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第9話 死者の分け前

 戦の後には必ず帳尻合わせが来る。


 砦の広場で戦死者の名が読み上げられた。


 殿は全員生き残ったが本隊や先行した隊には少なからぬ死者が出ていた。マレンの戦と、帰りの隘路。二つの戦で中隊は二十近い兵を失っていた。


 名が読まれるたびに列のどこかで誰かが俯く。同じ村の者。飯を分け合った者。昨日まで軽口を叩いていた者。


 二十の名はただ淡々と読み上げられ、そして消えていった。墓もない。多くは戦場に置いてきたままだ。


 ザインの二つ右で死んだ、あの新兵の名も読まれた。


 ルーカ、というらしかった。十六だと、誰かが小さく言った。


 ザインはその名を初めて知った。


 隣で唾を飲んでいた男。名も知らぬまま、目の前で死んだ男。死んでから、ようやく名を知る。戦場とはそういう場所だった。


 報酬の分配も淡々と行われた。


 生き残った者には約束通り中銀貨が配られた。ザインの掌に冷たい銀貨が一枚、置かれる。


 貧乏村なら一家が半年は食える額。命の値段。ひどく軽く、ひどく重い、一枚だった。


 死んだ者には銀貨は出ない。死んでしまえば、報酬を受け取る手もない。その分がどこへ消えるのかは、誰も問わなかった。


「……これが、ルーカの分だ」


 古参兵の一人がザインに小さな包みを押し付けてきた。


「同じ村の出だろう。遺品だ。家族に届けてやれ。お前なら、ちゃんとやるだろうと思ってな」


 包みの中にはすり減った木彫りのお守りと、わずかな銅貨が入っていた。


 ザインはそれを黙って受け取った。


 届けてやる、と言いたかった。だがいつ村へ帰れるのかも分からない。次の戦で自分が死なない保証もない。


 それでもザインはお守りを懐の奥に仕舞った。せめて、自分が生きている限りは、と思った。


 ふとこの体の家族の事が頭をよぎった。


 三男坊として送り出された、貧しい農家。きっと今頃、息子が戦地にいると知って、夜ごと無事を祈っているのだろう。


 名取真には待つ家族はもういなかった。だがこの体にはいる。


 その二つの記憶がザインの中で奇妙に溶け合っていく。ルーカの家族も同じように祈っているはずだった。もう、帰らない息子を。


 一枚の銀貨と、木彫りのお守り。それが一人の人間が生きた証の、すべてだった。あまりに軽い。だがその軽さを軽いと思える自分には、なりたくなかった。


 夕刻、城壁の上でザインはコルネリアと再び会った。


 彼女はいつものように西の空を見ていた。


「……一枚の銀貨で、人は死ねるのね」


 ザインが隣に立つと、コルネリアがぽつりと言った。


「あなたは、あの新兵の名前を知ろうとした。遺品を預かった。みんな、見ないようにするのに」


「見ないと、楽だからだろう」


「ええ。楽よ。でも、あなたはしない」


 彼女はちらりとザインを見た。


「妙な兵。あなたみたいなのは、長生きするか、すぐ死ぬか、どっちかね」


「……縁起でもないな」


 ザインが言うと、コルネリアは初めて、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 笑った、と言うにはあまりに淡い変化だった。だが確かにそれは笑みに近かった。


「魔法使いは、後方にいることが多い」


 彼女はまた西を見て言った。


「だから、自分の魔法で誰が死んだのか、見えない事も多い。遠くから炎を放って、それで終わり。顔も知らない。……それが、楽なのか、ずるいのか、私には分からない」


「あんたは、見ようとしてるじゃないか」


 ザインが言うと、コルネリアは少し黙った。


「……そうね。だから、眠れないのかもしれない」


 しばらく、二人は黙って西を見ていた。


 風が城壁の上を冷たく吹き抜けていく。遠くで夜営の篝火が揺れている。その一つ一つの下に生きている兵がいて、明日には死ぬかもしれない兵がいる。


「……あなたは、なぜ戦っているの」


 不意にコルネリアが訊いた。


「選べなかったからだ。徴募されて、ここにいる。それだけだ」


「みんな、そう。誰も、好きで殺し合っているわけじゃない」


 彼女の声は静かだった。


「それでも、戦は終わらない。誰かが始めて、私たちみたいなのが、その尻拭いで死んでいく」


 ザインは何も言えなかった。慰めの言葉も反論もどちらも嘘になる気がした。


 二つの月が二人の影を石壁に長く伸ばす。


 死者を悼む時間は戦場では長くは許されない。


 ザインは懐のお守りに手を当て、もう一度西の空を見据えた。

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