第四話:霧の魔法
「ママ、ただいま!」
姉マリーが元気な声を響かせる。作戦開始の合図でもある。
「おかえりなさい。今日はどうだったの?」
台所から母エリスの声が聞こえる。
「うん、今日はいつもよりたくさん家を回ったから、少し多いよ! ねぇ、パパ?」
「ああ。マリーも順調に魔力量が増えてるからな。最近は回れる家の数も増えてきた」
父ルイスは伸びをしながら、答えた。
「まあ、かなり頑張ったのね。マリー。お疲れ様。さ、皆ご飯にしましょ。パウルもご飯よ!」
エリスが、テキパキとお昼ご飯の準備を進めてゆく。
そろそろ自分も行くことにしよう。もちろん、父の部屋から持ち出した本も一緒だ。
たぶん怒られると思う。勝手に本を持ち出したんだし当然だろう。
青い本を胸に抱えて居間へ向かう。どうせ見つかるのだし、先手封じとして、本のことを質問するとしよう。そう、どうせ怒られるなら自分からね。
「おかえり、パパ!ねぇ、聞きたいことがあるんだ!
これなんだけど、この絵にある、かっこいい街の名前ってなんていうの?」
「ん?」
父の眉がぴくりと動く。...少し不安だ。吉と出るか凶と出るか。
「おお!俺の部屋から本を取ってきたのか。読んでたのか?すごいな。パウル。というかどうやって本棚から取ったんだ?」
ルイスは、案外うれしそうだった。ただ、それだけではない。
どこか別のことを心配しているような顔でもある。
...予想外だ。てっきり怒られるものだと思っていた。
とはいえ、喜んでくれるならこっちとしても好都合だ。
そして、その妙な不安顔の理由にもだいたい心当たりはある。本棚の奥にあった、あの茶色い本だ。
その件は、さすがにエリスの前では黙っておいてやろう。
「うん、机に登って取ったんだ!棚に、四個のこれがあったの。それでね、その中でもこれに絵があってね?それがなにか気になるなぁ!」
『四』と少しだけ強調しておく。
「ふぅ。」
ルイスは、四冊と聞いて露骨に安堵した。
「危ないことするなぁパウル。まあ、確かに俺も子供の時は、カーテンにぶら下がって、重さでカーテンをぶっ壊した時あったし、そういうヤンチャも分かるけど...危ないぞ?ちなみに、その都市は、テュロスという場所さ。この世界最大の都市だ。ま、食事が終わったら読み聞かせてやるよ」
ルイスは遠い目をしながらも嬉しそうだった。というか、カーテンにぶら下がって壊すってなかなかだ。子供の体重でそんな簡単に壊れるものだろうか?...まあ、何にせよ目的達成である。
「本当?やったぁ!じゃあ早くご飯食べる!」
心の中でガッツポーズをしつつ、子どもの演技も忘れずに。
にしても、この絵、硬貨を渡しあって、ニヤニヤしてるおっさんたちの絵が描かれている都市は、テュロスって言うのか。一体どこにあるのやら。
でも、ルイスが即答できてるってことは、少なくとも地球の反対側とかではないんじゃないかな?中世において都市に関する情報が分かるのって大体近くないと難しいだろう。
ご飯の後は、ルイスを質問攻めにできた。今日はかなり大きな収穫があったと言っていい。
もちろん途中で、ルイスもそろそろ終わりにしたそうな空気を出していた。
だが、こちらもそこで引くわけにはいかない。ルイスが、もう終わりにしようと言い出したのだが、仕方ない、こちら側のカードを使うことにしよう。
ルイスにだけ聞こえる小声で囁く。
「パパ、そういえば、お部屋に入ったときだけど、本棚の奥に茶色のほn」
「なんだい、パウル、他に聞きたいことがあるのか?父さんは何だって答えるぞ、ハハハ」
やけに大きい声で慌てて俺に待ったをかけ、姿勢を正すルイス。
うーむ、見事なまでの態度の切り替えだ。少し見習いたい。ただ、あの本を隠す場所の選び方に関しては、全く見習えないけどな。
「うん、それでね、さっきの続きだけど...」
そんな調子で、夕方までかなりのことを聞き出した。単語とかも多少分かるようになった。
「私」とか「今日」とか、「○○です」にあたる表現とか。もっとも、一度に聞きすぎて半分も覚えきれていないのだが。
それと世界におけるこの村の場所も分かってきた。
ここは、王国スロバに属するスチュアート領の数ある農村の一つ、ピルナ村。
その隣には、ギリシア世界 ―― セレニア都市同盟と呼ばれる地域があるらしい。
同盟なのか連盟なのか、そのへんの細かい語感まではまだ分からない。だが、複数の都市国家がまとまって一つの共同体を作っている、という理解で大きくは外れていないはずだ。
世界最大の貿易都市テュロス。
魔法や学問を学べる、学園都市アテナイア。
軍事都市スパルテア(武器商人も多いらしい)。
他にもいくつもの都市があるのだとか。
そして、そのギリシア都市国家群が中心となって、魔王大陸、北の帝国、王国スロバ、ローラン帝国などとの仲介貿易を担っているらしい。
それから、本以外の事として、外出時の「霧」についても質問してみた。
「そういえば、パパって外に出るといつも周りに霧みたいなのがあるよね。あれって魔法なの?」
「霧の魔法のことか?ああ、あれは、魔法の訓練と、それからXXのためさ。」
ルイスはさも普通のことかのように答えるが、さっきまで和やかだった雰囲気がそこで少しだけ変わった。魔法の訓練というのは分かる。だが、後者はどういう単語だろう?
文脈からまるで見えてこない。思わず聞き返してしまった。
「XXって、何ですか?」
「身を守るって意味さ。危険な魔法使いからな。霧の魔法は、パウルもいずれは絶対に覚えないといけない。」
いつになく真剣な顔だった。
こういうときのルイスは格好いい。もっとも、めったに見られない表情だが。
それにしたって、意味不明だ。どうして「魔法使いから身を守る」のに霧が関係するのだろう?
魔力感知を妨げるのか、とも思った。だが、少なくとも自分は周囲の魔素を霧によって邪魔されたことは一度もない。
うーん、分からない。
防御結界とかならまだ理解できるのだが、霧と言われてもぴんとこない。
「...どうして霧が危険な魔法使いから身を守るんですか?」
「ん?ああ、レーザー魔法の対策だよ。ただ、レーザーについて説明してもいいんだが、父さんも使えるだけで原理の説明ができないし、子供には早いと思うぞ?それに、そういうのは歴史を知らないとだめなんだ。そうだ、明日ラレース教の牧師さんのところに母さんと一緒に行ってきたらどうだい?それでお話を聞いてくればいいんだよ。」
な?!
今の言葉は、間違いなく「レーザー」だった。英語の、あのレーザー(laser)だ。
これまで会話の中で現代社会の語彙がそのまま出てきたことは一度もなかった。
だが、今の発音だけは聞き間違えようがない。
もし、レーザー魔法というものがあるなら、霧をまとっている理由も納得できる。
レーザーは、澄んだ空気の中で一点に集中させれば、とんでもなく高い殺傷力を持つはずだ。
だが欠点もある。霧や砂埃のような散乱要因があるだけで、一気に威力も精度も落ちることだ。
そのうえ、風で砂埃を起こせば自分の目までやられるが、霧ならその心配は薄い。
そうか。そういうことか。
なぜルイスが外出時に常に霧を身に纏っているのかと不思議だったが、そんな恐ろしい理由が。
やはり異世界人はいるのかもしれない。こんな中世レベルの社会で、レーザー魔法なんて発想が自然発生するとは思いにくい。しかも単語の発音まで完全に英語と同じだし。
少なくとも、現代的な知識体系をどこかで学んだ人間が関わっている可能性は高い。
それにしても、ルイスは、レーザー魔法のことを話す時は、めちゃくちゃ嫌そうな、いやあれは暗い顔をしてるな。本当に話したくないモードだと思うルイスの反応を見る限り、レーザー魔法にはあまり良い記憶がないのだろう。例えば、仲間が死んだ、とまでは言い過ぎかもしれないが、それに近い何かがあった気はする。
仕方ない、これ以上踏み込んで機嫌を損ねるより、今は魔法の訓練を頼んだ方が得策だ。歴史関連はそれこそ教会の人に教えてもらおう。歴史も大事だが、レーザー魔法なんて物騒な魔法が存在するなら、まず霧の魔法は絶対に習いたい。
自分の命のために。
「ふーん。それなら明日、教会に行ってくるね! それと、その...パパみたいにかっこよく霧の魔法を使ってみたい。僕にも教えて!」
上目遣いでお願いしてみることに。これでどうだ?最近喋れるようになって分かってきたが、父ルイスはどう見ても、娘マリーや自分にカッコいいとか凄いと褒められると調子に乗って気前が良くなるのだ。
「ん? 霧の魔法を習いたいのか? もちろんいいぞ。
霧の魔法は案外簡単だからな。マリーだって三歳のときには覚えていた。
パウルは見た感じ、すでに同い年の子供より魔力量も多いしな。
その年で魔法を始める子供は見たことがないが、まあ大丈夫だろう。」
「本当?やったぁ!パパ大好き!」
...驚くほど素直に通った。ここまでうまくいくと、逆に少し申し訳なくなってくる。こんなに優しいなら、日頃の愛想を良くしておくか。
というか、やはりルイスには魔素が見えているらしい。
自分の中の魔素は、喋れない間、暇つぶしに体内を動かしたり、空気中へ出したりして遊んでいたせいか、少しずつ増えてきている気がする。感覚としては、たぶんマリーと同じくらいだ。
もっとも、ルイスはその比ではない。溢れんばかりの魔力量で、格の違いを見せつけられている。話しぶりとその魔力量を考えるに、やはりルイスは本格的な魔術師なのだろう。
「ただし、訓練は昼食のあとと夕方前の二回だ。泣き言は許さないぞ。分かってるな?」
ルイスが実に親らしいことを言っている。...いや、普通のことなのだが。
「もちろん!ありがとう、パパ!」
こうして、自分にとって初めての魔法訓練が始まる。
ま、その前に明日教会に行って話を聞きに行くのが先なんだけどね。




