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第48話 将軍の眼

 ザインが策を語り終えると、天幕に長い沈黙が落ちた。


 ガレウス将軍は腕を組んだまま、地図を睨んでいる。その表情からは何も読み取れない。ザインは息を殺して、判断を待った。


 天幕の中は静まり返っていた。蝋燭の炎が将軍の岩のような横顔を、ゆらゆらと照らす。


 永遠とも思える、沈黙だった。ザインの背に汗が伝う。だがここで目を逸らせば、負けだ。ドレクの言葉が頭に響く。胸を張れ。ザインは将軍の視線をまっすぐに受け止め続けた。


 やがて将軍が口を開いた。


「お前、本当に徴募兵の出か」


「は。辺境の農村の、三男坊です」


「妙だな」


 ガレウスの目が細くなった。


「その策は農村の小僧が思いつくものじゃない。水路、貯水、敵の心理。まるで長年、軍学を修めた将のような読みだ。……どこでそれを学んだ」


 ザインの心臓がわずかに跳ねた。前世のことは語れない。だが嘘もつきたくなかった。


「……戦場で学びました。死なないために必死で考えるうちに、身につきました」


「ほう」


 ガレウスが身を乗り出した。


「死なないために必死で考えた、か。して、その読みでお前は何人、生かしてきた」


「数えていません。ですが……一人も無駄には死なせていないつもりです」


「一人もか」


 将軍はふっと息を漏らした。


「大きく出たな。だがその言葉に嘘の匂いはない。お前の目を見れば、分かる。……面白い小僧だ」


「将軍は平民の進言をお嫌いではないのですか」


 ザインが思わず問うと、ガレウスは豪快に笑った。


「わしも元は平民だ。槍一本でここまで来た。血筋で将になった連中より、戦場で這い上がった兵を、わしは信じる。……ボードのような輩が、わしは好かん」


 その言葉にザインはこの将軍となら戦えると、確信した。


「ふん。死なないためにか」


 ガレウスはしばらくザインを見つめ、それから低く笑った。


「いい答えだ。机上で学んだ策より、死を賭けて掴んだ読みの方が、わしは信じる。……お前の策、採用する」


 ザインの胸に安堵が広がった。


「ありがとうございます」


「礼はいい。だが一つ言っておく」


 将軍の声が鋭くなった。


「この策が外れれば、責めはお前一人に降りかかる。ボードはここぞとばかりにお前を潰しにかかるだろう。それでもやるか」


「やります」


 ザインは迷わなかった。


「外さない自信があるから、進言しました。それに外れた時の責めならいくらでも負います。兵が死に続けるのを見過ごす方が、俺にはよほど耐えられない」


 ガレウスは満足げに頷いた。


「……ドレクがお前を推す理由が分かった。よし。明日から、お前の策で動く。水路を断つ部隊の指揮、お前に任せる」


 天幕を出ると、外でドレクが待っていた。


「どうだった」


「通りました。水路を断つ指揮を任されました」


「……やったな」


 ドレクが太い手でザインの肩を叩いた。


「将軍を直接動かしたか。平民の伍長がここまでやるとはな。お前はまた一つ、壁を越えた」


 ザインは静かに頷いた。だが浮かれてはいなかった。


「壁を越えた分、ボードの恨みも深くなりました。それに肝心なのはこれからです。策を必ず成功させる。じゃなきゃ、賭けた意味がない」


 頭上に二つの月が昇っていた。


 その蒼い光の下でザインはいよいよ動き出す策の重さを、噛みしめていた。明日から、カランドを崩す戦いが、本当の意味で始まる。


「ザイン」


 皆が去った後、コルネリアがそっと近づいてきた。


「将軍を動かすなんて、すごい。あなたはどんどん、遠いところへ行く」


「遠くなんか、行かない。お前たちが隣にいる限り、俺の立つ場所は変わらない」


 ザインの言葉にコルネリアはほっとしたように微笑んだ。彼女の中にあった、置いていかれる不安が、その一言で静かに溶けていった。



 その夜、天幕に戻ると、隊の皆がザインを待っていた。


「どうだったんだよ、将軍は!」


 ガロが真っ先に駆け寄る。


「策が通った。水路を断つ指揮を任された」


「っしゃあ! やったじゃねえか!」


 ガロが拳を突き上げる。ティムもマルトも歓声を上げた。


「喜ぶのはまだ早い」


 ザインは皆を落ち着かせた。


「策が通っただけだ。成功させて、初めて意味がある。明日から、忙しくなるぞ」


 だがその声にも確かな手応えが滲んでいた。


 二つの月が、白む空に薄れていく。ザインは、その蒼い光を見上げ、明日からの戦いに、静かに気を引き締めた。

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