第51話 市街戦
崩れた壁から、帝国軍が城内へなだれ込んだ。
カランドの街はたちまち戦場と化した。石畳の路地で家々の陰で兵と兵がぶつかり合う。平地の会戦とも城壁の攻防とも違う、入り組んだ戦いだった。
「散開して、路地を一つずつ潰すぞ! だが固まりすぎるな!」
ザインは分隊を率いて、慎重に進んだ。
市街戦は伏兵の宝庫だ。家の窓から、屋根の上から、いつ矢が飛んでくるか分からない。一本道で固まれば、格好の的になる。
「市街戦って、平地と何が違うんですか」
ティムが緊張した声で尋ねた。
「視界が効かない。曲がり角の先が見えない。屋根の上も窓の中も全部、敵が潜める。平地なら俺の読みで先回りできるが、ここじゃ、それも難しい」
「じゃあ、どうすれば……」
「焦らないことだ。一歩ずつ、確かめて進む。早く進もうとした奴から、死ぬ。市街戦は忍耐の戦いだ」
ティムがごくりと唾を飲んだ。
「伍長殿、あの角の家、怪しいです」
マルトが声を殺して告げた。
「窓の隙間から、人影が動きました」
「よく見てる。下手に近づくな。ガロ、回り込んで裏から確かめろ」
「おうよ」
ガロが慎重に家の裏へ回る。やがて戻ってきて、首を振った。
「兵じゃねえ。住人だ。母親と、子供が二人。震えて隠れてた」
ザインはほっと息を吐いた。
「そうか。なら放っておけ。怯えてる住人に手を出すな。俺たちは街を奪いに来たんじゃない。落とすのは敵の兵だけだ」
「優しいねえ、相変わらず」
ガロが横から茶化した。
「優しさじゃない。理屈だ」
ザインは淡々と返した。
「住人を痛めつければ、この街は永遠に帝国を恨む。占領した先で反乱が起きれば、また兵が死ぬ。民を守るのは結局、味方の命を守ることなんだ」
「……はいはい。分かってるよ。お前の、そういうとこは嫌いじゃねえ」
ガロが肩をすくめた。だがその顔はどこか誇らしげだった。
その時、路地の奥から、王国兵の一団が現れた。
「来たぞ! 構えろ!」
狭い路地での、激しい斬り合いになった。
だがザインの分隊はよく統制が取れていた。前をガロとバルガが固め、後ろからティムとマルトが支える。コルネリアは開けた場所でのみ、的確に魔法を放つ。一人一人が自分の役目を心得ていた。
王国兵の一団を退ける。
「ふう……市街戦は神経を使うな」
ガロが汗を拭った。
「敵か味方か、住人か。一瞬の判断を間違えられねえ」
「ああ。だからこそ、焦るな。一つ一つ、確かめて進む」
ザインは皆を見回した。
その時、近くの家から、女の悲鳴が上がった。
ザインの体は考えるより先に動いていた。声のした家へ駆け込むと、一人の帝国兵が住人の娘から、金目のものを奪おうとしていた。
「やめろ」
ザインの声は低く、鋭かった。
兵が振り返る。その目にザインの軍服の階級章を見て、ばつが悪そうに手を止めた。
「……伍長殿。これはその」
「失せろ。次はない」
兵が舌打ちして逃げていく。ザインは震える娘に軽く頷いてみせた。
頭上で二つの月は戦塵に霞んでいる。
城はもうすぐ落ちる。だが勝者になればなるほど、人は野蛮になる。その一線をザインは決して越えさせはしなかった。
家を出ると、バルガが待っていた。
「お前、勝ち戦の最中に味方の兵を止めるとはな。下手すりゃ、恨まれるぞ」
「恨まれてもいい。略奪を見過ごす軍は、いずれ、内側から腐る。それを止めるのが俺の役目だ」
「……ふん。お前みたいな指揮官の下なら兵も人でいられる。悪くねえ」
バルガはぽつりとそう言って、先を歩き出した。
路地を抜けるたび、ザインは住人の姿を確かめた。怯えて隠れる者には、手を出すなと命じ、傷ついた者がいれば、兵を割いて助けさせた。
「伍長殿は敵の街の住人まで気にかけるんですね」
マルトが感心したように言った。
「伍長殿のやり方、最初は甘いと思ってました」
ティムがぽつりと言った。
「でも違うんですね。住人を守るのもちゃんと、戦に勝つためだって。俺、そういう強さもあるんだって、初めて知りました」
「分かれば、いい」
ザインは短く答えた。だがその言葉にティムは誇らしげに胸を張った。
市街戦は、夜まで続いた。だがザインの分隊は、最後まで一人も欠けなかった。
「敵も味方も戦が終われば、同じ人間だ。今日の敵が明日の帝国の民になる。そう思えば、無闇に傷つけられない」




