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番外編「三人組の試験運用」

番外編「三人組の試験運用」




 第五階層。


「塚本(つかもと)、右から二体!」


「見えてる! 寺岡(てらおか)、奥を頼む!」


「おう!」


 寺岡が灰色の杖を振ると、通路を風が吹き抜けた。奥から迫っていた魔物が横へ押し流され、岩壁にぶつかる。


「戸川(とがわ)!」


「任せろ!」


 戸川が杖を向ける。先端から放たれた水が、手前の魔物の脚を狙って地面を走った。動きが鈍ったところへ、塚本が踏み込む。


「よし!」


 火球が魔物の胴体へ直撃した。


 残る一体が、三人へ向かってくる。寺岡の風が進路を塞ぎ、戸川の水が足元を崩す。


「塚本!」


「おう!」


 塚本が放った二発目の火球が命中し、魔物は地面へ倒れた。


「……終わったか」


「ああ。周囲は?」


「今のところ反応なし」


 三人はしばらく周囲を警戒し、魔物が魔素へ還っていくのを確認した。


「やっぱり杖があると狙いやすいな」


 戸川が手元の灰色の杖を見る。


「水を出す方向が決めやすい」


「俺もだな。風を一方向に集めるのが楽だった」


 寺岡も頷いた。


「塚本は?」


「悪くねえな。ただ、片手が塞がるのはちょっとな」


「そこは慣れかもしれねえな」


「だな」


 三人はそれぞれの杖を確認した。今日の目的は、JDAから貸与された灰色の木の杖の試験運用だった。


「よし。じゃあ記録するか」


 塚本が腰のポーチから記録用紙を取り出した。


「戸川、どうだった?」


「結構いいぞ、これ」


「なるほど」


 塚本が書き込む。


「寺岡は?」


「俺も使いやすかったな」


「よし」


 ペンを動かす。


「で、お前は?」


「俺か?」


「火属性だろ。どうだったんだよ」


「ああ。普通に使えた」


「普通ってなんだよ」


「普通は普通だろ」


「それじゃ報告にならねえだろ!」


「じゃあ、使いやすかった」


「何が違うんだよ!」


 塚本は記録用紙を見下ろした。そこには三人分の感想が並んでいる。



 戸川――使いやすい。

 寺岡――使いやすい。

 塚本――普通に使える。



「……」


「……」


「……これでいいのか?」


「駄目だろ」


「だよな」


 三人は顔を見合わせた。


「……もう一回試すか?」


「何を?」


「魔法」


「報告書のために?」


「他にどうすんだよ!」


 結局、三人は安全を確認した岩場で、もう一度杖を使ってみることにした。


「じゃあ、まず戸川」


「おう」


 戸川が杖を構える。先端から水が勢いよく飛び出し、離れた岩へ当たった。


「どうだ?」


「狙いやすい」


「だから、それを具体的に!」


「……杖の先に向かって水が出る」


「そりゃそうだろ!」


「いや、普段は手から出してるだろ。杖だと先端を向ければいいから、狙う場所が分かりやすいんだよ」


「……おお」


 塚本が顔を上げた。


「それだ!」


「何が?」


「今の説明!」


「ああ?」


「それを書けばいいんだよ!」


「最初からそう言ってるだろ!」


「言ってねえよ!」


 塚本が勢いよく書き込む。


「寺岡は?」


「風を一方向に集めやすい。広げるときは普段とあんまり変わらねえな」


「なるほど」


「あと、杖を持ってると片手が塞がる」


「それ、俺も思った」


 塚本が書き足した。


「よし。じゃあ最後、俺だな」


「おう」


 塚本が杖を構えた。


「火で試すぞ」


「……おい、塚本」


「なんだよ」


「なんでそんなに腕伸ばしてんだ?」


「木だから」


「は?」


「燃えたら嫌だろ」


「お前、さっきの戦闘でも使ってただろ!」


「燃えないのは分かってるよ!」


「じゃあ普通に持てよ!」


「念のためだよ!」


 塚本が火球を放つ。火球は狙った岩へ飛び、表面にぶつかって消えた。


「……どうだ?」


「うん」


「うん?」


「普通に使える」


「「戻ったじゃねえか!!」」


 寺岡と戸川の声が、岩場に響いた。



ーーー



 数日後。JDAの受付で、三人は試験運用の報告書を提出していた。


「ありがとうございます。使用感はいかがでしたか?」


「使いやすかったです」


 塚本が答える。


「特に、魔法の方向を決めるのが楽でした」


「なるほど。ほかに気になった点は?」


「片手が塞がることですね」


 寺岡が答えた。


「杖を持つ分、持ち替えが必要になる場面もありました」


「分かりました」


 担当者が頷く。


「皆さんのように、普段から魔法を使い慣れている方の意見は参考になります」


「そうですか」


「はい。今後の改良に活かします」


 三人は軽く頭を下げ、受付を離れた。


「……終わったな」


「ああ」


「報告書、結構大変だったな」


「戦闘より時間かかったんじゃねえか?」


「それは言うな」


 塚本がため息をついた。


「でも、あの杖は便利だったな」


「だな」


「使う人は増えそうだよな」


「そういや、あれって植物から作ってるんだろ?」


「ああ。灰色の木とかいうやつ」


「……植物も馬鹿にできねえな」


 塚本がぼそりと言った。寺岡と戸川が顔を見合わせる。


「……お前がそれ言うんだ」


「うるせえ」


「いや、別に」


「何も言ってねえだろ」


「顔が言ってんだよ!」


 二人が笑う。塚本は不機嫌そうに顔を背けた。


「……帰るぞ」


「おう」



ーーー



 それからしばらくして。日曜日。ホームセンターの園芸コーナーに、男が三人並んでいた。


「……で?」


 寺岡が口を開いた。


「なんで俺たちまで来てるんだ?」


「苗を買うんだよ」


「それは聞いた」


「ミニトマトのな」


「それも聞いた」


 塚本は目の前に並ぶ苗を真剣に見比べていた。


「……なあ、塚本」


「なんだよ」


「そもそも、なんでミニトマトなんだ?」


「土属性の勉強だよ」


「お前、火属性だろ」


「知ってるよ!」


「育てたって土属性にはならねえぞ」


「そんなこと分かってるわ!」


 塚本は苗を一つ持ち上げた。


「……これ、強そうじゃね?」


「話終わったのかよ!」


「茎が太い」


「まあ、それはいいんじゃないか?」


「よし。これにする」


 ようやく決まったらしい。寺岡がほっとしたところで、塚本は隣の棚を見た。


「……土ってどれ買えばいいんだ?」


「知らねえよ!」


「戸川」


「だから俺も知らんって!」


「お前、水属性だろ」


「水属性と園芸に何の関係があるんだよ!」


「水やり」


「ジョウロ使え!」


 近くにいた店員が、三人をちらりと見た。


「お客様、ミニトマトを育てられるんですか?」


「あ、はい」


 塚本が急に背筋を伸ばした。


「初めてなんですけど、どの土がいいですか?」


「それでしたら、こちらの野菜用培養土がおすすめですよ」


「なるほど」


「鉢はもうお持ちですか?」


「いえ」


「でしたら、ある程度大きさのあるものがいいですね」


「分かりました」


 塚本は真剣に頷いている。


「……なあ」


 寺岡が戸川に小声で話しかけた。


「こいつ、ダンジョンの装備買うときより真剣じゃね?」


「俺も今それ思ってた」


「支柱も必要ですか?」


「はい。成長すると背が高くなりますから」


「なるほど」


「肥料もこちらにありますよ」


「ありがとうございます」


 塚本の買い物かごに、次々と園芸用品が増えていく。


「……おい、塚本」


「なんだよ」


「お前、ミニトマト育てるだけだよな?」


「そうだけど?」


「なんでダンジョンの準備より時間かかってんだよ!」


「初めてなんだから仕方ねえだろ!」


「だったら先に調べてこいよ!」


「調べたよ!」


「何を!?」


「ミニトマトの育て方!」


「じゃあなんで全部店員さんに聞いてんだよ!」


「確認だよ!」


 塚本は胸を張った。


「分からないことは詳しい人に聞くのが一番だろ!」


「……」


「……」


「……まあ、それはそうだな」


「だろ?」


 妙に正しいことを言われ、二人は黙った。店員は笑顔で説明を続ける。


「日当たりのいい場所に置いて、風通しにも気をつけてくださいね」


「はい」


「水は土の状態を見ながらあげてください」


「分かりました」


 店員が去ったあと、塚本が二人を見た。


「……全部揃ってるな」


「何が?」


「火、水、風」


「……」


「……」


「火じゃなくて日光だろ!」


「俺らで育てられるんじゃね?」


「普通に育てろ!」


 三人の声が、園芸コーナーに響いた。



ーーー



 一週間後。塚本のアパート。ベランダには、買ってきたミニトマトの鉢が置かれていた。


「……どうだ?」


 寺岡が尋ねる。


「元気だぞ」


「そうか」


「ほら」


 塚本がスマホを見せた。画面には、ミニトマトの写真が並んでいる。


「……お前、毎日撮ってんの?」


「ああ」


「なんで?」


「成長記録」


「……」


 寺岡が画面を覗き込む。一日目。苗の写真。二日目。苗の写真。三日目。苗の写真。


「……全部同じじゃね?」


「違うだろ!」


「どこが!?」


「三日目の方が葉っぱがちょっと大きい!」


「分かんねえよ!」


 戸川が横から覗き込んだ。


「記録もつけてんのか?」


「ああ」


「見せろよ」


「ほら」


 塚本がスマホのメモを開いた。



 一日目:元気。

 二日目:元気。

 三日目:たぶん元気。

 四日目:元気。

 五日目:葉っぱが増えた気がする。



 寺岡は画面と塚本の顔を交互に見比べた。


「……杖の報告書から何も成長してねえじゃねえか!」


「植物の状態なんか分かるかよ!」


「だったら調べろよ!」


「調べてるよ!」


 塚本はスマホを操作した。


「ほら、毎日見てる」


 検索履歴には、ミニトマトの育て方がずらりと並んでいた。


「……お前、めちゃくちゃ調べてるな」


「当たり前だろ」


「何が当たり前なんだよ」


「育てるって決めたんだから、ちゃんと育てるだろ」


「……」


「……」


 寺岡と戸川が顔を見合わせた。


「……まあ、そうだな」


「だろ?」


 塚本は満足そうに頷いた。


「で、戸川」


「なんだ?」


「今日、水やってくれ」


「なんで俺が!?」


「水属性だろ」


「まだ言ってんのかよ!」


「水やり得意そうじゃん」


「ジョウロ使えば誰でもできるだろ!」


「じゃあ頼む」


「話聞けよ!」



ーーー



 さらに数週間後。


「おい!」


 塚本から電話がかかってきた。


「なんだよ」


「花が咲いた!」


「……は?」


「ミニトマト!」


「ああ……」


「咲いたんだよ!」


「よかったな」


「見に来いよ!」


「なんで!?」


「いいから!」


 結局、寺岡と戸川は塚本のアパートへ呼び出された。


「ほら!」


 塚本がベランダを指差す。小さな黄色い花が咲いていた。


「……おお」


「咲いてるな」


「だろ!?」


 塚本が嬉しそうに笑う。


「写真撮っとけ!」


「もう撮った」


「なんでお前が先に撮ってんだよ!」


「来たとき撮ったんだよ!」


「俺にも送れ!」


「お前、目の前にあるだろ!」


 戸川が呆れた顔をする。


「……なあ」


「なんだ?」


「俺たち、何やってんだ?」


「ミニトマト育ててる」


「それは分かる」


「じゃあ何だよ」


「いや……」


 戸川は小さな花を見た。


「……意外と楽しいな」


「だろ?」


 塚本が得意げに頷く。


「次は実だな」


「ああ」


「赤くなるまで待つんだろ?」


「そうだな」


「……」


「……」


「……どのくらいで赤くなるんだ?」


「知らん」


「調べろよ!」


「今調べる!」


 三人は揃ってスマホを取り出した。



ーーー



 それから、しばらくして。塚本のアパートに、また三人が集まっていた。テーブルの上には、小さな皿。そこに、赤く熟したミニトマトが三つ並んでいる。


「……できたな」


「ああ」


「ちゃんと赤いな」


「当たり前だろ」


 塚本が一つずつ手渡した。


「じゃあ、食うか」


「おう」


 三人が同時に口へ運ぶ。


「……」


「……」


「……うまいな」


「普通のミニトマトだろ」


「俺が育てたんだぞ」


「俺たちも手伝っただろ!」


「水やったの俺だぞ!」


「一回だけだろ!」


「支柱立てたの俺だぞ!」


「それも一回だろ!」


 三人はしばらく言い合っていたが、やがて塚本がぽつりと言った。


「……もう一株育てるか」


「お?」


「今度は二株か?」


「いや」


 塚本は真剣な顔で二人を見た。


「次は大玉トマトだ」


「……」


「……」


「なんで難易度上げるんだよ!」


「いいだろ!」


「まずミニトマト安定させろよ!」


「今回ちゃんと育っただろ!」


「一株だけだろ!」


 塚本は腕を組んだ。


「……じゃあ、次もミニトマトにするか」


「そうしろ」


「今度は二株な」


「増えてんじゃねえか!」


「戸川の分も」


「なんで俺の分まで!?」


「水属性だろ」


「だから関係ねえって!!」


 そのとき、寺岡がベランダを見た。


「……おい、塚本」


「なんだよ」


「あの鉢、何だ?」


 収穫を終えたミニトマトの横に、空の鉢が二つ並んでいた。


「ああ、次のやつ」


「……」


「……」


「もう買ってんじゃねえか!」


「準備は大事だろ!」


「だったら先に相談しろよ!」


「なんで相談が必要なんだよ!」


「俺たちの分もあるからだろ!」


「お前らも育てる気満々じゃねえか!」


「お前が勝手に買ったんだろ!」


 夕方のアパートに、三人の声が響いた。ベランダには、収穫を終えたミニトマトの隣に、新しい鉢が二つ並んでいた。






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