第五話:魔法革命史
昔むかし、この世界では、人が村を興しました。次第に村は町になり、町は国になっていきました。それと同時に、より良い生活のために、水の魔法や火の魔法、結界の魔法といった多種多様な魔法が生まれました。
西の海の向こうにも、東の大きな地にも、北の寒い国にも、そして南の遠い大地にも、いろいろな民がそれぞれの国を作って暮らしていました。
争いがなかったわけではありません。
それでも、人々は畑を耕し、船を出し、品物を売り買いし、長いあいだ暮らしていたのです。
けれど、平和というものは、時として、あまりにも静かに壊れてしまうものです。
そのころ、南の果て、魔族たちの住む遠い大地に、一人のとても賢い魔法使いがいました。
名を、エドワード・エラーと言いました。
その者は、もともと知られていた水や火や風や土や雷の魔法を、誰よりも深く学びました。
それだけではありません。
まだ誰も知らなかった光の魔法を作り出し、さらに、町どころか大きな都さえ一息に灰にしてしまう、とてつもなく恐ろしい秘術まで生み出したのです。
そのため、エドワードの名は、海を越え、山を越え、世界じゅうに広まりました。
「すごい魔法使いが現れた」と、皆が噂しました。
エドワードのもとには、大勢の弟子が集まりました。
新しい魔法を学びたい者、強くなりたい者、名を上げたい者。
そういう者たちに、エドワードは自分の魔法を教えたのです。
けれど、賢い者が、いつも善い者とは限りません。
ある日、エドワードは突然、その牙をむきました。
彼が住む国の王を、彼が作り上げた光の魔法で討ったのです。
その光は目に見えぬほど鋭く速く、気づいたときにはもう体を貫かれて命を落としたと言われています。王を殺したエドワードは弟子たちとともに兵を挙げ、南の大地の国々を次々と倒していきました。
やがて南の大地の国々をことごとく従えたエドワードは、それでも満足せず、今度は海の向こうへ目を向けました。
世界には、ほかにも大きな大地が二つありました。
ひとつは、多くの王国や帝国が肩を寄せ合う、人の住む最も大きな大地。
もうひとつは、海の向こうの、新しく知られるようになった部族や王国が寄り合って住む豊かな大地。
エドワードは、そのどちらにも戦をしかけたのです。
けれど、最初は誰も本気にはしませんでした。
「遠い南の果ての話だろう」
「そんな辺境の魔族が、世界をどうこうできるものか」
「噂は大げさになるものだ」
そう言って、笑う者すらいました。
ですが、その笑いは、長くは続きませんでした。
エドワードが使う光の魔法は、盾も鎧も役に立たぬほど速く、見えぬままに命を奪いました。
そして、エドワードの秘術は、都ひとつを丸ごと燃やし、消し飛ばしてしまうほどでした。
それまで人々が知っていたどんな魔法にも、そんな力はありませんでした。
まず最初にエドワードが襲ったのは、世界で最も栄え最も強大な皇国でした。
エドワードは光の魔法で皇国の軍隊を圧倒しました。そして、皇国の都は、エドワードの秘術により、王も城も民も、ほんの一瞬で燃え、跡形もなくなってしまいました。
その知らせが広まって、ようやく人々は悟りました。
これは辺境の小さな戦ではない。世界中を呑みこむ、大きな大きな戦なのだ、と。
それからは、厳しい時代の始まりでした。
エドワードが率いる南の魔族の軍勢は止まりません。
東の皇国も、北の帝国も、小さな国々も、嵐に吹かれる枯葉のように散っていきました。
海の向こうの新しい大地でも、多くの部族や国が滅び、皆殺しにされたと言われています。
北東の寒い大地では、人々が最後の力をふりしぼって立ち向かいました。
若い男だけでは足りず、年寄りも、女も、子供まで戦に駆り出され、皆で国を守ろうとしたのです。
けれど、エドワードは容赦を知りませんでした。
光の魔法と秘術によって、大地は焼かれ、砕かれ、汚され、人の住めぬ恐ろしい地獄になってしまいました。そのため100年経った今でも、その場所は「輝きの大地」と呼ばれています。
海の向こうの新しい大地でも人は根絶され、もはや魔族の支配する場所となっていました。
人々が作り上げた数々の農地も多くが瞬く間に破壊され、どこの大地にも飢えが蔓延し始めました。
二人に一人が飢えでこの世を去る大飢饉です。
そうして世界は、エドワードによって滅びのふちまで追い詰められました。
人が住んでいた大きな大地では、残るは、最後の大国ローランと各地の細々とした国々だけでした。
誰もが思いました。もうおしまいだ、と。
―― そんな中、最後の大国ローランに一人の勇者アレスが現れました。
勇者アレスは、長く考え、戦い、ついに見つけたのです。
エドワードの光の魔法は、深い霧の魔法によって、その恐ろしさを無力化できることを。
あの都を滅ぼす秘術に対しても、秘術にのみ特化した特別な結界の魔法で立ち向かえることを。
強大な力を持つ魔族に対しても、重さを操る重力の魔法で圧倒できることを。
それは、人々にとって最後の希望でした。
勇者アレスは、生き残っている国々を魔王軍から守りました。魔王軍を倒し、ついには海を渡り、エドワードの本拠地である南の大地へ攻め込みました。
そして、多くの者が倒れ、数えきれぬほどの血が流れた末に、とうとう勇者は、エドワードと、その場にいた六人の直弟子たちの前へたどり着いたのです。
その戦いは、三日三晩続いたといいます。
光が走り、炎がうなり、大地が砕け、空が揺れました。
人の世の戦とは思えぬほどの激しい戦いの果てに、勇者はついにエドワードを討ち倒しました。
そして、その場にいた六人の弟子のうち五人までを打ち倒したのです。
悲しいことに、勇者もまた、そこで力尽きました。
こうして、長く続いた大戦は終わりました。
しかし、すべてが元に戻ったわけではありません。
戦の場にいなかった者たちを合わせて、最後には七人の弟子が生き残ったのです。
その七人は、「魔王」を名乗り、戦いの中で奪った土地を分け合って治めることにしたのです。
それが、今の世で語られる魔王たちの始まりとなりました。
しかし、人々も、勇者の雄姿を見て勇気づけられました。
人々は、エドワードが作り出した光の魔法と秘術、そして勇者が生み出した霧の魔法、特殊結界、重力の魔法をあっという間に学びました。
ついに、魔王たちに対抗できる力を手に入れたのです。
エドワードによって滅ぼされた皇国があった地では、人々が魔王に対して反乱を起こしました。
大国ローランは奪われた領地を取り戻すため、戦いを続けました。
その結果、魔法の優位を失った魔王軍は敗退し、二人の魔王を打ち取りました。
北の魔王の地では、ギリシアの民が反乱を起こしました。
魔王は倒せずとも、ギリシアの島々を取り戻しました。
残る魔王たちは、西の大地と始まりの南の大地を支配するだけで手一杯になりました。
そうして、長きにわたる大きな戦は、本当の意味で終わりを迎えたのです。
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「...というのが、この世界の大きな歴史です。そんな世界規模の争いから100年が経ちました。
パウル君のパパが常に霧の魔法を使うのは、光の魔法、つまり魔族エドワードが生み出したレーザー魔法を使う魔術師が急に襲ってきた時に備えるためですよ。」
村の牧師のラインハルトさんはそう言うと一息ついて水を飲む。
長い間語ってもらったけど、流石牧師だった。
抑揚もあるし、明瞭なしゃべり口だから、聞き取りやすい。
...それにしても、どう考えても、魔族エドワード・エラーって、地球世界に居たエドワード・テラーだと思うんだけど、気のせいかな?
それと、魔法もそのまんまだ。秘術って言うけど、間違いなく「核の魔法」だよね。
やはりエドワードは転生者だろうな。
だが、勇者の方に関しては分からない。霧や結界、重力ぐらいなら中世であっても思いつく人間が居てもおかしくないような気もする。
それにエドワードが弟子を持っていたなら当然物理学の基礎も世の中に広がっていたはずだ。だから、勇者が転生者である確率は低そうだ。
それにしても、凄まじい。
最初村の生活を見て転生者は居ないのかもしれないと思った。
しかし、この世界は確かに異世界転生者による壮絶な魔法革命を経験したのだ。
人口の半分が飢えで死ぬような地獄の革命を。
村にいる魔術師がレーザー魔法におびえて常に霧の魔法を展開しなくてはいけないほどの戦争。
一体その戦争でどれだけの人が亡くなったのやら。
少なくとも「輝きの大地」とやらにだけは、絶対に行かないことにしよう。異世界転生して放射線で死ぬなんて絶対嫌だし、放射線防護服なんて存在してないだろう。
というか核攻撃魔法があるとなると、どうにかしてそれに対応する策を考えないとな。勇者は特化結界を作ったらしいけどそれで一体どれくらい守れるのか不明だ。はっきり言って核爆発を防げるのなんて地下シェルターぐらいしかないと思うんだけどな。
あ...だ、だから、我が家には地下室があるのか!
農村の家なのに地下の部屋があるなんておかしいと思ったんだ。
自分が物思いにふけっていたせいで気まずい沈黙が続いていたが、その静寂をエリスが破った。
「ラインハルト先生、わざわざ息子に語りをしてくださってありがとうございます。」
エリスがお辞儀をする。
「いえいえ、いいんですよ。ルイス様には普段からお世話になっています。ご子息のためになら、これしきの事なんでもありませんよ。それに、こんなに幼いのに、歴史に興味があるなんて素晴らしいことです。きっと開祖ヤヌス様も祝福されるはずです。
パウル君、どうだった?面白かったかい?それとも、難しすぎたかい?」
穏やかな笑顔でラインハルトさんが聞いてくる。正直、開祖ヤヌスが本当に祝福するとは思わない。が、この牧師さんが良い人なのは間違いないだろうし、ここは純粋な子供の振りでもしておこう。
「とっても面白かった!パパは勇者が考えた魔法を使ってるなんてカッコよすぎる!ありがとうございます!」
大きくお辞儀をする。実際、本当に面白かったし驚きに満ちた情報だった。
お礼をした後は、教会の建物を出て母に連れられながら家に帰る。時間はまだお昼前ぐらいだ。
帰り道はずっと考え事をしながら帰った。
...霧。地下室。牧師さんの口ぶり。
どれも、全部同じ方向を向いている。すなわち凄惨な魔法革命に対する恐怖だ。
この村は、見た目ほど平和ではないのかもしれない。
そして、それは、きっと中世の農村にとっては当たり前の厳然たる事実なのだろう。
牧歌的に見えても、恐ろしいほどの戦争や飢餓が潜んでいる場所なのだ。
それこそがこの世界の現実なのだ。
地球世界でも、中世の農村も核爆発の脅威は無いにしても、似たような状況だったのだろうな。
それでもこの厳しい世界で生きたいならば、まずは強くなるしかない。
ちょうどいい。まずは色んな魔法を覚えるとしよう。




