第50話 打って出る
水を断たれて、十日。ついにカランドの城門が開いた。
北門だ。渇きに耐えかねた王国軍が、籠城を諦め、打って出てきたのだ。ザインの読み通りだった。
「来やがった! 本当に打って出てきやがった!」
ガロが信じられないという顔で叫んだ。
「お前の読み、どこまで当たるんだよ!」
「水を断たれた城はいずれこうなる。籠城は蓄えが尽きれば終わりだ。ロウガもそれは分かってた。だからまだ余力のあるうちに、打って出る道を選んだ」
「敵のことまでお見通しかよ……」
「お見通しじゃない。ただ相手の立場で考えただけだ。俺がロウガならこうする。それだけだ」
「それだけ、って言うけどよ」
ガロが苦笑した。
「その『相手の立場で考える』ってのが、誰にもできねえんだよ。お前だけだ、ザイン」
「そうでもない。ロウガはもっと上手くやる。俺なんて、まだまだだ」
「出たよ、謙遜。……まあ、そういうとこもお前らしいけどな」
軽口を叩き合いながらも、二人の目は打って出る敵を鋭く捉えていた。
「来たぞ! 全軍、配置につけ!」
帝国軍の陣が一斉に動く。打って出る敵を迎え撃つ態勢を整える。
ザインの分隊はガレウス将軍の指示で、北門の正面に布陣していた。コルネリアもその中央にいる。
「コルネリア。いよいよだ。北の壁の弱点、覚えてるな」
「ええ。敵が打って出て、門の守りが手薄になった瞬間。その時、私が修復箇所を撃つ」
「ああ。だが無理はするな。お前の身が一番大事だ」
コルネリアは静かに頷いた。その手がわずかに震えている。だがその目には確かな覚悟があった。
「コルネリア、無理だと思ったら、すぐに言え。お前が倒れるくらいなら城なんて落とさなくていい」
「……ふふ」
コルネリアが小さく笑った。
「あなたは本当に変わらないのね。城を落とす大事な場面で、魔法使いより、私の身を心配するなんて」
「当たり前だ。お前は道具じゃない。何度でも言う」
その言葉にコルネリアの瞳がわずかに潤んだ。彼女は杖を握り直し、まっすぐ前を見据えた。
北門から、王国軍がなだれ出てくる。
渇きに苦しみながらも、彼らの攻撃は必死だった。籠城で勝てないと悟った今、打って出て、活路を開くしかない。死に物狂いの突撃だった。
「来るぞ! 受け止めろ! だが深追いはするな!」
ザインは号令を飛ばした。
両軍が北門の前で激突する。帝国軍は打って出た敵を正面から受け止めた。
「ガロ、バルガ、前を支えろ! ティム、マルト、コルネリアの周りを固めろ!」
「おう!」
分隊がそれぞれの役目につく。ザインは戦場全体を見渡しながら、好機を待った。
敵が北門から、十分に出てきた。門の守りが薄くなる。
「今だ、コルネリア! 北の壁を撃て!」
「――蒼焔!」
コルネリアの杖から、渾身の蒼い焔が放たれた。
炎は北の城壁の、修復された箇所へと、まっすぐに突き刺さる。古い修復がその衝撃に耐えきれず、ひび割れる。一度二度。コルネリアが力を振り絞って、撃ち続ける。
そして――。
轟音とともに北の城壁の一角が崩れ落ちた。
「壁が崩れたぞ!」
帝国兵の間に歓声が湧き上がる。難攻不落だったカランドの城壁に、ついに穴が開いたのだ。
「ガレウス将軍より全軍へ! 崩れた壁から、城内へ突入せよ!」
伝令の声が戦場に響き渡る。
ザインは膝をついたコルネリアを、素早く支えた。
「よくやった。お前の焔がこの城をこじ開けた」
「……あなたの、策が」
コルネリアが息も絶え絶えに微笑んだ。
頭上で二つの月は戦塵に霞んでいる。
だが鉄壁のカランドは、今、確かに破られた。戦は城内の決着へと、なだれ込んでいく。
「全員、突入するぞ! だが聞け!」
ザインは駆け出す前に分隊に叫んだ。
「城の中には兵だけじゃない。住人がいる。女も子供も年寄りもだ。略奪も乱暴も許さない。俺たちは野盗じゃない。帝国の兵だ。それを忘れるな!」
「おう!」
分隊が力強く応じる。崩れた壁の穴へと、ザインたちは駆け込んでいった。
崩れた城壁の向こうに、カランドの街並みが広がっていた。
石畳の道。立ち並ぶ家々。そして戦火に怯える、住人たちの姿。ここから先は城内の戦いだ。兵と兵がぶつかるだけでなく、守るべき民がすぐ隣にいる戦い。
「気を引き締めろ。ここからが本当の正念場だ」
ザインは低く言った。仲間たちが無言で頷く。崩れた壁を越え、一団はカランドの街へと、踏み込んでいった。




