第二十八話「協力要請」
第二十八話「協力要請」
第四階層。達也は通路脇の木の根元にしゃがみ込み、足元に生えた小さな草を眺めていた。
丸い葉が、地面へ張りつくように広がっている。珍しい植物ではない。以前にも何度か見かけたものだ。
「前より増えてるかな」
周囲へ視線を巡らせてみる。確かに株の数は増えているようだったが、採取するほどの量ではなさそうだった。
膝に手をつき、達也が立ち上がろうとした、そのとき。
ピコン。
「あ」
腰につけていた端末が、短く鳴った。その数秒後。
ピピッ。
今度は隣から、少し違う音が響く。達也が振り返ると、健吾もすでに自分の端末を取り出していた。
「ケンちゃんも?」
「ああ。JDAだ」
達也は手元の画面に目を落とした。
【JDA公式・協力要請】
【対象分類:採取(植物)・調査】
【大型キノコの現地調査への協力のお願い】
第四階層の通路で、大型のキノコが急速に増え、通行が難しくなっています。
現地では除去作業を行いましたが、短時間で再び通路が塞がれる状態が続いています。
採取・植物調査の経験を持つ探索者へ、現地確認と安全な対処方法の調査に協力をお願いしています。
【場所:第四階層・東部通路】
【協力可能 / 対応困難】
「キノコだって」
「こっちは現場支援だな」
「見ていい?」
健吾が、自分の画面をこちらへ向けた。
【JDA実働・現場支援要請】
【第四階層東部通路】
【事案:大型キノコの異常繁茂による通路封鎖】
【任務:現地調査支援・周辺警戒・安全確保】
【現地担当の指示に従い行動】
【応答:可/不可】
達也は二つの画面を見比べた。
「同じ場所だね」
「ああ」
「僕はキノコの調査」
「俺は現場支援」
達也はもう一度、自分の通知に視線を戻す。
「安全な対処方法か……」
「どうする?」
「うん、行ってみる」
健吾は達也の返事に小さく頷いた。
二人は、それぞれの端末へ指を滑らせる。達也が選んだのは【協力可能】、健吾が選んだのは【応答:可】だった。
達也の画面には【ありがとうございます】【指定された場所へ向かってください】と表示された。一方、健吾の画面に浮かんだのは、【応答確認】【現場へ移動せよ】という素っ気ない二行だった。
「違うね」
「立場が違うからな」
「僕はお礼言われた」
「俺は移動しろって」
「ケンちゃんも大変だね」
「慣れてる」
健吾は肩をすくめるでもなく、端末を腰へ戻した。二人は指定された場所へ向かって歩き出す。
『今の何?』
『JDAから通知?』
『トマトさん呼ばれた?』
『公式の協力要請か』
『この前の分類で来るやつ?』
『本当に来るんだ』
『面の人のも鳴ってなかった?』
『鳴ってた』
『音違ったよな』
『何の通知?』
『さあ?』
『なんで濁すんだよw』
『そのうち分かる』
『古参なんか知ってるだろ』
『絶対なんか知ってるじゃんw』
「配信、このままでいいの?」
「ああ。止める必要があれば現場で言われる」
「分かった」
それきり会話は途切れ、二人の足音だけが第四階層の東部へと続いていった。
ーーー
目的地が近づくにつれて、通路には足止めされた探索者の姿が目立ちはじめた。壁にもたれて座り込む者、端末を覗き込んで溜息をつく者。誰もが手持ち無沙汰な顔をしている。
「まだ通れないのか?」
「迂回すると結構かかるんだよな」
「朝より増えてない?」
人垣の向こうへ目を向けた瞬間、達也は思わず足を止めた。
「……キノコ」
茶褐色の傘だった。中心は濃く、縁へ向かうほど少しずつ色が淡くなっている。肉厚の傘の表面には、乾いた土のような細かいひび割れ模様が走っていた。その下から伸びるのは、白っぽくて太い柄。形だけなら、椎茸によく似ている。
ただし。
「大きい……」
配信画面のトマトのヘタが、ピンッと立った。
大きすぎる。一本一本の高さは、腰から胸ほどもあった。傘の大きなものになると、人一人がすっぽり隠れてしまいそうなほど広がっている。それが何十本も密集し、互いの傘を重ね合わせながら、通路を隙間なく埋め尽くしていた。湿った土の匂いが、ここまで漂ってくる。
「……美味そうだな」
規制線の前で待っていた探索者の一人が、ぽつりと呟いた。
「分かる」
隣の探索者が深く頷く。
「焼きたい」
「醤油?」
「バターもいいな」
「お前ら、毒あるかもしれないんだぞ」
別の探索者が呆れたように言う。
「食うとは言ってない。美味そうって言っただけだ」
「焼きたいって言っただろ」
「希望だよ」
「何の希望だよ」
『しいたけじゃん』
『でっか』
『うまそう』
『焼きたい』
『醤油』
『バター』
『現地の探索者と同じこと言ってて草』
『肉厚で絶対うまいやつ』
『まだ食えるって決まってないぞ』
『でも美味そう』
『それとこれは別』
『見た目だけなら百点』
『トマトさん食える?』
『トマトさんを毒見役にするなw』
『JDA植物班>現時点で食用可能との確認は取れていません。現場の指示なく採取・接触しないでください』
『公式きた』
『ですよね』
『植物班見てるじゃん』
『食べません』
『まだ何もしてないのに怒られた気分』
『現地のやつらにも言ってやってw』
達也は、見上げるほどのキノコの群れをしばらく眺めていた。
「……食べられるのかな」
「たっちゃん」
「まだ食べないよ」
「まだって言うな」
達也の口調は、いたって真面目だった。けれど配信画面の中では、トマトのヘタが不満そうに、みょんみょんと左右へ跳ねていた。
『ヘタwww』
『めっちゃ不満そう』
『プンスカしてるw』
『食べたいんじゃん』
『声よりヘタの方が正直だな』
通路の手前には、簡易的な規制線が張られていた。その内側では、JDA職員と実働部隊が慌ただしく動き回っている。
「お、来たか」
こちらに気づいた坂口が、片手を上げた。
「坂口さん」
「近くにいたんだって?」
「はい」
「助かる」
坂口の視線が、達也の隣へ移る。
「足立、こっち頼む」
「了解です」
健吾は短く答えてから、達也へ向き直った。
「たっちゃん。護衛引き継ぐから、ちょっと待って」
「うん」
坂口が、近くにいた実働隊員を呼び寄せる。
「こっちの護衛、頼めるか」
「了解です」
駆け寄ってきた隊員が、達也の傍らで姿勢を正した。
「こちらで護衛を引き継ぎます」
「お願いします」
健吾はもう一度だけ周囲に目を配った。
「じゃあ、行ってくる」
「うん」
健吾は坂口とともに、配信画面の外へと歩いていった。その背中が、通路の人影に紛れて見えなくなる。
『あれ?』
『面の人行っちゃった』
『護衛交代した?』
『坂口さん普通に指示出してたな』
『足立って聞こえた?』
『聞こえた気はする』
『気のせいかもしれない』
『断定はよくない』
『古参が急に慎重になるの何なんだよw』
「トマトさん」
声をかけられ、達也が振り返る。植物研究班の職員が、こちらへ歩いてきていた。
「来ていただいてありがとうございます」
「いえ」
「まず、現状を見てもらってもいいですか?」
「はい」
「それと、もう一人来られています」
「もう一人?」
「トマトさん」
今度は、別の方向から声がした。振り向いた先に立っていたのは、頭部が鷹のアバターの高城透だった。
「鷹さん」
「どうも」
「鷹さんも呼ばれたんですか?」
「ええ。どうも石の方で引っかかったみたいです」
「キノコなのに?」
「私もそう思いました」
高城が、通路の奥へ目をやる。
「この群生の近くで、未確認の鉱石が露出しているそうです。関連があるかもしれないから、一応見てほしいと」
「なるほど」
「まずはキノコですね」
「はい」
「トマトさん」
少し離れたところから、また声がした。
「あ、相馬さん」
達也が振り返ると、いくつかの回収用ケースを運んできた相馬陸が立っていた。
「相馬さんも来てたんですね」
「ええ。最初に切ったキノコの回収もありますから」
相馬はそう答えてから、達也、高城、そして植物研究班の職員へ順番に視線を向けた。
「……今日は多くなりそうですね」
「何がです?」
「帰りの荷物です」
達也が首を傾げる。
「まだ何も採ってないですよ」
「トマトさんと鷹さんがいて、植物班まで来てるんですよ」
相馬は当然のように言った。
「これで増えなかったら、その方が珍しいです」
「そうかな」
「そうです」
返事が早かった。
『誰?』
『なんかめっちゃ親しくない?』
『あ、荷物受け取ってくれる人じゃん』
『あー!』
『いつもの人か』
『帰りの荷物でメンバー判断されてて草』
『トマト+鷹+植物班=荷物が増える』
『もう経験則なんだろw』
達也は規制線の前まで進み出た。通路の端には、切断されたキノコが山のように積まれている。そのそばには、相馬が運んできた回収用ケースが並べられていた。
「これ、切ったんですか?」
「はい」
植物班の職員が頷く。
「一度、実働部隊が通路を確保しています」
「今は完全に戻ってますね」
「二時間ほどで」
「……早いですね」
「切断作業中、白い液体が飛散しました。防護装備の隙間から腕に付着した隊員が一人、軽い炎症と痺れを起こしています」
「大丈夫なんですか?」
「すぐに洗浄したあと、回復薬を使用しています。症状は消えて、今は現場に戻られています」
「よかった」
「ただ、原因になった液体についてはまだ調査中です。切断作業は一度止めています」
達也は、積まれたキノコへ視線を移した。切断面には、乾きかけた白い液体が薄く膜のように残っている。
「切ってない方は、触っても大丈夫ですか?」
「表面に触れただけでは症状は出ていません」
「分かりました」
達也は、手袋を外した。
「素手で触るんですか?」
植物班の職員が念を押すと、護衛を引き継いだ隊員も一歩、距離を詰めた。
「その方が分かりやすいので」
「異常を感じたらすぐに離してください」
「はい」
護衛の隊員が周囲を確認し、達也より少し先へ出る。その背後から、達也は通路の手前に生えている一本へ近づいていった。
そっと、傘へ手を置く。しっとりと湿っていた。水分が多い。大きく広がりたい。乾くのは嫌。そんな感覚が、掌の下からじわりと伝わってくる。
そして。
「……ちょっと嫌な感じがする」
「どんな感じですか?」
「前の毒草とは違います。でも、触って分かるくらいの刺激があります」
手を離し、隣へ視線を移す。少し小さい個体があった。
「こっちは……」
触れる。
「……これもある」
さらに横には、傘が一回り小さいものが生えている。
「これは……少し弱いかも」
達也は周囲を見回し、大きさの違う個体を見つけては、順番に触れていった。護衛の隊員も、その動きに合わせて立ち位置を変えていく。
「こっちは、ほとんど分からない」
さらに小さなものへ触れた瞬間、掌から引っかかりが消えた。
「あ。これは感じない」
達也は立ち上がった。目の前には、大きさの違うキノコが段をなすように並んでいる。
「大きくなるほど、嫌な感じが強くなってる気がします」
「境目は分かりますか?」
「まだはっきりとは。でも――」
達也は、今触れたばかりの個体を一つずつ目で辿った。
「このくらいからかな」
腰より少し低い程度の個体を指し示す。
「これより小さいものは、かなり弱いか、ほとんど感じません。これより大きいと分かりやすくなる感じです」
「大きさと刺激性に関係がある可能性がある、と」
「はい。でも、今触った分だけなので」
「分かりました」
植物班の職員が記録を取っていく。達也もそこで初めて、ノートを開いてペンを走らせた。
【第四階層・大型キノコ】
茶褐色の傘。白い柄。
切断面から白色の液体。
液体付着で炎症・痺れ。回復薬使用後、症状消失。
表面への接触では、現時点で症状なし。
大型個体――刺激のような感覚あり。
小さくなるにつれて弱くなる。
一定以下の大きさでは、ほぼ感じない個体あり。
大きさと刺激性に関係?
境界――未確認。
要検証。
通路の右側には、さらに小さなキノコがまとまって生えていた。同じ茶褐色の傘に、同じ白っぽい柄。形もよく似ている。だが大きさは、普通の椎茸より少し大きい程度だった。
その周囲だけ、わずかに空気が動いている。壁際の細い亀裂から流れ込んだ風が、通路へ抜けていくのだ。達也の鼻先を、ふわりと香りがかすめた。
「……いい匂い?」
「え?」
キノコらしい、濃い香りだった。土の匂いに混じっていても、はっきりと分かる。
護衛の隊員が、先に周囲の安全を確かめる。それを待って、達也は小さなキノコの前にしゃがみ込み、傘へ触れた。
「あ」
「どうですか?」
「さっきの嫌な感じ、ないです」
隣の個体にも触れる。もう一つ。少し大きなものにも。
「やっぱりない」
植物班の職員が、その結果も記録に加えた。
そのすぐそば。岩壁の一部に、透明度の高い鉱石が露出していた。鉱石そのものが光っているわけではない。第四階層を照らす光を受け、内部で複雑に反射しているのだ。そのため、周囲よりほんの少し明るく見えた。
「これですか?」
「たぶん報告にあったのは、これですね」
高城が近づき、鉱石へ手を触れた。しばらくして、小さく首を傾げる。
「黒い石とは違いますね」
「溜める石じゃない?」
「ええ」
もう一度、鉱石の表面を指先で撫でる。
「そうですね。溜め込む感じがない。入ってきたものが、そのまま外へ出ていくような……」
高城自身も、まだ感覚をうまく言葉にできずにいるようだった。
「これは持ち帰ります」
「相馬さん」
「はいはい。ケースありますよ」
返事と同時に、相馬が鉱石用のケースを持ってくる。達也はそれを見てから、高城へ視線を戻した。
「本当に増えたね」
「だから言ったでしょう」
相馬の返事は早かった。
『早速増えたw』
『相馬さん正解』
『まだキノコもあるぞ』
『帰り大変そう』
『完全にこの人の担当なんだな』
小さなキノコ。透明な鉱石。周囲よりわずかに明るい場所。そして、壁際から抜けてくる弱い風。
「ここだけ条件が違うんだ」
植物班の職員が測定器を取り出し、周囲を何か所か測っていく。
「湿度も少し低いですね」
「風もあるからかな」
「その可能性はあります」
達也は、巨大なキノコの群れへ視線を戻した。触れたときに伝わってきたもの。水分。湿り気。乾くのを嫌がる気配。
「乾燥すると、大きくなれない?」
「調べてみましょう」
達也はノートへ書き加えた。
透明鉱石周辺――小型個体が多い。
周囲よりやや明るい。
弱い風あり。
周囲より湿度が低い。
小型個体――刺激感なし。
透明鉱石との関連――不明。
要検証。
植物班の職員が記録を確認し、それから達也へ声をかけた。
「トマトさん。調査中だけ、公式コメントを現場との連絡にも使わせてもらっていいですか?」
「僕のコメント欄を?」
「はい」
「いいですよ」
「ありがとうございます」
ほどなくして、コメント欄に見慣れた固定表示が現れた。
『JDA植物班>現地担当へ。大型・中型・小型個体を各二点採取。採取前に傘径・全高を測定し、採取位置とあわせて記録してください』
『早速使ったw』
『業務連絡きた』
『本当にコメント欄使うんだ』
『急に具体的』
『現地担当見てる?』
隣にいた植物班の職員が端末を確認し、「確認しました」と頷いた。そのまま、手元を操作する。
『JDA植物班・現地>了解しました』
『返事もここでするの!?』
『植物班の業務チャットになったw』
『ここトマトさんのコメント欄だぞ』
『本人の許可は取ったからなw』
『俺らの醤油とバターも一緒に記録されるの?』
『そこは消してくれ』
植物班の職員たちが、さっそく動き出した。傘の直径。地面からの高さ。採取した位置。一本ずつ番号を振って測定し、記録を残してから、慎重に採取していく。採取されたキノコは、それぞれ密閉できる容器へ収められた。
「相馬さん、こちらお願いします」
「はい」
植物班から声がかかると、相馬が容器を受け取る。番号を確認し、行き先ごとにケースへ収めていった。
『仕事始まった』
『さっきまで醤油の話してたコメント欄とは思えない』
『俺らも静かにした方がいい?』
『無理だろ』
風が、また小さなキノコの香りを運んできた。規制線の向こうにいた探索者の一人も、それに気づいたらしい。
「なんか、いい匂いしない?」
「やっぱ食えるんじゃない?」
「まだ調査中です!」
植物班の職員が、即座に声を飛ばした。
「聞いただけです!」
「近づかないでください!」
「はい!」
『いい匂いするの!?』
『絶対うまいやつ』
『まだ分からんw』
『小さい方だけ高級食材感ある』
『焼こう』
『醤油』
『バター』
『静かにする気ゼロで草』
『JDA植物班>香りと食用可否に直接の関係はありません』
『先回りされた』
『まだ食えるって書いてない』
『書こうとしてただろ』
『はい』
『植物班、完全に俺らの扱い分かってる』
達也はノートへ、さらに書き加える。
小型個体――大型個体と同種と思われる。
大型個体で感じた刺激感なし。
香りが強い。
成長段階によって性質が変化する可能性。
食用可能性――要検証。
植物班の職員が、風の抜けている場所と巨大なキノコを見比べた。
「坂口さん」
「ん?」
「風を当ててもらえますか?」
「どれに?」
「あの一本だけ。弱くでお願いします」
「分かった」
坂口が、巨大なキノコへ向けて手をかざす。ふわり。弱い風が、巨大な傘の表面をなぞるように流れていった。
すぐには何も変わらない。そのまましばらく、全員が息を詰めて待つ。
「……縮んでる?」
達也が一歩、近づいた。肉厚だった傘の縁が、わずかに内側へ丸まっている。植物班の職員が測定器を覗き込んだ。
「表面水分も下がっています」
坂口が風を止める。達也は手袋を外したまま、傘へ触れた。
「さっきより乾いてる」
「風だけでも効果はありそうですね」
達也はノートを開いた。
弱い風――時間経過で収縮。
表面水分の低下を確認。
乾燥による収縮の可能性。
そのとき、実働部隊の方から人が戻ってきた。坂口の後ろを歩いてくるのは、フルフェイスの装備に身を包んだ隊員だった。背中には大剣を負っている。護衛を引き継いでいた隊員が、その姿を確認して達也のそばを離れ、元の持ち場へ戻っていく。
達也はそちらへ顔を向けた。
「ケンちゃん」
「ん?」
フルフェイスの隊員が、ごく普通に返事をした。
『ケンちゃん?』
『誰?』
『声似てるな』
『面の人どこ行ったんだよ』
『代わりの人来たな』
『大剣も似てる』
『偶然だな』
『いや声一緒だろw』
『アニメでも声同じで別人いるだろ』
『その理論持ってくるなw』
『ケンちゃんって名前まで同じだけど』
『同じ名前の人くらいいる』
『体格も似てる』
『よくある』
『無理あるだろw』
『断定はよくない』
『そうだぞ』
『お前ら絶対楽しんでるだろ』
達也は、少し縮んだキノコを見やり、それから健吾へ目を向けた。
「ケンちゃん、光も当ててくれる?」
「風と一緒に?」
「うん。もう少し早く乾くかもしれない」
「分かった」
植物班の職員も、坂口を見た。
「坂口さん、もう一度お願いします」
「ああ」
健吾と坂口が、並んで立つ。健吾が片手を上げた。その掌に、白い光が集まっていく。初めは小さな灯だったそれが、ゆっくりと強さを増していった。やがて光は、巨大なキノコの群れを白く照らし出す。重なり合う傘の影が、くっきりと地面へ落ちた。
「坂口さん、お願いします」
「ああ」
次の瞬間。風が走った。
坂口を中心に生まれた風が、通路を真っ直ぐに駆け抜ける。その風を追うように、健吾の光が広がった。白い光の中を、風が奔る。風に押された傘が大きく揺れ、光はその表面を照らし続け、じりじりと水分を奪っていく。
一枚。また一枚。重なり合っていた巨大な傘が、ゆっくりと形を変えはじめた。肉厚だった表面から張りが失われる。大きく開いていた傘が、内側へと縮んでいく。
一本。二本。十本。通路を埋め尽くしていた巨大なキノコが、次々とその姿を小さくしていった。
光と風。二つの属性が重なり合い、塞がれていた道を切り開いていく。足止めされていた探索者たちは、その光景を声もなく見つめていた。
やがて、最後まで重なっていた巨大な傘が、ゆっくりと縮む。その向こうに、閉ざされていた第四階層の通路が姿を現した。
『おおおおおおお!!』
『すげえええ』
『かっけえ!!』
『光と風の合わせ技!』
『こういうの見たかった』
『合わせ技初めて見たんだけど!?』
『道が開いた!』
『これもう必殺技だろ』
『やってることキノコ干してるだけでは?』
『言うな』
『台無しだよw』
『壮大な干し椎茸』
『急に全部そう見えてきた』
『干し椎茸生成魔法w』
坂口が風を止め、健吾も光を消した。それでも、縮んだキノコはすぐには元へ戻らない。
「通れそうだな」
坂口が言う。
「待ってください! 測ります!」
植物班の職員が、測定器を確認する。
「収縮したままです! 少なくとも、すぐに戻る様子はありません」
「よし。先に確認するぞ」
実働部隊が通路へ踏み込んでいく。縮んだキノコ。地面。周囲の壁。一つずつ、慎重に安全を確かめていった。
「問題なし!」
「通路確保!」
その声が届いた瞬間、規制線の向こうで歓声が上がった。
「やっと通れる!」
「助かった!」
「迂回しなくて済む!」
「すげえな、光と風」
「で、あの小さいのは食えるの?」
「お前まだ言ってるのかよ!」
『JDA植物班>食用可否については持ち帰り後に確認します』
『回答きたw』
『研究班も律儀だな』
『結果教えてくれ』
『食えるといいな』
『今日一番気になってるのそこかもしれん』
達也は、縮んだキノコの前へ歩み寄った。乾燥したあとなら、どうなるのか。切ったときにも、同じ白い液体が出るのか。刺激は残っているのか。まだ、何も分からない。
達也はノートを開いた。
風――収縮を確認。
光+風――収縮速度が大きく上昇。
表面水分の低下を確認。
収縮後、すぐには元に戻らない。
乾燥による一時的な通路確保が可能。
乾燥後の切断――未確認。
刺激性の変化――未確認。
現時点では切断しない。
要検証。
少し離れたところでは、高城がJDAの職員とともに、透明な鉱石の採取準備を進めている。鉱石のそばには、小さなキノコがいくつも寄り添うように生えていた。同じ形。同じ色。けれど、大型個体から感じたあの刺激はない。風が抜けるたび、濃い香りがふわりと漂ってくる。
達也はノートへ、もう一行だけ書き加えた。
小型個体と透明鉱石との関係――要検証。
そのとき。
ピコン。
達也の端末が鳴った。画面には【ご協力ありがとうございました】【今回の協力要請は終了しました】と表示されている。ほぼ同時に。
ピピッ。
健吾の端末も鳴った。
「終わり?」
「ああ」
通路の規制線が外された。待たされていた探索者たちが、順番に歩き出す。縮んだ巨大キノコの傍らを、一人、また一人と通り過ぎていった。
「うわ、近くで見ると本当に椎茸だな」
「触るなよ」
「分かってるって」
「小さいの、いい匂いしたんだろ?」
「らしいな」
「食えるといいなあ」
「まだ言ってる」
そんな会話を交わしながら、探索者たちは通路の奥へと消えていく。達也も、小さなキノコへ視線を落とした。
「……食べられるといいね」
「たっちゃん」
「研究してから」
「ならいい」
達也はノートを閉じ、鞄へ戻した。
『結局トマトさんもそこなんだよな』
『日本人しかいねえ』
『巨大キノコで通路封鎖』
『危険な液体まで出る』
『光と風の合わせ技で突破』
『最後に気になるの食えるかどうか』
『平和だな』
通れるようになった道の脇。相馬のそばには、来たときには空だった回収用ケースがいくつも並んでいる。植物班が採取したキノコ。高城が調べるために採取された透明な鉱石。調査に使われた機材。相馬はそれぞれの番号と行き先を確認しながら、順番に整理していた。
達也がその横を通りかかる。
「やっぱり増えましたね」
「だから言ったでしょう」
「相馬さん、大変ですね」
「トマトさんも原因の一人ですからね」
「僕?」
「そういうところですよ」
相馬はそう言って、次のケースへ手を伸ばした。
採取された小さなキノコから、風に乗って、また少しだけいい香りが漂ってきた。
お読みいただきありがとうございました。
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