番外編「平日の実働部隊」
番外編「平日の実働部隊」
月曜の朝。健吾は、JDA実働部隊の詰所で装備を整えていた。週末とは違い、身につけているのは実働部隊用の装備だ。防具の留め具を締め直し、大剣を背負う。
「足立、準備できたか」
声をかけてきたのは、警察時代の先輩にあたる坂口康介だった。警察庁からの出向官で、風属性の適性者。周囲の空気の流れを捉えることを得意とし、この混成チームでは現場リーダーを務めている。
「はい。いつでも」
詰所の奥では、すでに一人の男が黙々と装備を確認していた。陸上自衛隊から派遣されている瀬戸薫だ。土属性の適性を持ち、地面を隆起させたり、圧し固めたりする能力を得意としている。その性質から、現在のチームでは前線で防壁を作ることが多い。
「瀬戸も準備できてるな」
「はい」
短い返事だけが返ってくる。瀬戸はそれ以上何も言わず、装備の確認を続けた。健吾も自分の大剣へ視線を戻す。
そこへ、詰所の扉が開いた。
「おはようございます」
入ってきたのは、ダンジョン用の装備に身を包んだ女性だった。国立病院から出向している医師、白石恵美。水属性の適性者だ。ダンジョン内部で負傷者が出た際、搬出まで十分な医療行為を行える人員が必要になったことから、比較的早い時期に実働部隊へ加わった。今では健吾たちと何度も現場へ入っている。
「白石先生、今日はよろしくお願いします」
「その呼び方、ここだとまだ慣れないんですよね」
「医者なんだから先生でしょう」
「病院なら気にならないんですけど」
白石は苦笑しながら、医療バッグの中身を確認する。止血材。薬剤。固定具。縫合用の器具。通常の救急用品に加えて、ダンジョンで得られた素材を利用した検証中の薬や、JDAで試験運用されている器具もいくつか収められている。まだ正式な標準装備ではない。それでも、現場でしか確かめられないこともある。
「白石がいるから多少の負傷なら現場で対応できる。ただし」
坂口が全員を見る。
「怪我していいって意味じゃないからな」
「誰に言ってるんです?」
「全員だ」
「ですよね」
そのとき、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「す、すみません!」
若い男が詰所へ飛び込んでくる。JDAが直接採用した杉本翔太だった。
「間に合った……!」
「杉本」
「はい!」
「五分前行動」
「……はい」
杉本は火属性の適性者だ。このチームでは一番の新人で、実働部隊へ加わったのも最も遅い。炎を飛ばす。広げる。一定時間、一か所に留める。訓練を重ね、できることは増えてきている。それでも、ダンジョン発生後の早い段階から現場に立ってきた坂口たちと比べれば、経験の差は大きい。
「これで実働班は全員だな。それと、今日は調査に二人同行する」
坂口の言葉に合わせて、奥から資料を抱えた男が姿を見せた。JDA植物研究班の主任、太田敬介だった。
「今日は現地調査に同行させてください」
「太田さんが直々に来るってことは、例の件ですか」
健吾が尋ねると、太田は頷いた。
「ええ。第二階層の環境を、もう一度調べておきたいんです」
「それと、調査機材の搬送で相馬が入る」
太田の後ろから、大きなケースを二つ持った男が姿を見せた。
「今日はよろしくお願いします」
JDAに特別雇用されている相馬陸だった。風属性の適性者で、探索者や研究班の荷物、採取物などの搬送を担当することが多い。
「相馬さんも風属性なんですよね?」
杉本がケースを見ながら尋ねた。
「そうですよ」
「坂口さんと同じだ」
「属性は、ですね」
相馬はそう答えて、二つのケースを持ち直した。その周囲を、緩やかな風が流れている。
「俺は坂口さんみたいな使い方はできませんよ。こうやって荷物を支えたりする方が得意なので」
「軽くなるんですか?」
「正確には、下から風で支えてる感じですね。重さがなくなるわけじゃないです」
「へえ……便利ですね」
「荷物運びにはね」
「相馬」
坂口が呼ぶ。
「はい?」
「話は車でやれ。出るぞ。杉本も」
「あ、はい」
「はい!」
全員がそれぞれの荷物を持ち、詰所を出た。
ーーー
「今回の任務は、第二階層で報告が相次いでいる、本来ならもっと深い階層にいる魔物の異常出現についてだ」
移動中の車内。坂口が資料を配る。
「第五階層以下でしか確認されていなかった大型種が、ここ一か月で三度、第二階層付近で確認されている」
「深いところから上がってきてるってことですか?」
杉本が尋ねた。
「それも含めて調べる。階層を移動してきたのか。それとも第二階層で発生したのか。まだ何も決まっていない」
「今日は、周辺環境も含めてその手掛かりを探します」
太田がそう続けた。
「相馬さん、お願いします」
「はい」
相馬が足元に置いていたケースを太田の前へ移動させる。太田がケースを開くと、中から持ち運びできる程度の大きさの機械が出てきた。小さな液晶画面に、太いケーブル。先端には透明な筒が取り付けられ、その中央に親指ほどの大きさの黒い石が固定されている。
杉本が覗き込んだ。
「それ、魔石ですか?」
「そうです」
「太田さんのところで作ったんですか?」
「いえ。魔法運用研究班から借りてきました。周囲の魔力濃度を測るための試作機だそうです」
「魔石で魔力を測れるんですか?」
「正確には、魔力を受けた魔石の変化を測っているそうですよ」
「そうです?」
首を傾げる杉本に、太田は苦笑した。
「そこから先は私の専門じゃありません。詳しく知りたければ、魔法運用研究班に聞いてください」
「あ、太田さんは植物でしたね」
「そうです。私が見るのは植物と、その周辺環境です」
太田が透明な筒を指す。
「今回は魔力濃度も一緒に記録して、植生や地質、魔物の出現状況と比較します。最近になって、ようやく数値が安定してきたそうなので、現場でも使ってみてほしいと」
「前は駄目だったんですか?」
「同じ場所で三回測って、三回とも違う数字が出たそうです」
「それ、測れてるって言うんですか?」
「だから使えなかったんでしょうね」
「ああ……」
杉本が納得する。
「今の型なら、同じ条件で測ればかなり近い数字が出るそうです。ただし、まだ絶対的な単位と呼べるほどではありません」
「場所ごとの比較用?」
白石が尋ねる。
「今のところは、そう聞いています。入口付近より高いとか、前回より上がったとか。その程度なら比較できるそうです」
太田は計測器をケースへ戻した。
「それでも大進歩じゃないですか」
「ええ。数字として比較できるものが一つ増えるだけでも助かりますから」
ーーー
第二階層。指定された場所へ到着すると、相馬が計測器の入ったケースを地面へ下ろした。
「ここでいいですか?」
「はい。ありがとうございます」
太田は計測器と一緒に、調査票を取り出した。まず周囲を見渡し、地面の状態、生えている植物、木々の密度を記録してから、計測器の電源を入れる。
透明な筒の中で、魔石がわずかに白く濁った。液晶の数字が上下し、やがて一定の範囲で落ち着く。
「……高いですね」
「どのくらいです?」
「入口付近を一とした場合、ここは三・七前後」
「三倍以上?」
「単純に魔力が三・七倍という意味ではありませんよ」
「あ、そうでした」
杉本が頭を掻く。
太田は場所を変え、周辺環境を記録しながら何度か測った。そのたびに、相馬もケースを持って移動する。
「三・五……三・八……」
少し離れても、高い。太田は数字だけでなく、周囲の植物にも目を向けた。
「この一帯ですね」
「原因は?」
坂口が尋ねる。
「まだ何とも。地下から何か影響しているのか、この場所に何かあるのか、それとも――」
「止まれ」
坂口が片手を上げた。全員が即座に動きを止める。
健吾は大剣へ手をかけた。瀬戸は坂口を見る。白石が太田と相馬のそばへ移動する。杉本だけが一瞬遅れ、それに気づいて慌てて構えた。
坂口が目を閉じると、周囲を流れていた風が変わった。木々の間を抜け、茂みを撫で、さらにその奥へ。相馬が静かにその様子を見る。同じ風属性でも、自分にはできない使い方だった。
「右前方」
坂口が目を開けた。
「距離六十。でかいのが一体。こっちへ来る」
次の瞬間、遠くで木が大きく揺れた。
「太田さん、相馬さん、後ろへ」
白石の声に、相馬は計測器のケースを持ち上げ、すぐに太田とともに後方へ下がった。
「杉本」
「はい!」
「最初はお前だ。倒そうとするな。進路をこっちへ向けろ」
「了解!」
杉本が前へ出る。茂みの奥から轟音が響き、枝が折れ、木々の間から巨大な影が飛び出した。
「うわ……」
体長三メートル近い、大型の甲虫型魔物。黒褐色の甲殻に全身を覆われ、頭部から太い角が伸びている。本来なら、この階層で見るはずのない個体だった。
「杉本!」
「はい!」
杉本が右手を突き出す。拳ほどだった火球が、一気に膨らんだ。
「行けっ!」
放たれた火球が甲虫の正面で炸裂し、爆音とともに炎が巨体を包む。だが、その炎を突き破って、甲虫が飛び出してきた。
「っ、止まらない!」
「止めなくていい! もう一発、左!」
「はい!」
二発目は、甲虫の左前方の地面で炸裂した。甲虫がそれを避けるように進路を変える。
「瀬戸!」
「はい」
瀬戸が前へ出て、片足を強く踏み込んだ。地面が鳴り、土が一気に隆起して分厚い壁が立ち上がる。
直後、甲虫が正面から激突した。轟音とともに土が飛び散り、壁に亀裂が走る。瀬戸の身体がわずかに後ろへ押される。
それでも。
「止めました」
「足立、右!」
「はい!」
健吾が大剣を抜いて駆け出した。壁に止められた甲虫が健吾へ向きを変え、巨体に似合わない速さで角が迫る。
健吾が左手を開いた。
白い光が爆ぜる。視界を塗り潰すほどの閃光に、甲虫の頭が大きく揺れた。その横を抜けながら、大剣を振り抜く。
狙ったのは甲殻ではない。前脚の付け根――甲殻と甲殻のわずかな継ぎ目へ、刃が食い込む。硬い感触の奥で、何かが断ち切れた。一本の脚が崩れる。
「坂口さん!」
「そのまま行け!」
風が唸った。横殴りの暴風が甲虫へ叩きつけられ、片脚を失った巨体が傾く。後方で、相馬が思わず目を細めた。荷物を支える自分の風とは、まるで違う。
「瀬戸!」
「はい!」
今度は壁ではない。甲虫の下の地面が盛り上がり、土が残った脚へ絡みついて、巨体を地面へ縫い止めた。
「杉本! 右後ろ!」
「はい!」
杉本が両手を突き出すと、炎が走った。甲虫の退路を塞ぐように、地面に火が広がる。暴れる甲虫が、炎を避けて身体を反対側へ捻った。
その先には、すでに健吾がいる。
「――そこだ!」
振り下ろされた大剣が、首と胴の継ぎ目へ深く食い込んだ。甲虫が絶叫し、土を弾き飛ばしながら激しく暴れる。
「足立、離れろ!」
坂口の声に、健吾が大剣を引き抜いて飛び退く。直後、甲虫の角が、今まで健吾がいた場所を薙ぎ払った。土が大きく抉れる。
「まだ動きます!」
後方から白石の声が飛ぶ。
「分かってる!」
甲虫が頭を持ち上げた。最後の突進。
だが。
「させるか!」
坂口が腕を振ると、風が甲虫の顔面へ叩きつけられた。巨体がわずかに逸れる。ほんの一瞬。それで十分だった。
健吾が踏み込み、大剣を両手で握る。
「――っ!」
二撃目。首元の同じ場所へ、刃を叩き込んだ。
甲虫の身体が大きく震え、そして、力が抜けた。
「待て」
坂口が手を上げる。誰も近づかない。数秒、甲虫の周囲を風が流れた。
「……動きなし。討伐完了」
「はぁぁぁ……」
杉本が大きく息を吐く。
「杉本、怪我は」
「ないです!」
「白石」
「見ます」
白石がすぐに杉本のところへ向かった。
「両手出してください」
「え? どこも怪我してないですよ?」
「いいから」
杉本が手袋を外すと、右手の指先がわずかに赤くなっていた。
「ほら」
「……これくらいなら」
「火属性だからって、自分の火で火傷しないわけじゃないでしょう」
「はい……」
白石は赤くなった範囲を確認する。
「痛みは?」
「少しだけ」
「痺れは?」
「ないです」
「指、動かして」
杉本が何度か曲げ伸ばしする。
「大丈夫そうですね。冷やしておきましょう」
白石が手をかざすと、掌の上に水が生まれた。それを直接傷へかけるのではなく、一度小さな容器へ移し、簡易検査を済ませてから杉本の指先を冷やす。
「冷たっ」
「冷やしてるんですから」
「白石先生、容赦ないっすね」
「医師ですから」
「それ関係あります?」
「あります」
「あるんだ……」
健吾は大剣についた汚れを払いながら、そのやり取りを聞いていた。
ーーー
「……上がってますね」
戦闘後、太田が再び計測器を地面へ向けていた。透明な筒の中の魔石が、先ほどより濃く白濁している。
「四・二……四・三」
「さっき三・七でしたよね」
杉本が覗き込む。
「ええ」
「じゃあ、あいつがいたから上がった?」
「それが分かれば、今日の調査は終わりなんですが」
「あ……」
太田が苦笑する。
「魔物がいたから濃くなったのか。魔力が濃い場所だから、あの個体がいたのか」
「ここで発生した可能性もありますね」
白石が言う。
「あります。そもそも『深い階層から上がってきた』という前提自体が間違っている可能性もあります」
太田はバインダーを開いた。数字を書き込み、その横に周辺の植生や地面の状態も記録する。
「なので、しばらく測ります」
「地味ですね」
「研究なんて、大体そんなものですよ。今日の四・三が来週四・五になるのか、三・〇になるのか。それだけでも情報になります」
場所、時刻、魔力濃度、周辺環境、確認された魔物。戦闘前と戦闘後。太田が一つずつ調査票へ記入していく。
「相馬さん、もう少し向こうでも測ります」
「はい」
相馬がケースを持ち上げるのを見て、杉本がふと坂口へ視線を向けた。
「同じ風属性でも、全然違うんですね。坂口さんと相馬さん」
坂口は一度、相馬の方を見た。
「ああ。相馬みたいな細かい使い方は俺には向いてない」
「坂口さんでも?」
「持ち上げるくらいならできるぞ」
「中身が精密機器なんでやめてください」
相馬がすぐに言った。
「ほらな」
「何が、ほらな、なんですか」
相馬は呆れながら計測器を運んでいく。太田がその後を追い、別の場所で測定を始めた。数字が落ち着くのを待つ間、足元に生えている植物を確認する。
「……四・一」
数値を書き込み、植物の種類と地面の状態を記録する。そこで、太田の手が止まった。
「……もう一つ、欲しいですね」
「何がです?」
健吾が尋ねる。
「比較するための記録です。この大型種がこれまで確認されていた、第五階層より下のデータが欲しい」
「第二階層と深いところを比べる?」
「ええ。第二階層だけを調べても、ここの数値や環境が特殊なのか判断できません。大型種が通常確認されている場所の魔力濃度や周辺環境と比較したいんです」
坂口が腕を組んだ。
「今日は無理だな」
「もちろんです。予定外の階層へ進んでいただくつもりはありません」
「別日に調査を組むか」
「可能ならお願いします」
「計測器は?」
「操作方法自体は難しくないそうです。指定した場所で数値を記録してもらえれば、詳しい解析は魔法運用研究班に回せます」
「太田さんも行くのか?」
「できれば私も植物を確認したいところですが」
太田は少し考えた。
「深い階層なら、私が同行するより実働部隊だけで動いてもらった方が安全でしょう。必要な記録項目はこちらでまとめます」
「その方がいいな」
坂口が頷き、メンバーを見回した。
「足立。次の深層調査、お前も入れ。瀬戸もだ」
「了解です」
「はい」
「杉本、お前も」
「俺もですか?」
「経験積まないで、いつ経験者になるんだ」
「……はい!」
「返事だけはいいな」
坂口が小さく笑った。
「白石にも同行してもらう。日程は戻ってから調整する」
「分かりました」
白石が答えると、太田は新しい用紙を取り出した。
「魔力濃度だけではなく、周辺環境もお願いします。地質、植生、確認できた魔物。それから、見慣れない植物や鉱物があれば記録を」
「採ってくるんですか?」
杉本が尋ねる。
「安全に採取できるものだけで構いません。無理なら写真と位置情報だけで十分です」
「植物は太田さんのところ?」
「植物はこちらで。鉱物は専門の協力者に確認してもらいます」
「専門の人もいるんですね」
「いますよ」
健吾はその言葉を聞きながら、周囲を見た。地面。木々。岩。さっきまでなら、魔物が潜んでいないかを見るためのものだった。次は、それ以外も見なければならないらしい。
「……見るもの増えたな」
「何か言ったか?」
坂口が振り返る。
「いえ。なんでもないです」
「じゃあ警戒続けろ」
「はい」
健吾は大剣を背負い直した。
ーーー
帰りの車内。相馬が最後に積み込んだ調査機材を固定し、席へ戻る。杉本は窓の外を眺めながら、珍しく静かだった。
「どうした」
健吾が声をかけた。
「……俺、全然倒せなかったなって。あの甲虫」
「そりゃそうだろ」
「即答!?」
杉本が振り向いた。
「だって、お前が倒す役じゃなかっただろ」
「でも俺の火球、ほとんど効いてなかったじゃないですか」
「効かせる場所が違う」
「場所?」
「最初にお前が撃ったから、あいつがお前を見た」
健吾は指を一本立てる。
「二発目で進路を変えたから、瀬戸が正面から止められた」
二本目。
「瀬戸が止めたから、俺が横へ回れた」
三本目。
「俺が脚を落としたから、坂口さんが崩せた」
四本目。
「最後も、お前が炎で退路を塞いだから、俺の方へ身体を向けた。全部つながってんだよ」
杉本が黙る。
「一人で全部やろうとすんな」
健吾は座席へ背を預けた。
「チームなんだから」
「……はい」
しばらく、車の振動だけが続いた。
「足立さんも、最初はそんな感じだったんですか? 自分で倒さないと、みたいな」
「あったな」
「今は結構、周り見てますよね。やっぱり経験ですか?」
「それもある」
健吾は少し考えた。周りを見る。敵を見る。仲間を見る。足元を見る。それができなければ、現場では誰かが怪我をする。昔よりは、随分と身についた。
それに最近は――。
「……週末にも、ちょっと特殊な仕事してるからな」
「特殊な仕事?」
「護衛」
「へえ。足立さんが?」
「ああ」
「大変なんですか?」
健吾は答えようとして、少し考えた。
「……まあ」
危険な魔物が出ても、気になる植物を見つければそちらを見る。戦闘が終わったと思えば、いつの間にかしゃがみ込んでいる。周囲を警戒しているこちらへ飛んでくるのは、危険を知らせる声ではない。
――そこ、草あるから踏まないで。
そんな言葉だったりする。
「周りを見る訓練にはなるな」
「そんなに?」
「なる」
「どんな人なんです?」
「……普通の会社員」
「会社員?」
「会社員」
少し離れた席で、相馬がその言葉に顔を上げた。だが、健吾は気づかない。杉本はますます分からないという顔をした。
「まあ、そのうち分かるかもな」
健吾はそれ以上説明せず、窓の外を流れていく景色を見た。
次の調査では、さらに深い階層へ入る。魔物だけではない。地面、植物、石――今までなら気にも留めなかったものまで、記録してこいと言われた。
健吾は小さく息を吐いた。
「……本当に見るもの増えたな」
「何か言いました?」
「いや」
そして週末になれば、たぶんまた、別の意味で足元を見ることになる。
「なんでもない」
健吾は少しだけ笑った。
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