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狐蛇ノ祠  作者: とろ
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神の咆哮

祠の中は、空洞だった。


扉をくぐった瞬間、空気が変わった。

暗闇ではない。

でも、色がなかった。


空間がうねっていた。

壁も、天井も、床も、すべてが生き物の内側のように、柔らかく、ゆっくりと脈打っていた。


空気は重くて濡れていて、

足元からは微かに囁く声が無数に聞こえた。


それは言葉ではなかった。

でも、どこか懐かしくて、

「こちらへ」と招いているようだった。


その奥に、口があった。


神の口。


狐の顔。

蛇の身体。

確かに、祠の中心に口を開けていた。


それは笑っていなかった。

ただ、静かに待っていた。


その口の奥には、色も、時間も、重さも、音も、なかった。


ただ一つ――“帰属”だけがあった。


わたしの身体は、逆らえなかった。


この場所の匂いに、空気に、

“あれ”の目に――


惹かれていた。


一歩。

また一歩。


口の奥に、吸い込まれるように進んでいく。


もう、声も出せなかった。


……そのときだった。


「――バァカ!! こっちはずっと下から見てたっつーの!」


甲高い叫びとともに、

天井から何かが飛び込んできた。


ヒナだった。


その手には、異様なくないが握られていた。


赤黒い金属に、お札のような紙が何重にも巻きつけられ、

刃の側面には、古い文字が血のように滲んでいた。


「これ、あんたのために取っといたんだから……文句言わずに、受け取ってよねっ!」


ヒナは狐の主の頭上に着地すると、

両足でがっちり耳の根を挟み、

そのまま――脳天にくないを深く、深く、突き刺した。


その瞬間――


祠の中が、崩れた。


グシャリ、と音がして、

祠の天井から血のような霧が噴き上がる。


直後に、聞いたことのない叫び声が、森じゅうに響いた。


それは音ではなかった。

鼓膜を越えて、脳髄を揺らすような、

本能の奥底を震わせる“神の絶叫”。


ヒナの足元で、狐の目がガッと見開かれる。


「――来るっ!!」


ヒナが叫んだ。


次の瞬間。


森の奥から、ざわ……ざわ……ざわ……と風もないのに木々が揺れ始めた。


影が――いや、人影のようなものが、無数に木々の間から這い出してくる。


その顔はみな、目が窪んでいた。


「女の“仲間”……!」


目の穴だけが深く、顔はどれも笑っていた。

笑いながら、ゆっくりと、でも確実に近づいてくる。


足音がしない。

でも、地面の落ち葉だけが、ざく、ざくと押し潰されていく。


「まったくもう……やっかいなの呼んじゃったな、あの子!」


ヒナが、くないを引き抜き、歪む狐の主の頭の上から飛び降りる。


叫び声はまだ止まない。


神は怒っていた。

地が、空が、山が、呻いていた。


でも――わたしは、動けなかった。


さっき見た祠の奥の世界が、

いまも瞼の裏に焼きついていた。


あの、“完全な喪失”の中で、安心していた自分がいたことが、怖かった。



「――こっちも、まだ終わってないよ」


ヒナがくないを握りしめ、ふらりと後ろを振り向いた。


そこにいたのは――死んだはずの少女たちだった。


ひとり、またひとり。

倒れていた場所から、音もなく立ち上がる。


焦げ跡の残る制服。

白目をむいた瞳。

折れたままの腕。

膝が逆に曲がっている子もいた。


でも、確かに――彼女たちは“こちら側”に戻ってきていた。


この土地では、

死者の魂は“屍”として囚われ、死にきれずに残る。

ヒナが書いたその“文字”が、彼女たちを仲間に繋ぎとめたのだ。それは「生き返った」わけじゃない。

この町では、死んでも“屍”になるだけ。


魂は祠に囚われて、

朽ちることもできない。


「……ごめんね」


ヒナは、小さく呟いた。


視線の先には、自分の書いた文字。

祠の主に向けた印、そして、“仲間”としての証。


「本当は、もう休ませてあげたかったのに……」


彼女たちは返事をしない。

理性はない。

でも、ヒナが何をしているのか、魂のどこかで覚えているように、前へ進んだ。


その足取りはよろけていて、

動きも遅い。

でも、確かに“敵に向かっている”。


ヒナは、口元をぎゅっと結んだ。


「……ごめん」


喉の奥で絞り出すように。


「でも、今だけ……」


クナイを構えながら、屍向かって叫ぶ。


「――もう一回、手ぇ貸して!!」


その声に、屍たちのうちひとりが、かすかに反応するように首を傾けた。


その一瞬が、確かに“仲間だった”記憶を呼び起こしたようだった。


屍たちは、そのまま戦場へ向かって歩き出す。


ふらつく足で、

ちぎれた腕で、

でも、確かに“共にいた”者として、ヒナの隣に立った。


ヒナは、振り返る。


敵は森の奥から溢れてきていた。

あの女の、目の窪んだ同胞たち。

黒い布のような腕。歪んだ首。笑った顔。


「やるよ、あたしらで」


ヒナは、屍たちの中に飛び込むように前に出た。




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