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第二十七話 辻立ちと読経と、マジナイの限界

資金が底を突いた以上、何かしら稼がなければならない。


俺は翌朝、街の広場で試しに辻立ちをしてみることにした。

フート教の見習い僧侶として、読経や簡単な説法でお布施をいただければ……という淡い期待を抱いて。


「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時……」


まずは般若心フリダヤ経を静かに唱えてみた。

通りすがりの人々がちらちらとこちらを見るが、足を止める人はほとんどいない。

小銭を一枚置いていく篤信の人が、たまにいる程度だ。

たぶん、有難いと思うより同情の気持ちなんだろうな……。


「もっと大きな声で唱えた方がいいんじゃない?」


後ろから声がした。振り返ると、リリーシャが銀髪を風に揺らしながら立っていた。


「……声が小さいと、誰も気づかないよ」


「そうだな……」


前世で夏の日の京都・伏見で見た托鉢の坊さんは、大汗をかきながら全力で念仏を叫んでいた。

教義としては、世界平和や万民幸福のために唱えてたのだろうけど。

でもあの頑張りように打たれ、思わず500円玉をお布施した記憶がある。


俺も少し声を張ってみた。

しかし、今度は逆に道行く人々が少し引いた顔で遠回りしていく。

読経がうるさくて迷惑だと思われたのかもしれない。


考えてみればあの念仏僧ががんばってたのは観光寺院への道の途中だった。

このファンタジー世界の市場とは条件が違う。


説法もしてみた。

「すべては『(くう)』。在るのでもなく、無いのでもなく…」

「もし人が、過去現在未来のフートをよく知りたければ、宇宙の真理をよく観察することで、すべては自分の心が作っていると知ることができ……」


ううむ……中観や唯識はやはりマニア向けか。

じゃあ、もっと身近な話にしてみよう。


群盲ぐんもう、象を撫でるというお話が経典にありまして。鏡面ミラー王という王様がある日、大臣に……」

「プンダリカ経に、常不軽じょうふきょう菩薩というかたがすべての人間を平等に尊敬しようと心がけたお話が出てきます。このかたは心無い人々からマウントされましたが…」




昼過ぎになると、ミランダとドルガンも様子を見に来た。


「どう? 成果は?」


ミランダが狐耳をピクピクさせながら笑う。


「正直……厳しいです」


ドルガンが低く笑った。

「南無ラトナ仏……お坊さんが托鉢で苦労するなんて、思いもしなかったぜ」


そこへ、リリーシャが少し不機嫌そうに言った。

「やっぱり、魔法で何かした方が早いんじゃないの?

 あんたの回復魔法なら、怪我してる人に声をかければ……」


「それも考えたけど、神聖魔法を商売に使うのは……少し抵抗があるんだ」


密教のお坊さんが加持祈祷を自分のためにあまりやらないといわれる気持ちがわかる。

神仏からもらった力をあまり私事に使うと、没収されそうな気がするのだ。


説法より、経典の解説プリントでも作って配りながらのほうがいいだろうか?

前世でそういうことやってる托鉢僧を見たことあるけれど……


けれど、この世界では紙がそれほど安価ではないし、手軽なコピー機もない。

ぜんぶ手書きだとえらい手間になってしまう。


結局、その日はほとんどお布施を集められず、宿に戻ることになった。


夜、酒場でみんなに報告すると、ラセリアが大笑いした。

「辻立ちで一日の稼ぎが銅貨五枚かよ。笑えるな」


ミランダがくすくす笑いながら提案した。

「じゃあ、次はマジナイはどう?

 軽い病気や人間関係の悩みとか、占いと組み合わせれば……」


俺は渋々了承した。




翌日、広場で「軽いマジナイ承ります」と看板を出すと、

意外と人が集まり始めた。


「夫婦喧嘩が絶えなくて……」


「子供が言うことを聞かなくて……」


そんな相談が次々に来る。

俺はアミ経の効能で軽い疲労回復を施しつつ、フート教の教えを交えてアドバイスをした。

経典の中にはいろんな悩みを持つ人物が登場するから、読んで憶えておくとけっこう似たケースが見つかるのだ。これを、初歩的な占いと組み合わせて使う。


ある程度の成果は出たが……

問題は、相談の内容がどんどんエスカレートしていったことだ。


「実は浮気相手がいて……」


「借金で首が回らなくて……」


「実は人を……」


エスカレートした話題、俺の魔法や教義解説ではどうにもならない。

といって、正式な加持祈祷のやり方を伝授されてもいない。


「恋人と浮気相手を仲違いさせる密教の呪法」とか「必要なだけの金銭を得られる呪文の修法」は知識にあるが、

正式に印可されたわけじゃないのでまた越法おっぽうになることが恐い。

しかも、深刻な相談が増えるにつれ、俺の心が重くなってきた。


気分の問題というケースも多いから、考え方の変化を促したうえで、マジナイの真似事をして気分だけ軽くなってもらうことが多かった。

それでも宗教者として、無力感と罪悪感がのしかかる。

聖人って言われてる人は、この何倍も大変なんだろうな。




夕方、看板を片付けながら俺はため息をついた。


「……宗教で稼ぐのは、俺には向いていないな」


リリーシャが隣で腕を組んで立っていた。

「やっぱり、魔法で直接稼いだ方がいいんじゃない?

 あんたの回復魔法なら、需要はあると思うけど」


俺は苦笑いした。

「それも考えたけど……

 戒律に触れそうで、なんだか後ろめたいんだ」


そもそも金稼ぎ自体が戒律に触れる。

本来の僧侶は「相手に『施しをした』という功徳をもたらすため」だけに布施を受けるものとされた。

読経や説法に対する「謝礼」さえも、形式的には忌避されていたくらいだ。


だけどいまは像法の時代。生きるためにはそんなこと言ってられず、そのへんは形骸化している。


ミランダが後ろから声をかけてきた。

「まあ、今日はお疲れ様。

 少しずつ、稼ぎ方を考えていきましょう」


その夜、宿屋の部屋で一人になった俺は、

プンダリカ《法華》経の抄本を広げながら静かに考えた。


与えること。

そして、与えてもらうこと。


今の俺に必要なのは、ただ生き延びることではなく、

「正しい方法」で資金を稼ぐことだ。


(第二十七話・了)


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