってからだな」
「うん」
達也は手袋をつけ直し、立ち上がった。
「じゃあ、もう少し先まで行こうか」
「おう」
「はい!」
『本当にまた草探し始めた』
『そういう配信だから』
『面とワンコも普通についてくんだな』
『護衛だから』
『植物班もまだ見てる?』
『いるよ』
『なんか色々おかしくない?』
『そのうち慣れる』
『慣れるのかよ』
「あ、あそこにも何かある」
「たっちゃん、あんまり先行くなよ」
「分かってる」
「トマトさん、俺が先見ます!」
「お願いします」
三人はそのまま、第五階層の奥へと進んでいった。
ーーー
その日の探索を終え、三人は地上へ戻った。受付を抜け、採取物の受け渡し場所へ向かう。
達也は鞄から袋を取り出し、一つずつ担当者へ渡していった。灰緑色の草。周囲に生えていた植物。根元の土。近くにあった石。それぞれに、採取した場所と簡単な記録をつけてある。
「こちらは植物班からの依頼です」
「分かりました。まとめて回します」
「お願いします」
最後の袋を渡す。
『結局いっぱい持って帰ってる』
『最初は草一株だったのに』
『草と土と石』
『何と一緒なんだろうな』
『結果気になる』
『次の配信で分かる?』
『研究次第じゃない?』
『そういう感じなのか』
『なんかこの配信面白いな』
達也は空になった採取袋を畳み、鞄へ戻した。その横では、受け取られた袋が行き先ごとに分けられていく。灰緑色の葉が、透明な袋の中で小さく揺れた。
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