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少女コンプレックス  作者: 小野寺 大河
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十九話

 隣の席の子に頼まれた。

 親友をミスコンで勝たせるために、協力してほしいと。

 そう言おうとしたが、それは経緯であって、理由じゃない。

 麗が聞いているのは、何故翠に協力しているのかということだ。

 夜子への恋心と下心――それは結ノ介の打算。

 基本的には他言したくないが、相手は麗だ。

 遊びの議論ではなく、真剣な追及に対して、正直でいないのは無理だ。

 麗の聡明さの前に、姑息な言い逃れは意味をなさない。

 いや、そんな消極的な理由ではなく、麗への信頼がある。

 麗が知りたいなら、夜子への想いを話そう。

 それにまつわる自身の決意も。

 それはまだ、誰にも話したことのないことだ。

「ちゃんと話すよ。上手く言えるかどうか分からないけど、理解されないかも知れないけど、俺のことを話そうと思う」

 麗はおもむろに頷き、耳を傾ける。

「県外の高校に進学して、一人暮らしを始めた理由って、まだ話してなかったよな」

「うん」

「別に今の学校じゃなくても良かったんだ。地元を離れられたら、それで良かった。新しい環境で一人暮らしをすることに意味があると思ったんだ」

 笑わないでほしいんだが、と前置きして、

「一人暮らしの部屋で朝日を眺めながら、コーヒーを飲むのに憧れてたんだ」

 麗はきょとんとする。

 無理もないと思い、自嘲気味に笑う。

「何言ってんだ、って思ってるだろ? そういう反応になるのは分かる。でもな、なんかカッコいいだろ? 子供っぽくて恥ずかしいんだけど、そう思ったんだ。古い映画のワンシーンでありそうだし、コーヒーはブラックじゃないとダメなんだ」

「男の子特有のロマンとでも言うべきものなのかな?」

「そんなところかも知れない。夜明けに、開け放たれた窓の向こう、遠くの山際が白い輪郭を帯び始めて、みるみるうちに悠然と太陽が昇っていく。山は頂からふもとに向かって緑を鮮やかにしていって、眠る街に光が射して、それによってできた陰影で、どこか立体的に見えるんだ。部屋にも陽の光が満ちて、朝の澄んだ空気の中、視界の光景を眺めながら、コーヒーを飲む」

 結ノ介は真剣な顔つきになった。

「居ても立っても居られない様な衝動があったんだよ。実家にいる頃、小さな不満くらいはあったけど、何かに脅かされていたわけじゃなかった。両親は健在で、共働きだけど仲良くやっていたし、二つ上のぼんやりした姉と、一つ下の生真面目な妹は煩わしい部分はあったけど、仲は悪くなかった。地元を離れてまで、したいことや具体的に欲しいものがあったわけでもなかった。だけど、実家を飛び出したいと思った」

 地元の高校の入試を間近に控えていた結ノ介は、両親に頭を下げた。

 両親は学業に専念することを条件に、県外への高校の進学と一人暮らしを許してくれた。

 姉と妹は終始反対したが、最後は押し切った。

 都市部に近くて、まだ願書が間に合う高校が今の学校だった。

「新しい土地に行くことに不安があった。果たして、自分の選択は正しいのか。県外の高校に進学して、一人暮らしすることに意味があるかどうかは、分からなかった。だけど、もう気持ちは決まってた。衝動に、従わなくちゃいけない気がしたんだ」

 結ノ介は自分語りを恥ずかしく思いながらも、

「いつから大人になるのか、ずっと疑問だった。一年後? 五年後? 十年後? 変わることを望んでいるのに、やり方を知らない。もしかしたら、ずっとこのままなんじゃないかって思った。いつか大人になるだろうと漫然と生活するのはやめた。俺たちはある日突然、大人になるわけじゃない。今日という一日が続いた先に一年後があって、五年後があって、その先もあるから、今日何もしなかったら、何年先だろうと何も変わらない。今だって、経済的に自立してるわけじゃないし、まだまだ何もかも足りないけど、大人になるにはそうやって足掻いて、もがいてないとダメな気がする。そうしないと、永遠に手に入らないんじゃないかと思うんだ」

 結ノ介は一呼吸置いてから、

「高校の入学式の日、同じ教室の隣の席に灰半がいた。すぐに好きになった。奥手だけど、少しずつでも頑張って話しかけて、もしも彼女になってもらえたら、俺は自分を変えられたと思える気がする」

夜子への恋心は、決心の象徴のようなものかも知れない。

「だから、初めて自分から灰半に話しかけて、笑いかけてもらったとき、本当に嬉しかった。灰半から黒凍の手助けをしてほしいと頼まれて、チャンスだと思った。随分遠回しになったけど、そういうことだ」

 適度な相槌を打っていた麗は、聞き終えるとしばらく黙ったままだった。

 何かを考えているようで、結ノ介は困っているのではないかと思う。

 こんな話をされても、リアクションのしようがない。

「隠してたわけじゃないのは分かってほしい。わざわざ言うことでもないと思ったんだ。もっともそういう打算があって言いづらくなってたのは、否定しようがないけど。それに意味が分からないよな、俺の話」

 麗は首を横に振った。

「僕は嬉しいよ。君が僕に、君の大切なことを話してくれて。君の話は、興味深かった。君は罪悪感か、それに近い感情を抱いているのかも知れないけど、悪いことなんかないよ。いいじゃないか。当たり前の心の動きだ。何も恥じる必要はない」

「そっか」

「しかし、恋愛というものは難儀な欲求だね。僕は常々、それに警戒心を持っている。それはとても強い感情だから、他のものより優先されやすい。僕は恋に落ちて、理性的じゃなくなるのが怖いんだ。僕は好きな人とはずっと一緒にいたいと思うし、ずっと僕に構ってほしくなる。いつか突然、目の前のその大きな感情に、僕はきっと翻弄される。想像しただけで、強い恐怖を感じるよ」

 言い終ると、麗は「帰ろうか」と歩き始めた。

 結ノ介は、麗を無理に夕食に誘わなかった。

 麗に対して誠実でいたいし、これからも一緒にいたい。

 途中でいくつか分かれ道があっても、自分と麗の選んだ道は、いつも最後には同じ道に繋がっていてほしいと思う。

 今日のオムライスが一人前でも、明日は向かい合って、ご飯を食べられるはずだ。

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