二十話
数日後、麗から件の資料を手に入れることができそうだと、連絡を受けた。
麗が今回も無事に戻ってきてくれて嬉しかったし、翠との関係が決して良好とは言えない現状で、これ以上ない朗報だったのは言うまでもない。
場所と時間が指定されていた。
放課後を待ち、写真部の部室を訪れる。
部室棟と呼ばれる校舎があり、写真部の部室はそこの最上階である三階の最奥だった。
普段、部室棟に用の無い結ノ介は、恐る恐る歩を進めた。
何故写真部なのかは分からなかったが、ただ帰宅部の麗が、資料を借りられるほどの強い接点を持っているのはさすがだ。
深呼吸してから控えめにノックすると、ドアがゆっくりとスライドする。
少し開いた隙間から麗が、ぴょこっと顔を覗かせた。
安堵する結ノ介に、麗は「スク水」と暗号を確認するように言う。
「聞いてないぞ。スク水の後に何がくるんだよ。フェチ、か?」
麗は「待っていたよ」と、結ノ介を室内に通した。
「お邪魔します」と小さく言って、結ノ介は遠慮がちに部屋に入る。
麗の他にもう一人女の子がいる。
知らない子で、おそらく写真部の部員なのだろうと思う。
パイプ椅子に、両手を揃えて行儀よく座っている。
結ノ介が「どうも」と会釈すると、静かに立ち上がり、如才のない所作でお辞儀した。
軽くウェーブのかかった長い髪と、清楚な佇まいが印象的だ。
「はじめまして、千道 蒼空と申します。五野 結ノ介さんですよね。話は麗ちゃんから聞いております」
結ノ介が「はじめまして」と答えると、麗が蒼空の横に立ち、
「彼女とは同じクラスなんだ。入学式の日に意気投合して、それ以来の仲なんだよ」
蒼空に椅子に掛けるように言われる。
中央に長机が二つ並べてあって、それを囲むようにパイプ椅子が並んでいる。
奥にステンレスの机があり、古い型のデスクトップパソコンが設置されている。
腰掛けた結ノ介の正面には、スケジュールが書かれたホワイトボードがある。
七月の第一週のその日、「ミスコン」と赤いマジックで書かれている。
壁面は白い画用紙で覆われており、写真が埋め尽くされるように貼られている。
写真部の部室なのだから、それは自然なことのはずだが、どこか違和感を覚える。
何だろうと観察していると、蒼空に見られることに気づく。
「ごめん、部室じろじろ見られるの気分悪いよね」
「いえ、私も麗ちゃんの親友がどんな方なのかなと思って、五野さんのことをじろじろ見ていましたから。こちらこそ申し訳ありません」
蒼空は楽しそうに微笑んでいる。
変わった子だなと思う。
「麗ちゃんがあなたのことばかり話すので、お目にかかるのを楽しみにしていたんですよ」
「麗が俺のことを?」
麗は涼しい顔を装い、
「そうだったかな」
「気付いてなかったんですか? 挨拶の後、いつも二言目には結ノ介が、って。今日いい天気だね、よりも高い頻度で言ってましたよ」
ベタな日常会話以上に話題に上がっているようだ。
「そんなはずないでしょ。結ノ介、蒼空が言ってること信じないでよ」
麗にしては珍しく、焦るように早口で否定し、
「冗談はここまで、本題に入ろう」
動揺する麗は珍しく、新鮮な感じだ。
蒼空は微笑ましそうに麗を眺め、「ふふふ」と小さく笑い、席を立った。
パソコンデスクの隣に設置してある、引き出しの一番下の段から何かを取り出す。
いくつかの黒色の一般的なファイルが、結ノ介の前に置かれる。
蒼空は次々とファイルを運んでくる。
全てのファイルの背表紙に「ミスコン記録」と書かれ、その下に年号が記されている。
運び終わると蒼空は席に着き、
「これらにですね、ミスコンの第一回から十五回までの参加者の写真がファイリングされています。一五回から昨年のものも、もちろんありますが、五野さんに必要なのは、ここにあるものですよね」
結ノ介はファイルの山を眺める。
これらは生徒会になかった、十年前以前の資料のすべてということになる。
「ミスコンの資料って、どっかに消えたんじゃなかったのか」
麗を見やると、すっかりいつもの調子に戻ったらしく、落ち着いた様子で、
「実はね、これらは散逸したと思われる生徒会の資料とは別に、写真部が代々残してきた資料なんだ。写真部の活動の一環としての、ミスコンの資料ということだよ」
「なるほど、そういうことか。でも、これ本当に借りてもいいのか?」
蒼空は優雅に頷き、
「返して頂ければ、もちろん。他の部員の方々の許可も取れていますし。ただし安易に他の生徒に見せないで下さい」
「俺以外は見ちゃダメってこと?」
蒼空は真剣な表情になり、
「五野さん、これは機密事項、トップシークレットなのです。どんな国際機関や秘密結社が、この情報を狙っているか分かりません」
「話のスケール広げ過ぎだろ。そんなに大規模な話なの?」
「これまでも数多の組織とエージェントが、このファイルを巡って血で血を洗う闘争を繰り広げてきたのです。五野さんが知らないのも、無理はありません。それらは水面下で起きている、言わば現代社会の暗部なのです」
「怖い怖い!」
蒼空は口元を隠し、上品に微笑み、
「五野さんだけしか見てはいけないということはありませんよ。七組の黒凍さんという方が参考にするために、過去の資料を探していらっしゃったのですよね。あなたが信頼できる必方でしたら、構いません」
要するに、無暗矢鱈には見せびらかすなというわけだ。
「約束するよ。でも、過去のミスコンの写真なんて、別に隠す必要ないんじゃないの?」
麗はファイルを一つ手に取り、適当にページを開け、
「見ての通り、結構きわどいショットも多いんだ」
見ると、ステージ上で輝く参加者を撮影した写真もあるが、麗の言うように、不自然なアングルや、女の子の体の一部を狙ったアップのものがとても多い。
結ノ介はふと、壁面の写真の違和感に気づいた。
風景や建物、動物の写真もあるにはあるが、女の子が圧倒的に多いのだ。
麗が持っていた、今年のミスコンの参加者の写真の出所が、分かった気がする。
麗はファイルを閉じ、
「できればこれのことは、あまり多くの人に知ってほしくはないそうだよ。無理を言ってお願いしてるわけだし、僕自身も蒼空の友人だからということで教えられた。そして、君は僕の――という風に、こうして君の目の前にあるんだよ。こういうのは信頼が物を言う。そのことが分からない君ではないね。後は斟酌してくれ」
とにかく、このファイルの存在は、不必要に外部の人間には知られてはいけない。
加えて、情報の提供者は不用意に明かすな。
話は分かるが、このクラブの活動そのものがあまり公にできないんじゃないか、と思う。
「よく分かったよ。何も言わないし、聞かない」
麗が蒼空に視線を送ると、蒼空は満足そうに頷いた。
「深い理解に感謝します」
結ノ介としては、貸してもらえるだけでもありがたいし、何より麗の信用を失墜させるわけにはいかない。
「返却の際は私に連絡をください」
蒼空がそう言ったので、連絡先を交換した。
結ノ介が「できるだけ早く返すから」と言うと、蒼空は鷹揚に微笑み、
「今日はお目にかかれて、嬉しかったです」




