第二十七話「ツルにリボン」
第二十七話「ツルにリボン」
第二階層。達也は、足元に伸びる細いツルを見下ろしていた。以前、姫宮りぼんの衣装へ巻きついた植物。動くものに反応するのか。揺れるものに反応するのか。それとも、別の条件があるのか。
あのとき、ツルの一部と根は採取している。研究室でも栽培は続けられていたが、人へ巻きついたときほど強い反応は、まだ再現できていなかった。研究室とダンジョン内で、何が違うのか。その確認も含めて、今回は自生している株を調べることになった。
参加しているのは七人。達也と太田。植物研究班から、さらに二人。護衛として健吾、坂口、瀬戸。前回は実際に人へ巻きついている。その植物を意図的に動かして調べる以上、護衛も増やされていた。
「今日は配信もありますので、こちらではトマトさんと呼びますね」
「あ、はい」
『配信始まった』
『トマトさんwww』
『さすがトマトの人、受け入れが早い』
『今日なんか多くない?』
『太田さんいる』
『植物班もいるな』
『実働部隊までいるじゃん』
『足立さん!?』
『坂口さんもいる!?』
『瀬戸さんまでいるんだけど』
『なんでこのメンバーで植物調査してるんだよw』
『豪華だな』
『今日は当たり回』
『何が始まるんだ』
「坂口さん、瀬戸さん。今日はよろしくお願いします」
「ああ。よろしく」
「よろしくお願いします」
達也が二人へ頭を下げる。
「俺には?」
「? よろしく?」
「お、おう」
『wwwww』
『何で聞いたw』
『足立さんフランクじゃね?』
『実働部隊の動画とキャラ違わない?』
『こんな人だったの?』
『トマトの横だとだいたいこんな感じ』
『なんで?』
『さあ?』
『絶対知ってるだろw』
「では、始めましょう」
植物研究班の一人がケースを開いた。中に入っていたのは、何本ものリボンだった。赤。青。黄色。白。細いもの。太いもの。短いもの。長いもの。
「まずは、揺れる物体そのものへの反応を確認します」
「はい」
研究員が赤いリボンを一本持つ。
「動かします」
ひらひら。七人が、ツルを見る。風に揺れる赤いリボン。その前に生えている細いツル。全員が真剣だった。
『研究なんだよな?』
『研究です』
『始まったw』
『大の大人が草の前でリボン振ってるんだけど』
『真顔なのがじわじわくる』
『誰も疑問に思ってないのかw』
『これが植物調査です』
「少し大きく動かしてください」
「はい」
先ほどより大きくリボンが揺れる。細いツルの先端が、わずかに動いた。
「あ」
達也が声を上げる。
「反応しましたね」
太田が記録する。
「止めます」
リボンが止まる。ツルの動きも、しばらくして止まった。
「もう一度」
再びリボンを揺らす。ツルが動く。
「色を変えましょう」
赤から青へ。次は黄色。白。長さを変え、太さを変え、動かす速度を変える。
「今のところ、色で明確な差はなさそうですね」
「動かす幅の方が大きそうです」
「速さも見ましょう」
条件が一つずつ変えられていく。太田が記録し、二人の研究員が測定と補助を行う。達也はそのたびにツルへ触れ、植物親和で感じるものに違いがないかを確認した。
「次は、人を変えます」
太田が顔を上げる。
「足立さん、お願いできますか?」
「俺ですか?」
「比較したいので」
「分かりました」
黒い剣道の面に、大剣を背負った健吾が前へ出る。研究員が差し出したのは、ピンク色のリボンだった。健吾が受け取る。
「これを?」
「お願いします」
「はい」
ひらひら。
『wwwww』
『足立さん!?』
『その装備でピンクのリボンw』
『大剣とリボン』
『何やらされてるんだよ!』
『調査です』
『実働部隊です』
『俺の知ってる実働部隊と違う』
『トマト配信へようこそ』
「反応あり」
「先ほどと同程度ですね」
「もう少し大きくお願いします」
「はい」
健吾がリボンを大きく揺らす。健吾は真面目だった。太田も真面目だった。研究員二人も真面目だった。達也もツルを見ている。
「次、坂口さんお願いします」
「俺も?」
「比較対象は多い方がいいので」
坂口が健吾を見る。健吾がピンク色のリボンを差し出した。
「どうぞ」
「お前、ちょっと楽しんでないか?」
「仕事です」
「そうかよ」
坂口が受け取り、植物の前へ立った。
「これ振ればいいのか?」
「お願いします」
坂口がリボンを揺らす。
「反応しました」
「もう少し大きくお願いします」
「こうか?」
「はい。そのままで」
坂口が真顔でリボンを振る。
「次は――」
太田が瀬戸を見る。
「私もですね」
「お願いします」
「分かりました」
瀬戸が坂口からリボンを受け取った。
「飲み込みが早いな……」
坂口が呆れたように言う。
「流れが分かりましたので」
ひらひら。
「反応あります」
「ありがとうございます」
瀬戸がリボンを返す。太田は記録を見直した。
『全員やるのかよw』
『実働部隊が順番にリボン振ってる』
『真面目なのが余計に面白い』
『これ仕事なんだよな?』
『仕事です』
『トマトの配信怖い』
「人を変えただけでは、大きな差はなさそうですね」
太田が記録する。そのときだった。
「待て」
坂口の声のトーンが一変した。全員の動きがぴたりと止まる。
「来るぞ」
「調査中断!」
太田が即座に低く叫ぶ。研究員たちが素早くリボンと精密機材を抱え、後方へ下がった。
「ロックハウンド三。正面二、右から一!」
湿った土を蹴立てる重い足音が、林の奥から響いた。茂みを押し破って躍り出たのは、灰褐色の四足獣。大型犬を凌ぐ体格。背から前脚にかけて、ゴツゴツとした岩質の甲殻で覆われた魔物だ。一体が目敏く研究班の気配を捉え、勢いよく爪を立てて襲いかかる。
「させない」
瀬戸が最短の動線で研究班の前へ立ち、地面へ掌を叩きつけた。
――ズンッ!!
研究班の直前で、土の塊が一気に分厚い防壁となって突き上がった。勢い余ったロックハウンドが岩の甲殻を激しく壁に打ちつけ、鈍い衝撃音が響き渡る。
その瞬間には、すでに健吾が地を蹴っていた。正面の二体。飛びかかってきた一体の眼前に向けて、健吾は左手をかざした。
――パァンッ!
至近距離で炸裂した目眩ましの白光。視界を奪われたロックハウンドが体勢を崩し、空中でわずかに頭を逸らす。その無防備な首筋を、身の丈ほどもある健吾の大剣が凄まじい風切り音とともに横一文字に薙いだ。ドカッと重い音がして、一体目が地面を転がる。
留まることなく、もう一体が健吾の死角を突いてすれ違いざまに飛びかかる。
「足立、右!」
坂口の警告と同時に、空気が歪んだ。
――バシュッ!
不可視の風の衝撃波がロックハウンドの脇腹を真横から鋭く叩きつける。宙で強引に軌道をずらされた魔物は、前脚の着地点を失って地面を激しく滑った。健吾は振り向きすらしない。流れるような踏み込みから、大剣を上段から叩きつける。
――ズドンッ!
地面を叩き割るような一撃が甲殻を砕き、二体目が沈んだ。
最後の一体。土壁を迂回して右から回り込んでいた個体が、壁の切れ目から勢いよく踏み切った。だが、跳躍した瞬間、その着地点の土が鋭く隆起する。爪が土を捉えきれず、ロックハウンドは体勢を大きく崩した。そこへ追撃の風が吹き抜ける。坂口の風圧に煽られ、体勢を立て直せないまま真横へと吹き飛ばされた。
その先。旋回を終えた健吾が、すでに大剣を構えて待っていた。
――バンッ!!
交錯は一瞬。横一閃の刃が魔物の胴体を深く切り裂き、最後の一体が崩れ落ちるように地面へ叩きつけられた。砂塵が舞い、静寂が戻る。
「周囲は?」
「追加なし」
「こちらも問題ありません」
瀬戸が短く応え、ゆっくりと手を上げる。研究班を守っていた土の壁が、さらさらと崩れて元の地面へと戻っていった。誰も怪我をしていない。機材にも傷一つついていなかった。
「では、再開しましょう」
太田が何事もなかったかのように言った。
「ああ」
坂口が足元に落ちていたピンク色のリボンを拾い、手でパンパンと土を払う。
「次、何だった?」
「動かす幅を変えます」
「これでいいか?」
「はい」
ひらひら。
『つっよ』
『今の何?』
『一瞬だったんだけど』
『これだよ俺の知ってる足立さん!』
『坂口さんも瀬戸さんもやっぱ強え』
『連携慣れすぎだろ』
『三人とも迷いがない』
『さすが実働部隊』
『急に実働部隊の動画になった』
『で、またリボン振るのかよw』
『戻った!?』
『そりゃ戻るだろ』
『調査中だったし』
『切り替え早すぎるw』
『トマト配信だからな』
『温度差で風邪ひく』
調査はそのまま続けられた。動かす速度。幅。高さ。風だけで揺らした場合。人が手で動かした場合。一つずつ条件を変えていく。
「次は直接接触を確認しましょう」
太田が言う。
「トマトさん、お願いできますか?」
「はい」
達也がツルの前へしゃがみ込む。手袋を外し、指先でそっと触れる。植物親和を通して、感覚が流れ込んでくる。捕まえたい。動く。逃がしたくない。以前、触れたときと似ている。
「……あれ?」
「どうしました?」
「なんか、ちょっと違うような」
「違う?」
「はい。でも……」
達也が考えている間に、ツルが動いた。するすると伸びて、達也の手首へ巻きつく。
「あ」
「トマトさん、痛みは?」
「ないです」
「締めつけは?」
「弱いです」
達也が反対の手でツルを外す。簡単に外れた。
「抵抗もほとんどないですね」
太田が記録する。ところが、外したツルが、もう一度達也の手首へ巻きついた。
「……また来た」
達也が外す。また巻きつく。
「……」
「……」
「……」
健吾が口を開いた。
「それ、遊ばれてないか?」
「植物って遊ぶのかな……」
「俺に聞くなよ」
「……否定はできませんね」
太田がツルを見る。
「反応が少し特殊です」
『遊ばれてるw』
『トマトの人が草に遊ばれてる』
『外しても戻ってくるw』
『懐かれてない?』
『植物です』
『知ってる』
「比較しましょう」
太田が健吾を見る。
「足立さん、お願いできますか?」
「俺ですか?」
「はい」
「分かりました」
達也が場所を空け、健吾がツルの前へ出た。
「触ればいいですか?」
「お願いします」
健吾が手を伸ばし、ツルへ触れた。次の瞬間、ツルが素早く健吾の手首へ巻きついた。
「お」
達也のときより速い。さらに締まる。
「どうですか?」
「彼より強いと思います」
「外せます?」
「やってみます」
健吾がツルを掴む。達也のときとは違い、簡単には外れない。
「結構強いな」
「トマトさん」
「はい」
達也がツルへ触れる。
「もういいよ」
植物へ向けて、そう意識すると、ツルの力が緩んだ。
「あ、緩んだ」
健吾が腕を抜く。
「ありがとうございます」
太田が記録する。その後、研究員や坂口たちでも同じ確認を行った。巻きつく強さには多少の違いがあったが、達也のように外したあと何度も戻ってくる反応は見られなかった。
「やっぱりトマトさんだけですね」
「そうみたいですね」
達也がツルを見る。
「植物親和が関係してるんでしょうか?」
「可能性はあります。ただ、今の段階では何とも言えませんね」
「要検証ですね」
「はい」
確認を終え、達也がツルから離れようとした。そのとき、さっきのツルが、また達也の腕へ巻きついた。
「あ」
「戻ってきた」
もう一本が鞄へ。さらに一本が腕へ巻きつく。
「……増えてない?」
「増えてるな」
達也が一本を外すと、別の一本が巻きつく。締めつけは弱い。痛みもない。ただ、外しても戻ってくる。
『トマトがツルに絡まれてる』
『R指定?』
『どこ需要だよ』
『ふーん、エッチじゃん』
『トマト相手に何言ってんだ』
『つーか普通に家庭菜園では?』
『wwwww』
『言われてみればトマトにツル絡んでるだけだわ』
『支柱どこ?』
『トマトの人が支柱です』
『セルフ支柱やめろwww』
『急に家庭菜園にしか見えなくなった』
『健全な園芸配信です』
坂口がその光景を見る。
「足立」
「はい」
「いつもこうなのか?」
「だいたいそうです」
「そうか」
その間にも、さらに一本増えた。
『会話してる間にも増えてるw』
『家庭菜園が育ってる』
『トマトの人だからな』
『トマトも植物判定されてる?』
『それアバターw』
「トマトさん、締めつけは?」
「まだ弱いです」
「痛みは?」
「ないです」
「外そうとしたときの反応は?」
「また戻ってきます」
太田が記録していく。
「植物親和による影響かどうかは、現時点では判断できませんね」
「そうですね」
達也は自分の腕を見る。手首には一本。その少し上に、もう一本。さらに鞄の持ち手にも細いツルが絡んでいる。動くたびに引っ張られるほどではない。けれど、さすがに少し邪魔だった。
一本をそっと外してみる。すると、その先端が行き場を探すように揺れ、また腕へ伸びてくる。
「……やっぱり戻ってくる」
達也は困ったようにツルを見た。トマトのヘタも、同じ方向へ少し傾く。
「嫌がってる感じはしないんですけど」
「では、それも記録しておきましょう」
「お願いします」
達也はノートを取り出そうとして、止まった。鞄の持ち手に巻きついたツルが、一緒についてくる。
「あ、ちょっと待って」
片手でツルを押さえながら鞄を開け、なんとかノートを取り出す。腕にもまだ二本。鞄には一本。外しても戻ってくるので、全部を外すのは諦めた。ノートを開き、ペンを持つ。
「書けるか?」
健吾が聞いた。
「書けるけど……ちょっと書きにくい」
腕を動かすと、巻きついたツルも一緒に動く。達也は利き手のツルだけ、邪魔にならない位置へずらした。
「そこにいてね」
ツルは動かなかった。達也は一つ頷くと、もう一度ノートへ目を落とした。少し書きにくい。達也は腕にツルを巻きつけたまま、今日分かったことを書き始めた。
【巻き付くツル状植物・再調査】
揺れる物体への反応を再確認。
色による明確な差――現時点では不明。
動きが大きいほど反応が強い可能性。
停止すると反応も弱まる。
人によって巻きつき方が異なる可能性あり。
自分への反応――締めつけが弱い。
外したあとも繰り返し接触。
他の人では同様の反応なし。
植物親和との関係――不明。
要検証。
「遊んでる可能性は?」
横から健吾が言った。
「遊んでる?」
「さっきの」
達也はペンを止めた。腕に巻きついているツルを見る。少し考えて、ノートへ書き足した。
遊びに近い反応?
要検証。
太田たちが機材を片づけていく。使ったリボンもケースへ戻された。
「では、今日はここまでにしましょう」
「はい」
達也もノートを閉じる。腕に巻きついていたツルを一本ずつ外し、地面へ戻していく。
「じゃあ、帰ろうか」
「ああ」
立ち上がる。一歩。
くいっ。
「ん?」
達也が止まる。服の裾に、一本のツルが引っかかっていた。
「あ」
達也が外す。
「今日はもう帰るよ」
ツルを地面へ戻す。一歩。
くいっ。
「……」
達也が振り返る。また裾を掴まれていた。
『wwwww』
『帰れないw』
『まだ遊ぶ気だ』
『トマトさん人気だな』
『植物相手だけど』
達也がツルを外す。
「帰るから」
もう一度歩く。
くいっ。
「……」
坂口がその様子を見る。
「帰れるのか?」
「……帰ります」
「自信なくなってないか?」
「帰ります!」
達也がツルを外す。その横で、健吾が笑っていた。
「ケンちゃん」
「ん?」
「笑ってないで手伝って」
「何を?」
「……分からない」
「俺も分からん」
配信映像では、トマトのヘタが困ったように傾いていた。
『ケンちゃん!?』
『足立さんケンちゃんって呼ばれてんの!?』
『今さらそこ?』
『新規か』
『ここだと?ってそういうこと!?』
『さあ?』
『絶対知ってるだろw』
『帰宅拒否されてるw』
『トマトさん帰してもらえない』
『要検証:帰り方』
『リボン片づけたら今度はトマトで遊び始めた』
『今日一番反応よかったのトマトさんじゃん』
『家庭菜園終了できません』
結局、七人が第二階層を出るまで、予定より少しだけ時間がかかった。
お読みいただきありがとうございました。
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