第三十四話「取引先」
第三十四話「取引先」
平日の昼過ぎ。達也は会社の自席で、営業から回ってきた発注書を確認していた。
「井上さん、すみません」
「はい?」
声をかけられ、達也はパソコンから顔を上げた。後輩が何枚かの資料を手に立っている。
「これ、第二会議室に持っていってもらってもいいですか?」
「追加分ですか?」
「はい。課長から急ぎでって言われたんですけど、こっちがまだ終わってなくて」
後輩の机には、処理途中の書類が残っている。
「分かりました」
「ありがとうございます!」
資料を受け取り、達也は席を立った。第二会議室の前で足を止め、軽くノックする。
「失礼します。追加の資料をお持ちしました」
扉を開けると、長机を挟んで、営業課長と同期。その向かいには、二人の男女が座っていた。そのうちの一人と目が合った。
「あ」
「ん?」
男性が達也を見る。次の瞬間、その顔がぱっと明るくなった。
「おお! 井上さんじゃないか!」
「津島さん? お久しぶりです」
「久しぶりだな!」
津島哲雄。以前、JDAで会った製薬会社の社長だった。
「井上さん、ここに勤めてたのか!」
「はい。こちらに勤務しています」
「そうだったのか! ……ああ、そうか。あのときの名刺!」
「はい」
「いやあ、今やっと繋がった!」
(なんで知り合いなんだよ!?)
同期は表情を変えず、二人を見ていた。
「こちら、追加の資料です」
「あ、ああ。ありがとう、井上君」
営業課長へ資料を渡す。
「それでは、失礼します」
「まあ待て待て、井上さん」
「はい?」
「ちょうどいい。井上さんも聞いていったらどうだ?」
「僕ですか?」
「ああ。今、回復薬の増産の話をしてたところなんだ」
「ああ」
達也は頷いた。
「量産できそうって、以前お話されてましたもんね」
(以前!?)
「そうそう! あれからまた進んでな!」
「そうなんですか」
「ああ。栽培の方も順調だ」
「それはよかったです」
「ただな、作れる量が増えると、今度は別のものが足りなくなる」
津島がテーブルの資料を指で叩く。
「原料も資材も、薬を作るにはいろいろ必要だからな」
「なるほど」
「それで今日は、その相談だ」
達也が手元の資料へ目を落とす。東洋メディカル。見覚えのある社名だった。
「井上君」
「はい?」
営業課長に呼ばれ、顔を上げる。
「このあと、時間は大丈夫か?」
「え、はい。大丈夫です」
「じゃあ、そのまま同席してくれ」
「……分かりました」
空いていた椅子を一つ借り、達也は席についた。同期と目が合う。
「……よろしくお願いします」
(なんか、ごめん……)
「……お願いします」
(あとで絶対聞くからな!)
ーーー
商談が再開された。達也の前にも資料が置かれたが、話を進めるのは同期だった。
「こちらの数量でしたら、現在の取引先からの調達で対応できます」
「ああ」
「ただ、今後さらに増産される場合は、一社だけでは厳しくなる可能性があります」
「そこなんだよ」
津島が資料へ目を落とす。
「今の量なら持ってきてもらえるところはある。こっちが欲しいのは、その先まで付き合えるところなんだ」
「はい」
「回復薬の生産は、まだ増やす」
「でしたら、現在の調達先に加えて、もう一系統確保します。片方だけに依存する形にはいたしません」
「納期とコストは?」
「通常分はこちらの単価を維持できます。ただ、急な増産の場合は多少単価が上がります」
「そこは仕方ないな」
隣に座る東洋メディカルの担当者からも質問が出る。同期が答え、営業課長が必要なところを補足する。価格。納期。月ごとの供給量。さらに生産量が増えた場合、どこまで対応できるのか。一つずつ確認が進んでいく。
「急に増やしたい場合は?」
「多少お時間はいただきます。ただ、別の調達先も含めて対応できるようにします」
「なるほどな」
「事前にある程度の見込みをいただければ、こちらでも準備できます」
「そこはうちも早めに出すようにしよう」
津島が資料をめくる。
「こっちは、できるだけ生産を止めたくない」
「承知しています。そのための供給体制も含めて、こちらで対応させていただきます」
同期が次の資料を差し出した。津島は受け取り、しばらく目を通す。
「井上さん」
「はい?」
「こうやって話してると、本当に量産するんだなって感じがするな」
「そうですね」
達也も資料へ目を落とした。
「資材の量も大きいですし、いよいよ本格的ですね」
「ああ」
津島が笑い、もう一度資料へ目を戻した。隣の担当者とも確認を交わし、何枚かページをめくる。やがて、津島が資料を閉じた。
「よし」
自社側の視線が集まる。
「その条件で進めよう」
「ありがとうございます!」
同期がすぐに頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
営業課長も続く。
「ああ。細かいところは、うちの担当と詰めてくれ」
「承知しました」
ーーー
双方が立ち上がり、挨拶を交わす。
「では、今後の詳細については担当同士で詰めさせていただきます」
「ああ、よろしく頼む」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
同期が頭を下げる。津島もそれに応じてから、達也へ顔を向けた。
「それじゃあ井上さん、また今度JDAで!」
「はい。また」
(また今度!?)
「社長、そろそろ次のお時間です」
「おお、そうだった」
津島が立ち上がる。
「では、下までお送りします」
営業課長と同期も席を立ち、達也もそれに続いた。玄関まで東洋メディカルの二人を見送る。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。よろしく頼む」
東洋メディカルの二人が会社を出ていく。姿が見えなくなるまで見送ってから、三人は社内へ戻った。
「じゃあ、あとの片付けは頼む」
「はい」
営業課長と別れ、達也と同期は第二会議室へ戻る。机の上には、商談で使った資料や空になった湯呑みが残っていた。
同期が扉を閉める。
「…………井上」
「うん」
「さっきの話なんだけど」
「津島さんのことだよね」
「分かってるじゃん!」
同期がぐっと達也に詰め寄る。
「なんで東洋メディカルの社長と知り合いなんだよ!?」
「JDAで会ったから」
「それは聞いたよ! というか、『また今度JDAで』って何だよ!」
「前に一度、JDAの施設で会ったんだよ」
「一度!?」
「うん」
「一度会っただけで、あの距離感なの?」
「津島さん、話しやすい人だから」
「それは……まあ、見てれば分かるけど」
同期が少し考える。
「津島社長もJDAに関わってるの?」
「回復薬の関係で来てたよ」
「ああ……」
少し間があった。
「……井上」
「うん」
「俺、この商談組むのに何回アポ取ったと思ってる?」
「……あ」
「分かった?」
「ごめん!」
「津島社長と知り合いなら教えてくれよ!」
「いや、知り合いというか……」
「しかもさ」
「?」
「増産の話、以前聞いたって言ってたよな?」
「……それもか」
「それもだよ!」
「ああ……そっちは完全にそうだな」
「欲しかったよ、その情報!」
「だよな。ごめん」
「ほんとだよ!」
同期が大きく息を吐いた。それから、ふと動きを止める。
「……ちょっと待って」
「何?」
「津島社長と名刺交換した?」
「したよ」
「会社の名刺管理にも入れた?」
「うん。俺の担当じゃないけど、製薬会社だったから」
同期が止まった。
「……お前か」
「何が?」
「あの名刺、お前か!」
「え?」
「東洋メディカル調べてたときに、社内に津島社長の名刺があるの見つけたんだよ!」
「ああ」
「誰が入れてんだろうとは思ったけど……お前だったのかよ!」
「俺だね」
「そこで繋がってたのかよ!」
同期が頭を抱えた。
「製薬会社だから、誰か使うかと思って」
「使ったよ! 俺が!」
達也は少し笑った。
「じゃあ、登録しといてよかったな」
「よかったけど!」
「ならいいじゃん」
「……まあ、名刺はな」
「うん」
「増産の話は言ってほしかったけど」
「それはごめん」
「ほんと頼むよ」
「次から気をつける」
「絶対な」
「うん」
同期が息を吐く。それから、テーブルの上に残った資料を見た。
「……まあ、いいけど」
「いいの?」
「取れたから」
「そうだな」
「……取れたな」
同期の口元が緩んだ。
「デカいぞ、これ」
「おめでとう」
「ありがとう」
達也も、テーブルの資料を見る。
「今日は飲みに行くか」
「奢り?」
「なんでだよ」
「取れたから」
「俺が頑張って取ったんだよ!」
「じゃあ俺が奢るの?」
「それも違うだろ」
「じゃあ割り勘で」
「最初からそうだよ」
同期が笑った。達也も笑う。二人でテーブルの上の資料をまとめ始めた。
ーーー
その日の夜。達也と同期は、会社近くの古い定食屋にいた。壁には手書きの品書きが並び、店の隅のテレビからは、どこかの団体がダンジョンに関する活動をしているというニュースが聞こえてくる。
「とりあえず、乾杯」
「お疲れ」
グラスを軽く合わせる。
「いやー、取れたな」
「よかったな」
「長かった……」
同期がしみじみ言って、枝豆を一つ口へ放り込む。
「そういやさ」
「うん?」
「回復薬の関係って言ってたけど、なんで井上と会ってんの?」
「施設でばったり会ったんだよ」
「ばったり?」
「うん」
同期が少し考える。
「津島社長も探索者なのかな」
「さあ。そこまでは聞いてない」
「そっか」
同期が枝豆を一つ摘まむ。
「まあ、成人した全員が適性検査の対象だったもんな」
「そうだな」
「適性あっても別におかしくないか」
「うん」
「……それにしても社長か」
「社長だね」
「今日一日で何回驚かされたと思ってんだよ」
「ごめん」
「そこはもういいよ」
同期が笑って、枝豆の殻を皿へ落とした。店の中には、食器の触れ合う音と、ほかの客たちの話し声が響いている。
「唐揚げ来たぞ」
「ほんとだ」
「レモンかける?」
「自分のだけにして」
「分かってるって」
二人の前に、揚げたての唐揚げが置かれる。達也は箸を伸ばした。
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