第二十五話「採取(植物)」
第二十五話「採取(植物)」
「ケンちゃん、来週行けない」
「何かあんの?」
「講習」
ダンジョン帰り。達也はスマートフォンを見ながら答えた。
「JDAから来てた」
「ああ、追加のやつか」
「一日あるんだって」
「丸一日?」
「うん。朝から夕方まで」
「じゃあ来週は無理だな」
「そうなんだよね……」
最近の達也の週末は、一日を健吾とのダンジョン探索、もう一日を植物研究室で過ごすことが多くなっていた。平日は会社がある。自宅で育てている【橙色の実】の記録もある。そこへ丸一日の講習が入れば、来週はダンジョンへ行く時間がない。
達也は通知をもう一度見る。
【探索者向け追加講習】
以前にも救助に関する講習は受けている。今回、その内容に新しい項目が追加されるらしい。
「何やるんだろ?」
「行けば分かるだろ」
「まあ、そうか」
達也はスマートフォンをしまった。来週は、植物研究室と講習。ダンジョン探索は休みになった。
ーーー
翌週の土曜日、達也は朝からJDAの施設へ来ていた。受付には、同じ講習を受けるらしい探索者が何人も並んでいる。順番が来て、達也は探索証を差し出した。
「井上達也さんですね」
「はい」
「少々お待ちください」
職員が端末を操作する。しばらくして、探索証が返された。
「今回、登録情報の更新も行っています」
「更新?」
「はい。こちらをご確認ください」
言われて、達也は探索証を見る。
【井上 達也】
【属性:土】
【分類:採取(植物)】
「……植物」
思わず口に出した。
「はい」
「前はなかったですよね」
「今回から追加されています」
「分類?」
「属性とは別に、実際の活動内容や能力の運用実績をもとにした分類です。今回の講習から試験的に使われています」
達也はもう一度、自分の探索証を見る。
「僕、植物なんですね」
「土属性の方でも、全員が同じことができるわけではありませんので」
「ああ」
達也は瀬戸を思い出した。同じ土属性でも、瀬戸は地面を隆起させ、圧縮して防壁を作る。高城も同じ土属性だが、あちらは石や鉱物を見る。
「高城さんは、鉱石なのかな……」
「どうでしょう。分類については、それぞれの活動内容で決まりますので」
「なるほど……」
達也は探索証を財布へ戻した。
ーーー
午前中の講習は、これまで習った内容の確認から始まった。ダンジョン内で事故に遭遇した場合。負傷者を発見した場合。自分で対応できる場合と、できない場合。そして、救助する側まで危険な状態にならないこと。最初に講習を受けたときにも習った内容だった。
午前の後半になると、スクリーンに新しい項目が表示された。
【間接的に得た緊急情報への対応】
「ここからが、今回追加された内容です」
講師が受講者たちを見る。
「これまでの講習では、皆さん自身が事故に遭遇した場合や、負傷者を直接発見した場合を中心に扱ってきました」
画面が切り替わる。
「ですが、探索配信が広く視聴されるようになったことで、自分が見ていない場所で起きた事故を、コメントなどを通じて知るケースが増えています」
達也が顔を上げる。
「まず、こちらを見てください」
スクリーンに映像が表示された。
◇◇◇
「うわっ!」
映像が大きく揺れた。探索者が、小型の魔物を避けようとして足を滑らせたのだ。
「大丈夫!?」
「痛って……」
仲間が駆け寄る。
「立てる?」
「ちょっと待って。捻ったかも」
「戻る?」
「少し休ませて」
『大丈夫?』
『足やった?』
『無理すんな』
そこで映像が切り替わった。同じ第三階層にいた、別の探索者の配信。
『さっき三階層で足捻った人いたよ』
『怪我したの?』
『座って休んでた』
さらに別の配信。
『三階層で怪我して休んでる人いるみたい』
『歩けないの?』
『休んでるって』
『じゃあ動けない感じ?』
『たぶん』
そして、また別の配信。
『三階層で足怪我して動けない人いるらしい』
『近くにいる人、見に行けない?』
映像を見ていた達也は、少し首を傾げた。最初の探索者は、動けないとは言っていない。
映像はさらに切り替わる。
『この近くで怪我して動けない人いるらしい』
『東側だって』
『魔物もいるらしい』
『近いなら助けに行ってあげて』
「東側?」
探索者が地図を見る。
「そんなに遠くないな」
予定していた道を外れ、東へ向かう。しばらく進んだところで、茂みから魔物が飛び出した。
「うわっ!」
探索者が慌てて剣を抜く。どうにか魔物を倒したところで、コメントが流れた。
『元配信見つけた』
『どうだった?』
『もう帰ってる』
『歩いてる』
『動けないんじゃなかったの?』
『最初から動けないとは言ってないっぽい』
「……え?」
探索者はしばらく画面を見ていた。
「戻るわ」
そこで映像が止まった。
◇◇◇
教室がざわついた。
「これ、誰かが嘘ついたんですか?」
受講者の一人が尋ねた。
「確認した限りでは、意図的に虚偽の情報を書き込んだ人はいません」
講師が答える。
「最初の探索者は足を捻った可能性があるため休憩し、その後、自力で帰還しています。救助も求めていません」
スクリーンに、情報の変化が表示された。
【足を捻った人がいた】
【怪我をして休んでいる人がいる】
【足を怪我して動けない人がいる】
【救助が必要】
「伝わる過程で、少しずつ意味が変わっています」
「伝言ゲームか……」
「そういうことです」
講師が頷いた。
「もちろん、コメントから得た情報が正しい場合もあります。ですから、すべて無視してくださいという話ではありません」
達也の頭に、少し前の探索が浮かんだ。
『さっき右の木の根元に赤い葉っぱなかった?』
戻ってみたら、本当にあった。あのコメントがなければ、見落としていたかもしれない。だが、その後には。
『戻って』
『右の奥』
『なんで右に行ってくれないの?』
自分も戻ろうとした。
「問題は、情報を受け取ったあとです」
講師の声で、達也はスクリーンへ視線を戻した。
「特に人命に関わる情報については、自分だけで真偽を確認しに行かないでください」
一人の探索者が手を挙げる。
「目の前で人が倒れた場合もですか?」
「いいえ。自分が事故に遭遇した場合や、負傷者を直接発見した場合は、これまでの講習内容に従ってください」
「コメントとかで知った場合?」
「はい。自分が直接確認していない情報です」
講師がスクリーンを示した。
「例えば、探索中に『この先で人が倒れている』というコメントを見た場合です」
達也は少し考えてから、手を挙げた。
「……僕、見に行くと思います」
何人かが達也を見る。
「近かったら、確認しに行くと思います」
「そう考える方は少なくないと思います」
講師は否定しなかった。
「だからこそ、今回この項目が追加されました」
「ああ……」
「その場合は、まず119番へ通報してください」
画面に流れが表示される。
【緊急情報】
↓
【119番通報】
↓
【消防による聞き取り】
↓
【必要に応じてJDAへ情報共有】
↓
【JDAによる状況確認】
「ダンジョン内の事故でJDAの対応が必要な場合は、消防からこちらへ情報が共有されます」
「JDAでは何を確認するんですか?」
「場所や事故内容、確認できる場合は該当する配信映像などです」
達也が頷く。
「その上で、実働部隊を動かすか、周辺にいる探索者へ協力をお願いするかを判断します」
「周りの探索者に?」
「はい。ただし、近くにいる人へ無条件にお願いするわけではありません」
講師がスクリーンを切り替えた。
「そのために、今回から探索者の登録情報にも変更が加えられています」
達也は、朝見た探索証を思い出した。
ーーー
昼休憩を挟み、午後。机の上には、朝に返された探索証と、小型の端末が置かれていた。
「午後は、救助協力要請を受けた場合の訓練を行います」
講師が説明する。
「今朝、皆さんの探索証に新しい分類が追加されていたと思います」
達也が探索証を見る。
【属性:土】
【分類:採取(植物)】
「これは、属性だけでは実際に何ができるか判断できないためです」
スクリーンに、いくつかの例が表示される。
【戦闘】
【防御】
【索敵】
【治療・支援】
【搬送】
【採取】
「これはあくまで一例です。分類はまだ試験運用で、今後変更される可能性もあります」
達也は自分の探索証を見る。一覧の中には【採取】がある。達也の探索証には、さらに括弧書きで【植物】と付いていた。
「救助協力をお願いする場合、事故の内容と、周辺にいる探索者の分類や登録情報を確認した上で、必要な人へ通知を出します」
講師が端末を操作した。
「では、訓練を始めます」
画面に想定状況が表示された。
【第三階層】
【負傷者一名】
【周辺に小型魔物複数】
【負傷者は歩行困難】
直後。教室のあちこちで端末が鳴った。達也の端末は鳴らない。
「今回は、周辺の魔物に対応できる探索者へ通知しています」
講師が説明する。次の想定へ移った。
【魔物への対処完了】
【負傷者二名】
【一名歩行不能】
【搬送人員不足】
ピコン。
「あ」
今度は達也の端末も鳴った。周囲でも、いくつもの端末が鳴っている。画面には【救助協力候補】と表示されていた。
「僕も?」
「今回必要なのは、専門的な能力だけではありません」
講師が全体へ向けて説明する。
「安全が確保された場所での負傷者の搬送や、荷物の運搬、帰還の補助など、人手が必要になる場合もあります」
「ああ」
達也は端末を見る。植物とは関係がない。それでも、自分にできることはある。画面には二つの項目が表示されていた。
【協力可能】
【対応困難】
「通知を受け取ったら、まず内容を確認してください。自分に対応できると判断した場合は、協力可能を選択します」
一人が手を挙げた。
「能力的にはできても、行きたくない場合は?」
「対応困難を選択してください」
「理由は?」
「求めません」
教室が少しざわついた。
「こちらには分からない事情がある場合もあります。体調、装備、魔力の残量によっても変わります」
講師が続ける。
「また、協力可能と返答したあとでも、現場へ向かう途中や、実際に現場を確認した時点で危険だと判断した場合は撤退してください」
「途中でも?」
「はい。救助する側まで救助が必要な状態になっては意味がありません」
午前中に見た映像が思い出される。助けに向かった探索者が、途中で魔物に襲われていた。達也は端末を見た。自分にも通知が来ている。それから、探索証を見る。
【分類:採取(植物)】
採取(植物)と書かれていても、植物のことだけをするわけではないらしい。当たり前といえば、当たり前だった。
ーーー
講習が終わったのは、夕方だった。
「疲れた……」
JDAの建物を出て、達也は肩を回した。本当に一日かかった。スマートフォンを見ると、健吾からメッセージが来ていた。
『終わった?』
達也は返す。
『今終わった』
すぐに返事が来た。
『長かったな』
『一日だった』
『来週は?』
達也は迷わず返した。
『行く』
返事は早かった。
『だと思った』
達也は少しだけ笑った。スマートフォンをしまおうとして、財布に入れた探索証を思い出す。取り出す。
【井上 達也】
【属性:土】
【分類:採取(植物)】
「……植物か」
朝にも同じことを言った。そのときは、植物ばかり見ているからだと思った。それは間違っていない。今日の訓練では、植物とは関係のないことで自分の端末も鳴った。では、この「植物」が必要になるときは、どんなときなのだろう。まだ分からない。
達也は探索証を財布へ戻した。来週は、またダンジョンへ行ける。達也は駅へ向かって歩き出した。
お読みいただきありがとうございました。
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