【第二話 浄化】
「なあ、死神。ヒーラーの力ってどうやって使うのさ」
水晶を飲み込んでから、まだ一度も回復魔法を使ってなかったからね。使い方も知らないし。だから、ようやく死神に聞いてみたんだ。
そしたら、死神はケケケと笑って答えたんだ。「ゲームと同じだよ」ってね。
とりあえず、僕は怪我も無いし病気にもなってないから試しようも無いんだよね。だから早く試したくてさ。放課後に学校のグラウンドでラグビー部の練習風景を眺めてたんだ。たまたまクラスメイトの菅野君がラグビー部だったから、見学させてもらったってわけ。
そしたら、案の定、一年生の膝がほんの少しだけ擦りむいてたのが見えてね。心の中で、頭の中にあった呪文みたいな言葉を唱えてみた。
『リカバリー』ってね。
そしたら、その一年生の膝は完璧に元通りに戻ってるんだよ。本当に治るんだなぁ。なんとなくだけど、MP的な物が体内から減ったのもわかったんだ。ちょっとだけ心拍数が上がった気がしたからね。
とりあえず、試したいことが増えたから菅野君に別れを告げて、今度はバイト先の居酒屋に出勤して、酔った客にも『リカバリー』と唱えてみたんだよ。そしたら、せっかくほろ酔い気分で浮かれ始めていた若いサラリーマンがさ。急にシラフになっちゃうんだよね。全然酔えなくてガンガンビールをオカワリしてたのが可哀想だから、途中でリカバリーを辞めてあげたけどね。これで怪我とか状態異常を治せることがわかったんだ。
そして、その日のバイト明け。
家に帰ろうとして小山駅前付近のドン・キホーテ前に停めていた原付を見ると、全然知らない女学生が勝手にシートに座ってたんだよ。都会じゃ何故か他人のスクーターのシートに女の子が座ってる時があるだろ?あれって、どうして全然知らない人のスクーターに座れるんだろうな。
とりあえず、僕は家に帰りたいからね。その女の子に言ったのさ。
「それ、僕のバイクです」
そしたらその女の子は少し面倒くさそうに「ウザっ」とだけ言ってスクーターから降りたんだよ。
僕はちょうどいい回復魔法の実験台が出来たと思って、死神にその女の子の家とか調べてもらったんだ。
自宅の安アパートでテレビを見てると、死神が帰ってきてさっきの女の子の事を教えてくれたんだ。
「ケケケ、今、ちょうど出会い系か何かで知り合ったオッサンの家に着いて行ったぜ。泊まりの交渉をしてたから、今夜が狙い目だな」
僕は死神の案内で、その女の子を買ったオッサンの家に向かったんだ。オッサンの家も安アパートでさ、しかも一階だったからね。窓の鍵を壊して中に侵入したんだよ。そしたら、二人ともベッドの上で疲れ果てて寝てたからさ。まずはオッサンの方を、心臓へアイスピックを一突きしてそのままワイヤーで首を絞めたんだ。すぐにオッサンは死んだけど、女の子は目が覚めちゃって、僕の顔を見て怯えて布団を被ったんだよ。布団なんてなんの防御力も無いのにね。
だから、僕は布団ごとアイスピックをプスプス刺してみたんだよ。そしたら、女の子の皮膚に当たったんだろうね。布団の中から「痛い!痛い!」って泣きながら叫んでたよ。いよいよ、恐怖心が限界に達したのか、急に布団から出て外に逃げようと走り出したのよ。全裸でね。でもさ、そんなのを僕が逃がすわけないからさ、すぐに女の子の腕を掴んで背中からアイスピックを根元まで刺したんだよ。もちろん、致命傷にならないように肩を刺したんだ。
すぐにアイスピックを抜いてみたんだけど、当然、血が流れるだろ?そんな血が流れてる傷に『リカバリー』と唱えてみると、傷は完璧に治ったんだ。女の子はもう怯えきってたから腰を抜かして逃げようともしなくてさ。
だから、僕はもう死んでるオッサンの方で実験を続けてみたんだ。
『リカバリー!』
オッサンの傷口とか、ワイヤーで絞めた首の跡なんかが綺麗に治っていくんだよ。でも、死者の蘇生まではリカバリーでは無理だった。
だから今度は『リザレクション!』と唱えたわけよ。頭の中にはそんな呪文が浮かんでいたからね。
そうしたら、そのオッサンの心臓が動き出したのさ。
それは、素直に僕も感動したね。シリアルキラーとして育った僕がヒーラーになれたんだもん。そりゃあ感動するだろ?
もはや、こうなるともっと実験したくなるんだよ。いつもの僕なら腰を抜かしてる女の子を殺すところなんだけど、もう女の子のことなんてどうでも良くなってさ。息を吹き返したオッサンも腰を抜かしてる女の子もその場に放置して、思川の橋の下に来てみたんだ。骨になったBも蘇ったら面白いだろ?
僕はBが埋まってる付近の地面に向かって唱えたんだよ。
『リザレクション!』
そしたら、死神みたいな骸骨姿のBが地面から這い出てきたから、さあ大変。
せっかくBを蘇らせても、Bは人間としてじゃなくアンデッドとして蘇ってしまったんだよ。つまり、今のBにリカバリーを唱えても、肉体が蘇るどころかダメージが入ってしまうのさ。
死神はそんな僕とBを見てケケケと笑っていたけど、僕はとりあえず実験は成功したし、Bを人間に戻す義理も無いだろ?しかも、僕に蘇らされたからなのか、Bは僕の命令通りにしか動けないんだよ。僕が何か指示しないと、その場からピクリとも動かないんだよね。
仕方ないから、僕はBに命令するしかないからね。
さっきの女の子とオッサンを殺して自首しろって命令すると、Bはまっすぐオッサンの家の方向へ歩いて行ったんだ。これには死神もケケケと笑っていたっけな。
これがヒーラーの正しい在り方では無いことは、僕でもわかる。
でも、僕はヒーラーとして生きていくしかない。魔法水晶は体内から取り出すことは不可能だと死神が教えてくれたからね。僕もほんの少しだけ、ヒーラーの力を好きになってきたとこだからさ。
「なあ、死神。Bのようなスケルトンは戦えるのかい?さっきの女の子をちゃんと殺せるかな?」
「ケケケ、まあ、無理だろうな。筋力がゼロだしよぉ。でも、女の子とオッサンには確実にトラウマは刻めるぜ?もう二度と女の子もオッサンも悪さはしねぇんじゃねぇかな?」
「そうかな?あの二人は相当、馬鹿そうだったぞ?同じ過ちを何度も繰り返しそうな二人だよね?」
「ケケケ、違いねぇ」
その時、橋の上からフワリと舞い降りてきた見知らぬ女が現れたんだ。
その女を見て、死神の顔から余裕が消えてさ。どうしたのかと死神に尋ねたんだよ。
「おい。どうした、死神。あの女は知り合いかい?」
「すまん、啓敏。俺がしくじったのかもしれん……。奴はこの世界の女神だわ……。たぶん、俺をぶっ殺しに来たのかもしれない……啓敏は関係ないから、どこかへ行け。俺に構うな」
女神はそんな死神に、優しい笑顔で語りかけてきたんだ。
「死神さん。貴方、少々、やりすぎではなくて?先程、浄化された人が忽然と姿を消しましたよ?」
僕は察したよ。女神の言ってる意味がね。さっきのオッサンの事だ。人は魂にならない時は即浄化されると死神が教えてくれた。たぶん、さっきのオッサンは僕に殺されたという事を知る前に死んだんだ。つまり、ネガティブな事を考える暇もなく死んだから、本来なら浄化されるはずだったんだ。でも、それを僕が蘇生させてしまったから、浄化一人分の穴が空いたんだ。そのことを女神が死神に問い詰めてるのがわかったからね。
僕は僕が出来ることをした。
女神の背後から、女神の心臓へとアイスピックを貫いた。
ところが、なんの感覚もなかった。女神はホログラフィックのように、なんの感触もなかったんだ。もっと怖いことに、そのホログラフィック女神はまるで僕のことが見えていないかのように、死神の事しか見ていないんだよ。そしたら、死神が教えてくれたんだ。
「啓敏、この女神は次元が違う存在なんだよ。お前らの世界式の言葉で例えるならお化けだ! お化け! 触れねぇタイプのお化けよ! だから、さっさと行け! 女神と関わるとろくな事ねぇぞ!」
女神は死神の足元に、魔法陣を展開させたんだ。
死神も無駄な抵抗をする素振りもしなかった。ご自慢の大きな鎌で女神をぶった斬れそうなのに、それすらしないで女神のやる事を黙って受け入れてるんだよ。
僕もそんな死神に歩み寄ったんだ。
この先の人生で死神がいない人生なんて有り得ないからね。きっと死神はこのまま女神に浄化されちまう。それなら、僕も死神と共に浄化されよう。人を殺しまくった僕には相応しい終わり方だと思ったんだ。
僕が女神の魔法陣の中に入ると、死神も僕の考えがわかったんだろうね。無下に出て行けとは言わなかったんだ。
女神は魔法陣を完成させると、不気味な笑みを浮かべてたよ。
その瞬間、僕の目の前は真っ白になったんだ。
今、僕はまっすぐ立ってるのか、それとも倒れたのかもわからないくらい、真っ白な空間だった。上も下も左右も無い。何にもない真っ白な空間。隣には死神がいるはずなんだけど、隣がどこかもわからなかったよ。
これが浄化なんだなぁ〜。
人ってこうやって死んでくんだなぁ〜。
死神は浄化されたらどうなるんだろ?そう言えば聞いたことなかったなぁ〜。
あ、そうだ。
僕がこのまま浄化されたら、Bはどうなるんだ?
まあ、良いか。そんな事……
どうせ浄化されて消滅するんだしなぁ〜。
【第三話へ続く】




