二十一話
ミスコンの資料を調達できることが分かっていたため、結ノ介は翠と夜子に少しだけ待っててほしいと連絡していた。
夜子から屋上にしてほしいと返事が来た。
麗が用意してくれたバッグに資料を入れ、急いで待ち合わせ場所に向かう。
屋上への階段で、夜子と会うと、向こうが先に、
「ごめん、ちょっと遅れちゃった」
「いや、むしろぴったりだよ」
二人で屋上に出ると、すでに翠がいた。
「悪い、待たせた」
結ノ介は早速資料をバッグから出し、過去のミスコンの資料だと説明した。
三人でそれぞれファイルを取って、良さそうなものを見ていく。
夜子が不思議そうに、
「これってどうやって見つけたの?」
「えーと、ちょっと知り合いの伝で、な」
翠の横顔を盗み見ると、真剣に、いや必死にページをめくっている。
まるで何かを探すような、求めるような一途な姿だった。
「あ……」
翠が小さく声を漏らした。
開いたページに目を落とし、じっと見つめている。
「何か見つけたのか?」
結ノ介が尋ねると、翠は一枚の写真を指差し、屋上を渡る風に掻き消されてしまいそうな声で、これが良い、と呟いた。
翠は結ノ介と夜子に視線を送り、今度は決然とした声音で言った。
「私、これが良い」
写真には、純白のドレスを着た一人の女の子が写っている。
デザインは決して新しくはないが、飾り気がなく洗練されている印象だ。
「良いと思うよ、すごく」
翠は安心したように表情を緩め、写真に視線を移し、嬉しそうに目を細めた。
結ノ介は胸を撫で下ろしたのも束の間、あることに気づいた。
「そのドレスと同じものなんて、今売ってないだろ」
翠の眉宇に、忽ち不安が漂う。
「そうだよね。どうしよう……」
夜子は空気を一変させる笑顔で、
「大丈夫。この間のドレスに少し手を加えれば、この写真とほとんど同じものになるよ」
翠は目を見張り、興奮した様子で、
「本当?」
「うん」
夜子は翠を安心させるように、自信を湛えて頷いた。
翠は瞳をうるうると滲ませ、
「ありがとう、夜子ちゃん」
結ノ介は今度こそ安堵の溜息を吐き、
「何とかなりそうで良かった。それじゃこれから黒凍の家に行って、あのドレスの裁縫に取りかかろうか」
夜子が言う。
「私、これから裁縫に必要なもの買に行くから、二人はPRのこと進めておいてくれない? ドレスは翠が家に帰ってから、私の家に持ってきてくれればいいよ」
「買い物行くなら、俺たちも一緒に行くけど?」
「ううん。この写真のドレスって見た感じそんなに装飾無くて、糸と何種類かレース買えば済みそうなの。だから荷物持ちとかはいいよ」
確かに裁縫の買い物は夜子一人でできるし、彼女が裁縫している間、結ノ介と黒凍は何もできない。
それどころか、隣でPRのことでごちゃごちゃ口論されたら、足を引っ張りかねない。
「そうだな、分かったよ」
首肯したが、自分が落胆していると自覚した。
夜子が自分と一緒に行動しないという選択を提案したことに、勝手に落ち込んだのだ。
買い物について行きたいと食い下がったのは、みっともない抵抗に過ぎない。
話がまとまると、夜子は「バイバイ」と屋上から去っていく。
結ノ介は咄嗟に、翠が持っているファイルを掴んだ。
翠はずっと写真を眺めていたらしく、結ノ介が「ちょっとごめん」と言ってファイルを引っ張り上げると、驚いたように「あっ」と声を上げた。
夜子は階段を下りたすぐ先を歩いていた。
結ノ介が「灰半」と叫ぶと、夜子は振り返り、「どうかした?」と聞いた。
結ノ介は夜子に追いつくと、ファイルを差出し、
「実際のドレスの写真、あった方がいいかなと思って。見ながら作業した方がいいだろ? 衣装が完成したら、俺に返してくれればいいから」
「そうだね、ありがとう。それじゃ借りるね」
つい最近、麗にあんな話をしたからだろうか。
無意味な抵抗であっても、グズグズしたくないと思った。
「PRのことなんだけど、付き合いの浅い俺が考えるよりも、灰半が考えた方が良くないか。黒凍の長所とか特技とか、そういうの詳しく知ってるだろ」
夜子は少しの間、何かを黙考し、用心深く口を開いた。
「ということは、五野くんが衣装の裁縫をしてくれるの?」
「え? いや……」
裁縫なんて中学の家庭科の授業でやった程度だ。
結ノ介が言い淀んでいると、
「役割分担、適材適所。衣装のこと、翠、すごく喜んでたね。五野くんの行動力があれば、翠の良い所見つけてあげられると思うな。私が考えるよりも、良いものになるかもね」
「分かった。衣装のこと任せきりになるな、ごめん。その分他のことはしっかりやるから」
「うん、お互いがんばろうね」
夜子と今度こそ別れ、屋上に戻ると、翠が優秀な飼い犬のように大人しく待っていた。
「悪い。写真なんだけど、実際に見ながら裁縫した方がいいと思って、灰半に渡した」
「そう……」
翠は少し悄然とした面持ちになったが、すぐ「その方がいい」と淡く笑った。
さっきは夜子を追いかけることで頭がいっぱいだったが、今考えればすごく無神経なことをしたという思いが湧き上がってきた。
「ごめん。あの写真、随分気に入ってたみたいだったのに、無理に取り上げて」
翠は「ううん」とかぶりを振って、足元の鞄に入ったファイルを見下ろした。
「私がわがままなことしたから、何とかしようと思って、これ用意してくれたんでしょ」
そして、溶けそうな笑顔で、
「ありがとう、すごく嬉しいよ」
やばいと思った。
この笑顔を、他の誰にも見せたくないと思ってしまう。
「たいしたことじゃないから、気にするな」
「あの日はごめんなさい。ずっと煮え切らない態度だったよね。でも、あなたと夜子ちゃんが、私のために選んでくれたのが嬉しいって言ったのは、嘘じゃない」
あの日のことを聞いても、いいのだろうか。
ずっと聞けずにいることもある。
――どうして自分を変えたいと思ったんだ?
聞いてもいいことなのだろうか。
友達でさえお互いの一切を話すことはあまりないのに、ましてや自分たちの友達とも呼べないような関係性ならなおさらだ。
立ち入ってはいけない領域というものは、必ずある。
「PR考えよう。灰半が衣装の準備をしている間に、こっちもできるだけ進めておこう」
「そうだね」
委員会室と写真部の資料を参考に、とりあえず過去の参加者のPRを真似てやってみることにした。
それから約三時間、いろいろなことを試みたが、成果は出なかった。
体育館に移動し、バスケやバレーといった球技をするが、全然ダメだった。
根本的なフォームがおかしいのだ。
次にグラウンドでサッカーと野球をしたが、ここで翠が球技全般に向いていないことがはっきりと分かった。
おそらく、あらゆるボールの神様に愛されていない。
教室に行き、絵を描かせたら前衛的すぎるし、手品や手芸をやる器用さはなく、試に演技をさせたが、大根っぷりを遺憾なく発揮し、楽器類は聞いたことのない音が出た。
逆に天才なのかもと思ったが、すぐに「いやいや」と我に返る。
次はどうしようかと思案し、翠を一瞥した結果、
「今日は終わりにしようか」
疲労困憊の翠は、息絶え絶えに同意した。
どこか腰掛けて休める場所はないかと考えていると、翠にくいっと袖を引っ張られた。
「案内したいところがあるの。いい?」




