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【第三話 浄化じゃなくて転移でした】

「おい、啓敏(ケビン)。起きろ。俺たち生きてたぞ」



 死神から起こされて、僕は目を覚ましたんだ。



 仰向けに寝ていた視界に飛び込んできたのは、見たこともない大き過ぎる三日月が向かい合わせで二つ。空に並んで浮かんでいたんだよ。



「月が二つもあるな……」


「あぁ、そうだ。啓敏(ケビン)がノンビリと寝てるうちに、その辺を歩いてみたけどよぉ〜。この辺には民家が一件も無かったぜ?」


「僕はどれくらい寝てたんだ?」


「死神時間では五分ってとこかな?」



 死神時間の五分がどれくらいなのか、さっぱりわからなかったけど、眠気も無かったからさ。とりあえず、歩き始めたのさ。



「お? 啓敏(ケビン)にはどっちに民家があるのかがわかるのか?」


「いや、知らない。ただ漠然と歩いてるだけさ。それよりも女神は何故、僕らを浄化しなかったんだ?」


「あぁ、それなら簡単さ。女神だからさ。女神は慈悲深いんだよ……ってのは建前で、罰を与える立場でもある。つまり、俺に対する罰がこれって事さ」


「それじゃ、ここは死神にとって最悪な世界なのか? 僕に対する罰は?」


「たぶん、さっきの女神は俺にチャンネルを合わせてたんだよ。俺って死神だろ? 人とは別の次元で生きてるからさ〜。死神のチャンネルに合わせてると人の事は見えてないのさ。本来は人は死神の事を見れないだろ? それと同じだな」



 チャンネルと言われると、妙に納得出来てしまったんだ。



 そう言えば日本に住んでた頃の死神は歩くことが無かったんだ。宙に浮いてるというか、平行移動というか、歩かなくても移動してたんだよ。スーッとね。でも、この世界に来てからは、ずっと歩いてた。僕はすぐに死神が歩いてることに気づいていたけど、僕もここが何処なのかわからないように、死神もここが何処なのかを知ってるはずもないからさ。聞いても無駄だろ? だから、あえて聞かなかったんだ。



啓敏(ケビン)、こっちの方向に何にも無かったらどうするんだ?また元の位置まで戻るのか?」


「いや、元いた場所には戻らないよ。日が昇るまではこのまま進んで、太陽が何処から登るのかを見てから決めようぜ。もしかしたら、この世界は地球みたいな球体じゃなくて平面かもしれないからね。もしも平面なら端っこを見てみたいよね?」


「ケケケ、世界の端っこは俺も見てみたいぜ」



 そんなくだらない話をしながら歩いてたんだよ。かれこれ三時間歩いたかな。



 僕も死神も目を疑ったよ。だってさ、目の前から誰か歩いてくるんだもん。しかも、五人もこちらに歩いて来るからさ。僕も死神も少しだけ焦ったんだ。



啓敏(ケビン)、なんかヤバそうな奴らが歩いてくるぜ?」


「暗くてよく見えないけど、人だよな?」



 五人のシルエットしか見えてないけど、間違いなく人の形をしてたんだよ。



 奴らが目視で顔が見える距離まで近づいた時、僕は不覚にもかなり驚いてしまったっけ。



 だってさ、その五人は死んでんだもん。



 どうして死んでるかがわかったかと言うとさ、映画やドラマでよく見るアレだ。そう。ゾンビ。ゾンビが五人も僕の方を見つめて、まっすぐ歩いてきてるんだもん。そりゃあビビるでしょ。



 でもさ、今さっき、Bの遺体を自分で蘇らせたばかりだろ?なんだか、だんだん冷静になってきたんだよな。



 僕は早速、死神界隈で呼ばれているという、ヒーラーではなくインスタント・デスとしての本領を発揮してみたわけよ。



「リカバリー!」



 さすがゾンビ。やっぱりアンデッドだよな。



 リカバリーを喰らうと回復することなく、肉体はボロボロと崩れ落ちて塵になったんだ。隣で見ていた死神も、少しだけ僕のことをビビりながら見ていたんだ。だから、僕は死神に声をかけた。



「これが、死神を殺せる力なんだね?」



 死神はただ、黙って頷いてたよ。



 僕のことを信頼して水晶を与えてくれた死神の事を裏切るわけには行かないよな。こんな恐ろしいインスタント・デスの能力を、この殺人鬼の僕なんかのために与えてくれた死神にリカバリーを唱えることは、絶対にしないと心に誓ったんだ。



 あ、そうそう。ふつうゲームやアニメならモンスターを倒すとドロップ品や経験値が入るだろ? ゾンビはドロップ品どころか、砂よりももっと細かい粒子になって崩れたからね。何も残してくれなかったよ。もしも、この先、アンデッド以外の動物も粒子になって消えちゃうのなら、結構ヤバくね? 肉とか食えないよね?



 それに、今のはアンデッドだから、ヒーラーの僕でも簡単に倒せたけどさ、普通のゴブリンとか出てきても勝てないよね? 一応、日本では殺しの後だったからさ、アイスピックと出刃包丁とワイヤーは持ってるとはいえ、そんなもんでゴブリン相手に勝てるのかなぁ?



「あ、そうだ! 死神。ちょっと触るよ?」



 僕は地面の上に立って歩いている死神に触れてみた。そしたら、普段は触ることが出来ないはずの死神にちゃんと触れるんだよ。



「やっと死神に触れたね」



 死神も驚いていたけど、自分でも今さら地面に立って歩いていることに気づいたみたいだった。



「おいおいおい! 俺が実体化してるじゃねぇか! コイツは驚いたぜ! 女神の野郎、仮にも神であるこの死神に肉体を与えてくれやがったのかよ! コイツは不味いぜ……」


「実体化すると不味いのか?」


「あぁ、かなりヤバい。実体化してるということは、今の俺はさっきのゾンビと大差ねぇんだよ。リカバリー一発で消滅しちまうかもしれないんだよ。それから、今までは何ともなかったはずの聖水も聖剣もビシビシ効くんだよ。この世界にあるかどうかはわからねぇが、日本にあったような神社なんかにも近づいただけで、ゾンビ共みたいに粒子になってサラサラになるかもな……」



 実体化してしまった死神の事を考えると、人の街を探さない方が良いのかもしれないと思うようになったんだ。でも、今のままじゃ、食べ物も水も無いからね。ひたすら歩くしか無いわけ。



 やがて、僕の右手の方向から明るくなってきたんだよな。



「なあ、死神。あっちの方向が東かな?なんか太陽が登りそうだぞ?」


「太陽が東から登るとは限らないけど、東の果てには何も無いような気がするよな……」


「ハハハ、それは地球の場合だろ? 日本よりも東には何にもないからな〜。それなら、僕らも西へ進んでみようか?」



 何故かはわからなかったけど、僕らは西へ向かうことにしたんだ。日本での生活しか知らないからね。東には太平洋しか無いって固定概念が邪魔をして、どうしても東には行きたくなかったんだよ。



 まあ、ぶっちゃけ言うと、どっちに進んでも良いってわけ。どちらがいいのかは誰にも判断できないんだから。



「なあ、死神。実体化したから、君、歩いてるよね?疲労とか感じるの? 僕は何故か全然平気なんだよ。普段から身体を鍛えて来なかったから、近所のコンビニでさえ息が切れてたのにさ、一晩中歩いてんのに、まだまだ歩けるんだよね……」


「およよ? 啓敏(ケビン)もかよ。実は俺も全く疲れちゃいねぇんだよ。まあ、これはアンデッド特有のものかも知れねぇがな。でもよぉ、啓敏(ケビン)は生きてっから、せめて水は飲まなくちゃな。まずは水が最優先事項だぜ?」



 言われるまですっかり忘れてたんだ。まだ水を飲んでなかったことをさ。最後に水を飲んだのは、家でテレビを見ていた時だ。軽く見積っても十時間以上は飲んでないような気がする。なのに、歩き続けても喉も渇かないし、疲労感も無い。



 まさか、僕は既に死んでるのか?



 本気でそんな事を考え始めていたんだ。



 そんな時だったかな?目の前にようやく道のような轍が続いてるのを、僕も死神も見つけてしまったんだ。



「轍だね……」


「あぁ、間違いなく轍だな……」



 僕と死神は迷うことなく轍の跡を辿ったのさ。なんたって最優先事項が水だからね。轍の主が人間なら水がある。僕にはどの方向へ進むのか選択肢が無限大にあるように見えて、実は選択肢など無かったんだよな。



 そして、轍を辿って歩いた先に——その正体が見えてきたのさ。



「あれが轍の主だな……。少しだけ厄介だけど、定番の流れだからさ。いわゆる強制イベントってやつだよな。僕はヒーラーだし戦えないから、死神のそのご自慢の鎌で戦ってくれるよね?」



 そう。僕らの目の前には、盗賊団から襲撃をされている三台の馬車が見えたのよ。



 これは定番の流れだよな。乗るしかないよね?



 死神は鎌を、僕は出刃包丁を構えて、盗賊団の後ろから静かに近づいて行ったんだ。



 ようやく僕らは、ここが異世界である確信を得たんだ。




【第四話へ続く】




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