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第65話 読み直す

 ザインは、また敵を読み始めた。


 悲しみは消えなかった。だが悲しみに溺れていては次のセドを生む。ザインは地図を広げ、昨日の戦をひとつひとつ思い返した。どこで読み違えたのか。ヴァレクはどう動いたのか。


 地図の上に石を置き、敵の動きをなぞった。両翼への五度の突撃。そのたびに削られた味方の数。そして日暮れ間際に中央へ叩き込まれた本命の一撃。並べてみれば、すべては一枚の絵だった。ヴァレクは最初から中央を狙っていた。両翼はそこへ至るための長い布石だった。


 見事だった。憎むべき相手のはずなのに、その采配の美しさに、ザインは舌を巻かずにいられなかった。


「バルガ。昨日の戦、お前はどう見た」


 ザインは古参を呼んだ。


「あの男は、武人だと思ってた。正面から力でしか来ねえと」


 バルガが腕を組んだ。


「だが違った。両翼への突撃は囮で、本命は中央の継ぎ目だった。武人の顔と、将の顔を、両方持ってやがる。厄介な相手だ」


「そこだ」


 ザインは地図の一点を指した。


「俺はあの男を、武人だと決めつけた。だから武勇を地形で殺せば勝てると思った。だがあの男は将でもあった。俺の読みの、外を突いてきた」


「じゃあ、勝てねえのか」


「いや」


 ザインは首を振った。目に、昨日まで失われていた光が戻っていた。


「武人であり、将でもある。それは強い。だが二つの顔には、ひとつの芯がある。あの男は、誇りを捨てられない。将として冷徹に盤面を読みながら、武人として、卑怯だけは絶対にしない。だまし討ちを恥とする。降った者を斬らない。正面から来た敵には、正面から応える」


「それが、どう武器になる」


「誇りは、縛りだ」


 ザインの声が低く熱を帯びた。


「あの男は、こちらが正面から挑めば、必ず正面から受ける。逃げない。たとえそれが不利な場所でも、誇りが逃げを許さない。ならば――こちらが選んだ場所へ、堂々と誘い出せばいい。あの誇りを、餌にする」


 バルガが目を見開いた。


「敵の誇りを、罠にするってのか」


「そうだ。卑怯な策では、あの男はかからない。だが誇り高い挑戦には、必ず応える。正々堂々を装って、こちらの土俵へ引きずり込む。それが、ヴァレクを越える唯一の道だ」


 その時、コルネリアが歩み寄ってきた。手に、温めた葡萄酒の椀を持っている。


「飲んで。少しは温まるわ」


「ありがとう」


 ザインは椀を受け取った。コルネリアは隣に腰を下ろしてしばらく黙っていた。それから静かに言った。


「あなたが立ち直ってくれて、よかった。昨日のあなたは……見ていられなかった」


「心配をかけた」


「いいの。でも、ひとつだけ言わせて」


 コルネリアはザインをまっすぐ見た。


「あなたは、皆を守ろうとする。それはあなたの強さよ。でも、全部をあなた一人で背負わないで。セドを守れなかったのは、あなただけの責めじゃない。私たち皆の戦だった。だから……背負うなら、一緒に背負わせて」


 その言葉がザインの胸に染みた。一人で背負うことに慣れすぎていた。転生してこの世界に落ちてから、生き残るために常に頭を働かせ続けてきた。弱みを見せれば死ぬ。そう自分に課してきた。だがこの女は、その重さを分けると言っている。隣で一緒に背負うと。


 その申し出は、ザインがずっと知らずにいたものだった。


「……ああ。頼む」


 ザインは短く答えた。コルネリアがほほ笑んだ。


 頭上に二つの月が昇り始めていた。大小ふたつの蒼い光が、立ち直った男とそれを支える女を、静かに照らしている。


 ザインはもう一度地図に目を落とした。ヴァレクを誘い出す場所。誇りを餌にする戦場。その絵図が少しずつ形を成し始めていた。


 北の地図には、谷の奥に細い隘路が描かれていた。両側を切り立った崖に挟まれた、馬の利かぬ道。重騎士の力が死ぬ場所だ。あそこへヴァレクを誘い込めれば、鉄甲の壁はただの重い枷になる。問題は、どうやってあの誇り高い男を、自ら不利な道へ進ませるかだった。


 答えはまだ霧の中にあった。だが道筋は見えていた。あとは詰めるだけだった。


 セドの死を無駄にはしない。その一念がザインの読みを鋭く研ぎ澄ませていた。懐の小鳥が、まるでそれを見守るように、静かに重みを伝えてきた。

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