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第二十六話「見つけたもの」

第二十六話「見つけたもの」




 第四階層。達也は一本の草の前にしゃがんでいた。細長い葉の縁に、小さな白い斑点が並んでいる。


 触れてみる。


「……水はそんなにいらない?」


 もう一度、葉に触れる。乾いた場所を好む。そんな感覚が返ってくる。配信映像では、トマトのヘタが楽しそうにゆっくり左右へ揺れていた。


 達也はノートを開いた。



『また始まった』

『ヘタご機嫌だな』

『今日は何草?』

『知らん』

『本人も知らん』



 書き込んでいると、少し離れたところから声がした。


「何してんの?」


 顔を上げると、三人組の探索者が立っていた。達也たちより若い。二十代前半くらいだろうか。装備を見る限り、三人とも戦闘を前提としているようだった。一人は、最近見かけるようになった灰色の杖を持っている。


「植物を見てます」


「それ?」


「はい」


 先頭の男が、達也の前に生えている草を見る。声に気づいた健吾も、こちらへ歩いてきた。


「なんか使えるの?」


「まだ分かりません」


「分かんないの?」


「はい」


「じゃあハズレじゃん」


 達也は首を傾げた。


「まだ分からないだけですけど」


「同じだろ」


 そう言って笑う。後ろの二人も笑っていた。


 達也はもう一度、草へ視線を戻した。話が終わったと思った。だが、男はその場を離れなかった。


「もしかしてさ」


「はい?」


「トマトの人?」


 トマトのヘタが、ぴくりと動いた。



『バレた』

『本人に直接聞くやつ初めてじゃね?』

『普通気づいても言わんよな』



「そう呼ばれてます」


「やっぱり」


 男が笑った。


「りぼんとの切り抜き見たことあるわ。いつも草採ってるやつだろ」


「植物ですね」


「同じじゃん」


「草じゃないものもあります」


「そこ?」


 また笑われた。達也には何がそんなに面白いのか分からなかった。


 男の視線が、近くまで来ていた健吾へ向く。


「あれ、いつもの護衛?」


「えぇ、まあ……」


 達也の返事が、少しだけ遅れた。


「やっぱり」


 男が健吾を見る。


「じゃあ、あの人いなかったらどうすんの?」


「何がですか?」


「魔物」


「状況によります」


「倒せんの?」


「一人なら、できるだけ戦わないです」


「探索者なのに?」


「はい」


「それで探索者って言えんの?」


 達也は男を見る。さっきまでより、少しだけ答えるまでの間が長くなった。


「……探索はしてますけど」



『なんか絡まれてない?』

『この人さっきから何?』

『トマトの人ちょっと警戒してる?』



 男は気づいていないようだった。


「そうじゃなくてさ。適性あるんだろ?」


「あります」


「だったら戦えよ。せっかく選ばれた側なのに」


「選ばれた?」


「ダンジョンに入れる人間なんて一部だろ」


「はい」


「能力まで得たのに、やってること草むしりじゃん」


 トマトのヘタが止まった。


 達也はちらりと健吾を見た。健吾は何も言わず、時折周囲へ視線を動かしている。けれど、達也と目が合うと、ほんの少し顎を引いた。達也は男へ視線を戻した。


「俺らは自分で魔物倒して、奥まで行ってんだよ」


「そうなんですね」


「お前は?」


「植物を調べてます」


「だから、それが――」


 男が言いかけたところで、奥から鳴き声が響いた。三人が一斉に振り返る。


 茂みを割って、二体のフォレストリザードが飛び出してきた。大型犬ほどのトカゲ型魔物。緑がかった褐色の身体を低くして、地面を這うように駆けてくる。


「来た!」


 三人が武器を抜く。達也はノートを閉じ、草から離れた。健吾は達也のそばへ寄り、フォレストリザードの動きを見ている。


 二体が地面を蹴り、三人が魔物へ向かっていく。飛びかかってきた一体をかわし、剣が振られ、魔法が飛ぶ。もう一体が素早く向きを変え、再び飛びかかってくる。三人は散って距離を取り、また攻撃を重ねる。数分もかからず、二体のフォレストリザードが地面に倒れた。


「よし」


 男が剣についたものを払う。


「こんなもんだろ」


 倒れた魔物の身体が、少しずつ魔素へと還っていく。達也は戦闘が終わったのを確認すると、さっきの草へ戻った。


「あ」


 一本、折れていた。戦闘中に踏まれたらしい。


 達也はしゃがみ込む。仕方がない。魔物が出れば、植物だけを避けて戦うことなどできない。折れた茎に触れると、まだ根は生きていた。


「大丈夫そう」


 トマトのヘタが、少しだけ上がった。


 その横を、先ほどの男が歩いていく。


「邪魔だな」


 剣が振られた。残っていた草が何本か切れる。


「……何してるんですか?」


「邪魔だから切っただけだけど」


「もう戦闘、終わってますよね」


「だから?」


 男は足元に残った一本を踏みつけた。


「こんなの何の役に立つんだよ」


 トマトのヘタが、ぴたりと止まった。


「やめてください」


「ただの草だろ?」


「まだ分かりません」


「またそれかよ」


「分からないから調べてるんです」


 男は面倒そうに足を退けると、今度は達也のそばに置かれた採取袋へ目を向けた。


「じゃあ、その袋は?」


「採取した植物が入ってます」


「見せてよ」


「駄目です」


 男が採取袋へ手を伸ばす。達也はその手を避けるように、袋を自分の方へ引いた。


「勝手に触らないでください」


「見るくらいいいだろ」


「採取したものなので、駄目です」


「何だよ、それくらい」


 男がもう一度手を伸ばし、今度は強引に採取袋を掴んだ。達也も手を離さない。


「離してください」


「ちょっと見るだけだろ」


「だから、駄目だって言ってます」


 達也が袋を引き戻す。


「お前も離せって」


 男が達也の肩を押した。達也の身体が傾く。


 次の瞬間、男の手から採取袋が離れていた。


「え?」


 健吾が間に立っていた。


「ケンちゃん?」


「たっちゃん、下がってろ」


 声はいつもとほとんど変わらない。男が健吾を睨む。


「何すんだよ。ちょっと押しただけだろ」


「だから、ここでやめとけ」


 男の顔が歪んだ。


「偉そうに」


 男の手が健吾の胸元へ伸びる。健吾は避けなかった。掴ませた。


 次の瞬間。


「――っ!?」


 男の腕が返され、身体が崩れた。健吾はそのまま男の腕を取り、地面へ伏せさせる。大剣には触れていない。光も使っていない。


「いってぇ! 何すんだ!」


「暴れんな」


「離せ!」


 男が身体を捻ろうとする。健吾は腕を押さえたまま、低い声で言った。


「動くな。怪我するぞ」


「ふざけんな!」


 健吾は片手で男を押さえたまま、空いた手を懐へ入れた。取り出したものを開く。


「警察だ」


 男の動きが止まった。


「……は?」


 警察手帳を見せる。


「大人しくしろ」


 少し離れたところにいた残りの二人も固まっていた。



『え』

『警察!?』

『面の人警察だったの!?』

『マジで?』

『だから動き違ったのか』



「たっちゃん」


「うん」


「怪我は?」


「ない」


「押されたところは?」


「大丈夫」


「分かった」


 健吾は男を押さえたまま、通信端末を操作する。


「そのまま配信続けておいて」


「分かった」


「あとで記録確認する」


 男が顔を上げようとした。


「おい! そいつ、お前の友達なんだろ!」


「そうだぞ」


「じゃあそいつの味方じゃねえか!」


「だから記録を確認するんだよ」


「はぁ!? 確認ってなんだよ!」


「配信に残ってんだろ。俺が見たことだけで決めるつもりはない」


「俺は何も――」


「口で何言ってようが、それだけなら俺も出なかったよ」


「は?」


「たっちゃんなら、あれくらい自分で対処できると思ってたからな」


 健吾は男の腕を押さえたまま続ける。


「でも、手ぇ出したら別だ。警察官として放っておけない」


「……くそっ」


「お前の話も聞く」


 男が黙った。


「そっちの二人もな」


 健吾が視線を向ける。残っていた二人は、さっきまでの余裕をすっかり失っていた。顔を青ざめさせ、互いの顔を見る。


「……はい」


「俺らは、何も……」


「それも含めて確認する」


 健吾はそれ以上何も言わず、JDAへ連絡を入れた。


「足立です。探索者同士のトラブル。一名確保しています」


 現在地を伝える。


「相手は三名。負傷者はなし。配信記録あり。これから地上へ戻ります」


 短いやり取りのあと、通信を切った。


 達也はその様子を見ていた。大剣を振るう健吾なら、何度も見ている。光を使って魔物を倒す姿も知っている。けれど、警察官として誰かに対応している健吾を、こんな近くで見るのは初めてだった。



ーーー



 その日の探索は、そこで終わった。健吾は男を連れ、達也たちと一緒に地上へ戻った。入口では、実働部隊であり、健吾と同じ警察出向組の坂口が待っていた。


「足立」


「坂口さん」


 健吾が男を連れていく。


「三人です。こいつが井上の採取袋を掴んだあと、井上を押してます。俺が止めに入ったあとも手を出してきました」


「怪我は?」


「全員なし。本人にも確認済みです」


「映像は?」


「配信に一通り残ってます」


 坂口が男たち三人を見る。


「分かった。こっちで話を聞く」


「お願いします」


「ああ」


 健吾が男から手を離す。男たち三人は探索証を提示し、そのまま坂口に連れられていった。


 健吾が戻ってくる。


「帰るか」


「うん」


 いつものケンちゃんに戻っていた。



ーーー



 帰り道。達也はいつもより少し静かだった。健吾が横を歩いている。


「ケンちゃん」


「ん?」


「あの三人、どうなるの?」


「たぶん厳重注意くらいだろ」


「そうなんだ」


「探索中の戦闘はちゃんとしてたしな。問題になるとしたら、他の探索者の採取物に勝手に手ぇ出したところとかだろ」


 健吾は前を向いたまま、少し歩いた。


「たっちゃん押したのも映像に残ってるから、警察沙汰にするならできるけど」


 達也を見る。


「するか?」


「しない」


「だと思った」


 しばらく、二人で歩いた。達也は手にした採取袋へ目を落とす。


「……僕、探索者だよね」


「そうだな」


「植物ばっかり見てるけど」


「見てるな」


「魔物も、ケンちゃんみたいには倒せないし」


「そりゃそうだろ。お前のやることは、魔物倒すことじゃないんだから」


 達也が健吾を見る。


「ツタあるときは手伝ってんだろ」


「うん」


「俺が動きやすいように止めてくれるし」


「うん」


「それで十分じゃね?」


「……そうかな」


「何でも一人でできたら、二人で来る意味ないだろ」


「それもそうか」


「おう」


 達也は少し考えてから頷いた。


「そうだね」


 それでも、胸の奥に残ったものは、まだ少し消えなかった。



ーーー



 翌日の日曜日、午前中。達也はJDAの植物研究室へ向かっていた。


 廊下を歩いていると、少し先でスーツ姿の男が職員に頭を下げている。五十代くらいだろうか。


「無理を言って申し訳ありませんでした」


「いえ。ただ、協力いただいている方の個人情報については――」


「もちろんです。当然ですよ。どうしても一度、お礼を言いたかったものですから」


「お気持ちはお伝えしておきます」


「お願いします」


 男はもう一度頭を下げ、職員と別れた。


 達也はその横を通り過ぎ、そのまま植物研究室へ向かう。男はふと、達也の背中を目で追った。


「……研究員ではなさそうだな」


 その視線の先には、植物研究室がある。


「あっちは植物研究室じゃ……?」


 男が少し考え、達也の後を追った。


「すみません!」


 声をかけられ、達也が振り返る。


「はい?」


 先ほどの男だった。


「失礼ですが、ここの研究員の方ですか?」


「違います」


「JDAの職員じゃない?」


「職員じゃないです」


 男が少し考える。


「……探索者?」


「はい」


「植物研究室に?」


「はい」


 男の目が少し大きくなる。


「植物関係?」


「そうですけど……」


「もしかして」


「?」


 男が達也を見る。


「もしかして、あんたか!?」


 昨日のことが、一瞬だけ頭をよぎった。達也はわずかに身構える。


「何がですか?」


「止血草!」


「……止血草?」


「赤い葉っぱ!」


「ああ」


「血が止まるやつ!」


「はい」


「あれ見つけたの、あんただろ!?」


「……そう、なりますかね?」


「やっぱり!」


 男の顔が一気に明るくなった。


「よかった! 会えた!」


「?」


「ありがとう!」


「……はい?」


「あれ、すごいぞ!」


「赤い葉っぱがですか?」


「止血草!」


「正式名称、決まったんですね」


「そこからか!」


 男の声が廊下に響いた。植物研究室の扉が開く。


「何かありましたか?」


 顔を出したのは太田だった。


「あ、井上さん」


「太田さん」


 その名前を聞いて、男が達也を見る。


「井上さん?」


「はい」


 太田も男の顔を見て、目を瞬いた。


「……津島さん?」


「どうも!」


 達也が今度は男を見る。太田は二人を見比べた。


「もしかして、止血草の件ですか?」


「そう! やっと見つけた!」


「見つけたって……」


 太田が少し困った顔をする。


「あ、井上さんにまだお伝えしてなかったですね。止血草の正式名称について、遅くなり申し訳ありません」


「正式名称なんですね」


「はい。表記を統一することになりました」


「止血草ですか」


「はい」


 達也は少し考える。


「覚えやすいですね」


「ありがとうございます」


 津島が目を丸くする。


「ずいぶんあっさりしてるんだな」


「分かりやすいので」


 津島が笑った。


「なるほど。そういうものか」


 達也も少し笑う。そこで、まだ目の前の男が誰なのか知らないことに気づいた。


「そういえば」


 達也は太田を見る。


「この方は?」


「ああ、回復薬の製造で協力いただいている製薬会社の方です」


「製薬会社の」


 津島がスーツの内ポケットから名刺入れを取り出した。


「改めまして、津島哲雄(つしまてつお)です。よろしくお願いします」


「井上達也です」


 達也も自分の名刺を取り出し、二人で名刺を交換する。受け取った名刺には、代表取締役の文字があった。


「社長さんだったんですね」


「一応な」


 津島は達也から受け取った名刺へ目を落とした。


「やっと名前まで分かった!」


 ははは! と豪快に笑う。つられて、達也の口元も少し緩んだ。


「それでな、井上さん」


「はい」


「止血草、ハウスで育てられるようになったんだ」


 達也が目を見開いた。


「本当ですか?」


「本当だ。ダンジョンで採ったものより効き目は少し落ちる。けど、育つ。ちゃんと増やせる」


「安定して採れるんですね」


「そう!」


 津島は嬉しそうに頷いた。


「ダンジョンから採ってくるだけじゃ、どうしても数に限界がある。でも育てられるなら違う」


 拳を握る。


「これで、探索者を守れる薬が作れる」


 達也は津島を見た。


「もっと作れるようになるんですか?」


「ああ。もっと使いやすくして、もっとたくさん作れるようにする」


 津島は子供のように笑っていた。


「必要なときに、ちゃんと持っていける薬にする」


 達也は少し黙った。


 昨日、こんなもの何の役に立つんだと言われた。足元に生えていた植物を踏まれた。ただの草だと。


 達也は目の前の津島を見る。


「でも」


「ん?」


「僕、触っただけですよ」


「触っただけ?」


「はい。訓練場所に生えてた草だったので」


「そうなのか」


「薬にしたのも、津島さんたちですよね」


 一瞬、津島がきょとんとした。それから。


「ははは!」


 廊下に豪快な笑い声が響いた。


「そうだな! 薬にしたのは俺たちだ!」


「ですよね」


 達也も笑った。


「でもな」


 津島が達也を見る。


「その植物の効果を最初に見つけたのは、あなただ」


 達也は津島を見た。効果を見つけた。その言葉が、妙にしっくりきた。


 あの日。赤みがかった葉に触れて、血が止まりやすくなる気がした。たまたま棘で傷ついた手首に、その汁をつけた。そして、ノートに書いた。それが最初だった。


「あの効果に気づいてくれて、ありがとう」


「……どういたしまして」


 言ってから、少し照れくさくなった。


「ははは!」


 津島がまた笑う。今度は達也も一緒に笑った。


「そうだ!」


「はい?」


「写真撮ろう!」


「写真?」


「せっかく会えたんだ。出会った記念に一枚!」


「僕とですか?」


「井上さんと撮らなきゃ意味ないだろ!」


 津島が太田を見る。


「太田さん、お願いしてもいいですか?」


「もちろんです」


 津島がスマートフォンを太田へ渡した。


「ほら、井上さん」


「はい」


 二人で並ぶ。太田がスマートフォンを構えた。


「撮りますよ」


「お願いします!」


「はい」


 シャッター音が鳴った。画面の中には、満面の笑みを浮かべた津島と、少し照れくさそうに笑う達也が並んでいた。


「いい写真だ!」


 津島が満足そうに笑う。


「そうですね」


 達也も笑った。


 自分が効果に気づいた植物が、誰かを守る薬になる。それは、少しだけ誇らしかった。






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― 新着の感想 ―
こんにちは。 いちゃもん付けてきたイキりバカ×3みたいなアホも居れば、津島さんみたいなまともな人もいる…ダンジョンという非現実的なものが現れても、人間は変わらないってことですな。
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