第二十一話「コメント欄」
第二十一話「コメント欄」
ダンジョンが発生してから、三年。
朝の電車は、今日も混んでいた。吊り革につかまりながら、達也はぼんやりと窓の外を眺めていた。
「昨日の配信見た?」
「水の人?」
「そう。出力間違えて、全員びしょ濡れになったやつ」
「あれ笑った」
「一番近くにいた人、完全に巻き込まれてたよな」
「途中からしか見てないんだよね」
「そこだけ切り抜き上がってたよ」
「マジ? あとで送って」
近くに立っていた学生らしい二人が、スマートフォンを覗き込んでいる。
電車が駅に停まり、人が入れ替わった。学生たちが空いた座席へ移っていくと、代わりに、少し離れたところに立つスーツ姿の二人の会話が聞こえてきた。
「最近どれ見てる?」
「戦闘多いやつ」
「俺は浅いところの方が好き。飯食いながら見れるし」
「それ探索配信である意味ある?」
「あるだろ。たまに何か起きるし」
達也が一度だけそちらを見たとき、ポケットの中でスマートフォンが震えた。
「あ」
JDAからのお知らせだった。
【探索配信における公式通知機能について】
達也は通知を開いた。
【探索者の皆様へ
探索配信中、JDAから探索者へ連絡が必要となった場合、配信のコメント欄に公式通知が表示されるようになります。
JDA公式アカウントからの通知は通常のコメントと区別して表示され、探索者本人が確認するまで画面上部に固定されます。
公式通知が表示された場合は、安全を確保したうえで内容を確認してください】
「コメント……」
達也は画面を見つめた。
「次これ見ようぜ」
「長くない?」
「流しとけばいいじゃん」
少し離れたところでは、まだ話が続いている。達也は通知を閉じた。
ーーー
その日の午後。仕事を終えた達也は、JDAの植物研究室へ顔を出していた。
「そういえば井上さん」
「はい」
「先日、JDAの公式通知がコメントで表示されるようになりましたね」
「ああ、今日見ました」
「あれ、植物班でも使えるそうなんです」
「植物班でも?」
「ええ。今度から探索中、こちらでも配信を確認しようかと」
「僕のですか?」
「はい」
太田が机の上の資料をめくる。
「井上さんが見つけた植物について、過去の記録をこちらで確認できますから」
「あ、それは助かります」
「見覚えはあるけど、どこだったか分からないということ、ありますよね」
「あります」
「そのときはこちらで探します」
「過去のノートを出さなくていいんですね」
「見つかれば、ですが」
「十分です」
達也は少し嬉しくなった。
「持っていくノート、減らせそうですね」
「採取してほしいものがあれば、それもコメントします」
「分かりました」
達也は頷いた。
ーーー
第四階層。達也と健吾は、木々の間を歩いていた。配信も、いつものように始まっている。
『初見です』
『え、本当にトマト!?』
『思ったよりトマトだった』
『ヘタまであるんだ』
『ヘタ動いてない?』
『動くよ』
『そこ見てると面白いぞ』
達也は足元を眺めながら歩いていた。ヘタが時折、あちらこちらへ傾いている。
『ほんとに動いた!』
『戦闘ある?』
『ここ戦闘あんまりないよ』
『基本植物』
『トマトが植物見て面の人が護衛』
『だいたいいつもこれ』
『初期からいるけど草しか見てない日もある』
ヘタがぴくりと横へ傾き――そのまま通り過ぎる。
『昔からこんな感じ?』
『だいたいこんな感じ』
『安心した』
『何に安心したんだよw』
少し進んだところで、達也の足が止まった。
「ん?」
健吾も足を止め、周囲へ視線を向ける。達也は道の脇へしゃがみ込んだ。
「これ、前に見た気がする」
細長い葉。根元には、わずかに赤みがある。手袋を外し、葉に触れる。
「……ああ。苦いやつかな」
「前のやつか?」
「たぶん」
鞄へ手を伸ばしかけて、止める。
「あ」
「どうした?」
「今日から植物班が見てるんだった」
達也は配信画面を開いた。
『コメント見た?』
『トマトがこっち見てる』
『初めて見た気がする』
『目ないけどな』
『それは言うな』
『何探してる?』
流れていくコメントの上に、一つだけ表示が残っていた。
『JDA植物班>第二階層北側で記録された植物に類似しています』
「あった」
通知を開くと、固定されていた表示が消えた。
「二層だって」
「そんな前か」
「北側……ああ」
達也はもう一度、葉に触れた。
「これだ」
土。根の向き。前に触れたときよりも、細かく感じる。達也は100均ノートを開いた。
『ノートは出すんだ』
『記録は別だろ』
『植物班は過去のやつ探してくれるのか』
『便利』
書き終えると、達也は立ち上がった。
「行こうか」
「おう」
ーーー
しばらくして、達也がまた足を止めた。大きな木の根元に、小さな葉が重なるように伸びている。
「……これ、珍しいな」
しゃがみ込み、葉に触れる。
「この辺ではあんまり見てない気がする」
水。湿った土。強い光はあまり好んでいない。
「日陰が好きなのかな」
ノートへ書き込んでいると、画面の上に固定表示が現れた。
『JDA植物班>こちらでも記録を確認しています』
葉の形を描きながら待っていると、表示が切り替わった。
『JDA植物班>第四階層での記録は二件です』
「二件か」
もう一度、植物を見る。
「少ないな」
『JDA植物班>可能であれば、ぜひ持ち帰ってください!』
「……ぜひ」
『植物班食いついた』
『圧があるw』
『公式のぜひ強い』
『相当欲しいらしい』
『持って帰ってあげて』
達也は採取袋を取り出した。根の周囲から少しずつ土を崩し、採取した植物を袋へ入れて、場所と時間を書く。
『JDA植物班>ありがとうございます』
『植物班めっちゃ喜んでる』
『二件なら欲しいよな』
『トマトいい仕事した』
達也は袋をしまい、立ち上がった。
ーーー
さらに奥へ進む。達也は配信画面を確認した。固定表示はない。
「来てないな」
閉じようとした指が止まる。
『さっきの植物、手前にもなかった?』
「ん?」
『あった気がする』
『木の横』
『似てただけかも』
『ちょっと葉っぱ大きかったような』
達也が振り返った。
「ケンちゃん」
「ん?」
「さっきの植物、手前にもあったって」
「見てみるか?」
「うん」
二人で来た道を戻る。少し歩いたところで、トマトのヘタが傾いた。
「あった」
木の根元に、よく似た葉が生えている。しゃがんで触れる。
「……違うね」
「別か」
「うん」
葉を持ち上げて見ると、形も少し違う。達也は配信画面へ目を戻した。
「教えてくれた人、ありがとう。似てるけど違うみたいです」
『!?』
『返事きた』
『今俺らに返事した?』
『した』
『トマトがコメント読んだ』
『初期から見てるけど初めて返事された』
『先程コメントしたものです。喜んでもらえて良かった』
『↑返事もらえてて絶許』
『さっきの人かw』
『もう一回なんか言って』
『好きな植物は?』
『トマト育ててる?』
『面の人にも質問していい?』
「……速い」
「コメントか?」
「うん」
次々と文字が流れていく。達也はしばらく画面を見ていた。
「行こうか」
「おう」
二人はまた歩き出した。しばらくして、ヘタがぴくりと前へ傾く。
「あ」
達也が足を止めた。健吾は何も言わず、周囲を見る。達也は道の脇へしゃがみ込み、植物へ手を伸ばした。
『止まった』
『今度は何だ』
『また何か見つけた?』
『葉っぱ丸くない?』
葉に触れながら、達也が呟く。
「……丸い?」
少しだけ画面を見る。
『丸い』
『さっきのより丸い気がする』
『俺も思った』
目の前の葉と画面を見比べる。
「ほんとだ」
達也はノートに書き込むと、立ち上がって土を払った。
「行こうか」
「おう」
二人はまた歩き出した。
『行った』
『今日は見てるな』
『またなんかあったら言おうぜ』
『植物探すか』
少し先で、トマトのヘタがまた小さく揺れた。
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