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第二十八話「協力要請」

第二十八話「協力要請」




 第四階層。達也は通路脇の木の根元にしゃがみ込み、足元に生えた小さな草を眺めていた。


 丸い葉が、地面へ張りつくように広がっている。珍しい植物ではない。以前にも何度か見かけたものだ。


「前より増えてるかな」


 周囲へ視線を巡らせてみる。確かに株の数は増えているようだったが、採取するほどの量ではなさそうだった。


 膝に手をつき、達也が立ち上がろうとした、そのとき。


 ピコン。


「あ」


 腰につけていた端末が、短く鳴った。その数秒後。


 ピピッ。


 今度は隣から、少し違う音が響く。達也が振り返ると、健吾もすでに自分の端末を取り出していた。


「ケンちゃんも?」


「ああ。JDAだ」


 達也は手元の画面に目を落とした。



 【JDA公式・協力要請】

 【対象分類:採取(植物)・調査】

 【大型キノコの現地調査への協力のお願い】

 第四階層の通路で、大型のキノコが急速に増え、通行が難しくなっています。

 現地では除去作業を行いましたが、短時間で再び通路が塞がれる状態が続いています。

 採取・植物調査の経験を持つ探索者へ、現地確認と安全な対処方法の調査に協力をお願いしています。

 【場所:第四階層・東部通路】

 【協力可能 / 対応困難】



「キノコだって」


「こっちは現場支援だな」


「見ていい?」


 健吾が、自分の画面をこちらへ向けた。



 【JDA実働・現場支援要請】

 【第四階層東部通路】

 【事案:大型キノコの異常繁茂による通路封鎖】

 【任務:現地調査支援・周辺警戒・安全確保】

 【現地担当の指示に従い行動】

 【応答:可/不可】



 達也は二つの画面を見比べた。


「同じ場所だね」


「ああ」


「僕はキノコの調査」


「俺は現場支援」


 達也はもう一度、自分の通知に視線を戻す。


「安全な対処方法か……」


「どうする?」


「うん、行ってみる」


 健吾は達也の返事に小さく頷いた。


 二人は、それぞれの端末へ指を滑らせる。達也が選んだのは【協力可能】、健吾が選んだのは【応答:可】だった。


 達也の画面には【ありがとうございます】【指定された場所へ向かってください】と表示された。一方、健吾の画面に浮かんだのは、【応答確認】【現場へ移動せよ】という素っ気ない二行だった。


「違うね」


「立場が違うからな」


「僕はお礼言われた」


「俺は移動しろって」


「ケンちゃんも大変だね」


「慣れてる」


 健吾は肩をすくめるでもなく、端末を腰へ戻した。二人は指定された場所へ向かって歩き出す。



『今の何?』

『JDAから通知?』

『トマトさん呼ばれた?』

『公式の協力要請か』

『この前の分類で来るやつ?』

『本当に来るんだ』

『面の人のも鳴ってなかった?』

『鳴ってた』

『音違ったよな』

『何の通知?』

『さあ?』

『なんで濁すんだよw』

『そのうち分かる』

『古参なんか知ってるだろ』

『絶対なんか知ってるじゃんw』



「配信、このままでいいの?」


「ああ。止める必要があれば現場で言われる」


「分かった」


 それきり会話は途切れ、二人の足音だけが第四階層の東部へと続いていった。



ーーー



 目的地が近づくにつれて、通路には足止めされた探索者の姿が目立ちはじめた。壁にもたれて座り込む者、端末を覗き込んで溜息をつく者。誰もが手持ち無沙汰な顔をしている。


「まだ通れないのか?」


「迂回すると結構かかるんだよな」


「朝より増えてない?」


 人垣の向こうへ目を向けた瞬間、達也は思わず足を止めた。


「……キノコ」


 茶褐色の傘だった。中心は濃く、縁へ向かうほど少しずつ色が淡くなっている。肉厚の傘の表面には、乾いた土のような細かいひび割れ模様が走っていた。その下から伸びるのは、白っぽくて太い柄。形だけなら、椎茸によく似ている。


 ただし。


「大きい……」


 配信画面のトマトのヘタが、ピンッと立った。


 大きすぎる。一本一本の高さは、腰から胸ほどもあった。傘の大きなものになると、人一人がすっぽり隠れてしまいそうなほど広がっている。それが何十本も密集し、互いの傘を重ね合わせながら、通路を隙間なく埋め尽くしていた。湿った土の匂いが、ここまで漂ってくる。


「……美味そうだな」


 規制線の前で待っていた探索者の一人が、ぽつりと呟いた。


「分かる」


 隣の探索者が深く頷く。


「焼きたい」


「醤油?」


「バターもいいな」


「お前ら、毒あるかもしれないんだぞ」


 別の探索者が呆れたように言う。


「食うとは言ってない。美味そうって言っただけだ」


「焼きたいって言っただろ」


「希望だよ」


「何の希望だよ」



『しいたけじゃん』

『でっか』

『うまそう』

『焼きたい』

『醤油』

『バター』

『現地の探索者と同じこと言ってて草』

『肉厚で絶対うまいやつ』

『まだ食えるって決まってないぞ』

『でも美味そう』

『それとこれは別』

『見た目だけなら百点』

『トマトさん食える?』

『トマトさんを毒見役にするなw』



『JDA植物班>現時点で食用可能との確認は取れていません。現場の指示なく採取・接触しないでください』



『公式きた』

『ですよね』

『植物班見てるじゃん』

『食べません』

『まだ何もしてないのに怒られた気分』

『現地のやつらにも言ってやってw』



 達也は、見上げるほどのキノコの群れをしばらく眺めていた。


「……食べられるのかな」


「たっちゃん」


「まだ食べないよ」


「まだって言うな」


 達也の口調は、いたって真面目だった。けれど配信画面の中では、トマトのヘタが不満そうに、みょんみょんと左右へ跳ねていた。



『ヘタwww』

『めっちゃ不満そう』

『プンスカしてるw』

『食べたいんじゃん』

『声よりヘタの方が正直だな』



 通路の手前には、簡易的な規制線が張られていた。その内側では、JDA職員と実働部隊が慌ただしく動き回っている。


「お、来たか」


 こちらに気づいた坂口が、片手を上げた。


「坂口さん」


「近くにいたんだって?」


「はい」


「助かる」


 坂口の視線が、達也の隣へ移る。


「足立、こっち頼む」


「了解です」


 健吾は短く答えてから、達也へ向き直った。


「たっちゃん。護衛引き継ぐから、ちょっと待って」


「うん」


 坂口が、近くにいた実働隊員を呼び寄せる。


「こっちの護衛、頼めるか」


「了解です」


 駆け寄ってきた隊員が、達也の傍らで姿勢を正した。


「こちらで護衛を引き継ぎます」


「お願いします」


 健吾はもう一度だけ周囲に目を配った。


「じゃあ、行ってくる」


「うん」


 健吾は坂口とともに、配信画面の外へと歩いていった。その背中が、通路の人影に紛れて見えなくなる。



『あれ?』

『面の人行っちゃった』

『護衛交代した?』

『坂口さん普通に指示出してたな』

『足立って聞こえた?』

『聞こえた気はする』

『気のせいかもしれない』

『断定はよくない』

『古参が急に慎重になるの何なんだよw』



「トマトさん」


 声をかけられ、達也が振り返る。植物研究班の職員が、こちらへ歩いてきていた。


「来ていただいてありがとうございます」


「いえ」


「まず、現状を見てもらってもいいですか?」


「はい」


「それと、もう一人来られています」


「もう一人?」


「トマトさん」


 今度は、別の方向から声がした。振り向いた先に立っていたのは、頭部が鷹のアバターの高城透だった。


「鷹さん」


「どうも」


「鷹さんも呼ばれたんですか?」


「ええ。どうも石の方で引っかかったみたいです」


「キノコなのに?」


「私もそう思いました」


 高城が、通路の奥へ目をやる。


「この群生の近くで、未確認の鉱石が露出しているそうです。関連があるかもしれないから、一応見てほしいと」


「なるほど」


「まずはキノコですね」


「はい」


「トマトさん」


 少し離れたところから、また声がした。


「あ、相馬さん」


 達也が振り返ると、いくつかの回収用ケースを運んできた相馬陸が立っていた。


「相馬さんも来てたんですね」


「ええ。最初に切ったキノコの回収もありますから」


 相馬はそう答えてから、達也、高城、そして植物研究班の職員へ順番に視線を向けた。


「……今日は多くなりそうですね」


「何がです?」


「帰りの荷物です」


 達也が首を傾げる。


「まだ何も採ってないですよ」


「トマトさんと鷹さんがいて、植物班まで来てるんですよ」


 相馬は当然のように言った。


「これで増えなかったら、その方が珍しいです」


「そうかな」


「そうです」


 返事が早かった。



『誰?』

『なんかめっちゃ親しくない?』

『あ、荷物受け取ってくれる人じゃん』

『あー!』

『いつもの人か』

『帰りの荷物でメンバー判断されてて草』

『トマト+鷹+植物班=荷物が増える』

『もう経験則なんだろw』



 達也は規制線の前まで進み出た。通路の端には、切断されたキノコが山のように積まれている。そのそばには、相馬が運んできた回収用ケースが並べられていた。


「これ、切ったんですか?」


「はい」


 植物班の職員が頷く。


「一度、実働部隊が通路を確保しています」


「今は完全に戻ってますね」


「二時間ほどで」


「……早いですね」


「切断作業中、白い液体が飛散しました。防護装備の隙間から腕に付着した隊員が一人、軽い炎症と痺れを起こしています」


「大丈夫なんですか?」


「すぐに洗浄したあと、回復薬を使用しています。症状は消えて、今は現場に戻られています」


「よかった」


「ただ、原因になった液体についてはまだ調査中です。切断作業は一度止めています」


 達也は、積まれたキノコへ視線を移した。切断面には、乾きかけた白い液体が薄く膜のように残っている。


「切ってない方は、触っても大丈夫ですか?」


「表面に触れただけでは症状は出ていません」


「分かりました」


 達也は、手袋を外した。


「素手で触るんですか?」


 植物班の職員が念を押すと、護衛を引き継いだ隊員も一歩、距離を詰めた。


「その方が分かりやすいので」


「異常を感じたらすぐに離してください」


「はい」


 護衛の隊員が周囲を確認し、達也より少し先へ出る。その背後から、達也は通路の手前に生えている一本へ近づいていった。


 そっと、傘へ手を置く。しっとりと湿っていた。水分が多い。大きく広がりたい。乾くのは嫌。そんな感覚が、掌の下からじわりと伝わってくる。


 そして。


「……ちょっと嫌な感じがする」


「どんな感じですか?」


「前の毒草とは違います。でも、触って分かるくらいの刺激があります」


 手を離し、隣へ視線を移す。少し小さい個体があった。


「こっちは……」


 触れる。


「……これもある」


 さらに横には、傘が一回り小さいものが生えている。


「これは……少し弱いかも」


 達也は周囲を見回し、大きさの違う個体を見つけては、順番に触れていった。護衛の隊員も、その動きに合わせて立ち位置を変えていく。


「こっちは、ほとんど分からない」


 さらに小さなものへ触れた瞬間、掌から引っかかりが消えた。


「あ。これは感じない」


 達也は立ち上がった。目の前には、大きさの違うキノコが段をなすように並んでいる。


「大きくなるほど、嫌な感じが強くなってる気がします」


「境目は分かりますか?」


「まだはっきりとは。でも――」


 達也は、今触れたばかりの個体を一つずつ目で辿った。


「このくらいからかな」


 腰より少し低い程度の個体を指し示す。


「これより小さいものは、かなり弱いか、ほとんど感じません。これより大きいと分かりやすくなる感じです」


「大きさと刺激性に関係がある可能性がある、と」


「はい。でも、今触った分だけなので」


「分かりました」


 植物班の職員が記録を取っていく。達也もそこで初めて、ノートを開いてペンを走らせた。



 【第四階層・大型キノコ】

  茶褐色の傘。白い柄。

  切断面から白色の液体。

  液体付着で炎症・痺れ。回復薬使用後、症状消失。

  表面への接触では、現時点で症状なし。

  大型個体――刺激のような感覚あり。

  小さくなるにつれて弱くなる。

  一定以下の大きさでは、ほぼ感じない個体あり。

  大きさと刺激性に関係?

  境界――未確認。

  要検証。



 通路の右側には、さらに小さなキノコがまとまって生えていた。同じ茶褐色の傘に、同じ白っぽい柄。形もよく似ている。だが大きさは、普通の椎茸より少し大きい程度だった。


 その周囲だけ、わずかに空気が動いている。壁際の細い亀裂から流れ込んだ風が、通路へ抜けていくのだ。達也の鼻先を、ふわりと香りがかすめた。


「……いい匂い?」


「え?」


 キノコらしい、濃い香りだった。土の匂いに混じっていても、はっきりと分かる。


 護衛の隊員が、先に周囲の安全を確かめる。それを待って、達也は小さなキノコの前にしゃがみ込み、傘へ触れた。


「あ」


「どうですか?」


「さっきの嫌な感じ、ないです」


 隣の個体にも触れる。もう一つ。少し大きなものにも。


「やっぱりない」


 植物班の職員が、その結果も記録に加えた。


 そのすぐそば。岩壁の一部に、透明度の高い鉱石が露出していた。鉱石そのものが光っているわけではない。第四階層を照らす光を受け、内部で複雑に反射しているのだ。そのため、周囲よりほんの少し明るく見えた。


「これですか?」


「たぶん報告にあったのは、これですね」


 高城が近づき、鉱石へ手を触れた。しばらくして、小さく首を傾げる。


「黒い石とは違いますね」


「溜める石じゃない?」


「ええ」


 もう一度、鉱石の表面を指先で撫でる。


「そうですね。溜め込む感じがない。入ってきたものが、そのまま外へ出ていくような……」


 高城自身も、まだ感覚をうまく言葉にできずにいるようだった。


「これは持ち帰ります」


「相馬さん」


「はいはい。ケースありますよ」


 返事と同時に、相馬が鉱石用のケースを持ってくる。達也はそれを見てから、高城へ視線を戻した。


「本当に増えたね」


「だから言ったでしょう」


 相馬の返事は早かった。



『早速増えたw』

『相馬さん正解』

『まだキノコもあるぞ』

『帰り大変そう』

『完全にこの人の担当なんだな』



 小さなキノコ。透明な鉱石。周囲よりわずかに明るい場所。そして、壁際から抜けてくる弱い風。


「ここだけ条件が違うんだ」


 植物班の職員が測定器を取り出し、周囲を何か所か測っていく。


「湿度も少し低いですね」


「風もあるからかな」


「その可能性はあります」


 達也は、巨大なキノコの群れへ視線を戻した。触れたときに伝わってきたもの。水分。湿り気。乾くのを嫌がる気配。


「乾燥すると、大きくなれない?」


「調べてみましょう」


 達也はノートへ書き加えた。



  透明鉱石周辺――小型個体が多い。

  周囲よりやや明るい。

  弱い風あり。

  周囲より湿度が低い。

  小型個体――刺激感なし。

  透明鉱石との関連――不明。

  要検証。



 植物班の職員が記録を確認し、それから達也へ声をかけた。


「トマトさん。調査中だけ、公式コメントを現場との連絡にも使わせてもらっていいですか?」


「僕のコメント欄を?」


「はい」


「いいですよ」


「ありがとうございます」


 ほどなくして、コメント欄に見慣れた固定表示が現れた。



『JDA植物班>現地担当へ。大型・中型・小型個体を各二点採取。採取前に傘径・全高を測定し、採取位置とあわせて記録してください』



『早速使ったw』

『業務連絡きた』

『本当にコメント欄使うんだ』

『急に具体的』

『現地担当見てる?』



 隣にいた植物班の職員が端末を確認し、「確認しました」と頷いた。そのまま、手元を操作する。



『JDA植物班・現地>了解しました』



『返事もここでするの!?』

『植物班の業務チャットになったw』

『ここトマトさんのコメント欄だぞ』

『本人の許可は取ったからなw』

『俺らの醤油とバターも一緒に記録されるの?』

『そこは消してくれ』



 植物班の職員たちが、さっそく動き出した。傘の直径。地面からの高さ。採取した位置。一本ずつ番号を振って測定し、記録を残してから、慎重に採取していく。採取されたキノコは、それぞれ密閉できる容器へ収められた。


「相馬さん、こちらお願いします」


「はい」


 植物班から声がかかると、相馬が容器を受け取る。番号を確認し、行き先ごとにケースへ収めていった。



『仕事始まった』

『さっきまで醤油の話してたコメント欄とは思えない』

『俺らも静かにした方がいい?』

『無理だろ』



 風が、また小さなキノコの香りを運んできた。規制線の向こうにいた探索者の一人も、それに気づいたらしい。


「なんか、いい匂いしない?」


「やっぱ食えるんじゃない?」


「まだ調査中です!」


 植物班の職員が、即座に声を飛ばした。


「聞いただけです!」


「近づかないでください!」


「はい!」



『いい匂いするの!?』

『絶対うまいやつ』

『まだ分からんw』

『小さい方だけ高級食材感ある』

『焼こう』

『醤油』

『バター』

『静かにする気ゼロで草』



『JDA植物班>香りと食用可否に直接の関係はありません』



『先回りされた』

『まだ食えるって書いてない』

『書こうとしてただろ』

『はい』

『植物班、完全に俺らの扱い分かってる』



 達也はノートへ、さらに書き加える。



  小型個体――大型個体と同種と思われる。

  大型個体で感じた刺激感なし。

  香りが強い。

  成長段階によって性質が変化する可能性。

  食用可能性――要検証。



 植物班の職員が、風の抜けている場所と巨大なキノコを見比べた。


「坂口さん」


「ん?」


「風を当ててもらえますか?」


「どれに?」


「あの一本だけ。弱くでお願いします」


「分かった」


 坂口が、巨大なキノコへ向けて手をかざす。ふわり。弱い風が、巨大な傘の表面をなぞるように流れていった。


 すぐには何も変わらない。そのまましばらく、全員が息を詰めて待つ。


「……縮んでる?」


 達也が一歩、近づいた。肉厚だった傘の縁が、わずかに内側へ丸まっている。植物班の職員が測定器を覗き込んだ。


「表面水分も下がっています」


 坂口が風を止める。達也は手袋を外したまま、傘へ触れた。


「さっきより乾いてる」


「風だけでも効果はありそうですね」


 達也はノートを開いた。



  弱い風――時間経過で収縮。

  表面水分の低下を確認。

  乾燥による収縮の可能性。



 そのとき、実働部隊の方から人が戻ってきた。坂口の後ろを歩いてくるのは、フルフェイスの装備に身を包んだ隊員だった。背中には大剣を負っている。護衛を引き継いでいた隊員が、その姿を確認して達也のそばを離れ、元の持ち場へ戻っていく。


 達也はそちらへ顔を向けた。


「ケンちゃん」


「ん?」


 フルフェイスの隊員が、ごく普通に返事をした。



『ケンちゃん?』

『誰?』

『声似てるな』

『面の人どこ行ったんだよ』

『代わりの人来たな』

『大剣も似てる』

『偶然だな』

『いや声一緒だろw』

『アニメでも声同じで別人いるだろ』

『その理論持ってくるなw』

『ケンちゃんって名前まで同じだけど』

『同じ名前の人くらいいる』

『体格も似てる』

『よくある』

『無理あるだろw』

『断定はよくない』

『そうだぞ』

『お前ら絶対楽しんでるだろ』



 達也は、少し縮んだキノコを見やり、それから健吾へ目を向けた。


「ケンちゃん、光も当ててくれる?」


「風と一緒に?」


「うん。もう少し早く乾くかもしれない」


「分かった」


 植物班の職員も、坂口を見た。


「坂口さん、もう一度お願いします」


「ああ」


 健吾と坂口が、並んで立つ。健吾が片手を上げた。その掌に、白い光が集まっていく。初めは小さな灯だったそれが、ゆっくりと強さを増していった。やがて光は、巨大なキノコの群れを白く照らし出す。重なり合う傘の影が、くっきりと地面へ落ちた。


「坂口さん、お願いします」


「ああ」


 次の瞬間。風が走った。


 坂口を中心に生まれた風が、通路を真っ直ぐに駆け抜ける。その風を追うように、健吾の光が広がった。白い光の中を、風が奔る。風に押された傘が大きく揺れ、光はその表面を照らし続け、じりじりと水分を奪っていく。


 一枚。また一枚。重なり合っていた巨大な傘が、ゆっくりと形を変えはじめた。肉厚だった表面から張りが失われる。大きく開いていた傘が、内側へと縮んでいく。


 一本。二本。十本。通路を埋め尽くしていた巨大なキノコが、次々とその姿を小さくしていった。


 光と風。二つの属性が重なり合い、塞がれていた道を切り開いていく。足止めされていた探索者たちは、その光景を声もなく見つめていた。


 やがて、最後まで重なっていた巨大な傘が、ゆっくりと縮む。その向こうに、閉ざされていた第四階層の通路が姿を現した。



『おおおおおおお!!』

『すげえええ』

『かっけえ!!』

『光と風の合わせ技!』

『こういうの見たかった』

『合わせ技初めて見たんだけど!?』

『道が開いた!』

『これもう必殺技だろ』

『やってることキノコ干してるだけでは?』

『言うな』

『台無しだよw』

『壮大な干し椎茸』

『急に全部そう見えてきた』

『干し椎茸生成魔法w』



 坂口が風を止め、健吾も光を消した。それでも、縮んだキノコはすぐには元へ戻らない。


「通れそうだな」


 坂口が言う。


「待ってください! 測ります!」


 植物班の職員が、測定器を確認する。


「収縮したままです! 少なくとも、すぐに戻る様子はありません」


「よし。先に確認するぞ」


 実働部隊が通路へ踏み込んでいく。縮んだキノコ。地面。周囲の壁。一つずつ、慎重に安全を確かめていった。


「問題なし!」


「通路確保!」


 その声が届いた瞬間、規制線の向こうで歓声が上がった。


「やっと通れる!」


「助かった!」


「迂回しなくて済む!」


「すげえな、光と風」


「で、あの小さいのは食えるの?」


「お前まだ言ってるのかよ!」



『JDA植物班>食用可否については持ち帰り後に確認します』



『回答きたw』

『研究班も律儀だな』

『結果教えてくれ』

『食えるといいな』

『今日一番気になってるのそこかもしれん』



 達也は、縮んだキノコの前へ歩み寄った。乾燥したあとなら、どうなるのか。切ったときにも、同じ白い液体が出るのか。刺激は残っているのか。まだ、何も分からない。


 達也はノートを開いた。



  風――収縮を確認。

  光+風――収縮速度が大きく上昇。

  表面水分の低下を確認。

  収縮後、すぐには元に戻らない。

  乾燥による一時的な通路確保が可能。

  乾燥後の切断――未確認。

  刺激性の変化――未確認。

  現時点では切断しない。

  要検証。



 少し離れたところでは、高城がJDAの職員とともに、透明な鉱石の採取準備を進めている。鉱石のそばには、小さなキノコがいくつも寄り添うように生えていた。同じ形。同じ色。けれど、大型個体から感じたあの刺激はない。風が抜けるたび、濃い香りがふわりと漂ってくる。


 達也はノートへ、もう一行だけ書き加えた。


  小型個体と透明鉱石との関係――要検証。


 そのとき。


 ピコン。


 達也の端末が鳴った。画面には【ご協力ありがとうございました】【今回の協力要請は終了しました】と表示されている。ほぼ同時に。


 ピピッ。


 健吾の端末も鳴った。


「終わり?」


「ああ」


 通路の規制線が外された。待たされていた探索者たちが、順番に歩き出す。縮んだ巨大キノコの傍らを、一人、また一人と通り過ぎていった。


「うわ、近くで見ると本当に椎茸だな」


「触るなよ」


「分かってるって」


「小さいの、いい匂いしたんだろ?」


「らしいな」


「食えるといいなあ」


「まだ言ってる」


 そんな会話を交わしながら、探索者たちは通路の奥へと消えていく。達也も、小さなキノコへ視線を落とした。


「……食べられるといいね」


「たっちゃん」


「研究してから」


「ならいい」


 達也はノートを閉じ、鞄へ戻した。



『結局トマトさんもそこなんだよな』

『日本人しかいねえ』

『巨大キノコで通路封鎖』

『危険な液体まで出る』

『光と風の合わせ技で突破』

『最後に気になるの食えるかどうか』

『平和だな』



 通れるようになった道の脇。相馬のそばには、来たときには空だった回収用ケースがいくつも並んでいる。植物班が採取したキノコ。高城が調べるために採取された透明な鉱石。調査に使われた機材。相馬はそれぞれの番号と行き先を確認しながら、順番に整理していた。


 達也がその横を通りかかる。


「やっぱり増えましたね」


「だから言ったでしょう」


「相馬さん、大変ですね」


「トマトさんも原因の一人ですからね」


「僕?」


「そういうところですよ」


 相馬はそう言って、次のケースへ手を伸ばした。


 採取された小さなキノコから、風に乗って、また少しだけいい香りが漂ってきた。






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