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第66話 誇りという餌

 ザインはドレク軍曹のもとへ策を持っていった。


 中隊長の天幕には、ドレクのほか数名の下士官が集まっていた。皆ヴァレクとの戦に疲れ、暗い顔をしている。あの鉄甲の壁をどう破るか。誰も答えを持っていなかった。


「ザイン。お前、勝てる策があると言ったな」


 ドレクが低く言った。


「聞かせろ。だが妄言なら許さん。昨日、俺たちは半数を失った。これ以上の無駄死には出せん」


「妄言ではありません」


 ザインは地図を広げて谷の奥の隘路を指した。


「ここです。両側を崖に挟まれた細い道。馬が二頭並べば、もう身動きが取れない。重騎士の力が、まったく死ぬ場所です」


「だが、そんな所へヴァレクが来るものか」


 別の下士官が口を挟んだ。


「あの男は馬鹿じゃない。自分に不利な道へ、わざわざ突っ込むはずがない」


「来ます」


 ザインは静かに言い切った。


「あの男の誇りを、餌にすれば」


 天幕が静まり返った。ザインは続けた。


「ヴァレクは卑怯を嫌う。正面から挑まれれば必ず正面から受ける。逃げを恥とする。ならば、こうします。一隊で隘路の入り口に陣を張り、敵中へ使者を送る。『鉄甲のヴァレクに一騎打ちを申し込む。逃げぬなら、この道で待つ』と」


「一騎打ちだと」


 ドレクが眉をひそめた。


「お前が、あの化け物と一騎打ちをするのか。正気か」


「いいえ」


 ザインは首を振った。口の端に、わずかな笑みが浮かんだ。


「一騎打ちなど、するつもりはありません。これは挑戦の体裁です。あの男は誇りゆえに、必ず応じる。配下を率いて、あの隘路へ乗り込んでくる。そこを、待ち伏せます」


「待ち伏せ……だまし討ちではないか」


「いいえ。だまし討ちとは違います」


 ザインの目が鋭く光った。


「正面から挑み、正面から受けてもらう。ただ、戦う場所を、こちらが選ぶ。それだけです。隘路に入れば、重騎士は数の利も突撃の力も失う。そこへ、崖の上から岩と矢を落とす。馬を失った騎士は、ただの重い的だ」


 下士官たちがざわめいた。確かに卑怯ではない。だが敵の誇りを逆手に取る際どい策だった。


 ザインは地図の上に細い枝を置き、隘路の道筋をなぞった。


「使者には、嘘を言わせません。本当にこの道で待ちます。本当に俺が、入り口に立ちます。だまし討ちなら、あの男は気配で見抜く。だからこそ、嘘はつかない。ただ、崖の上に味方がいることを、言わないだけです。それは卑怯ではない。戦の備えです」


「屁理屈にも聞こえるがな」


 ドレクが苦く笑った。


「だが、お前の言う通りかもしれん。あの男は、まっすぐ来た者を斬らない。まっすぐ来た者の備えまでは、咎めん。武人とは、そういうものだ」


「ご理解、感謝します」


 ザインは頭を下げた。策の肝を、ドレクは正しく掴んでいた。


「危ない橋だな」


 ドレクが腕を組んだ。


「もしヴァレクが乗ってこなければお前の一隊が孤立して終わりだ。もし乗ってきても、崖の上の伏兵が間に合わなければ、お前は隘路でヴァレクと差し向かいになる。死ぬぞ」


「死にません」


 ザインは即座に答えた。


「読みは外しません。あの男は、必ず来る。崖の伏兵は、必ず間に合わせる。セドの死を、無駄にはしない。そのために、この策を立てました」


 その言葉に、ドレクはしばらく黙った。やがて低く息を吐いた。


「……お前の読みは、これまで外れたことがない。昨日の一度を除いてな」


「昨日の一度があるから、今度は外しません」


 ザインの声には、迷いがなかった。ドレクはその目を見て、ゆっくりとうなずいた。


「いいだろう。お前に賭ける。必要な兵と、崖の上の射手を回す。やれ」


 頭上に二つの月が昇っていた。大小ふたつの蒼い光が、策を授かった男の背を静かに押している。


 ザインは天幕を出た。冷たい風が頬を打った。これでヴァレクを討つ舞台は整う。あとは、あの誇り高い武人が自ら罠へ歩み入るのを待つだけだった。


 胸の奥に、わずかな痛みがあった。あれほど敬意を抱いた相手を、誇りを餌に嵌める。戦とはいえ、清い男の清さを利用する。それは決して、気持ちのよい勝ち方ではなかった。


 だが、それでも勝たねばならない。セドのために。隊のために。生き残るために。ザインは懐の小鳥を握り、北の闇を見据えた。

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