4.私は創作する
翌日、いつも通り優美は大学に出かけて行ったのを確認した後、机に向かう。そして私は椅子を出しそれを通して机の上に飛び乗る。腹部の傷はほとんど癒えたとは言えまだ多少は痛む。けどそんなことは言ってられないわ。これも恩返しのため、私が優美のために一肌脱ごうじゃない。
机の上にはタブレットの他、PCやちょっとした本棚、ペン立てなどがある。さてさて、私の意図を伝えるのに使えるものはあるかしら。周りを見渡しながら吟味していく。まずはペン立てからボールペンを取り、そして本棚からルーズリーフの束があったのでそれを引っ張り出す。ルーズリーフの束は袋に入れられていたので優美には悪いけど開けさせてもらうわね。これで準備は整ったわ。こう見ると私も画家か何かになったような気分がするわね。
そしてボールペンを口に咥えてルーズリーフに筆を走らせる。
私の考えたプロットはこうよ。まず主人公の紗英と信長が一緒にいるシーンから入る。ちなみにこの時点ではまだ付き合っていないことにするわ。その方が優美の言うほのぼのとした日常ってやつに紗英と信長がお互いどう思っているのかを確認し合う物語に厚みが増すじゃない?最初から付き合っているとただの確認作業だしね。そして信長の独白が入りながらなぜ一緒にいるに至ったのかの回想が入る。この回想は長々と説明せず1ページあれば十分ね。それで優美のネームではそれぞれが友達との会話で話していたけど、ここの部分は丸々カットして紗英と信長の会話に変更ね。会話の内容だけれど、紗英が信長にちょっかいかけながら話しかけるの。そして信長はそれを疎ましいと思いつつも紗英が何故自分にちょっかいをかけるのかを探ろうとしつつ紗英が自分の事を見下してある種のいじめをしてその様子を楽しんでいるのかと勘ぐってしまうシーンを描く。ちなみにここでは紗英の心情や思惑などは一切描かず表情のみで伝えるの。
そうしてペンを走らせている内に全24ページ分のネームが完成した。これが私の考える優美の漫画の第1話よ。ふふん、流石は私、容姿だけでなくプロットを考える才能もあるだなんてね。
ただ1つ問題なのは、セリフが無いことよ。こんな才能溢れる私でも人語については何ひとつとしてわからないから吹き出しや絵は描けてもセリフが書けないだなんて。これで優美に伝わるといいのだけれど。そうこうしている内に玄関から優美が帰ってくる音が聞こえた。ネームに没頭するあまり気が付かなかったけど窓の外はすっかり日が暮れていた。
「ただいま〜クロミちゃん、いい子して……って何じゃこりゃあ!?」
優美は机の上に散らばっているルーズリーフを見て愕然としていた。
「ちょっとちょっと!イタズラが過ぎるよクロミちゃん!何でこんなことを……」
優美は私のお説教を言い終わる前に私が描いたネームを凝視していた。
「うん?何これ、こんなの描いた覚えがないんだけど……。と言うかなんでセリフが無いの?もしかしてこれクロミが描いたの……?」
優美は私を見ながら問いかける。私はその通りと言わんばかりに尻尾をブンブン振って目で合図を送る。
「う、嘘でしょ、ホントにクロミちゃんが描いたの……?猫にこんな芸当ができるだなんて信じられないわ。もしかし私とんでもない猫を拾って来ちゃった?それにこの感じだと漫画?みたいに描かれていて、尚且つ登場人物らしいのが髪の短い棒人間と髪の長い棒人間?何か一応表情みたいなのが描かれている?」
ええ合っているわ優美、さあ後は私の意図を汲み取るだけよ。私は目を輝かせながら優美に期待した。
「う〜ん、でも何をしているシーンなのかさっぱりわからないわね」
その言葉を聞いて私はショックだったわ。この私が懇切丁寧に描いたというのにわからないだなんて、優美のお馬鹿!私はその場で身体を丸くして落胆したわ。
「でもクロミちゃんが本当に描いたと言うなら何か意図があるはずよね。私に何か伝えたいことがあるのかな……」
私はすぐに立ち上がって優美の手に鼻を近づける。その通りと伝えるために。
「え、そうなの?てか前々からそうだったけれどクロミちゃんって私の言葉がわかるの?」
そうよ優美、私はあなたの言ってることがわかるのよ。その気持ちを乗せてニャーと鳴いて返事をする。
「本当に私の言うことがわかるのね。凄いよクロミちゃん!」
優美は満面の笑みを浮かべながら私の頭を撫でる。
「じゃあやっぱりこの絵には何か意図があるんだね。わかったよ、クロミが私に伝えたいこと頑張って解読してみるね!」
そう言って優美は私の絵、もといネームをじっくり読んでいった。食事を取ることも忘れるぐらいに必死になって解読しようとしてくれている。その姿はまるで健気で愛くるしいとさえ感じてしまうほどに。そして私のネームに描かれた吹き出しにちょくちょくシャーペンを入れては消して入れては消してを繰り返していた。時にセリフを書いては私に確かめたりキャラの表情から察した優美の考察を聞いて私の意図を擦り合わせたりした。
かなりの時間が経った頃、優美から喜びの声が上がった。
「遂に完成したわ!クロミちゃんの意図を取り入れたネームが!」
優美は修正に修正を重ねた私のネームを高々と掲げながら狂喜乱舞していた。その姿ときたら随分と微笑ましいものね。
「さあ後はこれを読んでどんな感じになったのか確認しなきゃ!」
そう意気込んでいるのも束の間、優美のお腹からぐぅ〜っと大きな音が鳴る。そう言えば優美は帰ってから何も食べてなかったわね。かく言う私も何も食べてないのだけれど。
「完成したらお腹空いちゃったね。そう言えばクロミちゃんも何も食べてなかったわね。ところで今何時かしら?」
優美はスマホの画面を見て目を見開いていた。
「え、午前3時……?そんなに時間が経っていたの……?」
優美は呆然と立ち尽くしてしまった。
「もう晩御飯作るのやめよ。確か勉強用に買っておいたカロリーメイドがあったからそれを晩御飯にしよ。あ、クロミちゃんにはちゃんとご飯あげなきゃ……!」
そう言って優美は台所に行ってカロリーメイドとスティック状のキャットフードを持ってきた。優美は一旦それらを机の上に置いてから私を持ち上げてベッドの上に座り、私を膝の上に置く。優美がカロリーメイドとキャットフードの袋をそれぞれ破いてからキャットフードを私の前に差し出した。
「遅くなってごめんね。じゃあいただきます」
優美がカロリーメイドを食するのを確認して私もキャットフードを食した。優美との初めての共同作業をしたということもあってか、一緒に食べる晩御飯がいつもより特別なものに感じるわね。




