第53話 戦塵の後
カランドは帝国軍の手に落ちた。
西部の要衝を制したことで、戦局は大きく帝国に傾いた。だがその勝利の裏で街には戦の傷跡が生々しく残っていた。
ザインの分隊は奇跡的に誰も欠けていなかった。
「全員、生きてるな」
ザインが確かめると、ガロがにっと笑った。
「おうよ。お前の読みのおかげでな。城攻めで一人も死なねえなんて、普通あり得ねえぞ」
「水を断って、敵を弱らせた。力攻めを避けたからだ。まともにぶつかってたら半分は死んでた」
ザインは淡々と言った。だがその言葉の重みを、皆が分かっていた。
「なあ、ザイン」
ガロがしみじみと言った。
「俺たち、最初は十二人の分隊で、烏合の衆だった。それが今じゃ、城を一つ落とす戦で一人も欠けずに生き残ってる。お前についてきて、よかったよ」
「俺の力じゃない。お前たちがよく戦ったからだ」
「また、それだ。たまには素直に『俺のおかげだ』って言えよ」
「……言わない」
ザインがぼそりと返すと、皆がどっと笑った。
ティムが傷だらけの顔でしみじみと言った。
「俺、あの渡しの森で足を捻って運ばれた時のこと、今でも覚えてます。あの時、伍長殿が戻ってこなければ、俺は死んでました。それが今、こうして、城を落とす戦に最後まで立ってる」
「お前はよく成長した、ティム」
ザインはその肩を叩いた。
「あの時の、怯えてた新兵が今は若い兵を鼓舞する側だ。立派なものだ」
ティムの目がわずかに潤んだ。
その時、コルネリアが静かに歩み寄ってきた。城を崩した魔法の反動で、まだ顔色が青い。だが表情は穏やかだった。
「ザイン。私たち、勝ったのね」
「ああ。お前の焔が決め手だった。よくやった」
「……私、塔にいた頃は戦うことがただ怖くて、虚しかった。誰のために撃ってるのかも、分からなかった。でも今は違う」
コルネリアは生き残った仲間たちを、見回した。
「この人たちのために撃った。だから怖くなかった。守りたいものがあるって、こういうことなのね」
「お前は変わったな、コルネリア」
ザインが言うと、彼女は少し照れたように目を伏せた。
「あなたのせいよ。あなたが私を道具じゃなく、人として扱うから。おかげで私……生きていたいって、思えるようになった」
「いいことだ」
「ええ。怖いくらい、いいこと」
コルネリアの、はにかんだ笑み。城壁で初めて会った頃の、空虚な目はもうどこにもなかった。
ザインは静かに頷いた。
一人で塔に囲われ、自分を道具だと思っていた魔法使いが、今、守りたいもののために戦い、その勝利を仲間と分かち合っている。その変化が何より、ザインの胸を温めた。
戦の後、ガレウス将軍から、使いが来た。
「ザイン伍長。将軍がお呼びだ」
ザインが将軍の元へ向かうと、ガレウスは満足げに迎えた。
「お前の策でカランドは落ちた。水を断ち、壁を崩し、しかも自隊から、一人の死者も出さなかった。見事な働きだ」
「将軍。一つ、お願いがあります」
ザインは頭を下げた。
「此度の働きは俺一人のものではありません。隊の者、そして城を崩したコルネリアの功です。どうか、彼らにも相応の報いを」
ガレウスは目を見開き、それから豪快に笑った。
「手柄を部下に分けようとするか。ますます、気に入った。……いいだろう。お前の隊、全員に恩賞を出す」
それから将軍はザインをまっすぐに見据えた。
「お前を上に推す。伍長ではお前の器に収まらん」
「ありがとうございます」
将軍の天幕を辞して、ザインは夜空を見上げた。
伍長から、さらに上へ。ガレウスはそう言った。守れる命がまた増える。それは望んだことだった。
だが上がるほど、敵も増える。ヴェイル派の恨みはもう、後戻りできないほど深い。光が強くなれば、影もまた濃くなる。それでもザインは進む道を変える気はなかった。
頭上では二つの月が静かに昇っていた。
「軍曹殿になっても俺たちを置いてかないでくださいよ」
マルトが不安げに言った。
「置いていくか。お前たちは俺の隊だ。どこへ行っても一緒だ」
ザインの言葉にマルトはぱっと顔を輝かせた。仲間との絆は階級が上がっても変わらない。それがこの隊の、何よりの強さだった。
その蒼い光の下でザインの成り上がりは、また新たな段へと上ろうとしていた。




