第十三話「土のゆくえ」
第十三話「土のゆくえ」
ダンジョン第三階層。
木漏れ日が斑に落ちる林の中で、達也はしゃがみ込み、足元に咲く青い花をじっと見つめていた。
「……ケンちゃん」
「どうした?」
「この花、ちょっと変かも」
少し離れた場所で周囲を警戒していた健吾が、視線だけを達也の方へ向ける。
「どこが?」
「葉っぱ。周りのより色が濃い」
「……そうか?」
「うん。それに、この辺りだけ土が硬い」
達也は手袋をした指先で、花の根元をそっと掘ってみる。周囲の柔らかな土とは明らかに違い、少し掘っただけで指先に硬いものが当たった。
「ほら」
土の中から現れたのは、小さな黒い石だった。丸みを帯びてはいるが、表面はざらざらとしている。
少し横を掘る。また一つ。さらにもう一つ。
「この辺だけ、これが多いんだよね」
健吾も近くの地面へ視線を落とす。
「確かに、少し離れると見当たらないな」
「でしょ?」
達也は青い花へ視線を戻した。
「それに、根っこが伸びにくそうなんだよなぁ」
「土が硬いからか?」
「それもあると思う。でも、この石が何か関係してるかもしれない」
「石の方は分かるのか?」
「全然」
「植物じゃないもんな」
「うん」
達也はあっさりと頷くと、青い花を一本丁寧に採取し、根についた土を落とさないよう慎重に袋へ収めた。続いて、周囲に散らばっていた黒い石をいくつか拾い上げ、別のサンプル袋へ入れる。
健吾はそれを横目に、少し離れた場所の地面へ視線を移した。
「こっちにはないな」
「花は?」
「青いのはない」
「じゃあ、その辺も記録しておこう」
達也はリュックから100均ノートを取り出し、ページを開いた。ボールペンの先が、いつものように迷いなく走る。
【青い花】
第三階層林地。
周辺と比べて葉の色が濃い。
根元の土は硬め。黒い石が多い。
少し離れた場所では黒い石を確認できず。
【黒い石】
青い花の周辺に複数。
植物への影響――不明。要検証。
「よし」
「写真も撮っとくか」
「あ、お願い」
健吾が端末を取り出し、青い花と周辺の地面を何枚か撮影していく。その間に達也は採取袋をリュックへしまい込んだ。
「これでいいか?」
「うん。ありがとう」
「じゃあ行くぞ」
「ちょっと待って」
「今度はどうした?」
「そこの草も見たい」
「……分かった」
健吾は小さく息を吐き、周囲へ視線を配りながらその場で待つことにした。
ーーー
その日の夕方、採取した植物を提出するため、達也と健吾はJDAの素材解析室を訪れていた。受付を済ませたところで、植物研究班の太田敬介が奥から顔を出す。
「井上さん。ちょうどよかった」
「何かありました?」
「少し紹介したい方がいまして」
案内された先には、一人の青年が待っていた。達也と同年代か、あるいは少し若いくらいだろう。丈夫そうな作業着姿で、日に焼けた手には細かな傷がいくつも残っている。青年は達也を見ると、すぐに立ち上がった。
「初めまして。高城透といいます」
「井上達也です。よろしくお願いします」
二人が軽く頭を下げ合う。
「高城さんには、外部協力者としてJDAの鉱物調査に参加していただいています」
太田が説明を挟む。
「高城さんも土属性の適性者なんですよ」
「土属性?」
達也が高城へ目をやった。
「はい」
高城は自分の手のひらを見つめながら、少し照れくさそうに笑う。
「俺の場合は、石とか鉱物ですね。触ると、なんとなく性質が分かるんです」
「なんとなく?」
「硬そうとか、脆そうとか。魔力が通りやすそうとか、逆に通りにくそうとか。そういう感じです」
「名前も分かるんですか?」
「いや、そこまでは」
「ああ」
達也は納得したように頷いた。
「僕も植物の名前までは分かりません」
「そうなんですか?」
「はい。水が欲しそうとか、こういう土が好きそうとかは分かるんですけど」
「……似てますね」
「似てますね」
高城が少し嬉しそうに笑みを深めた。
「井上さんのことは聞いてます。植物なら井上さん。鉱石なら俺です」
「それはすごいですね」
「……そこはもう少し張り合ったりしないんですか?」
「え、どうしてです?」
「いや……同じ土属性ですし」
「でも、僕は石のこと全然分かりませんから」
「ああ……」
高城が妙に納得したような顔になる。
「じゃあ、俺と逆ですね。俺は植物なんて見ても、草だなとしか」
「僕も石を見ても、石だなとしか思いませんよ」
二人が顔を見合わせた。
「……なんか分かる気がします」
「分かりますよね」
「いや、お前らのその会話、俺には全然分からんぞ」
横で聞いていた健吾が、呆れた声を挟む。高城が笑った。
「でも、ちょっと安心しました。井上さんの話を聞いて、同じ土属性なのに全然違うなと思ってたんですよ」
「僕もです。土属性って、石とか土を動かす人だけじゃないんですね」
「みたいですね」
「あ」
そこで達也が何かを思い出したように顔を上げた。
「そうだ。高城さん。今日、ちょうど変な石を拾ったんですけど、見てもらってもいいですか?」
「もちろん」
達也は採取袋を漁り、小さな袋を取り出す。中には、先ほど拾った黒い石がいくつか入っていた。
「第三階層で見つけました」
「どの辺です?」
「林の中です。青い花が咲いてたところ」
「花の近く?」
「というより、根元ですね。この石がそこだけ多かったんです」
「なるほど」
高城が一つ受け取り、何気なく指の腹で表面をなぞる。その手が、ふと止まった。
「……これ」
「何か分かります?」
「ちょっと待ってください」
もう一度、ゆっくりと指先を滑らせる。しばらく黙り込んだあと、高城が首を傾げた。
「……変わってますね」
「変わってる?」
「たぶんですけど、魔力が中に留まりやすい感じがします」
「へえ」
「普通の石だと、もっと抜けるというか、散るというか……」
高城は手の中で黒い石をゆっくりと転がした。
「これは、抱え込む感じがするんですよね」
達也も黒い石へ目を落とす。やはり、どこにでもある石にしか見えなかった。
「やっぱり石のことが分かるんですね」
「そこは一応、専門なんで」
「すごいなぁ」
「井上さんも植物相手なら同じでしょう」
「そうなのかな」
「そうですよ」
健吾が横から即答する。
「なんで足立さんが答えるんです?」
「こいつ、自分じゃ分かってないから」
「ああ」
「納得しないでよ」
太田が黒い石を横から覗き込む。
「高城さん。これまでに似たものは?」
「似た感覚のものならあります。ただ、これが本当に同じ性質なのかは、ちゃんと調べないと」
「では、鉱物解析へ回しましょう」
「お願いします」
高城が頷いた。
「井上さん。この石があったところだけ、花の葉が濃かったんですよね?」
「うん。それと、土も少し硬かった」
「……気になりますね」
「僕もそれで持ってきたんです」
「次に同じ花を見つけたら、その周りも見てもらえます?」
「分かりました」
「俺もこっちを調べてみます」
「じゃあ、分かったこと交換しましょうか」
「いいですね」
二人はあっさりと頷き合った。健吾がその様子を眺めながら、ぽつりと呟く。
「……お前ら、仲良くなるの早いな」
「そう?」
「そうですか?」
「もういい」
健吾は考えるのをやめた。
ーーー
サンプルの受け渡しを終えたところで、太田は机の上に並んだ二つの資料へ目を落とした。一つは、達也が提出した植物の記録。もう一つは、高城がこれまで提出してきた鉱物の調査記録だった。
「……高城さん。今後の鉱物調査ですが、少し記録の取り方を変えてみませんか?」
「記録ですか?」
「ええ」
太田が達也の資料を指し示す。
「発見場所、周辺環境、実際に確認できたこと。それから、まだ確認できていないこと」
続いて、高城の資料へ視線を移した。
「対象は植物と鉱物で違いますが、共通して残せる情報は多そうです」
高城も二つの資料を見比べる。
「同じ形で記録するってことですか?」
「完全に同じにする必要はありません。ただ、ある程度形式を揃えておけば、後から関連する情報を探しやすくなります」
「ああ……今回みたいなときとか?」
高城が黒い石へ目をやった。
「そうですね。植物の記録と鉱物の記録を別々に残すだけでは、関係を見落とす可能性がありますから」
達也も二つの資料を覗き込む。
「……みんなでノートを書くみたいですね」
「まあ、かなり大規模ですが」
「これ、井上さんが考えたんですか?」
高城が尋ねた。
「考えたっていうほどじゃないですよ」
「誰かに教わったとか?」
「いえ」
達也は少し考えてから答える。
「間違ってたら困りますから」
「なるほど」
「あと、忘れますし」
「そっちもあるんですね」
「かなりありますよ」
太田が小さく笑った。高城は達也の資料をもう一度見つめてから尋ねる。
「じゃあ、俺もノート買った方がいいですかね」
「使いやすいですよ。百均の」
「ノートも百均で統一ですか?」
「そこは統一しません」
太田が即答した。健吾が笑い、高城もつられて笑う。達也だけが、
「百均でも結構使いやすいんですけどね」
と、不思議そうに首を傾げていた。
ーーー
帰り道、駅へ向かって健吾と並んで歩きながら、達也は今日会ったばかりの高城のことを考えていた。
「いろんなことに詳しい人がいるんだなぁ」
「お前がそれを言うか」
「え?」
「世間じゃお前も、その『詳しい人』の一人だよ」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
健吾が呆れたように笑う。
「僕はただ、気になる草を見てるだけなんだけどね」
「高城も似たようなこと言いそうだな」
「ああ、言いそう」
達也も笑った。
やがて駅に着く。
「じゃあな、たっちゃん。また来週末」
「うん。またね、ケンちゃん」
改札で健吾と別れ、達也は家へ帰った。手を洗い、お湯を沸かす。その間に机へ向かい、今使っている100均ノートを開いた。今日のページを探し、【黒い石】の下へ書き足す。
高城さん所見。
魔力を内部に留めやすい可能性あり。
鉱物解析へ。詳細――要検証。
少し考えてから、さらに一行を加えた。
青い花との関係――不明。
次回、周辺を確認。
「よし」
パタンとノートを閉じる。ちょうどそのとき、キッチンから湯の沸いた音が聞こえてきた。
「あ、お湯」
達也は立ち上がると、そのままキッチンへ向かった。
お読みいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。




