プロローグ
「極悪人ナハト=ブルーム、”東の英雄”ジオ=オルテガを殺害」
そんな号外が街を飛び交った。
*****
「やめてよ!やめてって!」
レンガ造りの家の路地裏で、同級生からの袋叩き。
これが僕の日課だ。
とにかく全身が痛い。
口が切れて、血の味がする。
大体、一対四で殴って蹴ってなんて卑怯者のすることだ。
「黙れよ!肌も髪の毛も真っ白のモンスターのくせに!」
「みんな言ってるよ!お前はあの『悪魔』なんだろ!」
僕の見た目への悪口はこれで何度目だろうか。
事実としてうずくまる少年の見た目は奇抜なものだった。髪から眉、まつ毛に至るまで真っ白で、極み付きには両方の目じりにある三角形の白い白斑。
この変わらない容姿が憎い。
地べたにうずくまって頭を守るのに必死な自分が情けない。
弱い自分が大嫌いだ。
ずっとこうだ。
人は生まれながらに見た目の違うものを受け入れないのだろう。
七、八歳の子どもですら、こんな風に残虐になれるのだから。
うずくまって、目をぎゅっと閉じて、ただ耐えている、その時だった。
何かがひび割れるような音と共に地面が揺れ、彼らの暴行が止んだ。
何だ……?
やけに周りが静かだ。
そっと目を開けると、そこには白目の部分が真っ黒で、瞳孔が猫のような男の子が立っていた。
「……ぁ…………」
小さく声を漏らしながら、卑怯者のうちの三人が、目と口を大きく開けて僕の後ろを凝視している。
僕もゆっくりと首を後ろに回した。
その光景に、僕も大きく目を開けたまま固まってしまった。
地面を割って這い出た巨大な透明の結晶、それが奴らのうちの一人を捕えていた。
顔と右手以外が結晶に取り込まれ、全く身動きが取れていないようだ。
「なんだよっ…これっ…」
捕えられている本人ですら状況を理解できていないようだ。
黒い瞳の男の子は目線を下げ僕を見た後、ゆっくりと四人を見渡した。
彼が一つ溜息をつくと、パキパキと音を出しながら結晶は崩れていき、囚われていた彼はその場で尻もちをついて倒れた。
「で、やんの?」
鋭い目でにらみながら彼がそう言い放つと、四人は一目散に逃げてしまった。
「大丈夫?ほら」
彼は地べたの僕に手を差し伸べた。
「あぁ……。うん……。慣れてるからさ……。ほら、こんな見た目、してるし」
悔しくて、恥ずかしくて、作り笑いをしながらそう言った。
ありがとうとすら言えない自分に嫌気が差した。
彼の手を取り、立ち上がった後、彼が口を開いた。
「俺には詳しいこと、よく分からないけどさ……。
変えられないものは……うん、確かにあるよ。
でも、それは変えられるものを変えない理由には、きっとならないと思う。
ま、これは受け売りなんだけどね。
着いて来なよ、手当しなきゃだろ?」
「うん」とだけ小さく返事をして彼についていく。
恥ずかしかった。
同い年くらいの男の子に自分のすべてが見透かされている気がしたからだ。
血の気が引くほどこぶしを強く握って、涙を精一杯こらえていた。
変えるべきは毛の色か、肌の色か、いや—。
小走りで彼に追いつき、彼の顔を見て言う。
「あっ、あのっ!……その、助けてくれて、ありがとう……」
彼は立ち止まった。僕も立ち止まる。
心臓が鳴り止まない。
風が僕の後ろから吹いた。
僕の真っ白な髪と彼の真っ黒な髪がふわっと揺れる。
「いいって。気にすんな」
彼は笑って言った。
よかった、言えてよかった。
そう思って安心すると、我慢していた涙が少しずつあふれてきた。
「おい、泣くなよ。もう大丈夫なんだからさ」
彼はそう言って僕を励まして、続けてこう言った。
「俺はジオ=オルテガ。君は?」
僕は浮かんだ涙を拭きながら答えた。
「僕はナハト。ナハト=ブルーム」
「よろしく、ナハト」
「うん……!」
体中が痛かった。
でも、口の中の血の味は不思議と苦くなかった。




