番外編「研究班と大学生」
番外編「研究班と大学生」
「太田主任、購入申請の確認をお願いします」
植物研究室。机に向かっていた太田は、研究員から差し出された書類を受け取った。
「増えたな」
「増えました」
ダンジョン植物の研究が進んでいる。それ自体は喜ばしい。採取して終わりだったものが、研究室へ持ち込まれるようになった。栽培するものも、加工するものも出てきた。安全な採取方法を調べる必要も出てきた。当然、それに必要なものも増える。
太田は書類を一枚ずつ確認していく。ダンジョン植物用の密閉保管容器。育成用LED。温度・湿度計測機器。固定カメラ。灰色の木の加工試験用機材。
「密閉保管容器、二十四個」
「はい」
「現在保管中が十七種。今月採取予定が四種。予備が三個か」
「二十四個ですね」
「問題ない」
次の書類。
「育成ケース、十二個」
「比較栽培が三種。それぞれ四条件です」
「十二個だな」
「はい」
次。
「固定カメラ」
「栽培記録用です」
「井上さんが自宅でやっているのと同じか」
「そうですね。定点で記録して、後から変化を確認します」
「分かった」
太田は書類を揃えた。
「これで出そう」
「お願いします」
研究員が書類を受け取り、その束を見る。
「……結構な数ですね」
「対象が増えたからな」
「まだ増えます?」
「増えるだろうな」
「ですよね。来年、どうなってるんでしょう」
「考えないようにしよう」
「主任でも?」
「主任だからだ」
ーーー
数日後。JDAの管理部門では、各研究班から提出された購入申請について、順番にヒアリングが行われていた。植物研究班からは主任の太田、魔法運用研究班からは千葉。向かいには、申請書類を確認する財務担当が座っている。
「では、植物研究班から確認します」
「お願いします」
財務担当が書類をめくる。
「密閉保管容器、二十四個。数量が多いので、内訳を確認させてください」
「現在保管中が十七種。今月採取予定が四種。残り三個は予備です」
「十七、四、三……二十四ですね」
「はい」
「育成ケース、十二個」
「比較栽培中が三種。それぞれ四条件です」
「三種、四条件。十二個」
「はい」
「育成用照明」
「光条件を揃えて比較するためです」
「温度・湿度管理設備」
「栽培環境を記録して、条件を再現するためです」
「固定カメラ」
「定点記録用です」
財務担当が頷く。
「分かりました。植物研究班はこちらで大丈夫です」
「ありがとうございます」
太田が軽く頭を下げると、財務担当は次の書類を取った。
「では、魔法運用研究班」
「はい」
千葉が返事をした。
「アクリル製実験容器、五十個」
「はい」
「使用目的……『魔力伝導条件比較試験用』」
「はい」
財務担当は申請書を読み、もう一度読んだ。
「これって、どういう試験ですか?」
「黒い石に蓄積された魔力を、植物の根を介して灰色の木へ通す試験です」
「……すみません。もう一度お願いします」
「黒い石に蓄積された魔力を、植物の根を介して灰色の木へ通します」
「聞き取れなかったわけではないです」
「ああ」
千葉が頷く。
「現在は青い花の根を使っています」
「増えましたね」
「何がです?」
「いえ。続けてください」
「はい」
「それを、この容器の中で?」
「はい。石と根を接触させた場合、接触させない場合、距離を変えた場合、根だけを近づけた場合、灰色の木を接続した場合などを比較します」
「ああ、なるほど」
財務担当が頷いた。
「試験内容は分かりました」
「ありがとうございます」
「それで五十個」
「はい」
「数量の根拠を教えてください」
「実験条件が増える可能性があります」
「現時点では何条件を予定しています?」
「まだ分かりません」
「……」
「反応が出れば、そこから条件を増やします」
「どのくらい?」
「まだ分かりません」
「最終的に必要な容器の数は?」
「まだ分かりません」
「では、なぜ五十個なんです?」
「足りなくなると困るので」
「そうではなく」
「必要な条件数がまだ分からないんです」
「それは分かりました」
「はい」
「五十という数字はどこから?」
「百個では多いと思ったので」
沈黙が落ちた。財務担当が太田を見る。太田は静かに視線を逸らした。
「太田主任」
「研究班が違います」
「まだ何も聞いてません」
「研究班が違います」
「……はい」
千葉が首を傾げた。
「五十個では駄目ですか?」
「現時点で、試験を始めるために必要な数はいくつですか?」
「二十個あれば始められます」
「では、今回は二十個で申請してください」
「分かりました」
「追加で必要になった場合は、改めて申請をお願いします」
「分かりました」
「お願いします」
「はい」
千葉が頷き、財務担当も頷く。
「でも、それだと二度手間になる可能性がありますよ?」
財務担当の手が止まった。
「……そうですね」
「最初から五十個なら一度で済みます」
「数量の根拠がありません」
「だから二十個から始めます」
「はい」
「足りなかったら追加申請します」
「はい」
「二度手間ですね」
「それでお願いします」
「分かりました」
千葉は納得した。財務担当は一つ息を吐き、書類を横へ置いた。
「続いて、植物研究班と魔法運用研究班の共同試験です」
「はい」
太田が答える。
「光属性による植物育成への影響比較」
「実働部隊の足立さんに協力してもらっています」
「具体的には?」
「一定条件で光属性の魔法を箱に入れてもらい、それを植物の育成試験に使っています」
「なるほど」
財務担当が書類をめくり、その手が止まった。
「……また箱ですね」
「育成試験用です」
「先ほどの十二個とは?」
「別です」
「千葉さんの二十個とも?」
「別です」
「全部別」
「はい」
財務担当が机の上の申請書を見る。
「今年、箱多くないですか?」
「必要なので」
太田が答えた。
「実験なので」
千葉も答えた。
「聞く相手を間違えました」
「そうですか?」
「はい」
財務担当は次の書類へ進んだ。
◇◇◇
その日の昼、大学の学食で、幸は友人二人と昼食を取っていた。午後の講義が終われば、一人はアルバイトへ行く。もう一人も別のアルバイト。幸はJDAへ向かう予定だった。
「明日は?」
「空いてる!」
「じゃあ駅前行こうよ。新しいアイスの店できたじゃん」
「行く!」
友人がスマートフォンを取り出し、店の情報を見せる。期間限定のアイスが大きく表示されていた。
「これ美味しそう!」
「でも高いよ」
「……ほんとだ」
「幸、今月厳しい?」
「ちょっと使っちゃって……」
「何に?」
「……服」
「何着?」
「……三着」
「三着」
「……あと靴」
「買ったねえ」
「だって可愛かったんだもん!」
気に入ったものを見つけると、つい欲しくなる。今回も少し買いすぎた自覚はある。
「その服って探索用なの?」
「違うよ。普通に着る服」
「あ、そっちなんだ」
「探索用に三着も買わないよ」
「そういえば幸、探索って配信してるんだよね?」
「……してるよ。義務だから」
「配信、見てみたい」
「嫌」
即答した。
「顔出してないんでしょ?」
「アバターだから出てないけど、嫌」
「じゃあ何のアバターか教えて」
「それも嫌」
「なんで?」
「それ教えたら、なんのためにアバター選んでるか分からなくなっちゃうじゃん!」
顔も名前も出さずに活動できる。幸にとって、アバターの一番ありがたいところはそこだった。もちろん、今使っているアバターもかなり気に入っている。それでも、大学の友人に教えるつもりはなかった。
「友達にも秘密なんだ」
「友達だから見られるの恥ずかしいの」
「ふーん」
「なに?」
「いや、どんなの選んだのかなって」
「教えないよ」
「残念」
友人は笑って、それ以上は聞かなかった。幸もほっとして、昼食に戻る。
探索で実際に着ているのは、アバターとはまるで違う格好だった。長袖に長ズボン、手袋、動きやすく丈夫な靴。枝に引っかからず、転んでも怪我をしにくいものを選んでいくうちに、自然とそうなった。可愛い服は好きだ。できることなら、探索するときだって好きな格好をしたい。けれど、怪我をしてまで着たいとは思わない。だから、可愛い格好はアバターですればいい。今の幸は、それで十分だった。
ーーー
午後の講義が終わった。
「じゃあ明日ね」
「うん!」
「幸はJDA?」
「うん」
「気をつけてね」
「ありがとう。また明日!」
大学を出たところで、三人は別れた。一人はアルバイトへ。一人も別のアルバイトへ。幸はJDAへ。鞄には大学の教科書と、その隣に探索用の着替えが入っている。
歩きながらスマートフォンを取り出し、今日の予定を確認した。装備確認。第三階層。
「あ、今日三階層だ」
スマートフォンを鞄へ戻す。明日のアイス、どうしようかな。幸はそんなことを考えながら、駅へ向かった。
◇◇◇
数日後。JDA管理部門。
「失礼します」
「はい」
先日の財務担当が顔を上げた。
「魔法運用研究班から、追加の購入申請です」
「……何の?」
「アクリル製実験容器です」
財務担当の手が止まった。
「何個です?」
「三十個です」
「…………」
「こちらに置いておきますね」
「……はい」
お読みいただきありがとうございました。
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