番外編①:マリーの日記
番外編は絶対に読む必要がある訳ではないですが、本編で出なかった何気ない話が出てきます。
それから、以前話していた第六話に関連した修正なのですが、結構細部において直すべき場所が多く、ほかの話にも間違いがあったため、遅れます!
すみません。来週にはおそらく!多分...きっと?
以上現実の話でした。
作品をお楽しみください!
明日、私は王都へ行くの。
そう書いてみると、急に本当のことみたいに思えてきたわ。
荷物はもうほとんどまとまっているわ。
ママが何度も確認してくれたし、パパも「忘れ物はないか?」と三回くらい聞いてきたの。
三回目にはさすがに「パパの方が心配しすぎ」と言ったら、パパは笑っていた。
でも、その笑い方が少しだけ変だったわ。
いつもの、くだらないことを言ってママに怒られる前の笑い方ではなくて、無理に明るくしているみたいな笑い方だった。
たぶん、寂しいのだと思う。私も、少し寂しい。少しだけ。
王都の学校に行くことは、前から決まっていたらしいわ。スチュアート家の娘として、ちゃんとした学校で作法や歴史や言葉を学ぶんだって。魔法学校ではないけれど、貴族の女の子が通う学校としては、かなり良い場所らしいわ。ママも「昔そこにいたから分かるのよ」と言っていたの。
ママは「心配しなくていいわ。大変なこともあるけど、いい場所よ」と言ってくれたわ。ママがそう言うなら、たぶん本当ね。
でも、王都は遠い。
村とは比べものにならないくらい人が多いらしいし、きれいな服を着た子も、言葉遣いにうるさい子も、家の名前を気にする子もたくさんいるらしいわ。
私はうまくやれるのかな。
パパは「マリーなら大丈夫だ」と言ってくれた。もちろん、ママも「あなたはしっかりしているもの」と言ってくれた。
パウルなら、こういう時に何と言うだろう。
たぶん、どうでもいいことを言うと思う。
「貴族の女子学校って...まじで中世なんだなぁ。」
前も、そんな感じのよく分からないことを言ってた。あの子は、本当に昔から変なのよ。私の弟なのに、時々、弟ではないみたいに見える。
最初にそう思ったのは、パウルがまだ赤ちゃんだった頃だったわ。赤ちゃんなのだから、泣いて、寝て、また泣く。それだけのはずだった。実際、パウルもよく泣いたわ。お腹が減った時は大げさなくらい泣いたし、パパが変な顔をして近づくと、すぐママに助けを求めるように泣いた。
そこは普通の赤ちゃんだった。でも、泣いていない時のパウルは、妙に静かだったわ。
天井を見ていたり、自分の手をじっと見ていたり、窓の外を眺めていたりした。ただ見ているだけではない。何かを考えているような顔をするの。赤ちゃんなのに。
そんなことをママに言ったら、「マリーはもうお姉ちゃんだから、弟のことが気になるのね」と笑われたわ。ママって時々鈍いのよね...。
それに、赤ん坊であるはずのパウルの周りの空気が、時々ほんの少しだけ揺れているように見えたこともあるのよ。あれは魔素だったのかもしれないわ。あの頃の私はまだ魔法のことを今ほど分かっていなかったから、はっきりとは言えないけどね。
でも、パパも時々、パウルを不思議そうに見ていたの。だから、私の気のせいだけではなかったと思う。それに、パウルは、言葉を覚えるのも早かったのよ。
ママもパパもとても喜んでいたわ。私も、弟が喋れるようになったのが嬉しかったけれど、そのあとすぐに少し後悔した。なぜなら、パウルは質問ばかりするのよ。
「この単語XXXってどういう意味?」
「その物語って誰が書いたの?」
「この話YYYYって本当なの?」
「この家ってお金どれくらい持ってるの?」
そんなこと、私に聞かれても困るわよ!それに、聞き方が子供っぽくないわ、全然。普通の子供は「なあに?」とか「どうして?」と聞くだけなのに、パウルは答えを聞いた後、少し黙ってから、また別の質問をしてくるの。
まるで、物語に出てくる、じんもんよ!
一番びっくりしたのは、パパの部屋に勝手に入って、本を持って出てきた時だわ。
まだ小さかったのに、どうやって机に登ったのか分からない。パウルは青い本を抱えて、得意そうな顔をしていた。それから、パウルは文字を習い始めた。
ラインハルト先生のところへ通って、ギリシア文字を一緒に習うことになったの。最初は、弟が文字を習っているのが可愛いと思っていたわ。小さな手で板に文字を書いて、間違えて、また書き直している姿は、普通に弟らしく可愛かったわよ。
でも、すぐに可愛いだけでは済まなくなった。パウルは覚えるのが早い。私は、パウルよりずっと前から文字を習っていた。なのに、パウルはあっという間に簡単な文を読めるようになり、気づけばラインハルト先生に本の内容を質問していた。それも、物語の登場人物がどうとか、そういう質問ではないのよ。
「この国とこの国はどうして戦ったのですか?」
「この魔法は、〇×◇という人が作ったとあるんですが、どんな用途で使ったんですか?」
「他に存在する文字はどんなのがあるんですか?」
そんなことを聞いていた。ラインハルト先生は、いつも穏やかに答えてくれた。けれど、たまに困った顔をしていた。私はそれを見るたびに、少しだけ胸がざわざわしたわ。弟が私よりずっと遠いところを見ているようで、面白くなかった。たぶん、少し悔しかったのだと思うわ。
もちろん、私はお姉ちゃんなので、そんなことは言わないの。言わないけれど、日記には書いておくわ!そう、パウルは変なの。そして、少し腹が立つくらい頭がいいのよ。
ただ、頭がいいからといって、何でもちゃんとしているわけではないのよ。
むしろ、変なことをしすぎているわ。
庭で水を出しては器を変えたり、土を固めては壊したり、風を当てて板を倒したりしている。本人は「確かめてるだけ」と言うけれど、そもそも何を確かめるためにそれをしなくちゃいけないのか、意味不明よ。でも、遊びにしては真剣すぎる。目つきが違うの。
それに、時々危ないことをしているの。一度、外からすごい音がしたことがある。
家の壁が震えた。パーカーが泣いた。ママが台所から飛び出して、私も思わず窓の外を見たわ。
パパとコーシーさんが先に走っていて、少し遅れて私たちも見に行ったら、土ぼこりで汚れた状態のパウルとアルベルトが居たの。二人とも、悪いことをした犬みたいな顔をしていたわ。
そんな顔するぐらいなら、そもそもやらなければいいのにね。その後、パパに怒られていたわ。当然の結果ね。
パウルは、危ないことをする。でも、流石に危ないことをしている自覚ができたのか、怒られた後は前より、しん重になっていたわ。パパに相談するようにもなったの。そこは少し偉いと思うわ。少しだけね。
それに、ラウターへ行った時も、私は変な気持ちになったわ。
久しぶりのお祖父ちゃんの屋しきは、広くて、働いている人も多くて、食事もきれいで、私は前と同じように少しきん張したわ。もちろんおじいちゃん、おばあちゃんは優しいから、考えすぎなのは分かってたわ。
パウルもきん張していると思っていた。
でも、気づいたら、パパと一緒におじいちゃんや大人たちと何かを話していた。
缶詰とか、XXXXガンとか、私にはよく分からない話だったわ。
大人たちは、パウルの話をちゃんと聞いていたの。
まだ小さい弟のはずなのに、パウルは時々大人たちの側にいるのよ。
それが少し不思議で、少し寂しかった。でも、家に戻ると、パウルはやっぱり弟だった。
パウルは、よくパーカーに変な話をして、パーカーを眠くさせていた。パーカーはまだ小さいから、パウルの話を半分も分かっていないと思うわ。まあ私にもパパにも分からないのだけれどね。
それでも、パウルが何かを話すとパーカーは嬉しそうに聞いているわ。
そんなパーカーも今日は、私の荷物のそばに来て、何度も同じことを聞いてきたわ。
「お姉ちゃん、明日行っちゃうの?」
「そうよ」
「いつ帰るの?」
「休みになったら帰るわ」
「休みっていつ?」
「まだ少し先よ」
「少しってどれくらい?」
「...知らないわ」
答えるたびに、また聞いてくる。可愛い。でも、少し困るわ。私も休みがいつなのか知らないのよ。それと、パーカーは、私がいなくなることをどこまで分かっているのだろう。
その日の夕方、パーカーが私の袖を掴んで、はなさなかった。ママが「明日の朝も会えるわよ」と言ってくれたけれど、それでも、はなさなかった。私は、パーカーの頭を撫でた。柔らかかった。この子も、いつか学校へ行くのだろうか。たぶん、そうなる。
本当は、私だけではなく、パウルもパーカーも、いずれ外の学校へ行かせるつもりだったと聞いたことがある。
私は王都の女子学校へ。
パウルは、軍学校か、貴族の男の子が通う学校へ。
パーカーも、成長したらどこかへ。
パパが行ってたギリシアの大学はお金が物凄くかかるから、王都の学校にするんだってパパがつぶやいていたわ。あれは珍しい独り言だったわ。
だって、パパとママは、あまり私たちの前でお金の話をしないの。けれど、全部聞こえないわけではない。王都の学校も高いと思うのは私だけかしら?服も、寮も、道中の費用もかかる。うちは村の中では余裕がある方だけれど、何でも好きにできるほどではない。
そして、私が先に行く。そう考えると、少し申し訳ないわね。
パウルは、たぶん学校へ行けばたくさん学べる。あの子は、本を読むのが好きだし、知らないことを知るのが好きだ。村にいるより、外へ出た方がいいのかもしれない。
それにしても、パウルが軍学校に行くところは、少し想像できないわ。
あの子は、体を動かすのが得意ではないから。アルベルトと一緒に訓練はしているけれど、獣の魔法は全然だめだし、走るとすぐに息が上がる(私も人のことは言えないわね)。
その代わり、パウルは魔法の訓練をずっと続けている。
朝、私がまだ眠い時から、庭で魔法の練習をしていることがある。アルベルトと一緒に森へ行くようになってからは、帰ってくると泥だらけになっているの。疲れているくせに、夜になると、ロウソクをつけて、何かを書いたり、よく分からない道具を作ったりしている。
努力の向かう先が、普通ではないわ。パウルは、自分が変だと分かっているのかしら?
たぶん、少しは分かっている。でも、本当の意味では分かっていないと思う。「変人は自分が変人であることを自覚しない」ってラインハルトさんも言っていた気がするけど、まさにそれだわ。
夜のお別れ会では、村のみんなが集まってくれたわ。
たくさん食べ物が並んだ。パンも、肉の煮込みも、焼いた野菜も、果物もあった。ディランが作ったパンはやっぱりおいしかった。みんなが私に声をかけてくれた。
「王都でも元気でね」
「手紙を書いてね」
「困ったらすぐ帰ってくればいい」
そう言われると、嬉しいのに、少し泣きそうになる。泣かなかったけれど。
私はお姉ちゃんなので。
そのあと、なぜかカードゲームが始まっていたの。ラインハルトさんも呆れていたわ。全く、パパも村のおっさんたちもなんであんなので遊んでいるかしら。仕事すればいいのに。
パウルも最初、カードゲームで偉そうな顔をしていた。
「この手札なら確率は~~」とか言っていたわ。そもそも確率ってなにかしら?
そして負けていたわ。普通に。私は大笑いしたわ。
「パウル、弱い」
と言ったら、パウルは何か言い返そうとして、結局諦めて「はい」項垂れていたわ。負けたんだから当然ね。
そのあと、みんなが贈り物をくれた。
ミキシーさんは肩掛けを。コーシーさんは護身用の短剣を。ラインハルト先生は、小さな護符をくれた。
パパとママは、ラウターで仕立ててくれたドレスをくれたの!
少し大きめだったけど、「すぐに大きくなるから」とママは言った。そんなにすぐ大きくなるのかしら。想像できない。
パウルは、私が欲しかったクシをくれたわ。
でも、パウルが自分で気づいたとは思えなかった。だって、パウルってほら...そういう方面のことに、あんまり興味なさそうじゃない?
「ママに聞いたでしょ」
と言ったら、すぐパウルの顔に書いてあったわ。「その通りです」ってね。本当に分かりやすい。それでもクシを貰ったのは嬉しかった。だから、ちゃんとありがとうと言った。
明日、私は王都へ行く。
村を出て、学校へ行く。
私はスチュアート家の娘だから、ちゃんとしなければならない。
でも、それだけではない。
私は、パウルとパーカーの姉でもある。
だから、ちゃんと勉強して、ちゃんと帰ってきて、二人に王都の話をしてあげたい。
パーカーはきっと喜ぶ。パウルは、たぶん質問ばかりしてくるわ。
王都の道幅はどれくらいだったか。水はどうしているのか。学校の図書室にはどんな本があるのか。寮の生活はどうなっているのか。食事はどうしているのか。とかツマらない質問よ。
想像するだけで少し面倒くさいわね。でも、少し楽しみかも。
きっと、私が帰ってくる頃には、パウルもパーカーも変わっている。でも、たぶんパウルは相変わらず変なことをして、パーカーはそれを真似して、ママは困って、パパは笑っていると思うわ。
そう思うと、少しだけ安心した。
そろそろ寝ないといけないわ。
明日は早いし、王都はラウターよりもずっと遠い。
でも、私は行く。
ちゃんと行って、ちゃんと学んでくるの。




