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第12話:地方都市ラウター②

大変恥ずかしながら、作者はアメリカに住んでもう3年になり、日本語が大変怪しい事になってます。

誤字脱字の報告は沢山頂けると幸いです!


というか、誤字脱字ばかりですみません。


以上、現実の話でした。 


作品をお楽しみください!



 客室の中は、村の家々とは比べものにならないほど広かった。壁には古そうな剣や盾が飾られ、分厚い絨毯が敷かれている。窓から差し込む光も、どこか柔らかい。貴族の屋敷だ。

 その部屋の奥に、二人の年老いた夫婦がいた。

 一人は、白髪交じりの大柄な老人だった。

 座っているだけなのに圧がある。というか、魔力の圧がすごい。溢れんばかりの魔力量で、ルイスよりもずっと多い。

 正真正銘の化け物。

 これが老人とは、とても思えない。しかし、この人こそがエリック・スチュアートだろう。ルイスの父であり、俺の祖父ということになる。

 もう一人は、上品な雰囲気の女性だった。先ほど扉の向こうから声を掛けたのは、この人だろう。背筋が伸びていて、年齢を感じさせない落ち着きがある。たぶんエレナお祖母ちゃんだ。


「父さん。母さん。久しぶりです」


 ルイスは珍しくきちんとした姿勢で頭を下げた。いつも村で母エリスに怒られているルイスが、ちゃんと貴族の息子っぽい挨拶をしている。人間、環境が変わるとこうも違うのか。


「お久しぶりです。エリック様、エレナ様」


 母エリスも丁寧に挨拶をする。


「よく来ましたね、ルイス、エリス」


 エレナお祖母ちゃんが穏やかに微笑んだ。


「長旅で疲れたでしょう。特にパーカーちゃんは大変だったでしょうね」


 そう言って、エレナお祖母ちゃんはエリスに抱かれているパーカーへ目を向けた。

 パーカーはエリスの腕の中で、母の服をぎゅっと握っていた。もう歩ける年頃ではあるのだが、さすがに馬車での移動は疲れたらしい。目をこすりながら、半分眠そうな顔で部屋の中をきょろきょろ見ている。


 そのせいで、エリスはずっとパーカーを抱いたままだ。母親というのは大変である。俺ならあの状態で三十分もしたら、腕と腰が終わる自信がある。


「まあ、可愛いこと。初めまして、パーカーちゃん」


 エレナお祖母ちゃんが優しく声を掛けると、パーカーは少しだけ顔を上げた。けれど、すぐに恥ずかしそうに母の胸へ顔を寄せる。


 眠いのか、人見知りしているのか。たぶん両方だ。


「マリーちゃんも、大きくなりましたね」

「お久しぶりです、おばあ様!」


 マリーは満面の笑みで挨拶した。こういう時の姉は本当に愛想がいい。蜂蜜を買ってもらう準備は万全なんだろうな、と考える自分の心は歪んでいるのかもしれない。


「パウルちゃんも、よく来ましたね」


 エレナお祖母ちゃんの視線が俺に向いた。


「初めてお目にかかります。パウル・スチュアートです」


 できる限り丁寧に頭を下げる。エレナお祖母ちゃんはそれを見て、嬉しそうに目を細めた。


「まあ、しっかりしていますね。ルイスの小さい頃とは大違いです」

「母さん、それは言わなくてもいいでしょう」


 ルイスが微妙な顔をした。一方、エリックお祖父ちゃんは、しばらく黙って俺たちを見ていた。仕事中の将軍みたいな顔である。怖い。ルイスが「怒らせるな」と言った理由が分かる。

 ...と思っていたら、エリックお祖父ちゃんは突然、表情を崩した。


「マリーちゃん! 久しぶりだな!」


 声がでかい。この厳つい顔と魔力でこんな猫撫で声を出されると困惑するよ。


「おじいちゃん!」


 マリーが嬉しそうに駆け寄ると、エリックお祖父ちゃんは豪快に笑って、マリーの頭をわしわし撫でた。


「大きくなったな。前に来た時より背が伸びたんじゃないか?」

「伸びたよ! あとね、魔法も上手くなったのよ!」

「そうかそうか。さすが儂の孫だな。」


 甘い。さっきまでの威圧感はどこへ行ったのだろうか。

 エリックお祖父ちゃんは、次にパーカーの方を見た。


「それで、こっちがパーカーか。よし、爺ちゃんのところへ来るか?」


 そう言って、両手を広げる。

 だが、パーカーは一瞬だけエリックお祖父ちゃんを見たあと、今にも泣き出しそうな顔になった。


「...や」


 小さな声が漏れた。

 そして、すぐにエリスの胸へ顔を押しつける。もう顔が見えない。完全防御である。


「どうした。怖くないぞ」


 いや、怖いと思う。俺だって怖いと思うもん。顔は厳ついし、声はでかいし、体もでかいし、魔力もでかい。一歳半前後の子供からしたらバケモンだ。

 エリックお祖父ちゃんは声を柔らかくしようとしたのか、少しだけ低くして言った。


「ほら、パーカーちゃん。爺ちゃんだぞ」


 たぶん本人としては優しい声のつもりなのだろう。だが、普通に圧がありすぎる。大人だってビビると思う。昔のヤクザだって真っ青だろう(ヤクザ映画なんて2030年代にはもう殆ど絶滅していたが)。

 当然、パーカーはエリスの胸に顔を埋めたまま動かなかった。失敗である。

 エリックお祖父ちゃんは、目に見えてしょんぼりした。


「...ルイス。お前の子にしては慎重だな」

「父さんの声が大きいんですよ」

「そうか?」

「そうです」


 ルイスが即答した。これに関しては間違ってないと思う。エレナお祖母ちゃんもそう思ったのか、くすりと笑う。


「あなた、初対面の子供にその声では驚かれますよ。少しずつ慣れてもらいましょう」

「む...そうだな」


 エリックお祖父ちゃんは咳払いをした。

 なるほど。戦場では武神みたいな人でも、孫に避けられると普通に傷つくらしい。そして、最後にエリックお祖父ちゃんの視線が俺に向いた。


「それで、この子がパウルか」

「はい。パウル・スチュアートです。」


 反射的に背筋が伸びる。

 マリーやパーカーへの対応を見たあとでも、俺に向けられる視線はまた少し違った。祖父として優しそうな態度なのは確かだが、それと同時に、魔法使いとして値踏みされている感じがある。エリックお祖父ちゃんは、俺を上から下まで見ると、少しだけ目を細めた。


「ほぉ?...なかなかの魔力量だな。もう並みの魔法使いよりあるじゃないか」

「へ?」


 思わず気の抜けた返事をしてしまう。随分と唐突だな。というか、そんなにあるかな?


「六歳にしてはかなり多いな。」

「でしょう? だから連れてきたんですよ」


 ルイスが少し得意げに言った。いや、そこで得意げになるのはルイスなのか?そこは俺じゃないか?

 エリックお祖父ちゃんは、今度は俺に向けて少しだけ口元を緩めた。


「そう緊張するな。パウル。ルイスが言うほど儂は怖くはないぞ?」

「は、はい」

「まあ、変なことをしたら叱るがな」

「はい」


 やっぱり怖いやんけ!

 おっと、思わず心の中で、変な関西弁のツッコミを入れてしまった。というか、年齢の割に多いって、その子供よりも何倍もある人に褒められても全然本当な感じしないんですけど....。


「あなた」


 エレナお祖母ちゃんが呆れたような、たしなめるような声を出すと、エリックお祖父ちゃんは少しだけ視線を逸らした。


「分かってる。...よく来たな、パウル」


 その一言は、さっきまでより少しだけ柔らかかった。少なくとも、仕事相手に向ける声ではなかった。ルイスが言っていた怖い祖父と、マリーに甘い祖父と、今の少し不器用な祖父。どうやら全部同じ人らしい。


「それで、ルイス」

「はい」

「缶詰と、新しい武器の話だ。手紙を読んだ。だが、手紙だけでは分からん。実物を見せてくれ」


 いきなり本題に入った。祖父モードが終わった。切り替えが早すぎる。

 もう少し祖父と孫の感動的なやり取りとかないのだろうか? いや、初対面だから再会ではないけど。普通、もう少し「好きな食べ物は何だ」とか聞くものじゃんか。

 そう思っていると、エレナお祖母ちゃんが小さくため息をついた。


「あなた。まずは子供たちを休ませてからでもよいでしょう?」

「む。そうか。だが、ルイスとパウルは先に要件を済ましてからだな」


 エリックお祖父ちゃんは少しだけ気まずそうに咳払いをした。この人、声と魔力がでかいだけで、妻であるエレナお祖母ちゃんには普通に弱いのかもしれない。


「マリーちゃん、パーカーちゃん。こちらへいらっしゃい。館を案内しましょう」

「はい!」


 マリーは元気よく返事をした。たぶん館よりも、厨房や菓子の方に興味がある顔だった。


「エリス、あなたも少し休みなさい。長旅で疲れたでしょう」

「お義母さん、ありがとうございます」


 エリスはそう言って、パーカーを抱いたままエレナお祖母ちゃんについていく。マリーもその後ろをついていった。

 去り際にエリックお祖父ちゃんがパーカーへ小さく手を振った。パーカーは母の肩越しにちらっとだけ見て、すぐに顔を隠した。また失敗である。エリックお祖父ちゃんの眉が少し下がった。見なかったことにしてあげよう。

 客室に残ったのは、エリックお祖父ちゃん、ジェームズ伯父さん、ルイス、そして俺。

 男だけだからか空気がむさ苦しい。


「さて」


 エリックお祖父ちゃんが椅子に座り直した。


「例の缶詰と新しい武器の話を聞こうか」

「はい」


 そう頷いたルイスが俺を見る。いや、ルイス(父親)が説明するんじゃないのか?


「パウル。まずは缶詰から説明してやってくれ」

「え、僕が?」

「お前が作ったんだろう」


 それはそうだけど。六歳児に領主相手のプレゼンをさせるなよ。いや、中身の元は()()()()だったけど、外見は六歳なのだ。とはいえ、ここで自分が黙っていても話は進まない。


「えっと、缶詰は、食べ物を長く保存するためのものです」

「保存食なら干し肉や塩漬けがある」


 エリックお祖父ちゃんがすぐに言った。完全に仕事モードだ。さっきまでマリーの頭を撫でていた人と同一人物とは思えない。


「はい。でも、缶詰はもっと水分がある食べ物でも、香辛料を使わずとも長期間保存できます」

「どれくらいだ」

「今回持ってきたものは、一年以上前に作ったものです」


 ジェームズ伯父さんが反応した。


「一年以上?」


 さすが財務管理をやってる人だ。食料の保存期間に対する反応が早い。


「はい。今回は肉を煮たものを入れています。容器に入れて、熱をかけて、中の空気を減らして、密閉します」

「空気を減らす?」

「腐る原因になるものが、空気や水、手や器についていることが多いんです。だから熱で殺して、外から入らないように閉じ込めます」


 正確には細菌や真菌の話をしたいところだが、この世界でいきなり微生物を説明しても厳しい。今は「腐る原因になる小さなもの」ぐらいの認識で十分だろう。というか、魔族エドワードは伝染病の知識を世界に広めたりしなかったのだろうか?彼なら絶対知ってると思うので、不思議だ。そこらへんの謎も調べたいものだ。


「見せてくれ」


 エリックお祖父ちゃんに言われ、ルイスが持ってきた荷物から缶詰を取り出した。

 スズでメッキしてある缶詰だ。完全に現代の缶詰と同じではないが、密閉容器としては十分機能している。蓋を開けると、肉を煮込んだ匂いが広がった。


「...確かに普通に食べられそうだな」


 エリックお祖父ちゃんが言った。


「食べられますよ。父さんも前に食べました」

「ルイス、本当か?」

「はい。食べました。腹も壊していません」


 ルイスが真面目に頷く。いや、そこはもっと美味しかったとか言ってほしい。腹を壊していないという表現だと、毒見みたいではないか。ジェームズ伯父さんが使用人を呼び、小皿に取り分けさせる。まずルイスが食べ、次にエリックお祖父ちゃんとジェームズ伯父さんが口に運んだ。少し噛んで、ジェームズ伯父さんの目つきが変わる。


「...一年以上前の肉が、この状態で食べられる?」

「はい」

「塩漬けでも干し肉でもなく?」

「はい。でも一応塩漬けにすることを僕はお勧めしますよ」


 ジェームズ伯父さんはすぐにエリックお祖父ちゃんを見た。


「父上。これは本物なら、食料補給が変わります」

「だろうな」


 エリックお祖父ちゃんも肉を食べ、すぐに頷いた。


「味も悪くない。兵に食わせるには十分だ。むしろ美味すぎるぐらいだな」

「美味しすぎるとだめなんですか?」


 思わず反射的に聞いてしまった。今回持ってきた缶詰は気に入ってもらえるようにと、比較的美味しいものを持ってきたのだ。


「美味い飯は兵がよく食う」

「...それはいいことなのでは?」

「士気にはいい。だが備蓄の減りは早くなるのが問題だ」


 エリックお祖父ちゃんは真顔だった。ストイックだね。領主としては必要な発想なんだろうけど、多分、兵士からすると恨めしい考え方だろうな。


「保存期間が伸びれば、腐って捨てる食料が減ります。買い直す回数も減る。砦の備蓄にも使えます。それに高額な香辛料を買わないで済むのはなによりも助かりますよ」


 ジェームズ伯父さんの口調が早くなった。さっきまで疲れた事務方という印象だったのに、今は完全に仕事の顔だ。


「ただ、この容器を作るための施設が必要ですね。量産するなら、大量の金属類と工房を作る必要がありますね。ただ容器を大型にすることで鉄の消費は抑えられるかもしれませんね。ほかにも...」


 計算速くぶつぶつと呟くジェームズ伯父さん。この人、この時代の人と比べて、数字的な処理が速いな。確かにこれなら領地運営(雑用)を任されまるよね。


「そこまで分かるとは、早いですね。」


 感心して思わずそう言うと、ジェームズ伯父さんは苦笑した。


「領地の財布を預かっているとね。新しいものを見ると、まず必要な金と人手を考える癖がつくんだよ」


 うわぁ。ものすごく分かる。自分も研究者だった時は、科研費申請の時に、まず予算と必要機材を考えるあの感じだ。まさか、異世界の財務担当にも似た苦労があるとはね。なんというかこの世界と地球の共通点が嫌なところばっかりで、嫌気がさしてくるな。


「軍事費はいつも頭が痛い問題でね。食料の買い込みは、かなりの出費だったんだ。食料の廃棄が減るなら、それだけでも十分ありがたい」


 ジェームズ伯父さんは、少し疲れた笑みを浮かべた。


「それで、もう一つの新しい武器とやらは?」


 エリックお祖父ちゃんが言った。


 来た。缶詰とは違う。レールガンは、明らかに危険物だ。使い方はちゃんと説明しないと。


「金属の弾を、雷の魔法で加速して撃つ武器、レールガンといいます」

「雷の魔法で?火薬は使わないのか?」

「はい。火薬は使いません」


 エリックお祖父ちゃんは、腕を組んだ。


「威力は?」

「距離にもよりますが、殺傷能力としては充分だと思います」

「見せてくれ」


 即決だった。というわけで、屋敷の外にある訓練場へ移動することになった。

 訓練場は広かった。地面は踏み固められ、木剣や槍、盾が並んでいる。何人かの騎士らしき人たちが訓練していたが、エリックお祖父ちゃんが来るとすぐに姿勢を正した。領主というより、完全に軍の親玉だな。いや、実際そうだけど。


「的はどれにする?」

「土人形を作ります。城の物を壊すのは申し訳ないので」


 俺は土魔法で即興の人型の的を作った。

 村で何度も作ったので、これはもう慣れている。硬さはそこそこ。人間の骨と肉を再現する必要はない。というか、そんな生々しいものを作りたくない。


「距離は?」

「まずは少し離れて...あの辺りで」


 そういって20mぐらい離れた場所を選ぶ。ルイスは安全のため、周囲の人を下がらせた。自分もレールガンを構え、弾を装填する。何度やっても緊張する。

 この武器は、まだ安定していない。数発撃って故障する物もある。まだまだ信頼性の低い武器なのだ。


「撃ちます」


 雷の魔法をレールガンに流す。次の瞬間、乾いた破裂音のような音が訓練場に響いた。弾が土人形の胸を貫き、背後の地面をえぐる。土人形は少し遅れて崩れ落ちた。訓練場が静まり返った。

 ...うん。やはり、見た目の衝撃は大きい。

 エリックお祖父ちゃんは、壊れた土人形を見ていた。驚いている、というより、考えている顔だ。きっとルイスから報告で威力ぐらいは聞いていただろうしね。


「もう一度撃てるか」

「今、確認します」


 俺はレールガンの中にわずかに電気を通す。が、磁場が発生していない。うん...どこか壊れたわ。今のところ三丁に一丁はこんな感じで一発で壊れてしまうのだが、それに引っかかったようだ。まあ、まだ替えは荷物の中にある。


「すみません、これは壊れたので新しいのを使ってもいいですか?」

「ん?一発で壊れるのか?」


 エリックお祖父ちゃんが少し驚いたような残念そうな顔で聞く。


「毎回一発で壊れるわけではないですが、壊れやすいです。改良中なんです。金属の質が悪いのもありますね。あと、よりよい設計をするために計算と設計図用の紙が必要なんですけど、それも貴重なので」

「ふむ」


 エリックお祖父ちゃんはレールガンを受け取り、重さを確かめるように持った。


「これを、子供が作ったのか」


 その声は、祖父の声ではなかった。完全に領主であり、軍人の声だった。


「ルイス」

「はい」

「お前が手紙で急いだ理由は分かった」


 エリックお祖父ちゃんはそう言って、俺を見た。


「パウル。レールガンと言ったか。この武器の扱いに注意しろ。これは人を殺す道具だ」

「はい」


 その言葉は、予想より重かった。自分でも分かっているつもりだった。でも、領主であり軍人である祖父にそう言われると、やはり重みが違う。


「ただし、使い方次第では兵を守る道具にもなる」


 エリックお祖父ちゃんは、壊れた土人形を見たまま続けた。


「エーバ砦でこれを使えれば、敵の重装兵や魔法使いへの抑止になる。問題は、量産と耐久性だな」

「はい。そこが一番難しいです」

「ジェームズ」

「はい」

「缶詰と合わせて、必要なものを洗い出せ。金属、職人、工房、保管場所。あと、パウルが必要だと言うものは全て融通するように」

「分かりました」

「パウル」

「はい」

「作り方を書けるか」

「もちろん書けます。ただ読んだだけだと再現出来ないと思いますが...」

「構わん。まずは書いてくれ。実演が欲しい場所は後で頼む」


 こうして、ラウター滞在は、ほぼ作業で埋まることになった。

 缶詰の作り方。容器の形。加熱の仕方。密閉の確認。保存場所。失敗した時の見分け方。

 レールガンについては、もっと慎重に書いた。原理を全部書くのは異世界人であることがバレる可能性があるから危ないし、そもそもこの世界の人間が同じように理解できるとも限らない。だから、実際に作るための手順と、危険な点を中心にまとめることにした。ジェームズ伯父さんは、俺の書いたものを読んでは、沢山質問してきた。


「この真空化の工程なんですが、熟練の鍛冶師が必要ですか?」

「おそらく、鍛冶屋ではなく魔法使いが必要です。風の魔法を使って密閉するので。そこまで難しいことではないですが、雑だと失敗します。具体的な工程ですが...」

「ありがとう。次に、缶詰の大きさは、もっと大きくしてもいいのかな?」

「出来ると思います。今は金属も少ないですし、色んな種類の食べ物を保存してみるために、小さいですが、桶のように大きくても可能なはずです。ただ、その場合は先に実験を行って種類を...」

「...それから、保存場所は書いてある通り地下室が良いんだね?」

「はい。地下室でなくても、日光が当たったり熱い場所は避けた方がいいです。また注意点なんですが...」

「...なるほど。地下の保管部屋を増やす必要がありますね。砦にも作らないといけない。砦に居る人数から考えて必要な缶詰の量とそれに係る地下室の部屋の大きさは....」


 ジェームズ伯父さんは、すぐに書類へ数字を書き込んでいく。

 工房を作るには金が必要だ。職人を確保する必要もある。缶詰の材料をどう仕入れるか。生産のための人手をどうするか。話を聞いているだけで、こちらまで頭が痛くなってきた。

 ただ、ジェームズ伯父さんは缶詰に関してはかなり喜んでいた。


「毎回腐った食料を買い替える必要が減るなら、長期的にはかなり助かります。特に砦の備蓄は大きいんだよ」

「そんなに腐るんですか?」

「腐るよ。腐るし、虫も湧くし、運ぶ途中で駄目になる。戦争は剣や魔法だけでやるものじゃない。食料が尽きれば、どれだけ強い兵でも動けない。エリック父さんだって、魔法では敵なしだけど、飢えには勝てないからね。」


 それはその通りだ。前世で歴史を多少読んだだけでも、兵站の重要性は嫌というほど出てくる。戦争は前線だけでは成立しない。この世界でも、そこは同じらしい。なにはともあれ仕事三昧は気が滅入るので、滞在中、気になっていたナーイアス教の司教にも会いに行った。


 水滴の紋章を掲げた教会は、外から見た時よりもずっと古く、石の柱には水の流れを模した彫刻が刻まれていた。司教によれば、ナーイアスはただ水の魔法を作っただけではなく、世界中を巡りながら、井戸や水路、病を防ぐための清めの作法を広めたとされているらしい。そして、今や魔法として当たり前の、火、水、風、土もナーイアスの弟子が作り上げたらしい。

 もちろん、どこまでが史実でどこからが伝説なのかは分からない。千年以上前の人物なのだから、話が盛られているのだろう。旧約聖書とノリは一緒だ。

 ただ、安全な水を確保する技術が、人々の生活を変えたという部分は本当だろう。地球でも飲み水の確保は、人類にとってずっと深刻な問題だった。そう考えると、ナーイアスが神聖視されたのも不思議ではない。もっと細かく聞きたかったが、今回は缶詰とレールガンの書類作りが忙しすぎたので、これぐらいしか聞けなかった。



 結局、ラウターには二週間ほど滞在することになった。

 その間に、缶詰用の工房をどこに作るか、保管用の地下室をどう増やすか、金属をどう融通するか、職人を誰にするか、そんな話がどんどん進んでいった。俺も子供だから関係ない、とはいかなかった。むしろ作った本人として、かなり質問された。


「...この蓋の形は、別の形に変えてもいいのか」

「それでも密閉できますが、缶切りを使える形の方が良いと思いますよ」

「缶切り? ああ、説明にあったやつだね。あれはどうやって使うんだい」

「あー、あれはですね...」

「...この真空化だけど、風の魔法でどうやってやるのかもう一度実践してもらえないか?苦戦してるみたいでね」

「もちろんです。空の缶詰ありますか。そうです、それです。実際のやり方ですが...」


 気分は完全に技術顧問である。六歳児だけどな。

 そして、その報酬として、俺は大量の紙と金属を融通してもらえることになった。レールガン開発のために必要なものは、できる限り払ってもらえるらしい。

 さらに、エリックお祖父ちゃんから小遣いとして金貨をもらった。初めて見る金貨だった。重い。そして、輝いている。

 金貨を見て、前世で友人の根本が付けていた純金のネックレスを思い出したよ。

 いや、あれとは違う。これは俺の研究資金だ。娯楽ではないのだよ。


「必要なものがあればジェームズに言いなさい」


 エリックお祖父ちゃんはそう言ったあと、少しだけ声を柔らかくした。


「だが、使い道はよく考えてな。金も材料も、無限に湧くわけではない」

「はい」

「分かっているならいい。お前は賢そうだが、賢い子供ほど危なっかしいからな」


 それは褒めているのか、警戒しているのか。たぶん両方なんだろうな。

 一方、マリーは特に何かをしたわけでもないのに、服やら蜂蜜やらを買ってもらっていた。

 服屋でのことだ。

「おじいちゃん、この洋服どう?」

「似合っているなぁ。よし、買ってやろう」

「ほんと!?」

「ああ。好きなものを選びなさい」


 甘い。孫娘には激甘だった。次に食料店へ行くと、マリーが棚の方を指差した。


「おじいちゃん、蜂蜜ある!」

「よしよし、買ってやろう」

「やった!」


 エリックお祖父ちゃんは、戦場では武神のような人だったらしいが、孫娘の前ではただの財布だ。やはり、祖父という生き物はどこの世界でも孫に弱いのかもしれない。そして、エリックお祖父ちゃんは、パーカーにも甘かった。


「パーカーは何がいい。玩具か? 甘いものはまだ早いか?」


 エリックお祖父ちゃんが真剣な顔で聞いている。戦略会議みたいな顔で赤子への土産を考えないでほしい。


「この木馬なんて、どうだ?」


 店に置いてあった小さな木馬を手に取って、パーカーの前に差し出す。

 だが、パーカーは木馬とエリックお祖父ちゃんを交互に見たあと、さっとエリスの後ろに隠れた。


 欲しい。けれど、渡してくる相手が怖い。

 その二つの感情が小さな体の中で全力で戦っているらしい。


 エリックお祖父ちゃんの顔がまた曇った。


「あなた、急に渡そうとするからですよ」


 エレナお祖母ちゃんが苦笑しながら、木馬を受け取る。そして、パーカーの前にしゃがんだ。


「パーカーちゃん。これ、欲しかったの?」


 パーカーはエリスの後ろから半分だけ顔を出した。木馬を見た。エレナお祖母ちゃんを見る。そして、小さく頷いた。


「...うん」


 か細い返事だった。エレナお祖母ちゃんが木馬をそっと差し出すと、パーカーは恐る恐る手を伸ばした。

 どうやら木馬は気に入ったらしい。

 ただし、エリックお祖父ちゃんの評価はまだ回復していない。


「なぜエレナだとよいのだ」

「あなたは急ぎすぎるんですよ」


 エレナお祖母ちゃんは笑って言った。その後、エレナお祖母ちゃんはマリーにも髪飾りを選び、パーカーには木馬を選び、俺には小さな革表紙のメモ帳と本を選んでくれた。


「パウルちゃんは本が好きだと聞きましたから」

「ありがとうございます!」


 これは普通に嬉しい。金貨より嬉しいかもしれない。いや、金貨も嬉しいけどね。エレナお祖母ちゃんは、マリーにだけ甘いわけでも、パーカーにだけ優しいわけでもなかった。全員をちゃんと見て、それぞれが喜びそうなものを選んでいる。祖父が豪快に買い与えるタイプなら、祖母はよく見て選ぶタイプらしい。ジェームズ伯父さんは、その横で少しだけ遠い目をしていた。


「父上。その、今年も予算はかなり厳しいのですが」

「ん? 何を言っている。孫への土産だぞ」

「その土産が増えるから困るのですが」

「ジェームズ、細かいぞ」


 ジェームズ伯父さんは、本当に苦労人だ。そんな苦労は当分続きそうだね。


 そんなラウター滞在の最後の夜、ルイスがラウターの近くの森で狩ってきたイノシシを丸焼きにして、皆で食べることになった。庭に大きな火が起こされ、肉の焼ける匂いが広がる。

 丸焼きという言葉から想像していたより、ずっと迫力がある。子供の俺から見てもそうなのだから、一歳半前後のパーカーからすれば、もはや謎の巨大生物にしか見えないだろう。

 案の定、パーカーは目を丸くしたあと、すぐにエリスの後ろへ隠れた。


「パーカー。大丈夫よ。食べ物よ」


 エリスが苦笑しながら言う。

 いや、気持ちは分かる。俺だって前世の感覚がなければ、あれを見てすぐ食べ物だとは思わなかったかもしれない。

 パーカーはもう離乳食を終えて、柔らかいものなら少しずつ食べられるようになっている。とはいえ、さすがに丸焼きの肉をそのまま食べるわけにはいかない。エリスが柔らかい部分を小さく切り、さらに細かくほぐしてから、少しだけ口元へ運んだ。


「ほら。少しだけ」


 パーカーは警戒した顔のまま、ぱくりと食べた。

 しばらくもぐもぐする。

 そして、少しだけ表情が緩んだ。


「んま」


 美味しかったらしい。その様子を見たエリックお祖父ちゃんが、分かりやすく顔を明るくした。


「そうか、美味いか! もっと食うか、パーカー!」


 声がでかい。パーカーはびくっと肩を震わせると、またエリスの後ろに隠れた。

 エリックお祖父ちゃんの笑顔が固まる。

 美味しい肉によって少し縮まった距離は、祖父本人の声量によって即座に元へ戻された。


 かわいそうだが、たぶん自業自得である。

 ちなみに、マリーはなぜかルイスよりもイノシシのことで得意げだった。


「パパはすごいでしょ!」

「いや、狩ったのは父さんであって、姉さんじゃないよね」

「でも、私のパパだから!」


 理屈が強いようで弱い。いや、子供の理屈としては最強なのかもしれない。エリックお祖父ちゃんは豪快に笑い、ルイスと昔の狩りの話をしていた。その口調は、レールガンの話をした時とは全く違った。


「ルイス、お前は昔から獲物を見つけるのだけは早かったな」

「”だけ”は、って何ですか」

「周りをちゃんと確認せずに突っ込む癖が昔はあっただろう」

「今はありませんよ。いつの話してるんですか父さん。それに攻めることこそ狩りのポイントですよ」

「どうだかな」


 ルイスは反論していたが、エリスが何も言わずに微笑んでいたので、たぶん昔は本当にそうだったのだろう。ジェームズ伯父さんは肉を食べながらも、疲れているのか顔が冴えない。大丈夫かな?

 エレナおばあちゃんは、そんな皆を見て静かに笑っていた。マリーの皿が空になれば少し取り分け、俺が肉ばかり食べていると野菜も勧め、パーカーが眠そうにするとエリスに毛布を渡す。この家で一番素晴らしいのは、間違いなくエレナお祖母ちゃんだな、うん。これぞ間違いなく調整役の極意ですよ。


 こうして、初めてのラウター滞在は終わった。帰りの馬車には、紙と金属、そしてマリーの蜂蜜と服、パーカーの木馬、俺の帳面が積まれていた。来た時より明らかに荷物が増えている。また二日かけて、ピルナ村へ戻ることになった。


 馬車の乗り心地は、相変わらず最悪だった。ただ、今回は少しだけ我慢できた。

 紙がある。金属もある。金貨もある。村での研究環境が改善すると思えば、尻と腰の犠牲ぐらいは...いや、やっぱりきついものはきつい。

 サスペンション。

 いつか絶対に作ろう。作り方は知らないけど。


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アメリカ居るのすごい
水の魔法が宗教なのは、この世界っぽくていいですね
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