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【第十五話 なんかムカつく】

 ある日、珍しくロビンが慌てて帰ってきたんだ。



「よぉ! ケビン。王都から偉い人が来るぞ。よく分からねぇが、偉い人は領主よりも身分が上なんだってよぉ。憲兵達も貧乏臭い鎧の奴らは鎧を新調しなくちゃならねぇんだとよ。ちなみに俺の鎧は褒められたぜ!」


「領主よりも上なんだ。それって何か不味いのかい?」


「ほら? あのペル伯爵ってのがいただろ? 奴はその偉い人の派閥だったんだってよぉ。仇討ちってものじゃ無いらしいけどなぁ。なんか嫌味でも言いに来るんじゃねぇかって憲兵達が噂してるぜ」



 ロビンが憲兵としてちゃんと仕事してるのがまず驚いたんだよな。



「貴族の社会については正直興味ないなぁ〜。まあ、その偉い人ってのは、南屋には一〇〇パーセント来ないだろ? 会うことも無いしさ……」


「ケケケ、違いねぇ。俺でも遠目で見れるか見れないかのとこから見るしか無いようだからな」



 まあ、なんにせよ。僕とロビンは貴族の事なんて微塵も興味が無くてさ、偉い人が来ることをそこまで真剣に捉えてなかったんだ。




 そして、数日後。



 その偉い人は参勤交代を彷彿とさせるような物々しい団体でやってきたのさ。パレードするつもりは無いんだろうけど、ロビンよりも立派な鎧を着た騎士が五十人、派手な馬車が十台も鼓笛隊と共に行進してんだもん。自然とパレードにもなるだろ?



 んで、その中で一際目立っていたのが、偉い人が乗ってる一番派手な馬車の横を歩いていた勇者だったんだ。あの盗賊団からの戦利品の中にあった勇者の肖像画で見たまんまの、鮮やかな黄金の鎧を纏った若くて二枚目な青年だった。絵に書いたような理想の勇者が笑顔で街の人たちに手を振っているんだよ。女子供はキャーキャー騒いで大変だったよ。そんな偉い人ご一行はまっすぐ領主の家に向かったんだ。



 僕は南屋で仕事中だったから、その辺のことは詳しくないんだけど、一応、領主側もきちんとしたお出迎えをしたみたいだね。その日の夜には歓迎式典もあってさ、式典にはロビンも警備担当で領主の屋敷の門の前で立番してたんだって。若い憲兵なんかは勇者を見たくて立番に志願してさ、休みの日の憲兵まで休日出勤して立番してたらしい。領主とは敵対派閥とはいえ、街は完全に勇者ブーム到来なのよ。



 ここで、完全アウェーな僕としては、勇者ってなんだ? ってなるよな。魔王軍と戦ってるのか? この世界には世界制覇を目指してる悪の組織でもあるのか? 今の僕にはこの世界の常識が足りなすぎるんだよね。



 だもんで、歓迎式典の翌日。老人ホームのお婆さんに勇者について聞きに来てるってわけ。わからないことにはなんでも答えてくれる、便利なWikipediaみたいなお婆さん。



「今、街に勇者が滞在してるんだけど、勇者の仕事ってなんなの?」



 そう言って僕はお婆さんに銀貨を手渡したんだ。お婆さんは銀貨を受け取ると優しい笑顔で答えてくれたよ。



「今の勇者は仕事なんてしてないさね。ただの平和の象徴さ。大昔は悪の権現と戦い、それに勝って今の平和を生み出した伝説の人なのさ」


「悪の権現? 魔王軍とか? それは何年前のこと?」



 僕はさらに銀貨を手渡した。



「何年前? そんなの知らないねぇ。何百年前じゃないのかい? そんな古いことはエルフじゃないと覚えてないよ」


「何百年前? じゃ、勇者は人ではなく長寿種族なの?」



 僕はさらに銀貨を手渡す。



「なんだい、そんな事も知らないのかい。アンタいったい何者なのさ! 勇者は昔から不老不死に決まってるだろ? こんな事も知らないのは世界中でアンタだけだよ?」



 なんと、びっくり。勇者は不老不死でした。そりゃ、神話クラスの伝説もいっぱいあるよね? 悪の権現もどうせ神々の争いとか言うんだろ? 日本神話みたいなもんなんだろうな。



 勇者については神話クラスと聞いて、もはや、僕とロビンではどうすることも出来ないことがわかったからさ。次の質問に移ったわけよ。僕はまた銀貨を手渡した。



「今、滞在してるゲルマ伯爵はクローバー伯爵とは敵対派閥だって聞いたけど、今回の来訪の目的をお婆さんならわかるんじゃない? ペル伯爵の敵討ち?」


「ペル伯爵なんてのはトカゲの尻尾切りさ。ゲルマ伯爵は無関係をアピールしに来たのと、これを機にペル伯爵がやろうとしていた戦略的な婚姻でも結ぼうとしてるんじゃないのかい? モニカお嬢さんも、そろそろそんな年頃だからねぇ〜。しかもこの国で一、二を争うほどのべっぴんさんだもん、国民からの人気も高いからねぇ。敵対派閥であってもモニカお嬢さんの人気は欲しいのさ」


「でも、あの子の性格は超悪いですよ?」


「そんなのは貴族様なら当たり前さ。あのくらい性格が悪くないと貴族社会では通用しないのさ。それに婚姻といっても子供を作るためだけの存在なんだよ。貴族同士の結婚ってのは夫婦生活なんて無いのさ。アンタもクローバーの家でクローバー伯爵の奥様を見たことがないだろ?」



 さすがWikipediaのお婆さん。なんでも知ってたわ。




 僕が勇者の事やゲルマ伯爵の事を理解した数日後、事件は起こったんだ。



 戦略的な婚姻のはずが、ただのゲルマの乗っ取りだったんだ。



 僕は現場を見ていないから、これはロビンから聞いた話なんだけど、ゲルマはクローバーを殺害したらしい。どうやって殺したのかは密室での出来事だったから誰も真実はわからないけど、クローバー伯爵が死んだのは間違いない。遺体をロビンたち憲兵が屋敷から運び出したんだから。街の墓所に埋葬されたんだって。



 それに伴い爵位持ちのモニカの兄弟達も殺害されるか幽閉されたんだって。女姉妹のうち既にお嫁に行った姉はなんのお咎めもなく済んだみたいなんだけど、まだ未成年で爵位のないモニカは今後はゲルマのいいように使われる事が決まったんだって。



 もうモニカは元貴族の超絶美少女ってだけの女の子。どんな人生になるのかは僕でも想像できるんだ。しかも、あの性格の悪さだもん。性奴隷になって生き延びることが出来たとしても、短気な貴族の逆鱗に触れてアッサリと殺されて終わる未来しか見えないよな。



 そんな華麗なる乗っ取りを成功させたゲルマ伯爵は、宿場町ゴラムルを要塞都市ゲルマンと街を作り替えることを正式に発表したのさ。これには憲兵達の中でも怒った憲兵が多かったみたい。ゴラムルの憲兵は国のお抱えの憲兵じゃなかったからね。ゴラムルの街で直雇用されていた自警団だもんな。ゲルマ伯爵に従う理由もないってわけさ。



 そんな自警団からしてみると、ゲルマの方が侵略者ってことになるんだよ。だから、あっという間にゲルマが乗っ取った元領主の屋敷を包囲したのさ。奪われた美しい姫であるモニカ救出も作戦の目的の一つだったのさ。ゲルマを倒して姫を助け出す。若い憲兵からすると燃える展開だろ?



 ゲルマの兵士は五十人と勇者一人。ゴラムル憲兵は総勢二百五十人。元領主の屋敷の周囲はグルりと憲兵が取り囲んで、ネズミ一匹屋敷から出られなくなった。ロビンもそんな包囲網に参加したのさ……。



 街の人からすると、内乱はハッキリ言って迷惑なの。僕が働いてる南屋も開店休業状態よ。普段はあんなにミナミさんを口説くために来店していたエロオヤジ達もピタッと来なくなるんだもんな。愛って軽いよな。店主のミナミさんも明日でしばらく店を休業する事を決めちゃったんだ。だから、僕も明日からはまたニート生活だよ。



 せっかく開拓村を出て、ごく普通の労働者としての生活にも慣れてきていたところなのに。



 なんか少しだけムカついたんだ。



 あの人の良いクローバー伯爵をアッサリと殺してしまったゲルマの事が、ほんの少しだけムカついた。性格は超悪いけど、我が家に来ることを楽しみにしてくれていたモニカの事を性奴隷にしようと企んでいるゲルマの事が、ほんの少しだけムカついたんだ。



 僕は自然と老人ホームのお婆さんを訪ねていたよ。



「クローバー伯爵が亡くなったのかい……。良い領主だったのにねぇ……。まあ、これも貴族社会じゃよくある話さね。それで、アンタはこんな老いぼれに何を聞きたいんだい?」


「僕は今までムカついた奴を必ず殺してきました……。ゲルマは少しだけムカついてます」


「そこは私も同意だね。アンタなら殺れるのかい?」


「今は無理です。屋敷に入ることも不可能です。憲兵達が落ち着くまでは屋敷に近づくことも出来ません」


「そうだね。それに、ゲルマ側には勇者もいるんだろ? 憲兵が何人かかっても勇者には勝てないよ? アンタの相棒にも手を引かせな」


「ロビンなら大丈夫。その時にはちゃんと逃げる奴だから。今はただの野次馬として参加してるだけですから」



 僕とお婆さんはこの後もしばらく、今後のゴラムルの街のことを色々と話し合ったんだ。



 Wikipediaのようなお婆さんから、この街のこと、この世界のこと、勇者のこと、そして、ゲルマの事を教えてもらって、その都度、お婆さんに銀貨を渡し続けていたよ。



 お婆さんも喋れば喋るほど銀貨を貰えるから、延々と語り続けていたよ……。



 でも、僕の頭の中ではずっと同じ言葉がぐるぐるしてたんだ。



 ほんの少しだけムカつく。



 それで十分なんだよ、僕には。




【第十六話へ続く】




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