第54話 次なる高みへ
カランド攻略の功により、ザインは伍長から、軍曹へと昇進した。
ガレウス将軍直々の推挙だった。平民の徴募兵が二度の大会戦を経て、下士官の上位へと駆け上がる。異例の、早さだった。
「しかし軍曹かよ」
ガロが感慨深げに言った。
「徴募された時のお前を、俺は今でも覚えてるぜ。隊列でふらふらしてた、あの新兵がよ。それが二度の大会戦を経て、もう軍曹だ。出世が止まらねえな」
「お前も一緒に上がってる。俺の右腕はお前だ」
「へっ、嬉しいこと言ってくれるねえ」
ガロが照れ隠しに酒をあおった。
「軍曹殿、おめでとうございます!」
その夜、隊の天幕で再びの祝いが開かれた。ティムがわざとらしく敬礼する。
「やめろ。ドレク軍曹と、紛らわしい」
「いいじゃねえか、軍曹殿」
ガロがけらけらと笑った。
「徴募兵から始まって、もう軍曹だ。次はいよいよ士官か? 出世が早すぎて、こっちがついていけねえよ」
「ついてこい。置いていかない」
ザインが言うと、ガロは嬉しそうに笑った。
「言うねえ。まあ、お前が上に行くほど、俺たちも面白え戦ができるってもんだ」
バルガが椀を掲げた。
「十年、燻ってた俺がこんな面白え男の下につくとはな。長生きはするもんだ」
その輪の中でコルネリアがザインの隣にそっと座った。
「ねえ、ザイン。あなたはどこまで行くの」
「分からない。だが行けるところまで、行く。守れる命が増えるなら」
「……私もついていっていい?」
コルネリアの、控えめな問いにザインはまっすぐに答えた。
「当たり前だ。お前は俺の隊の、大事な一人だ。これからも隣にいてくれ」
コルネリアの頬がわずかに赤らんだ。火のせいだと、二人ともそういうことにした。
「なあ、二人とも」
ガロがにやにやしながら、口を挟んだ。
「いつまでそうやって、じれったいことやってんだ? いい加減、はっきりしたらどうだ」
「ガロ」
「うるさいわよ、ガロ」
ザインとコルネリアの声が、見事に重なった。二人は思わず顔を見合わせ、それからふっと笑った。
その息の合いようにガロはやれやれと肩をすくめた。
祝いの輪をザインは静かに見渡した。
ガロの軽口。バルガの不器用な笑み。ティムの成長した顔。マルトの輝く目。コルネリアの、穏やかな横顔。徴募兵として死ぬはずだった自分が、今、この温かな輪の、中心にいる。
だが戦はまだ終わらない。
ロウガという宿敵は健在だ。王国軍の主力も無傷で退いた。そして軍の内にはヴェイル派という、もう一つの敵がザインの台頭を苦々しく睨んでいる。
道はまだ遠い。だがザインはもう迷わなかった。
「次の敵は名のある武人たちか」
ザインは地図を見ながら、低く呟いた。
「ロウガほどじゃなくとも、手強い相手だろう。だが恐れはない。俺にはこの仲間がいる。一人では勝てない敵も、皆でなら越えられる」
「ロウガにまた会えますかね」
マルトが尋ねた。
「会える。この戦が続く限り、必ずどこかでぶつかる。その時こそ、今度は正面から、読み勝ってみせる」
ザインの目に静かな闘志が宿った。宿敵の存在は恐怖ではなく、目指すべき頂として、ザインの胸にあった。
翌朝、ドレクが新たな命令を持ってきた。
「ザイン。次の戦線はもっと厳しいぞ。敵には名のある武人たちが、控えている。お前の力がこれまで以上に試される」
「望むところです」
ザインは静かにしかし力強く答えた。
頭上に二つの月が昇っていた。
大小ふたつの蒼い光が、次なる戦場へと向かうザインたちを、静かに照らしている。
「軍曹ザイン、か。悪くない響きだ」
ガロがにやりと笑った。
「だがな、俺たちにとっちゃ、お前はいつまでもあの初陣で唾を飲んでた、ザインだよ」
「……それでいい」
ザインも笑った。
どれだけ出世しても変わらないものがある。隣で軽口を叩く相棒。背中を預け合う仲間。その何気ない繋がりこそが、ザインが命を懸けて守りたいものだった。
ラーゲンの平原に、カランドの城。二度の大会戦を生き抜き、ザインは徴募兵から軍曹へと駆け上がった。だがこれは長い戦記の、まだ序章に過ぎなかった。
二つの月が軍曹となったザインの背を、静かに見守っている。
軍曹ザイン。その成り上がりの道は、いよいよ、名のある強敵たちとの、本格的な戦いへと、続いていく。




