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第二十三話「切り抜き」

第二十三話「切り抜き」




 朝の電車。達也は吊り革につかまりながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。



『ちょっと触ります』



 聞き覚えのある声がした。



『え゛、はい……』

『ツルを』

『あっ……はい!』



「これ昨日見た」


「俺も。切り方ずるいよな」


「このあと普通にツル触ってるだけだからな」


「分かってても笑うわ」


「…………」


 達也はゆっくりと顔を向けた。少し離れたところで、二人の男性がスマートフォンを見ている。画面までは見えない。ただ、声には覚えがあった。自分の声だった。


 達也はポケットからスマートフォンを取り出した。


「……切り抜き」


 検索する。すぐに出てきた。見覚えのある白い衣装。姫宮りぼん。その前にしゃがんでいる自分。再生してみる。



『ちょっと触ります』

『え゛、はい……』

『ツルを』

『あっ……はい!』



 そこで一度、映像が切れる。


「…………」


 続きを再生する。普通にツルを触っていた。


「そこ切るんだ」


 再生数を見る。


「……多いな」


 達也が普段目にする数字より、ずいぶん大きかった。達也は少しだけ画面を見てから、スマートフォンを閉じた。



ーーー



「これ見た?」


 昼休み。同期の一人がスマートフォンを持ってきた。


「見たよ」


「知ってるのか」


「朝見た」


「これ笑うよな」


「……うん」


「姫宮りぼんも大変だよな。ダンジョンで植物に捕まるとか想像しないだろ」


「そうだね」


「それにしても、このトマトの人」


 達也の手が止まった。


「普段何してんだろう?」


「植物見てるよ」


「知ってるの?」


「ちょっと」


「へえ」


 同期が画面を操作する。


「配信あるじゃん」


「あ」


「今度見てみよ」


「……植物しか見てないよ」


「なんでお前がそんな詳しいんだよ」


「見たことあるから」


「ああ、そういやお前、土属性だったもんな」


 同期が思い出したように頷く。


「この前も海外の植物、観てたっけ?」


「うん」


「じゃあ、こういうのも見るのか」


「まあね」


 同期は納得した。達也は弁当を食べた。



ーーー



 週末。第四階層。達也と健吾は、いつものように探索を始めていた。配信も始まっている。



『切り抜きから来ました!』

『ここ?』

『姫宮りぼんのところに来たトマト?』

『本当にトマトだ!』

『思ったよりトマト』

『ヘタあるじゃん』

『動くぞ』



 達也は足元を見ながら歩いていた。ヘタが小さく右へ傾く。



『動いた!』

『マジで動くの!?』

『りぼんちゃんいないの?』

『りぼんちゃんはプロモなんだからいる方がおかしいだろ』

『ここって何するの?』

『草見る』



 達也が足を止めた。道の脇へしゃがみ込む。葉に触れる。



『本当に草見始めた』

『草』

『何の配信なんだこれ』

『だから草見るって言っただろ』



「前にもあったな」


 達也は100均ノートを取り出し、葉の形を書き始めた。少しして、画面の上に固定表示が現れる。



『JDA植物班>第三階層で類似する記録があります』



「三層か」


「同じやつか?」


「たぶん。ちょっと葉が小さいけど」


 もう一度触れる。感じたことをノートへ書き足す。



『植物班いるじゃん』

『公式が見てるんだ』

『過去の記録探してくれるらしい』

『便利だな』



 達也は書き終えると、立ち上がった。


「行こうか」


「おう」



ーーー



 しばらく歩いたところで、達也が配信画面を確認した。固定表示はない。そのまま閉じようとして、指が止まった。



『さっき右の木の根元に赤い葉っぱなかった?』



「右?」


 達也が振り返った。


「どうした?」


「赤い葉っぱがあったって」


「コメント?」


「うん」


「戻るのか?」


「近いから見てくる」


 二人で少し戻る。


「あ」


 木の根元。他の草に隠れるように、赤みがかった小さな葉が生えていた。


「あった」


 達也がしゃがみ込む。



『あった!』

『俺が言ったやつ!』

『マジで戻ってくれるんだ』

『コメント見てるんだな』



 達也が葉に触れる。


「これ、初めてじゃないな」


 ノートを開き、葉の形を書いていく。やがて、固定表示が現れた。



『JDA植物班>第二階層で類似する記録があります』



「ああ、二層か」


 達也はもう一度葉を見た。


「たぶん同じだね」


 書き終えてから、配信画面を見る。


「教えてくれた人、ありがとう」



『返事きた!!』

『いいなー!』

『俺も見つける』

『植物探そうぜ』

『右見るわ』

『じゃあ俺左』



「……?」


 達也は少しだけ画面を見てから、立ち上がった。


「行こうか」


「おう」



ーーー



 それから、コメントが増えた。



『左の岩の横になんかある』

『青いやつ!』

『手前の木の裏も見て』

『右側に丸い葉っぱあった』



「丸い葉っぱ?」


 達也が見る。


「あ、本当だ」


 近づいて触れる。


「これは前にもあったやつだね」



『見てくれた!』

『また当たった』

『トマトに植物教える配信になってるw』

『俺も探す』



 達也も少し楽しくなってきた。自分では気づかなかったものを、画面の向こうから見つけてもらえる。


「これ助かるね」


「そうか?」


「見落としてた」


 達也はもう一度、見つけてもらった植物を見てから立ち上がった。



ーーー



 だが、しばらくすると。



『右の木の裏見て!』

『もっと右』

『そこじゃない』

『もうちょい奥』



「右……」


 達也が少し見る。特に気になるものはない。


「分からないな」


 そのまま先へ進む。



『戻って』

『さっきのところ』

『絶対なんかあったって』

『戻らないの?』



 達也は気づかず歩いていた。少し先で、ヘタがぴくりと止まる。


「あ」


 足元に、小さな白い花が咲いていた。しゃがみ込む。


「これ、前にもあったかな」


 手袋を外す。花に触れる。湿った土。弱い光。


「日陰の方が好きなのかな」


 ノートを開いた。



『トマト戻って!』

『さっき右にあったって』

『コメント見て』

『右だって』



 達也は白い花を見ていた。しばらくして、ノートを書き終える。配信画面を見る。


「……?」


 コメントが速い。



『やっと見た』

『戻って』

『さっきの木のところ』

『右の奥』

『なんで右に行ってくれないの?』



「…………」


 トマトのヘタが止まった。


「どうした?」


 健吾が振り返る。


「右に行ってって」


「コメントか?」


「うん」


「気にすんな」


「でも、何かあったみたいで」


 達也が来た道を見る。そのとき、画面の上に固定表示が現れた。



『JDA植物班>該当箇所を確認しました。現時点で新しい植物は確認されていません』



「あ」


 達也が表示を見る。


「なかったって」


「なら今の見とけ」


「うん」



『植物班見てたw』

『確認早い』

『じゃあ見間違いか』

『でも赤い葉っぱはさっき当たったぞ』

『あれは本当にあった』

『情報だけ書けばいいんじゃない?』

『行くかどうかはトマトが決めればいいだろ』



 達也の目が、最後のコメントで止まった。


「……行くかどうかは、僕が決める」


「当たり前だろ」


「そっか」


「何だと思ってたんだよ」


「見つけてもらったら、見た方がいいのかなって」


「全部見てたら進まねえぞ」


「ああ」


 それは困る。達也は目の前の白い花を見る。


「じゃあ、これ見てからでいいんだ」


「最初からそうしろ」


「うん」


 達也はもう一度、白い花へ触れた。



『またなんかあったら書くわ』

『見つけるだけなら任せろ』

『採用するかはトマト次第』

『植物探すぞ』



 達也が少しだけ画面を見る。


「それなら助かる」


 そして、ノートを開いた。



ーーー



「遠藤さん、ちょっといいですか?」


「はい」


 遠藤拓海が顔を上げた。太田がタブレットを机へ置く。


「井上さんの配信なんですけど」


「何かありました?」


「こういうコメントって、前からあります?」



『右見て!』

『戻って』

『なんで右に行ってくれないの?』



 遠藤が画面を見る。


「……誘導するようなコメントですか」


「はい」


「ありますね」


「あ、あるんですね」


「『そっちへ行ってほしい』とか、『もう一度見せてほしい』くらいなら」


「今日、井上さんが戻ろうとしてたんですよ」


「コメントを見て?」


「はい。植物班でも映像を確認できたので、今回はこっちから固定表示を出しました」


「ありがとうございます」


 太田が画面を見る。


「井上さんの配信は、今こっちでも見てますけど」


「はい」


「他の人は?」


 遠藤の視線が止まった。


「全部の配信、JDAで見てるわけじゃないですよね」


「……そうですね」


「じゃあ、こういうのがどのくらいあるかって」


「把握していません」


「やっぱりそうですか」


 太田はタブレットを持ち上げた。


「ちょっと気になったので」


「いえ。助かりました」


 太田が部屋を出ていく。遠藤はしばらく画面を見ていた。


「……一度、確認した方がいいな」


 手元の端末を引き寄せた。






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― 新着の感想 ―
こんにちは。 やはり現れましたね、こういうコメント。 善意で教えてくれるならまだしも、単なる指示厨みたいなのは厄介ですな…見つけてもないのにコメントして面白がってるだけの可能性有りますし。
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