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王立大東博物館にて

 新歴729年、王族の暮らす島を悪魔らが襲った!

 彼らは自身の体を樹状に変形させ、島に凄惨な被害をもたらした。

 ハルジオン王国はその現象を『緑化』と命名。

 そして悪魔らを取り締まり、緑化の原因を究明する機関として『緑制省』を新設した。

 しかし設立以来60年、緑化の謎を追うも成果なし。

 それどころか緑化の現象はその事件以降、一件たりとも報告されなかった……!


                *****

 

 「ルあぁ!」


 二人の少年が大きな緑制省の建物の中の訓練場で剣の稽古をしている。

 綺麗な白の髪と少し長い襟足の少年、ナハト=ブルームは大剣をジオ=オルテガの右横腹をめがけて振るう。

 

 ジオはそれを二本の短剣で器用に受け止めると左半身から塩の結晶を勢いよく生成した。


 「わっ!!!」


 それを避けようと後ずさりしたけど、それが間違いだった。

 僕の重心が後ろに傾いた隙をついて、ジオが連続で攻撃を重ねてきた。

 大剣は細かな処理に弱い。

 どんどんと間を詰められてついに僕は尻もちをつく。

 気づいたときには喉元に短剣を突きつけられていた。


 「一本だな、ナハト」


 ジオがニヤッと笑って言う。

 中心で分けた黒の短髪と緑制省の隊服である黒のコートが風で揺れた。


 「おい、ジオ!!

  『血筋』を使うのはナシだっていうルールだろ?!

  僕にはそんなの使えないんだから!」


 僕は立ち上がって抗議する。

 必死になって抗議するがアイツには届かない。


 「お前、実戦で敵に情けをかけてもらうのか?」


 お決まりのセリフだ。

 言ってることが的を射ているだけに反論ができない。


 「これで俺の五連勝だ。こんなにお前が負けるなんて何年振りだろうな?」


 ケヒヒとジオが笑いながら言いながら僕に手を伸ばす。

 彼の手を借りながら僕は立ち上がった。

 黒のシャツにズボン、コート……この隊服は砂埃が目立つから嫌だ。


 ジオとナハトが出会ってからもう九年が経とうとしていた。年齢はどちらも十六歳。

 そんな彼らが緑制省の下部組織である訓練校に入校したのは二人が十三の時である。 王族であるがために緑制省入省が決まっていたジオに誘われたのもそうだが、なにより祖父にあこがれてナハトも入省を決意した。

 緑制省は悪魔を取り締まり、『緑化』の原因を探るだけでなく、国防にも関わる機関である。

 ジオの入省は主に前者のためだが、ナハトに関してはどうやらそうではないらしい。

 二人はまだ正式な隊員ではなく訓練生という立場である。

 実践こそないものの、技能、学科とも優れた成績を収めており、黒と白の正反対なルーキーとしてその名がすこしずつ知られている。


 ナハトだって負けたままでいられない。

 彼が「ようし、もう一戦だ!」と、剣を構えた時である。


 「二人ともぉ、いったん稽古をやめてちょっと俺のところに来てくれ。

  言いたいことがあるからよぉ!」


 という、少し陽気な聞きなれた声がした。

 少しふくよかな体型と見慣れた隊服のコート、左手は袖を通していない。

 僕の祖父、パテール=ブルームだ。

 物心つく前に両親を亡くした僕を男手一つで育ててくれた、僕の親のような人だ。


 じいちゃんは元緑制省隊員だ。

 左手を戦争で失った事で現役を退き、今は緑制省のツテで国内最大級の王立博物館の一般職員として働いている。


 「お疲れ様です!パテールさん」


 ジオは右の手のひらを左胸に当て、軽くお辞儀をした。

 緑制省式の伝統的なお辞儀だ。

 

 「そうかしこまらないでくれよ、ジオ君。

  君の父さんに合わせる顔がなくなっちまうよぉ」


 じいちゃんは口を大きく開け、笑いながらそう言った。

 相変わらず明るい人だ。


 パテール=ブルームは今年で七十五歳になる。

 現役を退いたのはナハトが産まれた頃に起きた戦争の後だ。

 その戦争で彼は左手だけでなく息子とその妻、つまりナハトの両親までも失った。

 ナハトはずっとそう言い聞かされてきた。


 パテールは右手に白い封筒を持っていた。

 ナハトとジオの伝えたいこととはこの封筒に関連しているのだろう。

 

 「言いたいことって何だろうね」


 ジオに言われ僕は「さぁ?」とだけ返事した。


 じいちゃんに呼ばれて緑制省のある一室に入った。

 大きな机にいくつかの椅子、そばにある棚には何かの本といつから置かれているのか分からない絵がかざってある、会議室のような部屋だ。

 じいちゃんから僕らに一つずつ白い封筒を手渡された。

 封筒に押してある羽と剣の判は緑制省のものだ。


 開けてみてと促され、ゆっくりと封を開けると、緑制省からの指令が書かれた文書が出てきた。 

 

 〈通告 ナハト=ブルーム、ジオ=オルテガ両名を王立大東博物館の警備に配属する〉


 「おおぉ!まじか!」


 ナハトのジオの二人は思わず大きな声を出して驚いた。

 それもそのはずである。

 王立大東博物館といえば誰もが知る博物館であり、その警備といえば緑制省で官僚になるための登竜門であると言われるほどの大きな仕事だ。

 通常はナハトやジオのような正式な隊員でない訓練生に当てられる仕事ではない。

 

 「ナハト、ジオ君、よく頑張ったなぁ。

  十六にして王立博物館の警備に配属、立派になったもんだ……」


 じいちゃんは僕ら二人の顔を見て一人ずつ肩をポンポンと叩き、嬉しそうに言った。

 

 「嬉しい理由はそれだけじゃないですよね?パテールさん」


 あっ!そうだった。ジオの言葉でやっと意味を理解した。じいちゃんがこんなに喜んでいるのは……。


 「ああ。ナハトと博物館で一緒に働ける、こんなに嬉しい事はないよ……」


 親心というものはこういうものなのだろうか。

 じいちゃんは目にうっすらと涙を浮かべて喜んでいた。


 「一緒に頑張ろうな」と、じいちゃんは僕を強く抱擁した。

 訓練生としての努力が認められたこと、じいちゃんが喜んでいること、全部が嬉しかった。


 感動の中、「足引っ張んなよ」とジオが茶化す。

 

 「うるせぇ、ジオこそ足元すくわれねぇようにな」僕は反射で言い返した。


 そのやり取りを見ていたじいちゃんは嬉しそうだった。


 

 今思えば、運命の歯車はこの瞬間からゆっくりと動き始めていたんだろう。

 王立大東博物館、ここが歴史に残る大事件の舞台になるなんて、この時はまだ知る由もなかったんだ。


               *****


 ジオの迎えが来た後、僕はじいちゃんと家に帰った。

 自室の机に腰をかけ、ふーっと息をつく。


 そして辺りに転がる本やら服やらを見渡して、また一つ息を吐いた。

 

 ナハトはこれからの仕事に期待を胸に膨らませながら、今までの事を思い出していた。


 ジオみたいになりたくて、必死になって剣を覚えた。

 ジオたち王族は、多くが緑制省に入省する。

 王族のもつ『血筋』の力が悪魔の強靭な肉体や能力に最も有効だからだ。

 

 ジオやじいちゃんの影響もあったからか、自然な流れで訓練校に入校した。

 それからもう三年が経つのか。


 ナハトはふと一冊の本を開く。ある冒険小説だ。

 しかし内容は頭には入らなかった。次はこれからのことで頭がいっぱいだったからだ。

 

 今回の任務が無事終われば、僕らの評価はより上がり、もっと重要な任務にもつけるのかな。

 緑制省の隊員は国防にも関わる。

 僕が立場をもてば、両親やじいちゃんの片腕を奪ったような戦争なんて、二度と起こさせない。

 その話をするときの、悲しそうなじいちゃんの顔が脳裏に浮かんだ。

 

 いや違う、それだけの地位に立てるように強くならなきゃいけないんだ。

 最近はこんなことを考えてばかりだ。


 また一つ大きく息を吐いて、自分の剣をぎゅっと握った。

 僕の体格には似合わないほど大きい、じいちゃんのくれた大切な一振り。

 これからも頑張ろうね、そう思いながら大切にしまい、その日はそのまま寝てしまった。


 力の抜けた手のせいで、開いた小説本は静かに閉じていった。


                *****


 王立大東博物館とは、とある有名な建築家が設計した博物館である。

 広大な敷地に建てる必要があったため、その立地は悪く、周囲は山に囲まれているのが特徴だ。

 歴史、文化、自然、技術、産業、芸術など、多岐にわたる展示品は世界随一を誇る。

 悪い立地ながらも客足が途絶えないのは、この展示品の多さのおかげである。

 そしてこの博物館の周年祭は王族が出席するほどの重要な式典であり、毎年多くの警察や緑制省隊員が派遣される。

 先の大戦から約二十年、国力を示す重要なイベントの警備に今回、僕たち二人が任命されたという訳だ。


 外周警備、要人警備などの役割がある中で僕ら二人に任されたのは展示品保安と会場警備である。


 麗文明の青銅器、イクネウテース=レオンハルトの手記、ゾークラポスの名画「星を抱く女」、空遊獣の全身骨格化石、英雄カンタロスの盾など、一級品の所蔵品が全て合わせて約966万点。

 

 中でも細心の注意を払わなくてはならないのが国宝”賢者の石”である。

 その生成、歴史など石に関わる一切の情報が不明。

 しかし、その深い赤の輝き、美しさがゆえに代々この国の王が石を受け継いできた。

 

 ”賢者の石”はこの博物館の周年祭、王位の即位式にしか展示されない。 

 

 式典二週間前、展示品保安に係る人物に招集がかかった。

 大東博物館を訪れたのはこれが初めてだ。

 あまりの大きさに言葉を失う。


 博物館は五階建てで、さらに地下二階の計七階建ての建物である。

 伝統的な石造りで、幾本もの太い柱が正面玄関を支え、王国の歴史に名を刻んだ英雄の彫刻が並んでいる。

 

 「あんまソワソワすんなよ、田舎者ってばれるぞ」

 

 と、ジオが言う。よく見るとジオもその荘厳さに動揺しているようだった。


 「うっせぇ、王族サマだって緊張してんじゃねーか」


 そう言うとジオは無視して「集合場所はこっちだぞ」と一人、歩き始めた。


 この大東博物館は上空から見ると大きな正方形をしており、中心に同じく正方形の大きな庭のある造りをしている。

 ジオの言ってた集合場所とはこの大きな庭のことである。


 内部の造りも圧巻のものだった。高い天井のシャンデリアはそれ自体が一つの芸術品のようだ。床の装飾はその上を土足で歩くのが憚れるくらいだ。


 庭に集められた隊員は二百名ほど。

 これだけの人数を収容できる庭園の造りも美しさであふれている。

 ざわつく場に指揮官の男一人の登場で静寂が訪れた。

 その男は僕たちの前に立つと、どこからともなく刀身の長い剣を取り出した。

 この男もきっと王族だ。あんな不思議な現象は『血筋』の能力以外に説明がつかない。

 剣を地面に軽く突きたてる。彼はかけていた眼鏡をクイッと直した。


 「えー……、今回の警備において指揮を執る、”完新世”エイン=アスティマンだ。よろしく」


 とんだ大物の登場に辺りはまたざわざわと騒ぎ始めた。


 「おいおい……そりゃ国家レベルの任務にはふさわしい人だけどよ……」

 「ああ……実際見てみると、とんでもねぇ威圧感だ……」

 「『新生代』……ほんとに存在してんだな……」

 「あの七人のうちの一人……か……」


 

 周囲からはそんな声がちらほらと聞こえてきた。

 

 人間離れした背丈とスタイル、髪はきれいな黒で艶が目立つ。

 僕たちと全く同じはずの黒い隊服が、彼が着ると様になっている。

 指先の所作でさえ洗練されていて目が離せない。


 ふと隣のジオに目をやると、彼はおびえつつも笑っているような、興奮にあふれた表情をしている。

 その顔に僕も気を引き締めた。

 

 展示品保安についての説明を受けたのち、実際に建物内部を見学することになった。

 僕たち二人も移動を始めようとした時である。


 「君らがジオと……ナハト?」


 まさかだ。

 かの”完新世”、エイン=アスティマンに呼び止められた。


 「はい……そう、ですが……」


 ジオはおびえながら答えた。


 「黒と白の正反対なルーキー。話をよく聞くんだよね。

  確かにこう見てみるとおもしろい。

  今回二人を指名したのは私だ。よく学べよ」


 恐れ多さからか掠れた声で僕らは返事をした。

 エインさんはフッと笑って一言「着いてこい」とだけ言った。


 僕とジオは顔を見合わせてから彼の後を小走りで追った。

 

 二人の胸は期待と興奮でいっぱいだった。


 この博物館はとにかく大きい。

 なんでも、急ぎ足で見て回るだけで三週間はかかるという。

 展示品をゆっくり見て回る時間はなかったものの、これらのものを見て楽しめるだけの教養を身につけておけばよかったなと思った。


 この二週間、僕らは基本エインさんに着いて歩き、とにかく学べることを吸収していった。

 そしてなんと空いた日には直々に稽古をつけてくださった。

 僕たちはエインさんの足元にも及ばずボコボコにされ、挙句の果てには彼自身が持っていた剣を見ながら「君たちにはまだこの一本で十分だね」となにやら意味深なことまで言われる始末。


 やはり緑制省の最大戦力『新生代』の一人なだけはある。

 的確な指摘や人員の配置、博物館の間取りと死角の把握、どんな状況においても警戒を怠らない姿勢、どれをとっても隙が全く無い。

 さらには館内を回っている間は展示品の説明までもきっちりとこなすという徹底ぶり。

 これがプロというものなのかとしみじみ感じさせる。


 そして何よりよく働く。

 人の何倍も働くのだ。

 博物館内にいるときは、どんな時でも武器を携帯していなければならない。

 警備に当たるからには、侵入者がいつ現れても対処できるようにしなくてはならないからだ。

 僕は背中に剣をかけていたから毎日肩が痛くてしょうがなかった。 

 

 エインさんは途中で何度かじいちゃんの話をしてくれた。

 どうやら彼はじいちゃんには面倒をみてもらっていたらしい。

 じいちゃんが『新生代』と面識があったことには結構驚いた。


 時折、じいちゃんが陰から僕らをちらちら見ていたのが少しうざったかったということはここだけの話にしておこう。


                  *****


 途中あった事件らしい事件と言えば野犬騒ぎである。

 

 「うわ?!なんだコイツ!!」


 式典まで残り一週間となった日の昼、館内のどこかで誰かの声が響いた。

 僕とジオとエインさんが声のするほうへ行ってみると、そこには一人の男性隊員が。

 隊員は僕らに(正確にはエインさんに)気づく。


 「何が?説明しろ」


 そうエインさんが言うとその男が「野良犬です」と一言。

 野良犬?ここは屋内だぞ。

 

 「あそこの扉から逃げて行って……」


 男はそう続けて、開いている扉を指さした。


 「野犬……誰かの『血筋』か何かですか?」


 ジオがそうエインさんに言うと、彼はただ「いや、聞いたことないな」とだけ返した。

 その後はエインさんの指示により周囲の警備が硬くなった。

 それこそありんこ一匹はいらないように、である。


                  *****

 

 時間はあっという間に過ぎていき、迎えた式典前夜。

 “賢者の石”は三日前に所蔵庫から最下層である地下二階にある専用の保管室に移された。

 その日から全員の警戒が最高潮に高まるも、エインさんの的確な指揮により、無事何事もなく今日までやってきた。

 残るは数時間後に訪れる式典本番を無事に終わらせることのみである。

 全員の緊張が少し和らぐ。これが悪かったんだろう。


 きれいな満月が辺りを寂しく照らす夜だった。


 僕とジオ、そしてエインさんは最上階である五階で見回りをしていた。


 「そういえばなんですけど……」


 ジオが切り出した。


 「なんでエインさんともあろう方が自分たちみたいな新人に目をかけてくれるんです?」


 確かに、それは僕も気になっていた。


 エインさんはわざとらしく視線を斜め上に向けて「うーん」と考えながら答えた。


 「えっとね……、オルテガ家やパテールさんにお世話になったからが7割で、残りの3割は個人的な理由かな」


 「個人的な……ですか……。それって聞いても?」


 僕がそう聞くとエインさんは何かを隠すような笑顔で、ただ「秘密」とだけ返した。


 『新生代』ともあろう方にも人間らしさはあるのだなと考えながら、ふと窓に目をやる。


 きれいな満月に、雲がほんの少しだけかかっていく。

 明るさと音が徐々に姿を消していった。


 エインさんは片手を眼鏡に添えてクイッと上げた。

 そして左手に、またもどこからともなく現れた刀身の長い剣を握った。


 「……?エインさん?」


 突然の彼の行動にジオが戸惑いを隠せないような顔をする。

 

 「……なんで」


 エインさんは確かにそう小さく言った。


 全く状況がのみ込めない。この人は何をしているんだ。そう思ったその時だった。


 「ジオ!エイン!臨戦体勢!!衝撃に備えろ!!」


 エインさんが急に声を上げた。

 張り上げた声に僕らは反応できなかった。


 急転、静寂を破る轟音と揺れ。

 建物全体が横に揺れた。

 下からだ。一体、何が?

 

 僕ら二人は立つのも精一杯で床に手を付く中、エインさんは窓から下を覗き込んで、大きく目を開いて下を凝視した。

 そして混乱しているような、それでいて冷静に思考をめぐらせているような、そんな複雑な顔でボソッとつぶやいた。


 「お前が、これを……」


 ”お前”?誰のことだ?


 下からは大勢の声が聞こえる。

 事故か事件か、とにかく情報を……!

 

 慌てて窓から庭を覗き込む。


 「……っ」


 思わず息を飲んだ。


 これは現実か?

 

 僕の目に映ったもの、”それ”は教科書の中にしか存在しなかった、僕たちの悲願——


 枝分かれした樹状の腕を振り回し、周囲を襲う緑色の怪物が十数体。

 

 まさに地獄絵図。

 体から汗があふれて止まらない。 

 僕は震える拳をぎゅっと握った。


 雲が完全に月を覆い隠す。


 王国の誕生から789年の歴史の中で、たった一度しか確認されなかった現象、『緑化』。

 それが今、再び猛威を振るおうとしている。


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