第二十九話「形になったもの」
第二十九話「形になったもの」
植物研究室の一角に、青い花が咲いていた。
「増えましたね」
「ええ。だいぶ安定してきました」
達也の隣で、太田が頷く。一つではない。二つ、三つ。その奥にも、同じ青い花が並んでいる。
第三階層で初めて見つけたときは、黒い石の近くに生えているだけの、名前もない植物だった。その根に何かあると分かり、調べ始めて一年。今では、その青い花が研究室の中でいくつも花を咲かせている。
達也は手袋を外し、一つの鉢へ手を伸ばした。葉に触れ、それから鉢の縁近くまで伸びてきた根へ指先を当てる。
「どうです?」
「元気そうです」
「根の方は?」
「……前より伸びてますね」
湿った土。その中へ伸びていく根。水。土。光。それとは別に、何かを探すような感覚。
「下の方を探してるような感じはあります」
「黒い石を?」
「そこまでは分かりません」
太田が頷く。
「今は黒い石を置いた鉢と、置いていない鉢でも比較しています。根の伸び方に違いが出るか確認中です」
「何か差は出ました?」
「まだ判断できるほどではありません」
「もう少しかかりそうですね」
「ええ。でも、ここまで育つことは分かりました」
太田が並んだ鉢を見る。
「最初は、それすら分かりませんでしたから」
「ああ……」
言われて、達也も青い花を見る。ダンジョンで見つけた植物を持ち帰る。土を変える。水を変える。光を変える。枯れるものもあった。育たないものもあった。その中で、この青い花は地上でも根を伸ばし、また花を咲かせた。
「この根も、千葉さんのところで使えるんですか?」
「そこも調べています」
太田が別の容器を示した。中には、処理された根が何本か並べられている。
「ダンジョンで採取したものと、こちらで栽培したもの。乾燥方法も変えて、魔力を取り出す反応を比較しています」
「同じように使えそうですか?」
「反応はあります」
「おお」
「ただ、完全に同じとはまだ言えません」
「あ、そこはまだなんですね」
「差は出ています。栽培環境なのか、成長段階なのか、処理方法なのか。原因までは絞れていません」
「なるほど」
達也は容器の中の根を眺めた。育てることには成功した。しかも、魔力に関係する反応も消えてはいない。それだけでも、以前よりずっと先へ進んでいる。
「灰色の木はどうですか?」
「そちらです」
太田が研究室の奥を指す。いくつかの鉢が並んでいた。その中央。小さな木が伸びている。
「……まだ小さいですね」
「木ですからね」
まだ達也の腰にも届かない。細い幹から何本か枝が伸び、表面には見覚えのある灰色がかった樹皮がある。ダンジョンで初めて触れたとき、魔力が通りやすいと分かった木。今ではその枝が加工され、杖として使われ始めている。
「挿し木の方も育っています。ただ、安定して研究材料を確保できるようになるには、かなり時間がかかります」
「これも、魔力は通りやすいんですか?」
「若い枝でも反応はあります。ただ、ダンジョンで採取した成木の枝とは差があります」
「地上で育てた方が通りにくい?」
「現時点では、そうですね」
達也はしゃがみ、小さな苗木へ触れた。まだ細い。けれど、ちゃんと伸びている。
「若いからなのか、育った場所が違うからなのか……」
「その辺りも、これからです」
「時間がかかりそうですね」
「植物ですから」
「そうですね」
すぐに答えが出るものではない。それでも。青い花は鉢の中で根を伸ばし、灰色の木はまだ小さな枝を伸ばしている。ダンジョンで採るしかなかったものが、少しずつ地上へ根を下ろし始めていた。
達也はノートを開く。数行を書き終えたところで、研究室の入口から声がした。
「井上さん」
振り返ると、千葉が立っていた。
「あ、千葉さん」
「ちょうどよかったです。少し見てもらいたいものがあります」
「植物ですか?」
「いえ」
千葉が笑った。
「魔導具です」
達也の手が止まる。
「……魔導具?」
「海外から届きました」
「もう作ったところがあるんですか?」
「あります」
その返事は早かった。
「僕も見ていいんですか?」
「もちろんです。それに、井上さんたちが見つけた素材を使った試作品も見てもらいたくて」
「試作品?」
「前より、だいぶ形になりましたよ」
千葉の声が、いつもより少し弾んでいる。
「それと、足立さんにも来てもらっています」
「ケンちゃんも?」
「以前から続けている、光の保存試験の方で進展がありまして」
達也にも覚えがあった。健吾が作った小さな光を箱へ入れ、材質や大きさ、密閉の有無を変えながら、どれだけ残るのかを調べていた研究だ。
「光の箱、まだ続いてたんですね」
「もちろんです」
千葉は当然のように答える。
「むしろ、面白くなってきたところです」
達也はノートを閉じた。
ーーー
魔法運用研究班の研究室へ入ると、健吾はすでに来ていた。
「ケンちゃん」
「おう」
机の上には、見覚えのある透明な箱がいくつも並んでいる。その一つには、小さな光が浮かんでいた。
「まだ光ってる」
「昨日作ったやつだ」
「昨日?」
達也が箱へ近づく。
「今回は二十四時間を越えても、ほとんど減衰していません」
千葉が測定記録を確認する。
「容器の材質と密閉方法を変えたところ、以前より安定して保持できるようになりました」
「長くなったんですね」
「ええ。ただ、なぜこの条件で安定するのかは、まだ調査中です」
健吾が箱の中の光を見る。
「俺はいつも通り作ってるだけですけどね」
「それがいいんです。同じ人に同じように作ってもらえれば、変えた条件を比較できますから」
「それで今日も呼ばれたと」
「ご協力ありがとうございます」
「はは、休みなんて寝てるだけなんで大丈夫ですけどね」
健吾はそう言って、箱の中の光を見る。達也も隣から覗き込んだ。
「それと魔導具が関係あるんですか?」
「直接同じものではありません。ただ、適性者が作ったものを、その人から離れた場所や時間でも利用する。その点では繋がっています」
千葉が研究室の奥を示した。
「今回届いたものも、その一つです」
達也がそちらを見る。
「……大きいですね」
「でしょう?」
千葉は少し楽しそうだった。大きな装置が置かれている。机の半分以上を占領する金属製の枠。何本もの線。透明な筒。固定された鉱石らしきもの。その周囲には、達也には用途の分からない部品がいくつも取り付けられていた。
「これが魔導具なんですか?」
「向こうでは、そう呼ばれています」
「何ができるんです?」
「見ていてください」
研究員たちが装置を確認していく。
「準備できました」
「お願いします」
千葉の合図。低い作動音が研究室に響いた。測定器の数字が動く。一つ。二つ。装置の中を何かが移っていくように、順番に反応が現れる。そして。
ぱっ。
「おお」
白い光が灯った。装置の先端に取り付けられた照明が、机の上をはっきりと照らしている。十秒。三十秒。一分。それでも消えない。
「まだ点いてる」
「ええ」
二分。三分。白い光は、そのまま研究室の机を照らし続けている。やがて五分を過ぎたところで、千葉が研究員を見る。
「ここまででいいでしょう」
「停止します」
光が消えた。
「途中で止めたんですか?」
「ええ。連続点灯の試験は向こうですでに行われていますから。今日は動作確認だけです」
「……普通に照明ですね」
「そう見えるでしょう?」
千葉が笑う。健吾も首を傾げた。
「普通に光属性の人に頼んだ方が早くないですか?」
「その人がいれば、ですね」
「……ん?」
「この装置を動かしているのは、今ここにいる誰の魔力でもありません」
健吾の表情が変わった。
「先に入れてある?」
「はい」
千葉が装置の一部を指す。
「あらかじめ蓄えておいた魔力を、必要なときに取り出して使っています」
「じゃあ、光属性の人がいなくても?」
「使えます」
「……ああ。そういうことか」
健吾がもう一度、装置を見る。達也もようやく、大きな装置ではなく、その意味を見る。
「電気も使ってないんですか?」
「外部からの電力供給はありません」
「それなら、停電してても使えますね」
「ええ」
千葉が頷く。
「ただ、向こうが最初から非常用の照明を作ろうとしていたわけではありません」
「違うんですか?」
「もっと普通のものを考えているようです」
「普通?」
「照明、熱、動力。今まで電気や燃料を使っていたところに、魔力を使えないかと」
達也は、さっきまで点いていた照明を見る。
「家で使うってことですか?」
「将来的には、そういうものも考えているようですね」
「ダンジョンじゃなくて?」
「ええ」
達也には、その方が少し意外だった。魔力。魔導具。そんな言葉を聞けば、どうしてもダンジョンや探索者を思い浮かべる。
「なんか、魔導具って聞いて想像してたのと違いますね」
「どんなものを想像してました?」
「もっとこう……探索で使うような」
「俺もそっちだな」
健吾も頷く。千葉が笑った。
「私たちは、ダンジョンに近すぎるんですよ」
「ああ……」
「世界中の人が毎日ダンジョンへ入るわけではありませんからね」
それはそうだった。達也は週末になればダンジョンへ行く。健吾は実働部隊として中へ入る。千葉はそこで見つかったものを研究している。自分たちにとって、魔力とダンジョンはあまりにも近い。けれど、ほとんどの人にとってはそうではない。
「それに――」
千葉が巨大な装置を見る。
「魔力が見つかって、まだ三年ですからね」
「三年……」
「世界中、似たようなものですよ」
「似たような?」
「分からないものを、まず自分たちが知っているものに置き換えて考えるんです」
千葉が照明を指す。
「これは電気の代わり」
次に、装置の内部を見る。
「魔力を溜められるなら、電池みたいに使えないか。熱に変えられるなら、燃料の代わりにならないか。動かせるなら、モーターやエンジンの代わりにならないか」
「なるほど」
「今まで存在しなかったものですから。それくらいしか、始め方がないんですよ」
健吾が腕を組む。
「魔法なのに、考え方は普通なんですね」
「普通の人間が研究してますからね」
千葉が笑った。
「いきなり魔法の正しい使い方を知っている人なんていませんよ」
「ああ……」
達也は、その言葉に妙に納得した。最初から、火の矢があったわけではない。最初から、灰色の木が杖だったわけでもない。黒い石だって、最初はただの黒い石だった。名前も。使い方も。何ができるのかも。全部、人間があとから試してきた。
「じゃあ、十年後には全然違う使い方をしてるかもしれない?」
「十分ありえます」
千葉は即答した。
「今の私たちは、魔法がなかった頃の物差しで魔法を測ってますから」
その言葉に、達也は巨大な装置を見る。机の半分以上を占領して。魔力を使って。やっていることは、一つの照明を点けること。少しおかしくて。でも、きっと、こういうところから始まるのだ。
「これが世界で最初なんですか?」
「公表され、こちらで確認できているものの中では、最初期の一つですね」
「他にもあるんですか?」
「世界中で研究されていますよ」
千葉の口調が少しだけ熱を帯びる。
「熱へ変えようとしているところ。動力へ変えようとしているところ。医療への応用を研究しているところ」
「色々あるんですね」
「戦闘利用を研究しているところもあるでしょう」
「ダンジョンで?」
「それもあるでしょう。ただ――」
千葉が少し言葉を選んだ。
「戦う相手が、魔物だけとは限りませんから」
達也は黙った。健吾も、今度は何も言わない。
「その辺りは、公開されない研究の方が多いでしょうね」
千葉はそれ以上続けなかった。白い照明。熱。動力。医療。武器。同じ魔力を前にしても、世界中で考えていることは違う。それでも、知らないものを自分たちが知っている何かに置き換えて理解しようとしているところは同じだった。
「日本では、同じものを作るんですか?」
「いいえ」
千葉はすぐに答えた。そして隣の机を指す。
「こちらは、こちらの方法でやります」
達也がそちらを見る。
「あ」
黒い石。処理された青い花の根。灰色の木。見覚えのあるものばかりだった。けれど、以前見た姿とは違う。
一年前。初めて組み合わせたときは、線と留め具で無理やり繋いだような姿だった。黒い石から根へ。根から灰色の木へ。魔力が通った。ただ、それだけだった。
今は違う。黒い石は固定具へ収まり、処理された根が接続されている。そこから灰色の木へ繋がり、その先には小さな発光部。一つの装置として台座に収められていた。
「前より、ずいぶん道具っぽくなりましたね」
「でしょう?」
千葉が笑う。明らかに嬉しそうだった。
「根の処理方法を変えました。接続方法も。黒い石との接触面積も調整しています」
「これも光るんですか?」
「見ていてください」
研究員が黒い石を確認する。
「開始します」
測定値が動く。黒い石。処理された根。灰色の木。順番に反応が出ていく。そして。
ぽっ。
「あ」
小さな光が灯った。弱い。海外製の照明とは比べものにならない。けれど、消えない。一秒。二秒。三秒。以前は一瞬だった光が、その場に残っている。
「……長い」
「でしょう?」
千葉が言う。光はしばらく灯り、それからゆっくり消えた。
「前は一瞬でしたよね」
「測定器で反応を拾うのがやっとでした」
「それが、ちゃんと光ってる」
「まだ安定はしていませんけどね」
そう言いながらも、千葉は嬉しそうだった。
「黒い石によって差が出ます。根にも個体差がある。灰色の木も同じです」
達也は、さっきまでいた植物研究室を思い出した。鉢の中で育つ青い花。まだ小さな灰色の木。
「だから、栽培したものも調べてるんですね」
「ええ」
千葉が小さな試作品を見る。
「これを一つ作って終わりなら、ダンジョンから採ってくればいい。でも、同じものを百個、千個と作ろうとしたら、それでは足りません」
達也は顔を上げた。
「そこまで考えてるんですか?」
「そのための研究ですよ」
千葉はあっさり言った。達也はもう一度、小さな装置を見る。黒い石。青い花の根。灰色の木。自分がダンジョンで一つずつ見つけてきたものが、初めて「道具」の形になり始めている。
「向こうの作り方も参考にするんですか?」
「もちろん」
千葉が海外製の大きな装置を見る。
「向こうには、すでに動くものを作った技術があります。こちらには、こちらで見つけた素材がある」
二つの装置が、同じ研究室に並んでいる。
「使えるものは、お互いに使えばいいんです」
「そうですね」
「三年前には、どちらも存在しなかったんですから」
その言葉に、達也は少しだけ黙った。本当に、そうだった。
ーーー
「そういえば、昨日の透明な石はどうなりました?」
「ああ」
千葉が笑った。
「来てますよ」
「もう?」
「高城さんが持ち帰ったあと、鉱物研究側で初期確認をして、一部がこちらにも回ってきました」
「早いですね」
「新しい素材ですから」
返事も早い。千葉が別の机へ向かう。そこには、小さな透明の鉱石が置かれていた。昨日まで、第四階層の壁際に埋まっていた石。周囲の光を受け、透明な内部でわずかに屈折している。
「高城さんの話では、黒い石とはかなり違うようですね」
「溜め込む感じがないって言ってました」
「ええ。入ってきたものが、そのまま外へ出ていくような感覚だと」
千葉が透明鉱石を持ち上げる。
「こちらでも、魔力を保持する反応はほとんど確認できていません」
「じゃあ、通す方ですか?」
「それもまだ分かりません」
千葉はそう言ったあと、少し笑った。
「なので、試しています」
「何を?」
「思いつくものから順番に」
魔力を直接入れる。別の素材を経由する。他の素材と組み合わせる。基本的な試験を始めたばかりだった。千葉が、先ほどの日本側の試作品を見る。
「ちょうどいいので、これにも繋いでみましょう」
「今からですか?」
「今からです」
その返事を待っていたように、研究員たちが動き始める。
「早いな」
健吾が呟く。
「準備してたんじゃない?」
「だろうな」
黒い石。処理された青い花の根。灰色の木。そして、その先に透明鉱石。昨日までは一緒に置かれたことすらなかった四つの素材が、一つの台座の上に並んだ。
「準備できました」
「お願いします」
黒い石から反応が出る。魔力が減少する。根へ。灰色の木へ。そして、透明鉱石。
ぱっ。
「あ」
透明な石の内部を、青白い光が走った。ほんの一瞬。石の中で広がり、そのまま反対側へ抜ける。千葉がすぐに測定器を見る。
「保持は?」
「ほとんどありません」
「通過時間は?」
「記録できています」
研究室の空気が少し変わった。
「鷹さんが言ってた通りですね」
「今のところは」
千葉の視線が透明鉱石へ戻る。
「もう一度」
二回目。青白い光。三回目。同じ。研究員が次々と記録していく。
「次は透明鉱石を交換しますか?」
「いえ」
千葉が少し考える。
「入力側を変えましょう」
「黒い石ですか?」
「はい」
別の黒い石が運ばれてきた。
「何が違うんです?」
「中に入っている魔力です。最初のものは、水属性の適性者に協力してもらいました」
千葉が新しい黒い石を指す。
「こちらは火属性です」
健吾が透明鉱石を見る。
「それで変わるんですか?」
「分かりません」
千葉が笑う。
「だから面白いんですよ」
黒い石だけが交換される。根は同じ。灰色の木も同じ。透明鉱石も同じ。
「準備できました」
「お願いします」
黒い石から魔力が取り出される。根へ。灰色の木へ。透明鉱石へ。
ぱっ。
「……あれ?」
達也が声を漏らした。さっきまで青白かった光が、今度は淡い橙色だった。ほんの一瞬。けれど、見間違えるにははっきりしすぎていた。
「色、違うよな?」
健吾が透明鉱石を見る。千葉は答えなかった。測定器へ目を落とす。透明鉱石を見る。もう一度、測定器。
「……もう一回」
声が、さっきより早い。
「同じ条件でお願いします」
「はい」
研究員の返事も早かった。黒い石。根。灰色の木。透明鉱石。
ぱっ。
淡い橙色。今度は全員が見ていた。
「違いますね」
達也が言った。
「ええ」
千葉が透明鉱石へ近づく。目が離れない。
「最初の石に戻してください」
「はい」
水属性の適性者が魔力を入れた黒い石へ戻す。接続確認。
「いきます」
ぱっ。
青白い。健吾が眉を上げた。
「戻ったな」
「戻りましたね」
千葉が呟く。誰も、すぐには次の言葉を出さなかった。
黒い石で、魔力を溜める。青い花の根で、取り出す。灰色の木で、通す。そこまでは分かっていた。その先。同じ透明鉱石を通った光が、黒い石を替えただけで違う色を見せた。
「千葉さん」
「はい」
「中の魔力が違うからですか?」
千葉は、すぐには頷かなかった。
「その可能性はあります」
声は冷静だった。けれど、視線は透明鉱石から離れていない。
「ただ、まだ決められません。黒い石そのものが違います。石の個体差もある。蓄えられた魔力量も完全には揃っていない」
千葉が研究員へ振り向いた。
「同じ石でやりましょう」
「同じ石?」
「一度空にします。そのあと、別の属性の適性者に同じ石へ魔力を入れてもらう。量もできるだけ揃えます」
「分かりました」
「透明鉱石は?」
「このままで」
研究員たちがすぐに動き始める。
「それと、別の属性の人にも協力をお願いしてください」
「何人くらいですか?」
千葉が一瞬考えた。
「呼べるだけ」
「千葉さん」
達也が思わず声をかける。
「はい?」
「楽しそうですね」
千葉が止まった。それから、透明鉱石を見る。
「……楽しいですよ」
口元が緩む。
「昨日まで、何に使えるかも分からなかった石ですよ」
黒い石を見る。青い花の根を見る。灰色の木を見る。最後に、透明鉱石。
「黒い石で溜める。根で取り出す。灰色の木で通す」
一つずつ確かめるように口にする。
「その先に、昨日見つかった石を置いたら、出てくるものが変わった」
千葉が小さく息を吐いた。
「これが何なのか、まだ全然分かりません」
そして笑った。
「だから、面白いんです」
研究員たちが、すぐに次の試験の準備を始める。達也は机の上に並んだものを見た。黒い石。青い花の根。灰色の木。透明な鉱石。
三年前。黒い石は、ただの黒い石だった。青い花も、名前すら知らない花だった。灰色の木だって、最初から杖だったわけではない。一つ見つけて。調べて。試して。また一つ分からないことが増えて。それを、また調べた。そうして今。別々だったものが、同じ机の上で繋がっている。
大きな海外製の魔導具では、魔力だけで照明が灯った。隣の机では、昨日までダンジョンの壁際に埋まっていた石が、二つの違う色を見せた。
達也は透明鉱石を見る。
「次は、何色になるんでしょうね」
千葉も同じ石を見た。
「それを、これから調べるんですよ」
すぐに次の黒い石が運ばれてくる。測定器が動き出す。誰かが記録用紙をめくった。誰も、帰ろうとはしなかった。
まだ、分からない。だけど、研究室では、もう次の実験が始まっていた。
お読みいただきありがとうございました。
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