十六話
翌日の正午前、結ノ介は繁華街に来ていた。
在来線を乗り継いで、いくつもの線路が交わる大きな駅を出ると、すぐにショッピングモールがある。
アパレルの店が何店舗も入っているほか、娯楽施設やイベントブース、劇場や個展などの貸しギャラリー、さらにはトレーニング・ジムなどもある複合施設だ。
土曜日の今日は、様々な年齢の人々でごった返している。
改札に集合の約束だが、どこにこれだけの人がいたのかと思うほど人で溢れていて、お互いのことを見つけるのは大変だ。
注意していないと見逃してしまうだろう。
結ノ介はそわそわしながら、待ち人の姿を探す。
休日に夜子と外出できるという、僥倖。
体が意思とは関係なく動き出すような高揚感と、失敗できない緊張感がある。
気の遣えない人だとか、頼りがいの無い男だと思われないようにしないといけない。
もちろん本来の目的は翠の衣装を選ぶことで、それを見失うことは不誠実だ。
しかし、夜子との外出は、いろいろな感情と考えを錯綜させる。
濁流のような人混みの中から、夜子を見つける。
こちらに気づき、雑踏を縫うようにして向かってくる。
心臓が早鐘を打っているのが分かる。
挨拶を交わすと、結ノ介は、
「すごく可愛い、恰好だな。似合ってるよ、すごく。うん」
夜子の私服姿は初めて見る。
ふわっとした女の子らしい感じだ。
何人もの男たちの視線が突き刺さっている。
夜子はくすくす笑った。
「ありがとう」
結ノ介はへらへらと笑うだけだ。
夜子を見て、改めて可愛いなぁと思う。
何を話していいのか分からない。
夜子は少し照れながら、
「休みの日に学校の外で会うと変な感じだね」
「そうだな」
「ご飯食べてきた?」
「軽く」
「何食べたの?」
「今朝の残りの味噌汁温めて、あとは冷蔵庫の中のものを適当に」
「へ~、なんか主婦っぽい。ちゃんと自炊してるの、偉いね」
「それほどでもないけど」
「私もたまに料理するんだけど、やっぱり難しいよね。レシピ見ながら慎重にやらないと、上手くできないもん」
「俺もそんなに上手くないよ。今年の春からの一人暮らしのために、こっちの高校の入学が決まってから母親にちょっとずつ教えてもらっただけだから、まだ全然だよ。それまではほとんど料理の手伝いしてなかったし。姉ちゃんがいるんだけど、実家にいた頃、たまに料理作ってくれって頼んできてさ。そのときだけだよ、料理したの。母さんの料理の方がどう考えてもおいしいのに、面倒で仕方なかったな」
「仲良さそうだね、羨ましいな。私にお姉ちゃんがいたらなぁ」
「灰半って兄弟いたっけ?」
「お兄ちゃんが一人いるの」
「仲良いの? いや、答えづらかったら悪いんだけど」
「普通だよ。険悪ってわけじゃないけど、特別仲良しでもないの」
結ノ介は夜子に会話をリードしてもらっていることに気が付いた。
舞い上がって単調な返答の結ノ介をフォローしてくれている。
やっぱりいいなぁと思うが、同時にこんなんじゃダメだ、とも思った。
翠が待ち合わせの時間から、十分ほど遅れてやってきた。
「遅刻だぞ」
「ごめん。改札見つからなくて、迷ってた」
慌てて来たため肩で息をし、汗をかいている。
駅の構内は広く、私鉄や地下鉄との乗り換えもあるので、確かに分かりにくい構造になっている。
乗り換えや出口の案内も頼りになるようで紛らわしく、故意に迷わせるようになっている気さえする。
翠は呼吸を整えながら、
「家を早く出たのに、結局遅くなっちゃった」
本人に悪気はないし、この程度の遅刻をしつこく咎めて夜子に器の小さい人だと思われるのは敵わない。
翠は神妙というより、必死な面持ちで「本当にごめんなさい」と言った。
翠にとって約束の拘束力は、結ノ介が考えているよりも大きい。
初めて会ったとき、起きてすぐ目の前にいた結ノ介の頬を叩いた。
翠の思考と行動は、いつもどこか極端だ。
彼女のことをよく知らない人は理解できなかったり、理解しようとすらしなかったりするかも知れない。
夜子は優しげに微笑み、
「大丈夫だよ。五野くんはちょっと遅刻したくらいで怒るような人じゃないし。ね?」
「まぁな。それじゃ揃ったところで衣装になりそうな服見に行くか」
三人でショッピングモールの中を進んでいく。
翠はジーンズと、動物か何かのプリントが施されたTシャツというラフな格好だ。
しかし、長身と信じられないくらい細く長い脚を持つ翠が着ると、まったく違ったものに見える。
まるで女性ファッション誌の表紙から、飛び出してきたようだ。
とにかく目立つので、行き交う何人もの人が翠に視線を向けていく。
「それにしても人が多いな」
「そうだね、これだけ人がいたら、知り合いとばったり出会うかもね。五野くんって外出好きなの?」
「え、そうだな……まぁ、好きな方かな」
「そうだと思った。だから楽しそうなんだね!」
本当は人混みが苦手だし、嫌いだ。
インドア派に属していて、人いきれでは息苦しさを覚える。
でも、夜子にはそういう風に思われたくない。
陰気で根暗なやつだと思われなくないのだ。
明るくて活発で、一緒にいたら楽しい男こそが、彼女に相応しいはずだ。
金銭的に妥当な価格で、品揃えが良い店を選ぶ。
ガラス張りで、店内の様子が見える。
強すぎる店内の照明、それを反射する磨かれた床。
かなり混雑しているようで、客のほとんどが若者だ。
結ノ介は来たことがないが、夜子は違うのか、すいすいと進んでいく。
翠はまだ入り口付近で佇んでいて、店内をきょろきょろと見回している。
綺麗に並ぶハンガーにかけられた商品や、楽しそうに話す他の客へと次々に視線を移しているようだ。
スピーカーから流れる人気の歌と、店内に響く数多の話し声に圧倒されるように、身動きが取れなくなっている。
スタッフが近づいてくると、声をかけられないように、あるいは通行の邪魔にならないように、体の向きを変えたり、わずかに立ち位置をずらしたりしている。
結ノ介以上にこういった若者的で、快活な場所に慣れていないのだろう。
結ノ介は夜子の姿を探した。
翠もそうするだろうと思ったが、ふらふらとした足取りで店の奥の方へ行った。
翠が着る衣装なのだし、気に入ったものを見つけられればいいのだけれど。
翠の行く先には戦隊もの、ライダーもの、パーティーグッズの着ぐるみ、プロレスのマスクなどがあり、結ノ介はどれも顔が見えねぇだろうが、と心配になる。
夜子は、奥のドレスっぽい服が並ぶコーナーにいた。
結ノ介が近づいてきたのに気づき、
「この辺りから選ぼうと思うんだけど」
胸元と背中が大きく開いている、ワンピースタイプの裾の長いドレスが多い。
「いいんじゃないかな」
値札に目をやると、驚くほど安価だった。
「こんなに安いんだな」
「びっくりしちゃうよね」
「灰半はここによく来るの?」
「うん。友達と来ると、何時間もいろんなお店を回って、それで結局買わなかったりして」
夜子がクラスメートたちと買い物を楽しむ姿は、簡単に想像できる。
この店の中にいる女の子たちのように和気藹々としながら、いかに安く、かつお洒落なコーディネートができるかについて意見を飛ばし合うのだろう。
結ノ介は、自室の衣装ケースに収納されている衣類を思い出した。
色味に欠ける無難な服。
センスがないのも分かっているし、それを理由に努力を怠っているのも自覚している。
夜子とこんな風に休日を一緒に過ごすことは、幸せだと思うが、こうして並んで立っていると、自分でも違和感を覚えてしまう。
誰が見ても、自分たちはつり合っていない。
「男の子にとって買うまでの過程って手段であって、目的じゃないから、ほとんど一日買い物に費やすなんて考えられないでしょ」
「楽しいのが一番だから、別にいいんじゃないかな。男だって大した話題もないのにだらだらファミレスで駄弁ることあるし」
「ドリンクバーで何時間もいる感じ?」
夜子がカフェで働いていることを思い出す。
「店からしたら迷惑だよな」
夜子はどういうこと? と小首を傾げている。
「いや、カフェでもコーヒー一杯でずっと居座られたら嫌かなと思って」
「そんなことないよ、それだけ居心地がいいってことでしょ。快適な空間を演出するのが仕事なんだから。自分の家みたいに感じてもらえたら嬉しいよ」
結ノ介と会話しながらも、衣装を見立てる夜子の目は真剣そのものだ。
「これなんかどうかな。ちょっと地味? 五野くんはどう思う?」
夜子は何着か選んで、慎重な眼差しで見比べる。
「どうかな、どれも良さそうに見えるけど」
「迷っちゃうよね。翠は綺麗だから何を着ても似合うだろうけど、やっぱり一番可愛いのを選びたいな」




