第14話:格の違い
姉マリーが王都の学校に旅立ってから、半年ほどが経過した。
父ルイスは、マリーと一緒に王都へ行き、一週間ほどで帰ってきた。
王都はここから4日ほど掛かる場所で、マリーは学校の寮に入ったらしい。貴族の女子が通う寮ということもあり、警備はかなり厳重で、安心して送り出せたのだそうだ。
ちなみに、母エリスも昔そこに通っていたことがあるらしい。道理で、治安についてあまり心配していなかったわけだ。納得である。
マリーがいなくなった後、自分は、三歳になった弟のパーカーの世話で、よく遊んであげるようになった。
幼少期あるあるの「なぜなぜ」期のパーカーは物理学の話に意外と食いついてくれた。だから、こちらもついペラペラと喋ってしまう。ぶっちゃけ物理学は「なぜなぜ」期の子供にとって一番面白いものだ(解説する多くの大人側は楽しくない模様だが、自分は物理学の話をできるので楽しかった)。相対性理論の話をしたときは眠そうにしていたが、あれは自分の説明力が足りなかっただけだろう。
算数も教えている。最初はつまらなそうな顔をしていたが、ポーカーのようなゲームで勝つ方法につながると教えてやると、少しやる気を出したようだった。マリーのお別れ会の際に皆がやってるのを見て羨ましそうに見ていたし、よっぽど皆と一緒にやりたいみたいだ。
それに、実際ポーカーくらいなら純粋な運つまり確率論が勝負の大きな割合を占める。算数の四則演算が分かれば、それだけで確率の計算ができて勝率は上げられる。頑張ってほしいね。まあ、自分は確率を分かっていても、勝負ごとになると頭が冷静でなくなって負けるんだけど...。
マリーがいなくなって数か月後、いつも通り冬が来て、年が明け、初春が来た。この世界にもちゃんと四季はあるのだ。だから、多分地軸は傾いている...って、そんな話はどうでもいい。
さすがに冬の間は山に行けなかったので、今日は久しぶりに森へ行こうと、朝からアルベルトと準備をしているのだ。レールガンも準備したし、自分用の短剣も持っている。準備万端だ。
朝から森に入った。初春だからなのか、まだ少し残雪がある。フキノトウらしき植物も見える。あれが本当にフキノトウなのかは分からない。食用かどうかを判別しようと口に入れて、お腹を壊すのも嫌なので、試さないけどね。
森の中に入ったが、今日は魔物があまりいない。魔力感知にもほとんど反応がない。ウサギっぽいものがいるのは目視で見つけたが、ああいう小さい獲物は逆に捕まえるのが難しい。それに、久しぶりなのだから、やはり大きめの獲物を狩りたい。あのウサギは無視して、さらに森の中でも少し山脈の方へ入っていく。
山脈側に進んだ森の奥には少し開けた草原があり、あそこは動物を見つけるのには格好の場所なのだ。そこが絶好の狩場だから、そこまでは我慢しよう。
もっとも、その草原を越えるとすぐに急峻な山々が始まるので、それ以上は行かない。
なにしろ、急峻な山々を何十キロも行った先にあるのは、氷と、さらに険しい山脈だけだ。
父曰く、あの山脈でも、永久凍土状態になっている標高の高い場所には氷竜の群れが住んでいるらしい。帝国とスロバ王国の国境地帯の大部分を隔てている要因でもあるそうだ。そんな場所を通るのは自殺行為なので、みんなスロバ王国とローラン帝国の国境地帯で唯一比較的ゆるやかで平坦な場所、つまりスチュアート領を通るのだ。
とはいっても、氷竜は大体、山頂から降りてくることはない。この森との距離で考えてみると、高度差は千メートル以上、横の距離にして数十キロはあるはずだ。氷竜も、わざわざそんな下界まで降りてくる理由はないのだろう。
ルイスとコーシーも、昔、軍の調査で山脈の永久凍土の付近まで登って、ようやく遭遇したらしい。氷竜は強く、部隊の隊長はそこで死んだそうだ。なんでも、尻尾で吹き飛ばされたらしい。結界魔法による防御もあっさり貫かれ、回復魔法も間に合わない即死だったとか。
しかも、一度テリトリーに入ると、かなりしつこく追ってくるらしい。永久凍土状態の場所を離れ、山脈の中腹より下あたりまで逃げて、ようやく追跡が止まったのだとか。
縄張りに入ると執拗に追ってくる一方で、縄張りから離れすぎると戻っていく。その縄張りも、軍隊がまともに展開できない地形にある。だから、ずっと討伐できず、そのままになっているらしい。それに竜も縄張りからは出てこないから、こっちからテリトリーを侵さない限り、害もない。それに討伐したとしてあるのは永久凍土の険しい山脈。氷竜なんか居なくてもあっさり命を落とせる山々だ。
話が脱線してしまった。
狩場である野原にだいぶ近づいたのだが...何もいないようだ。普段なら、イノシシっぽい魔物とか、鹿っぽいやつとかがいるんだけどなぁ。
「さっきのウサギを捕まえてもよかったかもな」
思わずぼやいてしまう。
「いや、まだ昼前だし、もうちょい粘れば見つかるだろ。もう少し野原に近づいて待とうぜ」
アルベルトはやる気満々なようだし、自分も流石にまだ諦めるつもりはなかった。
「確かにな。ディランから貰ったパンとブドウジャムもリュックに入れてあるから、それでも食べながら待つか」
ディランは村のパン屋の息子だ。今日は珍しく、そのディランからも「冬は干し肉ばっかりで飽きたし、狩りで美味しい獲物を取ってきてくれ!」と言われている。ビビりだけど、父親のパン屋を継ぐためのパン作りだけは、なかなか上手いんだよな。ディランからは特別な賄賂を貰ったし頑張らないとね。
森から平原全体が見える木陰に隠れる。水の魔法で手を洗ってから、リュックを開いてパンを取り出し、ブドウジャム瓶からジャムを塗る。アルベルトと一緒に食べた。
美味しい。
なによりも甘酸っぱい。この世界で貴重な嗜好品とも言える。早くサトウキビとか蜂蜜の生産地を見つけられないかなぁ...。
甘いものに思いを馳せながら、美味しい昼ごはんを食べる。そうして、森の周りや野原を観察しながら待つこと数時間。
まったく何もいない。
半径一キロ強の圏内に大型の魔物はいないし、野原にも動物はまったく現れない。
もしかすると、冬が明けたばかりで、獲物となる動物もあまり居ないのかもしれない。森の生態系に関する知識なんて現代で勉強しなかったから、確かなことはなにも分からないが。
...仕方ない。野原の反対側にある森の中まで一応ちらっと見て帰る、ということにした。それなら日没前に帰れるし、帰路で何か見つかるかもしれない。ということで、荷物をまとめ、森の木陰から出て、野原の反対側へ歩き始めた。
その時だった。
視界の端に見える山脈側の空に、凄い勢いで何かが飛んでいる。
そして、間髪入れず、魔力感知が絶大な魔力を捉えた。信じられないほど大きい。
あのエリックお祖父ちゃんの魔力量ですら霞んでしまうほどの魔力だ。
「アルベルト、あっち見ろ。何かこっちに向かってる!」
「お、ついに獲物 ―― って、は?! 竜?」
「逃げるぞ、アルベルト。森に走 ―― 」
手遅れだった。
体長十メートルを超えているであろう氷竜は、俺たちを魔力感知で見つけたのか、それともその視力で捉えたのか、本来なら俺たちの上を通り過ぎるはずだった空中の進路を急激に方向転換し、こちらへ向かってきた。
「グォォオオン!」
氷竜は、瞬時に俺たちと村側の森の間に着地し、圧倒的な咆哮を放つ。
絶大な魔力を持つ竜は、人類とは異なり、呼吸するように魔法を放つことができるようだ。生物としての「格」が違いすぎる。敵うわけがない。
急いで逃げなければ。
でも、どうやって?
野原は瞬時に猛吹雪に包まれる。もう初春で、ここ二週間ほど雪が降っているのを見た記憶はない。というか今日は快晴だった。雪が降るはずがない。それでも、氷竜は意識せずとも天候すら自分の好きなものに変えることができるようだ。
というか、今日獲物がまったく見つからなかったのは、もしかしてこの氷竜が山から降りてきていたことを、動物たちが分かっていたからなのか?いや、今はそんなことどうでもいい。
生きて帰ることが先決だ!
でも、生きて帰るには、どうすれば良い?
脳が高速で思考を始める。だが、氷竜が待ってくれるはずもない。
俺たちを少しの間警戒するように見つめた氷竜は、いくつもの鋭い氷の槍を空中に浮かせたまま生成し始める。
信じられない。
この世界では、氷の魔法は氷を生成したり、水や大気中の水分を凍らせたりするだけだ。土の魔法も、土を動かしたり、金属類を生成・精錬したりできるだけで、土を空中で生成して浮かせることは不可能だ。なぜなら土の魔法は土を操ったり物質を生成する魔法であって、重力に逆らう魔法ではないから。
つまり、この氷竜は無意識に重力魔法を使っているのだ。
マジもんの化け物じゃねぇか!
急いで簡易結界を多重に生成し始める。だが、それよりも速く、氷竜はアイスレインを発動した。
アルベルトが叫ぶ。
「馬鹿、避けるぞ!」
獣の魔法を瞬時に発動させたアルベルトが、俺を乱雑に押し飛ばして、横へ大きく跳んだ。
自分が張った結界たちは、アイスレインによって、紙を貫くようにあっさりと破壊されていた。
もし、アルベルトが獣の魔法でとっさに避けてくれていなかったら...。
全身が恐怖で震える。地球での人生でも、こっちの世界での人生でも、こんな恐怖は一度もなかった。よく見るとアルベルトも震えている。
どうにかして、この氷の化け物から逃げなくては。
「ありがとう、アルベルト」
「おう。次からは避けろよ。ガチで死ぬぞ」
「ああ。その前に、どうにかして逃げないとな。泥沼作戦だ!」
アルベルトなら分かってくれると信じ、瞬時に氷竜の足元を泥沼化させる。アルベルトが即座に走り、氷竜の羽を槍で裂こうと ―― した、その瞬間。
氷竜は泥沼化した地面に対して、瞬時に氷の魔法を発動し地面を永久凍土へと変貌させた。
知能が高すぎる。
泥沼化が自分にとって不利になることを即座に理解し、その対策を一瞬で行うなんて、普通の魔物には不可能だ。氷竜はそれらの情報を瞬時に処理できるだけの知性があるのだ。
「アルベルト、逃げろ!」
氷竜に近づきすぎていたアルベルトは、急いで結界を地面に張り、無理やり上方向へ大ジャンプした。そして、勢いそのままに竜の真上を飛び越えて、竜から数メートル後ろに回避した。
よし、これなら村側の方に居るアルベルトだけは生きて帰れそうだ。氷竜がアルベルトという獲物を諦めてくれるならの話だけど。
俺も一緒に逃げるには、なんとかこいつを混乱させる必要がある。どうするべきだろう?
氷竜は、俺とアルベルトの二人に挟まれ、どちらを先に潰すか悩んでいるようだった。
氷竜が迷っているこの瞬間に、決めるしかない。視覚を潰し、混乱している間に逃げる!
吹雪を消滅させるために風魔法を最大出力で発動させる。勢いが強すぎて、氷竜の後ろにいるアルベルトも突風に転がり、氷竜も思わず身を屈めた。だが、その甲斐あって、氷竜が発生させた吹雪を一時的に消し飛ばす。
そして、氷竜の目と、脳みそがありそうな頭に向けて、三つの超高威力のレーザーを瞬時に繰り出した。出し惜しみは一切なしだ。
「ギャォォオオオンン!」
氷竜が、驚いたような苦痛の雄叫びを上げる。
片目を潰せたようだ。
だが、片目だけだ。右目を狙った方は単純に外してしまった。しかも、脳天を狙った最大火力のレーザーに至っては、鱗に反射され、脳天を貫くことはなかった。
あのレーザー、鉄の壁だって溶かして貫通できる威力だぞ?!
「ハァ!」
だが、片目を失って苦しみ、混乱している氷竜に向かって、獣身化状態のアルベルトが瞬時に槍で攻撃を加えた。右翼の一部を裂き、そのままの勢いでこちら側に戻ってくる。
「ナイス、アルベルト」
片目を失い翼を裂かれた氷竜は、もう叫ばなかった。少しこちらから距離を取るように、後ずさりを始める。警戒しているのだろうか?それとも帰ってくれるのだろうか?
正直帰ってくれるのが一番なんだけど、無理だろうな。氷竜は、しつこいらしいし、翼が傷ついた状態で飛べるのかもちょっと分からん。だが、飛べないなら、手足のどちらかを傷つけて、俺たちが走って逃げれるようにできるかもしれない。
氷竜は、後ずさりながら落ち着きを取り戻し、野原は再び、氷竜によって作り出された猛吹雪に支配された。さっきよりも遥かに猛烈な吹雪だった。
くっそ!確実にさっき突風で吹雪を消し飛ばしたことへの対策だ。氷竜は理解したんだ。この人間がレーザー攻撃をするには、吹雪を消し飛ばす必要があるのだと。周りは嵐のような状態だ。自分はアルベルトに支えられないと、風に飛ばされて死にそうだ。
そして、後ずさりをやめた氷竜は、何かを溜めるような、吐き出す前のあの動作を取り始めた。
竜の体内や大気中の魔素が、喉のあたりに集まっている。
やばい。見たこともないし竜が実際に打てるのか知らないが、あんなのアイスブレスに決まってる。本能が告げている。このままだと死ぬ。
「アルベルト、土壁だ!」
そう叫び、大急ぎで高さ数メートルの防御結界と土壁を作っていく。横にも、ついでに天井も、なんなら後ろも囲おうとする。まだ全く生成が終わっていない。
間に合わ ――
「ゴォオオオオオォオオオ!」
氷竜がアイスブレスを放った音がした。
土壁の外に気休めとして作った簡易的な防御結界が、紙屑のように一瞬で砕けるのを感じる。
結界が一瞬で砕けた瞬間には、四方と天井の殆どが囲い終わり、これなら大丈夫かと思った次の瞬間、日本にいた時に経験した地震のような揺れが襲ってきた。アイスブレスの勢いで土壁も大地も揺れているのだ。
「「うわぁぁああぁぁぁ!」」
思わずアルベルトと二人で悲鳴を上げながら、土魔法で土箱の補強をし続ける。囲み終わっていなかった隙間から、アイスブレスがわずかに入り込んできたが、なんとか氷風の奔流が入る前にすべてを遮断できた。
それでも、わずかに入ってきたアイスブレスだけで、自分のリュックの一部が凍ったし、アルベルトの槍も凍ってしまったようだ。信じられないほどの冷気に晒されて肌は刺すように痛いし、喉も痛い。体が凍らなかったのは、奇跡だ。
大急ぎで火の魔法を使い、空気を温める。酸素が心配だが、その前に氷像になったら意味がないので諦める。そして、間違いなく今までの人生で最速の作戦会議を行う。
「アルベルト、レールガンを使うぞ。あいつの反対側から土箱の外に走って、できるだけ距離を稼いで撃とう。頭、特に脳を狙うんだ」
「でも、威力が足りないんじゃないか? あのレーザーですらピンピンしてたろ」
「最大威力でやろう。反動がやばいけど、やるしかない」
「分かった。俺が撃つ。獣の魔法なら、反動にも比較的耐えられるからな。最大威力で撃つには、俺の魔力だけじゃ足りない。狙いはつけるから、パウル、魔力を込めるのは頼んだぞ」
「ああ、分かった。アルベルトは獣の魔法の身体強化に集中してくれ。もう外に逃げるぞ。攻撃されるかもしれない」
今までにないほどの超早口で作戦会議を終えると、酸素が尽きる前に即座に後ろの壁を開ける。
氷竜が再び襲う前に距離を稼がな ――
土壁を開けた先は、完璧な氷の世界だった。
思わず体が恐怖で固まる。地面も、草も、木も、すべて氷漬けだ。針で刺すような寒さの風が襲ってくる。アルベルトと共に火の魔法で全力でレジストを行い、周囲一帯を温めながら全力で走り、距離を稼ぐ。レールガンを起動させるための時間を作らなくては。
土箱から後ろの野原 ―― もはや氷原になってしまったが ―― へ逃げると同時に氷竜が尻尾で土箱を攻撃し、土箱はあっさりと破壊される。
あ、危なかった。あと一歩遅ければ、あの尻尾の質量攻撃でミンチだった。
それと、アイスブレスによって氷点下をとっくに下回っている外気にはレジストできたが、魔力の消費ペースが速すぎる。もう自分の魔力は半分ちょっとしか残っていない。アルベルトも、見た感じでは半分も残っていない。
氷竜は...最初に見た時よりも七割ほど魔力が減っている。だが、それでもまだ信じられないほど膨大な魔力量だ。エリックお祖父ちゃんよりもまだ何倍か多く、今の自分より二十倍以上あると思う。生物としての格が違いすぎる。
せめてもの救いは、氷竜にもアイスブレスをもう一度撃つ余力はなさそうだということだ。あの攻撃で氷竜の魔力量は半分以上減っていたのだ。
それでも、さっきの攻撃がもう一回来たら、本当に死ぬ自信がある。
氷竜は、土箱に獲物が居らず、また仕留め損なったことで怒ったのか、
「グォォオオオオン!」
と大きく咆哮した。
今、土箱から全力で離れたことで、自分たちと氷竜との間には、四十メートルほど距離を稼げている。
「アルベルト、構えろ!」
「おう!」
アルベルトは獣の魔法で獣身化を発動させ、反動に備える。
レールガンの狙いをつけやすいように、俺は大技を一つ繰り出した。土を隆起させ、氷竜の足を埋めるのだ。泥沼がだめなら、相手の足を直接土の中に埋めてやればいい。
あっちが対策するなら、人間も対策の対策をしてやる!
氷竜は動こうとして、手足が拘束されたことで一時的に動けないことに驚いたのか、残った片目を大きく見開いている。
その隙に、雷魔法を用いて魔力を込めていく。
「3」
氷竜は、本能的に何かを悟ったのか、大急ぎで翼も使い、飛ぼうとする。だが手足は全て拘束され、右翼も使い物にならないので、飛べていない。
「2」
氷竜が全力で動こうとしているせいで、土の拘束には、至る所にヒビが入っていた。
フルチャージになるまで、あともう少し。
「1」
氷竜が前足の拘束を破壊する。本当にあとわずかで逃げられる。
残っていた全ての魔力をレールガンに込める。
「撃て!」
アルベルトがレールガンの引き金を引く。
直後、アルベルトは反動で吹っ飛ばされたのが視界の端に見える。
そして ――
「ボン」
「え?」
狙いを定めていた氷竜の頭が、一瞬で跡形もなく爆発四散した。
頭が爆発したことで肉が雨のように吹き出し、さらには寒さによって瞬時に結晶化して、肉の氷が降ってくる。だが、レールガンの勢いがあまりにも強かったのか、それらの結晶は小さすぎて痛くなかった。
氷竜の首からは、噴水のように血が噴き出している。力を失った巨体が、地面に倒れ込んだ。
死んだのだ。
氷竜の死体の近くには、血の池ができ始めていた。
ホワイトアウトのような吹雪も次第に収まり、二つの太陽が戻ってくる。
レールガンに込めた魔力量を考えると、頭が爆発四散するほどの威力にはならないはずだ。
一体どうしてだ?
もちろん、勢いは凄いから氷竜の脳を貫通させて殺すことはできただろうし、死ぬという結果は同じだったはずだけど...。
思わず、ぼーっとしてしまった瞬間、頭に電流が走った。
...あ! アルベルトは?!
「アルベルト!」
思わず、アルベルトが反動で飛ばされていった方向を見た。
氷像と化した木にぶつかって、気を失っているのが見える。
周りには、バラバラになったレールガンのパーツが転がっていた。
「おい、アルベルト、大丈夫か!」
大急ぎで氷木のもとへ走る。頭を打ったのか、血が少し流れている。深刻な怪我には見えないが、油断はできない。
回復魔法を使いたいが、もう魔力は残っていない。それに氷竜がアイスブレスの際に空気中の魔素を使ったせいで、大気中に魔素もない。自分にアルベルトのために何ができるんだ?
そうだ、脈。まずは脈の確認だ。
大急ぎで脈を確認しようと首筋を触る。自分の心臓がバクバクしすぎて、脈を見るのにすら手こずったが、問題はなさそうだった。アルベルトは、生きている。大きな骨折もなさそうだ。
だが、問題は頭を強く打っていることだ。
どうしたら ――
「う、う〜ん」
慌てふためいていると、アルベルトが呻きながら目を覚ました。
「よ、良かった...」
思わず安堵のため息をつく。どうやら無事だったらしい。
本当の意味で安心できたからか腰の力が抜けて、自分も地面に座って横になった。
「うお、イッタ!めっちゃ痛いんだけど、これ、タンコブできたんじゃないか?」
アルベルトが顔をしかめながら呟く。
レールガンのあれだけの反動でタンコブで済むお前がすごいよ。それにしても、目が覚めた直後からそんなことを言えるなら大丈夫かも。
「本当か? まあ、冷やすための氷だけはいくらでもあるぞ。というか、他に痛い場所はないのか?」
実際、辺りは氷像と化した木や草ばかりだし、雪もかなり積もっていた。たった数分の出来事だったはずなのに、辺り一帯は地球におけるシベリアの永久凍土かと思うほどの風景に変わっている。
「う〜ん、無いな。背中を思いっきりぶつけたから、そこも痛いけど、痛いだけだな。いやぁ、それにしても、...今回ばかりはマジで死ぬかと思ったわ」
アルベルトも思わず愚痴って、氷になった草むらに転がる。本当に後頭部のタンコブを氷原で冷やしているようだ。
なんにせよ、無事でよかった。氷竜から生き残れたのだ。マジで危なかった。
莫大な魔力量といい、使ってくる魔法の高度さといい、即座に対策してくる知能の高さといい、生き物としての「格」が違った。
勝てたのは、本当に幸運だった。
もし、どこかで反応が少しでも遅れていたらと思うと、ゾッとする。
それにしても...疲れた。というか、こんな危ない目には二度と遭いたくない。




