↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/54

第二十二話「りぼんのリボン」

第二十二話「りぼんのリボン」




「姫宮(ひめみや)りぼんです! 本日はよろしくお願いします!」


 にこっ。周囲で小さな光が弾け、きらきらと舞った。


「よろしくお願いします。JDA広報の遠藤です」


 遠藤拓海が名刺を差し出した。隣には内田も座っている。


「こちらが、今回使用していただく杖です」


「わあ……!」


 りぼんが身を乗り出した。机の上には、灰色がかった木肌を残した一本の杖が置かれている。


「魔法の杖!」


 きらきら。


「……そうですね」


 遠藤が少しだけ目を細めた。本当に光っている。


 姫宮りぼんは光属性の適性者だった。光を生み出すことはできる。ただ、魔物を倒すような使い方には向いていない。


「もう一回お願いできますか?」


「はい!」


 にこっ。きらきら。


「……すごいな」


 内田が呟いた。画面映えは、とてもよかった。


 今回、JDAが彼女へ依頼したのは、ダンジョン内での広告撮影だった。撮影するのは、灰色の木を加工して作られた魔法の杖。ダンジョンから持ち帰られた素材が、実際に人の使う道具へと変わり始めている。それを一般向けに紹介するための企画だった。


「撮影場所は第二階層を予定しています」


「第二階層!」


「護衛として、JDAの実働部隊も同行します」


「分かりました!」


「何か質問はありますか?」


「大丈夫です!」


「では、よろしくお願いします」


「はい! 頑張ります!」


 にこっ。きらきら。遠藤がまた少しだけ目を細めた。



ーーー



「はぁ……」


 控室へ戻った瞬間、姫宮りぼんの笑顔が消えた。


 本名、日高美咲(ひだかみさき)。二十歳。ただし、姫宮りぼんとして公表されている年齢は十八歳である。


「姫宮りぼん……」


 自分の芸名を呟く。


「……何回聞いてもすごい名前」


「覚えやすいですよ! 一回聞いたら忘れません!」


 マネージャーが即答した。


「そうかなぁ……」


「それに美咲ちゃん、リボン似合いますから」


「ほんとに?」


「似合います! 衣装もばっちりです!」


 美咲は鏡を見る。白を基調とした華やかな衣装。胸元にも、腰にも、リボンがある。


「これでダンジョン行くんだよね」


「絶対映えます!」


「……うん」


 美咲はもう一度、鏡の中の自分を見た。それから両頬を軽く叩く。


「根性!」


 にこっ。きらきら。


「はい! 仕上がってます!」


「よし!」



ーーー



 撮影当日。場所は第二階層。第一階層は適性検査や訓練で人の出入りが多いため、撮影には第二階層が選ばれた。


「本日の護衛を担当する足立です」


「白石です。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします!」


 りぼんが笑うと、小さな光が舞った。


 りぼんはアバターを使わず、生身の姿で撮影に参加している。健吾も配信用のデバイスは身につけていない。頭部を覆っているのは探索用のフルフェイスで、背中にはいつもの大剣を背負っていた。


「では、行きましょう」


 遠藤の言葉で、一行はダンジョンへ入った。



ーーー



「はーい! みんなの太陽、姫宮りぼんでーす!」


 きらきらと光が舞う。


「今日はなんと! ダンジョンに来ています!」


 カメラへ向かって笑顔を見せる。


「そして、今日ご紹介するのがこちら!」


 りぼんが杖を掲げた。


「じゃーん! 新しい魔法の杖です!」


 灰色の木で作られた杖へ魔力を通すと、淡い光が広がった。


「わあ!」


 今の声は台本ではなかった。


「すごい! 光らせやすいです!」


 スタッフが頷き、撮影はそのまま続いた。


「では、少し歩いてみましょう!」


「はい!」


 一歩踏み出したところで、衣装の裾が枝へ引っかかった。


「あ」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫です!」


 枝から外し、撮影再開。


 しばらくして。


「きゃっ!」


 足元の根を避けようとした瞬間、身体が傾いた。


 パキッ。


「え」


 片方のヒールが折れた。そのまま。


 べしゃっ。


「…………」


「りぼんちゃん!」


 マネージャーが駆け寄り、白石もすぐにしゃがみ込んだ。


「動かないでください。足、痛みますか?」


「足は……大丈夫です」


「捻った感じは?」


「ないです」


 白石に支えられて立ち上がる。怪我はない。ただ、白かった衣装は膝から下が泥だらけだった。


 りぼんは折れたヒールを見る。泥を見る。枝に引っかけてほつれた裾を見る。


「…………」


「着替えましょう」


「はい……」



ーーー



 二着目。今度は先ほどよりも、さらに姫宮りぼんらしい衣装だった。胸元、腰、袖。あちらこちらにリボンがついている。ただし、足元だけは変わった。


「今度はブーツなんだ」


「さすがにヒールはやめましょう!」


「そうだね……」


 りぼんが何度か足踏みする。


「うん。歩きやすい」


「衣装もさっきより似合ってます!」


「ほんと?」


「華やかです!」


「よし!」


 撮影再開。今度は足元も見る。枝も避ける。根も跨ぐ。順調だった。


 しばらくは。


 ふわり。腰についたリボンが揺れた。


「ん?」


 足元で、何かが動いた。


 シュルッ。


「え?」


 細いツルが、リボンへ巻きついた。


「きゃっ!」


「動かないで!」


 健吾の声が飛ぶ。一本ではなかった。二本、三本。地面を這っていたツルが次々と持ち上がる。


「ちょ、ちょっと!」


「動かない!」


「はい!」


 りぼんが固まった。腕。腰。脚。そして、衣装についたリボン。次々とツルが絡みついていく。


「痛みはありますか?」


 白石が尋ねる。


「まだ大丈夫です……!」


「苦しくは?」


「それも大丈夫です」


 健吾は大剣へ手をかけた。だが、抜かない。ツルが身体へ近すぎる。


「そのまま。できるだけ動くな」


「はい……!」


 りぼんの声が震えていた。



ーーー



 同じ頃。達也は第二階層の少し離れた場所にいた。二階層までなら、一人で探索することを許可されている。


「……水はそんなにいらないのかな」


 一枚の葉に触れながら、100均ノートへ書き込む。以前にも記録した植物だった。今触れると、前より少し細かく分かる。


「根は……こっち」


 書き足したそのとき、配信画面の上に文字が現れた。



『JDA植物班>人を捕らえるツル状植物を確認。至急、第二階層東側へ向かってください』



「……人?」


 達也の手が止まった。もう一度、固定された文字を見て、ノートを閉じる。


「行かなきゃ」


 採取道具を鞄へ入れ、立ち上がる。


「東側……こっちか」


 歩き出した足は、すぐに速くなった。



『何かあった?』

『公式だ』

『人を捕らえる植物!?』

『二階層って今いるところだよな』

『トマト走ってる』



 達也は答えなかった。走りながら固定された表示へ触れると、文字が消えた。



『確認された』

『行くのか』

『気をつけて!』



 達也は東側へ走った。



ーーー



「こっちだ!」


 健吾が達也に気づき、声を上げる。


「植物班から連絡が来ました!」


 駆け寄った達也に、りぼんが涙目で震えながら叫んだ。


「助けてください!」


 達也の足が一瞬止まった。白く華やかな衣装。その腕にも、腰にも、脚にも、何本ものツルが絡みついている。


「人を捕らえる植物って、これですか?」


「突然動き出した。止まると進行が遅くなっている」


「分かりました」


 達也はツルを見る。


「初めて見るやつです」


「こっちもだ」


「ちょっと見ます」


「頼む」


 その姿が、達也の配信にも映っていた。



『!?』

『姫宮りぼんじゃん!!』

『え!? 本物!?』

『なんでりぼんちゃんいるの!?』

『待ってツルに巻かれてる!?』

『あれ? この配信ってR指定だっけ?』

『違います』

『言ってる場合かw』



 達也はコメントを見ていなかった。ツルへ近づくと、健吾がその動きに合わせて位置を変えた。



『ん?』

『この大剣の人……』

『あれ』

『おい』

『触れるな』

『いやでもこの感じ』

『触れてあげるな』

『何が?』

『何でもない』

『新規はそのままでいてくれ』



 地面を這っていた一本のツルが持ち上がった。


「っ……!」


 りぼんの身体が強張る。ツルが伸びる。


「待って」


 達也が地面へ手をついた。


 ぴたり。ツルが止まった。


「……え?」


 りぼんが目を見開く。


「そっちじゃない」


 ツルの先が震え、ゆっくりと横へ逸れていった。



『止まった!?』

『トマトやった?』

『植物操作か』

『巻きついてる方は?』

『そっちはそのままだな』



「これ以上は来ないと思います」


「分かった。周りは見てる」


「お願いします」


 達也は、すでに巻きついているツルを見る。


「……こっちは離れないな」


「分かるか?」


「まだ分かりません」


「了解」


 達也はりぼんの近くへしゃがみ込んだ。


「ちょっと触ります」


「え゛、はい……」


「ツルを」


「あっ……はい!」


 りぼんの頬が、ほんのり赤くなった。



『ちゃんと言ったw』

『大事』

『さっきR指定とか言ったやつのせいだろ』

『トマトはコメント見てないぞ』



 達也は手袋を外し、ツルへ直接触れた。


「…………」


 捕まえたい。逃がしたくない。動く。揺れる。もっと捕まえたい。


「捕まえたいんだと思います」


「何を?」


 白石が尋ねる。


「まだ分からないです」


 風が吹いた。ふわり。りぼんの腰についたリボンが揺れ、ツルが動く。


「あ」


 配信画面のトマトのヘタが、ぴんと立った。


「……これかな」


「何か分かりました?」


「まだ分からないですけど」


 達也は腰のリボンを見る。


「これが揺れたとき、反応してます」


「これ?」


「たぶん」


「私のリボン!?」


 もう一度、風が吹いた。ひらり。リボンが揺れる。ツルの先が、ぴくりとそちらへ向いた。


「……やっぱり」



『揺れるものに反応してる?』

『でもひらひらした服の探索者って結構いるだろ』

『あれアバターじゃね?』

『あ』

『そうか』

『配信だと忘れるな』

『実際にひらひらさせて歩いてる人って見たことないかも』

『アバターならマントもスカートもいるもんな』

『りぼんちゃんアバターじゃないし』



 達也がコメント欄を見る。


「……ああ」


 りぼんを見て、ツルを見る。


「今まで、こういうのを実際につけて歩く人がいなかったのかも」


「そうなんですか?」


「たぶん」


 達也はもう一度ツルへ触れる。


「リボンだからなのか、揺れるものなら何でもいいのかは分からないですけど」


「じゃあ、この服だから……?」


「可能性はあります」


 りぼんが自分の衣装を見下ろした。胸元。腰。袖。リボン。リボン。リボン。


「…………」


 達也も見る。


「いっぱいありますね」


「言わないでください……」


「あ、ごめんなさい」



『よりによって姫宮りぼん』

『植物からしたら大当たりだったのか』

『笑えないけどちょっと笑う』

『芸名までりぼんなのに』



「とりあえず、外しましょう」


「お願いします……!」


 達也はツルへ意識を戻した。


「動かないでください」


「はい!」


 捕まえなくていい。離れて。そっちじゃない。


 すぐには動かなかった。


「……ちょっと待ってください」


「はい……」


 もう一度。離れて。


 一本のツルが、ゆっくりと緩んだ。


「あ」


「まだ動かないで」


「はい!」


 さらに一本。腕から離れる。腰から離れる。脚へ絡んでいたものも、少しずつ緩んでいく。最後に、腰のリボンへ絡んでいたツルが離れた。


「今です」


 白石がすぐにりぼんを後ろへ下げ、健吾がその間へ入った。


「大丈夫ですか?」


「はい……」


 白石が腕や脚を確認する。締めつけられていた部分に赤みはあるが、大きな怪我はない。


「大丈夫そうですね」


「よかったぁ……」


 りぼんの肩から力が抜けた。


 達也はまだツルの前にしゃがんでいた。手を伸ばし、もう一度触れる。


「……採っていこうかな」


「今か?」


「人にも巻きつくなら、調べた方がいいと思う」


「まあ、そうだな」


 達也は採取袋を取り出した。根元を見て、すぐには引き抜かず、周囲の土から少しずつ掘っていく。


「根、結構深いな」


 途中でノートを開く。



 【巻き付くツル状植物】

  動くものに反応?

  捕まえようとする。

  揺れるものへの反応が強い可能性。

  衣服のリボンへ複数本が反応。

  人にも巻きつく。

  危険性あり。

  詳細――要検証。



 根元から採取して袋へ入れ、場所と時間を書いた。


「よし」


「あの」


 声をかけられ、達也が顔を上げた。りぼんだった。


「助けていただいて、ありがとうございました」


「僕だけじゃないですよ」


「でも、植物を外してくれたのは」


「たまたま近くにいたので」


「たまたま……」


「怪我なくてよかったです」


「はい!」


 りぼんが笑った。小さな光が、きらきらと舞う。達也が少しだけ目を細めた。


「……眩しい」


「えっ」


「あ、ごめんなさい」


「いえ!」


 りぼんが思わず笑った。



ーーー



 撮影は中断された。一着目は泥だらけ。二着目はツルに絡まれて、あちこちが傷んでいる。


「……二着とも駄目になっちゃいましたね」


 りぼんが言った。


「申し訳ありません」


 遠藤が頭を下げる。


「こちらも衣装について、もう少し確認するべきでした」


「いえ。私たちも普通の撮影と同じに考えてたので」


 りぼんは二着目を見る。枝に引っかかる。ヒールは折れる。泥で汚れる。植物にも捕まった。


「……探索者の人って、普段どんな服を着てるんですか?」


「人によりますね」


「専用の服ってあります?」


「探索専用、という意味ではまだあまり」


「そうなんだ……」


 りぼんは自分の衣装を見る。


「女性もですか?」


「そうですね」


「可愛いの、ないのかな……」


 ぽつりと呟いた。



ーーー



 撮影機材を片づけていると、通路の向こうから一人の女性が歩いてきた。そのまま奥へ向かおうとして――足を止める。


「……え?」


 りぼんを見て、二度見した。


「えっ!? 姫宮りぼん!?」


「こんにちは!」


 反射的に笑顔。小さな光が舞う。


「本物!?」


「本物です!」


「なんでダンジョンに!?」


「撮影です!」


「あ、撮影……!」


 彼女――花村幸は納得した。そして、自分の格好を見る。


「……今日もうちょっとマシなの着てくればよかった」


「え?」


 りぼんも幸を見る。長袖。長ズボン。手袋。丈夫そうな靴。


「……それ、探索用ですよね?」


「はい」


「…………」


「どうしました?」


「可愛いところ、どこですか?」


「ないです」


「ないんですか!?」


「ないんですよ!」


 幸が自分の服をつまむ。


「本当はもっと可愛い格好したいんです!」


「やっぱり!?」


「でも枝に引っかかるし、汚れるし、動きにくいと危ないし……」


「ああ……」


 りぼんには、今日だけで全部心当たりがあった。


「スカートは?」


「アバターなら」


「実際は?」


「怖いです」


「ですよね!」


 二人の声が重なった。りぼんはもう一度、幸の格好を見る。


「でも、もうちょっと何か欲しくないですか?」


「欲しいです!」


「ですよね!」


「可愛い服、大好きなんです!」


「じゃあ、ちょっとお話聞いてもいいですか?」


「私に!?」


「はい!」


 幸が勢いよく頷いた。



ーーー



 数日後の仕事帰り。達也はコンビニの雑誌売り場の前で足を止めた。


「あ」


 見覚えのある顔が表紙に載っている。姫宮りぼん。手には、あの日の灰色の杖。


「この人か」


 一冊手に取り、ページをめくる。灰色の木から作られた魔法の杖。ダンジョン由来素材の利用。JDAとの共同撮影。


「ちゃんと撮れたんだ」


 さらにページをめくったところで、手が止まった。


「ん?」



 【姫宮りぼん、新たな挑戦へ】

 【スポーツウェアメーカーと探索者向けウェア開発を検討】



「探索者の服……」


 記事を読む。安全性。動きやすさ。丈夫さ。それだけではない。探索者が、自分の好きな格好を選べるようにしたい。そんな内容が書かれていた。記事の端には、小さなコメントも載っている。



 【リボンは絶対どこかに入れたいです!】



「…………」


 達也はそこを見た。第二階層。風に揺れるリボン。そこへ伸びていったツル。


「……引っかからない方がいいと思う」


 誰に言うでもなく呟いて、続きを読む。まだ具体的な形は決まっていないらしい。


「これからか」


 達也は雑誌を閉じた。


 まだ、服ができたわけではない。あのツルについても、分からないことの方が多い。


 ただ、新しい杖を紹介するためにダンジョンへ入った一人のアイドルは、その日、二着の衣装を駄目にして帰った。


 そして、探索者の服について考え始める人が、一人増えた。






お読みいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。