3
出会った瞬間から、水澄は鮮烈だった。
軽音楽サークルの新歓ライブ、お嬢様みたいなゆるふわな格好をした女子が一人で下手くそなベースをベンベン鳴らしながら喉を嗄らして歌う。そのくせ目だけはぎらぎらと飢えた狼のようで。
この世界全てを睨みつけるかのようなその視線に、あたしは射抜かれたのだ。
「ねえ、あんた名前は?」
「は? 水澄だけど」
「じゃあ水澄、あたしと一緒にバンドやろーよ」
「はぁぁぁ?」
ライブハウスから居酒屋に場所を移した新歓の席で、やっぱり微妙に浮いているゆるふわな格好のまま、テーブルの隅で一人飢えた猪のように料理を貪っていた水澄にあたしは話しかけた。
「あんた、私の演奏聞いてなかったの?」
「聞いてたよ! めちゃくちゃ下手だった!」
「あぁ? ……てか、だったら一緒にバンドとか、ありえないでしょ。なに、ふざけてんの?」
ごっごっごっ、と喉を鳴らして干したビールのジョッキをテーブルにだんっ、と叩きつけ、水澄はあたしを睨む。その目だよ、とあたしは口に出さないままで思う。
「別に、楽器はこれから練習してうまくなればいいじゃん。あたしは、もっとなんかこう、うまく言葉にはできないけど、とにかくあんたと一緒にやりたいって思った!」
楽器の件に関しては四年になった今も大した進歩はない、と言ってやったら当時のあたしも流石にキレるかもしれない。この大学生活で何をやってたんだ、と。返す言葉もないが。
ともあれ、当時のあたしは目先の些末な問題は未来へと棚上げにし、とにかくその瞬間の自分の心の動きに正直だった。要するに、新歓の間中、ずっと水澄に絡み続けた。絡み酒も多少あった気はする。
その甲斐あってか、それともただ単にあたしのしつこさにうんざりしただけか、一緒にバンドやろーぜぃ、という呂律の怪しい誘い文句に、水澄は最終的に頷いてくれた。
「言っとくけど私、誰かと一緒に何かやるのとか、超苦手だからね。わがままだし、すぐキレるし、それでいいならだからね」
「えへぇー? そんなの、じぇんじぇんいいけどぉー?」
それまで終始仏頂面だった水澄は、その時確かに笑った気がするのだ。あたしはというと初めての酒が回り過ぎていて記憶が定かではないのだけど。
「……あんた、酔い過ぎでしょ」
居酒屋から出て、水澄に肩を貸してもらって歩きながら、あたしはその先の未来について、思うままに適当なことをくっちゃべっていた気がする。
そのほとんどがアルコールと古い記憶に埋もれ、今では曖昧になってしまったけれど。
ほんの少しだけ、覚えていることもある。
「……私はさ、わがままだし、きつい性格してるし、だから誰かと何かやっても楽しいのって最初だけで、すぐ私がキレて相手も怒らせて終わっちゃうの。それならさ、どうせいつか終わっちゃうなら、最初から一人でいいじゃん、って思ってた。大学でも、その先もずっと、って。だから、あんたに誘われてちょっと嬉しかった」
アルコールで火照った体を夜風で冷ますようにゆっくりと歩きながら、水澄は明後日の方向を見てそんなことを言った。
それから、初対面なのに水澄の肩に全体重を預ける勢いで酔っ払っているあたしの耳元で、からかうように笑う。
「ま、あんたもすぐ愛想尽かしてどっか行っちゃうかもしれないけど」
その笑みには、うまく隠されていたけれど、ぐるぐると溶けた哀切と諦念が混ぜ込まれていたように思う。重たい頭を持ち上げて見上げた水澄の表情は、夜の中に沈んでうまく見えなかったけれど。
「……終わりになんか、なんないっ!」
「うわっ、急になに⁉」
あたしが突然ガッ、と夜空に向かって吠えると、水澄はぎょっとしたようにこちらを見つめた。なんだこの酔っ払い、とうとう頭がイカレたのか? みたいな目をしていた。失礼な。
あたしは自分がまだ大丈夫なことを伝えるため(?)サムズアップをしながら(?)水澄に尋ねた。
「ねえ、『終わらない歌』って知ってる?」
「え? あぁ、終わらない歌を歌おうー、ってやつ?」
「そうそれ! あたしたちはさ、それを歌おうよ!」
あたしがびしっと人差し指を突きつけた先で、水澄は戸惑いがちに首を傾げる。
「え、っと。ライブでその曲をやろうってこと?」
「いやそういう直接的なことではなくて、もっとこう概念的なことというか」
「概念ってなんだよ……」
もにゃもにゃと意味不明な言葉を吐くあたしを、水澄は気味の悪い生き物を見るみたいな冷たい目で見た。このままじゃ一緒にライブをやる前に解散されそう、と危機感を覚えたあたしは、多分ものすごく本能的に、ただただ思ったことを口にした。
「つまり、あたしは水澄と一生一緒に歌ってたい、ってことだよ! それって、終わらない歌ってことじゃん⁉」
あたしが得意げにめちゃめちゃバカの理屈を披露すると、水澄はしばらくきょとんとしてから、やがて弾かれたように笑いだした。もうホント、さっきまでバカみたいに貪っていた料理を全部吐き出すんじゃないかってくらいに腹の底から。
「――はぁーもー、薄々思ってたけど、マジでホントにバカ。バカ過ぎて涙出てくるわー、あーもーやばぁー」
「そんな笑うようなこと言ったかなぁ?」
「いやもう天才よ、バカ過ぎて。あぁー脇腹いてー」
「何その矛盾」
あははは、と笑い続ける水澄にムカついて、あたしは寄りかかっていた水澄の肩に頭をぐりぐりとねじ込んだ。
「いたいいたいたいっ――ふざっけんな、こいつ!」
「いっっっつ! ……ぅおえ、」
水澄の反撃で頭を殴打され、あたしは酒に溺れた若かりし日々の後悔を路上にぶちまけた。
「うわっ⁉ ……あーもうマジで最悪」
これに関してはマジで謝罪しかなかった。
路上のゲロを処理して(というか水澄に処理してもらって。これはマジで神)、あたしたちはどこかの駐車場の車止めに座り込む。
「……こんなことが続くなら、マジで終わりにするからね」
「……もうしません」
剣呑に目をぎらつかせる水澄に、あたしはひたすら身を縮めて謝罪した。そのせいで多分、あたしはここぞという時に水澄に頭が上がらない。
「ん、まぁいっか」
散々謝らせてすっきりしたのか、水澄は空を見上げて伸びをする。あたしもすっきりした気持ちで(吐くもん吐いたからそりゃそう)、同じように夜空を見上げる。星なんかろくに見えない、汚く曇った空。その向こうから来るはずの明日すら曖昧で、不確定な未来を。
「明けない夜はなーい!」
謎の衝動に駆られ夜空に向かって叫ぶと、隣で水澄も大きく息を吸う。
「止まない雨はなーい!」
「うわ声クソデカ」
「あぁ?」
「腹式呼吸できてて偉い!」
「でしょ?」
適当なあたしのフォローにどや顔をすると、水澄は再び腹から声を響かせる。
「それでもー! 終わらない歌はー⁉」
隣にいるあたしを見て、水澄はその先に続く言葉を待ってる。
だからあたしは――
「ありまーーーす!!」
精一杯のクソデカ声で、叫んだ。そうすることで、先の見えない未来を確定しようとするかのように。
「どこにーーー⁉」
「ここにーーー! ありまーーーーーっっっす!!」
道行く会社帰りのサラリーマンや、夜のお仕事のお姉さんが寄越す、呆れたような、迷惑そうな視線にもめげずに、あたしたちは汚い夜にお行儀悪く座り込んで、リズムもメロディもがたがたな終わらない歌を必死に叫んでいた。




